31話 輝く未来
王宮の兵士にセレシェイラに会いに来たことを伝えると、兵士は俺を王宮の中へと通してくれた。
(どうやらセレシェイラさんから話は通ってるみたいだな……)
昨日より幾分冷静になった頭で俺はそんなことを考える。
「こちらがセレシェイラ様の執務室となります」
兵士がある部屋の前で立ち止まる。荘厳な、それでいてゴテゴテしていないその扉は、素人の俺が見ても素晴らしい意匠であると思えた。
俺は逸る気持ちを抑えて扉をノックする。
「はい、どうぞ」
中からセレシェイラの了承が聞こえ、俺は扉を開けて中に入った。
セレシェイラは灰色の地味目な服に身を包んでいた。上着とスカートが一体化した、ワンピースのような服だ。
「今日は地味な服を着てるんですね」
俺が服について話題を振ると、セレシェイラは意外そうに眼を大きくして「ええ」と肯定した。
「執務中は動きやすい格好をするようにしているんです。私個人としてはこの格好の方が楽で好きなのですが、国民にこんな格好で会うのは礼を失してしまいますから」
「なるほど」
「それにしても、頭は冷えたようですね。……いえ、冷えたようにみせよう、といったところでしょうか」
「うっ……」
(さすがは一国の主。俺の演技はお見通しか……)
あえて第一声でプルミエのことを避け、そのほかの話題を振る。夜通し考えた俺の作戦は、いともたやすく見破られてしまったようだ。
しかし、セレシェイラの表情は曇っていない。むしろ一人前にも満たないような拙い演技を披露した俺を微笑ましそうな眼差しで見ていた。
「いえ、別に責めているわけではありませんよ? それに、策が練れる程度には冷静になったことが理解できましたから……わかりました、プルミエさんの入院している場所をお教えします」
「本当ですか!」
約束通り、セレシェイラは俺にプルミエの居場所を教えてくれる。
「アスカさん。プルミエさんは命の危険は脱していますが、依然予断は許されない状態です。くれぐれも、軽率な行いは避けてくださいね。私にとってもプルミエさんは大切な方ですので……」
(そうか、この人も俺と同じでプルミエに命を救われたんだったな)
「はい、肝に銘じます」
俺はセレシェイラと約束を交わし、教えられた場所へと向かった。
病室を教えてもらおうとカウンターの列の最後尾に並ぶ。
前に並んでいるのは四人。思ったよりも早くプルミエに会うことが出来そうだ。
ここまで走ってきた俺がそう安堵のため息をついた時、前の人が俺の方を振り返った。
「アスカさん?」
「え、あっ、ロ、ロペラさん」
そこにはお見舞いの花を持ったロペラの姿があった。
「セレシェイラ様は多忙で毎日ここに来ることは叶いませんので、代わりに私を毎日寄こしているのです」
「そ、そうなんですか……」
プルミエの病室へ、俺はロペラと並んで歩く。
昨日のことが響き、なんとなく重苦しい雰囲気が流れているのを俺は感じていた。
「アスカさん。改めて、昨日は誠に申し訳ありませんでした」
ロペラは立ち止まり、腰を直角近くまで曲げて俺に謝罪する。
「まさかプルミエ様が生きていることを知らなかったとは露知らず……」
「い、いえいえ! まさか知らないとは思わないだろうし、ロペラさんは何も悪くありません! むしろ俺の方こそ激高してしまってすみませんでした」
俺はロペラに謝った。
「お許しくださりありがとうございます」
「いや、そんな。それよりプルミエの容態はどんな感じなんですか?」
ロペラは一瞬俺から視線を外した。
その動作に、俺は嫌な予感を感じてしまう。
「発見された時、すでにプルミエ様は虫の息でした。迅速な治療によりなんとか一命は取り留めましたが、あまりにも重傷だったので、意識を取り戻すには未だ至っていません。……いつ目を覚ますかも、現状わかりません」
「……そんな……」
ロペラの口から語られるプルミエの容態に俺は息をのんだ。いつ目を覚ますかわからないなんて、そこまで悪いとは思ってなかった。
「辛いのはわかりますが、くれぐれも軽率な真似はなさらないでくださいね」
「それ、セレシェイラさんにも言われました。……大丈夫です、暴れたりしませんから」
暴れてどうにかなるなら暴れるが、そんなわけはない。
プルミエにとってマイナスにしかならないなら、何があっても暴れることはしない。
これも昨日の夜のうちに決めたことだった。
「着きました、ここです」
ロペラが立ち止まる。
「ここに、プルミエが……」
俺は引き戸の持ち手を掴む。
この一枚の壁を隔てた先に、プルミエが眠っているのだ。プルミエが生きているのだ。
そう思うと自然と涙が溢れてきた。
「私が開けましょうか?」
「すみません、感極まってしまって……大丈夫です、俺が開けます」
ゴシゴシと目を擦り、僅かに歪んだ視界で持ち手を再び掴む。
そして一思いにスライドさせた。
「ああっ……プルミエ……」
プルミエは白いベッドの上に寝かされていた。
治療の成果なのか、その身体には傷のようなものはみられず、単に眠っているようにしか見えない。
「プルミエっ……!」
俺は抱き着きたい気持ちを抑え、ベッドの横に腰掛けた。
プルミエの身体には様々な線が繋がれており、痛々しい。
(何かしてやれることはないのか……?)
