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34話 訓練の成果

「はい、休憩にしましょう」


 ロペラの掛け声を聞いた俺の身体は、それを待っていたとばかりに地面に崩れ落ちる。


「も、もう限界……」

「言葉が話せるということは、まだ余裕がありそうですね。休憩は取り消しにしましょうか?」


 ロペラの言葉に一瞬言い返しそうになった俺だが、プルミエのことを考えれば無駄口など叩いている暇などないのも確かだ。俺は荒くなった息を整える間もなく立ち上がった。


「……ああ、そうしてくれ。一刻も早く強くならなきゃならないからな」


 そんな俺の姿を見て、シャルも続いて立ち上がる。


「アスカ兄ちゃんの大切な人のためなら、あたしも頑張るにゃ……。きついけど」


 シャルはプルミエと親しいわけではない。それでもここまで本気になって俺に協力してくれているのがありがたかった。

 ロペラは表情を替えぬまま俺とシャルを交互に見比べた。


「場を和ませる冗談のつもりだったのですが……そこまで言うのなら、私も協力します」


(冗談ならもっと明るく言ってほしいなぁ……)


 ロペラはそんな思いの俺の腕をとる。ひんやりとした感触を感じ、突然のことに驚く俺だが、ロペラはそのまま目をつぶる。

 すると、ロペラの身体から涼しげな蒼の魔力が俺へと流れ込んできた。


「水の上位属性、流属性の魔法です。息も絶え絶えの状態では訓練になりませんからね」

「おお……体に力が湧いてくる」


 息も絶え絶えだった俺の身体に活力が湧いてくるのが自分でもわかった。


「回復魔法を使えるにゃんて珍しいにゃ」

「職務上、命の瀬戸際に立つことが多いので。救える命は救いたいですからね……はい、終わりました」


 ロペラはそう言って俺の腕から手を離した。

 ロペラが何の感情も込めずに言った言葉。しかし、その裏にはやはり救えなかった戦友への追悼の念があるのだろう。

 ロペラの顔は相変わらず無表情だが、俺はその顔に哀愁を感じた。




 俺は再び訓練を再開しようとするロペラを制止して、助言を求める。


「ロペラさん。戦闘力を高めるために新しい魔法を覚えたいんですけど、どんなのがいいと思いますか?」


 どうすれば強くなれるか。俺なりに考えて出た結論は「新しい魔法を覚えること」だった。今の俺には手持ちの武器が少なすぎるのだ。火球を飛ばすのと腕を火で覆うのと闇の煙幕だけじゃ取れる戦略の幅が狭い。


 俺の質問を聞いたロペラは俺を凝視する。考えてくれているようだ。

 しばらくすると、二、三度小さく頷きながら口を開く。


「アスカさんは火と闇でしたか? それなら火魔法の方がいいですね」

「そうなんですか?」

「闇は上級属性なので、扱いが難しいんです。その分強力なのですが……闇魔法によほど体質があっていない限り、一朝一夕では新魔法を体得するのは難しいでしょう。手っ取り早く手札を増やしたいのなら、火魔法の方がよろしいかと」

「なるほど……ありがとうございます」


 騎士団長と言う立場がら、新兵の教育も担当したりしているのだろう。わかりやすく教えてもらった俺は、新しい火魔法を会得しようと決めた。


「あたしも新しい雷魔法を覚えたいんだにゃ。今のあたしじゃ防御に不安があるから、それを補えるようにゃやつを」


 シャルも新魔法を覚えようとしているようだ。しかもかなりイメージは固まっているらしい。


「そうですか。ではお二人とも新魔法の習得、頑張ってください。わからないことがあれば何でも聞いてくださいね。これでも下級属性は一通り扱えますので」


 ロペラはさらっとそう言ったが、下級属性を一通り扱えるってすごいことなのではないだろうか。


(さすがは近衛騎士団の団長だな)


 その日から俺とシャルは新魔法の開発と習得に勤しんだ。









 2週間後、俺たち3人は森の前にいた。この2週間の成果を試すためだ。

 もし今日でロペラから「森の中でも問題なく進める」というお墨付きがもらえれば、俺とシャルは後日準備を整えてヴォルヌートのところへ向かう。


「では、今日は最終チェックの日です。アスカさん、シャルさん。お二人とも準備はよろしいですか?」


 ロペラが変わらぬ声色で聞いてきた。この2週間で親しくなったと思うのだが、それは態度に表れてはいない。ロペラが感情を露わにするのはセレシェイラの前だけと言ってよかった。

