36話 霊薬
「ヴォルヌート様、先ほどの騒ぎの原因は――」
「大丈夫だ、問題ない。俺は今から極秘で話し合う。お前は村の皆にもう危険はないということを伝えてきてくれ」
「かしこまりました」
ヴォルヌートは屋敷に仕えているメイド服のヴァンパイアにそう指示を出した。指示を出された彼女は屋敷の外へと素早く出て行く。
俺とシャルはヴォルヌートの部屋に通された。
ヴォルヌートは黒いソファに腰を下ろし、テーブルに肘をついて前傾姿勢をとった。
「さて。――話を聞かせてもらおうか、アスカ。プルミエが生きているとは一体どういうことだ? 俺は『プルミエは魔物に殺された』と認識しているし、事実この前お前に会った時、お前もそのように振舞っていたと記憶しているが」
「実は、ヒュマン国の人間に保護されていたらしいんです」
俺は事の顛末をヴォルヌートに語った。セレシェイラが討伐軍にプルミエを助けるように連絡していたことを。
それを聞いたヴォルヌートは背もたれに体重を預ける。
「……なるほどな。プルミエが命を救った相手に、今度は命を救われたというわけか。情けは人の為ならずとは良く言ったものだ」
ヴォルヌートはなるべく表情を変えまいとしているが、喜びで口の端がぴくぴくと上がりかかっているのを意志の力で強引に抑え込んでいるのが窺えた。
「それで、俺に霊薬を渡して欲しいとここにやってきたわけだ」
「そういうことです。ヴォルヌートさんにとっても他のヴァンパイアの方たちにとっても、プルミエは英雄なんですよね? 彼女の意識を取り戻すために、なんとかなりませんか」
「アスカ。情報を俺に伝えてくれたこと、感謝する」
ヴォルヌートはソファから立ち上がり、金庫の前に移動した。
そして自らの手首を掻っ切る。
「な、何してるんですか!?」
「案ずるな。ヴァンパイアは血を操る種族、この程度ではかすり傷とも呼べぬ」
流れ出た血は形を変え、金庫へと吸い込まれていく。
金庫からカチッと音が鳴ったのを聞いてから、ヴォルヌートは金庫を開けた。
金庫は何の抵抗もなく開け放たれる。その中には白い液体が詰められた瓶が数個仕舞われていた。
「霊薬は我らヴァンパイアにとって秘法中の秘宝であり、軽々しく使うことは許されない。……だが、プルミエとなれば話は別だ。霊薬を使用することに、些かの躊躇もない」
ヴォルヌートの手に握られたその瓶の中では、白い液体がたぷたぷと揺れている。
魔力に疎い俺が見ても、その液体には尋常ならざる魔力が込められているのが見て取れた。
「それが霊薬……ですか?」
「ああ。悪いが、効果を前もって見せることは出来ん。貴重なものだからな」
効果を前もって見せられないと信憑性に欠けるところが出てくるかもしれないが、これだけの魔力が込められていれば普通の薬ではないということはセレシェイラやロペラにも信じてもらえるはずだ。
(あとは俺が説得できるかどうか、か)
そう思ってた俺に、ヴォルヌートは当たり前のような顔で言い放った。
「代わりと言ってはなんだが、俺がこの霊薬をプルミエの元へと届けよう。もちろんアスカとそっちの女子も運んでやる」
「ヴォルヌートさん自らヒュマン国に……いいんですか?」
村の長が村を離れてもいいのだろうか。
そんな疑問が浮かぶ俺にヴォルヌートはフッと小さく笑った。
「ヴォルヌートでよい、と言っているだろう、アスカ。それに俺ならお前らを乗せても、人間の国まで1日で飛べる。早いに越したことはないだろう?」
「ヴォルヌート……ありがとうございます!」
「別にお前の為ではない。俺にとってもプルミエは英雄なのだ。お前が恩に感じることはないぞ」
「うん……それでも、ありがとうございます」
俺は拳を握る。
一時はどうなる事かと思ったが、なんとか協力を取り付けることができた。それにヴァンパイアであるヴォルヌートが来てくれるなら、薬の信憑性も持ってもらえるはずだ。
「よかったにゃ」
シャルが小声で俺に笑いかけてきた。
「ああ、ありがとう」
俺はシャルに気の抜けた笑みを返した。
屋敷を出ると、ヴォルヌートは胸を膨らませるほど大きく息を吸い、大声を張り上げた。
「同胞たちよ、至急集まってくれ!」
瞬く間に何人ものヴァンパイアたちがヴォルヌートの元に集う。
集まったヴァンパイアたちに、ヴォルヌートはプルミエの現状を伝えた。
プルミエが生きているのが衝撃だったのだろう。ヴァンパイアたちの間に目に見えて動揺が広がっていく。
「俺は今から情報を伝えてくれた彼らと共に人間の国、ヒュマンへと向かう」
「お、長自らですか!?」
誰かが驚いたように声を上げる。
ヴォルヌートはそれに対して一つ頷きを返した。
「そうだ。薬の効果に説得力を持たせるためには俺自らがいくのが最上だろう。……プルミエは我らを先の大戦の窮地から一人で救った英雄だ。その彼女が死の淵にいるときにのうのうと見て見ぬふりをできるほど、俺はヴァンパイアとしての誇りを捨てたつもりはない」
その言葉にヴァンパイアたちは静まり返る。
「反対意見のあるやつは手を上げてくれ。筋の通った理由があれば聞こう」
誰も手を上げる者はいない。
「プルミエ様を救ってくれ、長!」
「ヴォルヌートさん、お願いします!」
「ヴォルヌート様、プルミエ様の為にも早く行ってあげてください!」
それどころか、賛成の声がそこかしこから上がった。
反対の声がないことを確認したヴォルヌートは手首を掻っ切る。
そこから流れ出た血は赤い手を形作り、俺とシャルを抱えた。
「俺が留守の間、村の守りは任せたぞ。同胞よ」
そう言い残し、ヴォルヌートは俺とシャルを抱えてヒュマンへと飛び立った。