「手……ロペラさん、手は握っても大丈夫ですか?」
「はい。その位なら私もしていますし、危険もないでしょう」
ロペラは病室の花を新しいものに替えながらそう言った。
俺はその返事を聞き、すぐさまプルミエの白い手を取る。
「あっ……」
その柔らかい手は、俺の手を微かに握り返してきた。
ほんの少しの力だが、そこにはたしかにプルミエが生きているという証拠があった。
「ロペラさん! い、今プルミエがっ……!」
「握り返してきましたか? そういった反応をしてくれることもあります。もっとも、私には極稀にでしたが」
「アスカさんに握られてるということがわかるんでしょう」というロペラの言葉を背に受けながら、俺はプルミエの手を両手で握る。
「プルミエ……俺、ごめん。何の役にも立たなくて……! 俺、プルミエがいなくなってすげー寂しかったんだ。一人で塞ぎこんで、何にもやる気が起きなくて……。でもシャル――あ、シャルっていうのは猫の亜人の女の子なんだけど、シャルに会って、ヴォルヌートと再会して、このままじゃいけないと思って……」
俺はとめどなく溢れだす自分の思いをプルミエに伝える。
せっかく病室に入る前に拭いたというのに涙は再びあふれ出し、俺の頬を濡らした。
「俺、頑張ったんだ。プルミエに褒めてもらえるような男になりたいって、俺頑張ったんだよ。プルミエ、聞こえてる? プルミエのおかげで、俺生きてるよ。毎日楽しく生きさせてもらってる。本当にありがとうプルミエ。……でもさ、プルミエがいなきゃさ、俺――」
プルミエが俺の手を握り返してくれる。その弱々しい力は、俺の心をひどく揺さぶった。
「プルミエ……っ! プルミエは俺を助けてくれた。……だから、今度は俺がプルミエを助けるよ。絶対治すアテを見つけてみせる」
俺はプルミエにそう宣言する。
前は足手まといになってしまった。だけど今度は、今度こそはプルミエの力になる。プルミエに、そして自分自身に誓った。
病院を出てロペラと別れた俺は、宿の天井を見つめながら、今の俺が出来ることを探す。
(何か、何かないか? 俺が出来ること……。ロペラさんは花を持ってきてたな――ん? 花?)
プルミエが育てていた花の中に、薬になりうる花があったような気が……。
(思い出せ、思い出すんだ!)
俺は記憶の底から目的の記憶を探す。
「これは霊薬草といってな、全てを癒す霊薬の元になる花じゃ。といっても霊薬を作るにはもっと大量に必要じゃがの。花言葉は『輝く未来』だったかの。この花はヴォルヌートというヴァンパイア仲間にもらったやつじゃ」
探り当てた記憶は、俺の求めるものだった。
「霊薬草、あれがあれば……!」
俺は考える。プルミエの庭にも生えてはいたが、プルミエの言葉通りであるならば量が足りない。
なら、ヴォルヌートならどうだろうか。
プルミエの育てていた霊薬草は元々ヴォルヌートから貰ったもの。ならばヴォルヌートはその花が生えている場所を知っているのではないか。
「そうだ、そうに決まってる! 霊薬草……花言葉通り、俺にとっての『輝く未来』だ!」
俺は霊薬草を求めてヴォルヌートの元を訪れることにした。