 ――いや、変わったところもある。シャルのことを愛称で呼ぶようになったところだ。ロペラは無表情だが、感情がないというわけではなかった。


「もちろんだにゃ」

「なんとかね」



(やっとここまできたか……)


 この2週間を振り返り、俺は誰にも見られないよう小さくため息をついた。

 この2週間、魔力を限界まで使い切る生活が続いた。ロペラによると魔力を使い切ると魔力量が増えるからとのことだが、これが気力的に非常にきつかった。

 気絶しては回復させられ、気絶しては回復させられ……プルミエを助けるという目標がなかったら、俺は当の昔に逃げ出していただろう。


(プルミエが俺に魔力量の増やし方を教えなかったのは、そこまでして俺に強くなってほしくなかったからだったのかもな……)


 プルミエは俺に強くなってほしいとはあまり思っていなかったように思う。むしろ話し相手になってほしいような感じを受けていた。


(でも、これもプルミエを助けるためだ。この2週間の成果を存分に出す!)


「行こう、シャル」

「出発にゃ!」


 俺とシャルは森の中へと入った。

 だが、魔物に出会うこともなく少し開けた土地に出る。森の中にぽっかりと空いたその場所には木々の間から日差しが差し込んでいた。


「これじゃ訓練になりませんね……。私が群れを誘導してここまで連れてくるので、お二人は心の準備をしておいてください」


 そういって、俺たちの後をついてきていたロペラが姿を消す。


「シャル、ありがとな。俺の我儘に付き合ってくれて」

「にゃ? 気にしにゃくていいにゃ。今のシャルがあるのは、アスカ兄ちゃんのおかげだからにゃ。兄ちゃんの大事な人っていうなら、シャルにとっても大事な人だにゃ」


 シャルは照れくさそうに頬を掻きながらそう言った。

 改めてお礼の言葉を言おうとした俺だが、シャルの耳がピクンと跳ねたのを見て戦闘態勢に入る。


「……来たにゃ」


 シャルの見据える先にはイマドの群れをこちらにおびき寄せるロペラの姿があった。数は20といったところだろうか。

 ロペラは俺たちがイマドの視界に入ったところで姿を消す。


 イマドたちはやり場のない興奮を、視界の端に入った俺とシャルへと移した。


「グルルルゥゥ……!」


 野生の獣特有の恐怖心を煽るような鳴き声。最初は俺もこの鳴き声にびびっていたものだ。

 しかし、今となっては鳴き声など意にかえすほどのことでもない。


(ロペラさんの特訓に比べりゃ億倍マシだ!)


 俺はイマドたちと正面からにらみ合った。

 イマドたちは後ろからぞろぞろと数を増やしていく。


「地獄の特訓の成果をみせてやるにゃぁ!」


 シャルの掛け声とともに、その身体は雷を纏った。金の髪の毛は逆立ち、眩いばかりに煌めいている。


「にゃあっ!」


 一閃。シャルは蹴り一撃でイマドの首をへし折っていた。

 そしてそのまま目にもとまらぬ速度でイマドたちを殲滅しにかかる。


「グルゥ……」


 雷の化身のような少女の所業に恐怖したイマドたちは、狙いを俺へと変えてきた。


「俺ならなんとかなると思ったか? 残念だったな」


 俺は腕に火を纏った。

 イマドはそれを見て一瞬躊躇したが、シャルよりはマシだと思ったのか俺に向かって突っ込んでくる。

 だが、俺の魔法はこれで終わりじゃない。


(右腕に力を入れろ!)


 俺は拳を握り、腕に力を込める。そしてイマドが突っ込んできたのに合わせて火魔法を暴発させた。


「グルウゥ!?」


 粉塵が舞い上がり、辺りが煙に包まれる。


(よし、成功だ)


 これこそ俺がこの2週間で会得した魔法だった。自分の身体を『頑丈』で守り、あえて火魔法を暴発させる。俺にしかできない魔法の使い方だ。


(これで森を抜けられる!)


 確かな手ごたえを感じながら、俺は煙の中をイマドたちの方に進んだ。


「もう一発ぅっ!」


 俺は再び火魔法を暴発させる。暴風と共に広がった火はイマドたちに燃え移った。


「キャンッ!」

「うにゃあっ!」


 火から逃げ惑うイマドを、シャルが確実に潰してゆく。

 火が消えたとき、イマドの群れは全滅していた。






 戦闘が終わったことを確認したのか、ロペラが森の中から姿を現す。銀の髪が太陽に照らされてキラキラと輝いた。


「魔力の方は残っていますか?」

「俺は残ってます」

「シャルもだにゃ」

「危なげなかったですし……十分ですね。今のお二人なら森を横断することも可能だと思います」

「よっし!」


 ロペラからのお墨付きをもらった俺はガッツポーズをつくった。


(これでヴォルヌートのところに行けるっ!)


 そんな俺を――俺の右腕を見て、ロペラは表情を変えないまま呆れたようにつぶやいた。


「それにしても、魔法をわざと暴発させるなんて聞いたことがありませんよ……。仮に思いついても、普通の人ならまず間違いなく実行には移しません」

「アスカ兄ちゃんは馬鹿だから常識に囚われないんだにゃ」

「……褒めてんの? 貶してんの?」

「もちろん褒めてるにゃ!」

「私は呆れています」


(ロペラさん呆れてるのかよ!)


「ま、まあいいや! これでやっとヴォルヌートのところに行ける! さっそく明日でいいか?」


 俺は今すぐにでも森へ入りたかったがさすがにそれは無理だろう。

 そんな考えで俺は明日を提案したのだが、シャルは首を横に振った。


「いくらにゃんでも明日は無理だにゃ。片道一週間でしょ? せめて一日は休んでからにしようよ」

「わかった。じゃあ明後日だ! 明後日出発するぞ」


 俺はシャルの言葉に素直に従う。

 焦りすぎても失敗することは許されない。それに俺一人でたどり着くのは無理な以上、シャルの意見も尊重しなければならないことは俺もわかっていた。


「とりあえず、森を出ましょうか」

「そうするにゃ」


 俺たちは森を後にした。





「では、私はここでお役御免ですね」


 ロペラは自身の勤めを果たしたという様子だ。


「あっ、ロペラさんありがとうございました!」

「ロペラ姉、ありがとうだにゃ!」


 俺たちはロペラに礼を言う。

 最初は冷たいだけの人かと思ったけれど、この2週間でそうではないことがわかった。ただ顔と声に感情が異常なほど現れにくいだけなのだ。


「いえいえ、お二人の気持ちがあってこその成果ですから。まさかここまで早くものになるとは私も思いませんでした」


 ロペラはそう言って俺たちを讃えた。



 翌日の休息日、俺はプルミエの様子を窺いに病院へ向かった。

 病室には真新しい花が飾られている。どうやらロペラがすでに先客として来ていたようだ。

 プルミエは前に来た時と変わらなかった。この2週間、訓練の合間を縫っては病院に来ていた俺だが、プルミエの様子には一切変わりがない。良くなっても悪くなってもいない、全くの現状維持だった。


「この人がプルミエさん……」


 俺の隣でシャルがぼそりと呟く。


「ああ、そうだ。俺の……大切な人だよ」


 今日シャルをプルミエに合わせたのは、本人の希望からだ。俺としても会っておいて欲しかったので、今日会うことにしたのである。


 シャルはただ無言で、眠っているプルミエを見つめていた。




 病院を抜け、宿へと帰る途中。シャルが突然大声を出す。


「……アスカ兄ちゃん、頑張るにゃ! 頑張って森を抜けるにゃ!」

「……おう! 当たり前だ!」


 周りは不気味なものでも見るかのように俺たちを見た。

 俺たちはそんな視線も厭わずに大声を出しながら、絶対にプルミエを助ける決心を固めた。







 そして翌日。

 今日俺たちはヴォルヌートのところへと向かう。


「ふぅ……」


 一度大きく肺から空気を出し切る。

 そして大きく吸い込む。


(必ず助けるからな……!)


「いこう、シャル」

「にゃ!」


 俺とシャルはヴォルヌートの屋敷を目指して森の中を歩きだしたのだった。

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