30話 衝撃の事実
「うーん……」
朝。普段なら小鳥のさえずりを聞きながら気持ちよく起きている俺だが、今日は違った。
部屋の扉がどんどんと手荒に叩かれる。
「兄ちゃん、外行くぞ! アスカ兄ちゃん!」
「……なんだ、突然?」
ベッドから立ち上がり扉を開けると、そこには興奮した様子のシャルがいた。
シャルは尻尾をブンブンと振り回しながら早口で捲し立てる。
「国王様が街を視察に来てんだよ! 一目でいいから見ときたいだろ?」
(ああ、国王様ってたしかプルミエに助けられた人だよな)
「セレなんとか様?だっけか?」
「セレシェイラ様! ほら、準備するにゃ! 早く早く!」
俺は準備もそこそこに、シャルに連れられて街へと繰り出した。
街はいつもより明らかに活気づいている。大通りは人で埋め尽くされていた。
俺とシャルは人ごみをかきわけながら前へと進む。
「おいおい、凄い人の数だな……」
「そりゃ国王様が来たんだから当たり前だにゃ。あの人はスラムのことまで考えてくれる、すっげー良い王様にゃんだから」
人ごみに埋もれながらも懸命に前に進んだ俺たちは、その中心へとたどり着く。
そこでは、桜色の髪をした美しい少女が屋台の主人と言葉を交わしていた。
少女とも女性とも言い難い微妙な年頃の彼女は、堅牢な鎧を着こんだ兵士たちによって厳重に守られている。
彼女の桜色の髪はまるで清流のように全く淀みがなく、その眼は優しげながら、意志の強さを兼ね備えていた。
「お仕事頑張ってくださいね」
「あ、ありがとうございます! 精一杯頑張らせていただきます!」
セレシェイラに激励された主人は嬉しそうにぺこぺこと繰り返し頭を下げていた。
会話を終えたセレシェイラは慈愛の笑みを浮かべたまま踵を返し、次の人のところへと進む。
「やっぱ国王様ってすげーよにゃ。気品?みたいにゃものが身体からでてるよ。あたしらとは大違いだ」
「そうだなぁ。なんか別の世界の人みたいだ」
とその時、セレシェイラの隣に控えていたロペラが俺の存在に気付いた。
ロペラに耳打ちされ、セレシェイラが俺の方を振り向く。
「にゃ、にゃあアスカ兄ちゃん。国王様がこっち見てる気がするんだけど……」
シャルが動揺した顔で俺に囁く。
周りの観衆もざわざわと色めき立っていた。
そんなこととはいざ知らず、セレシェイラはロペラと共に俺の方へと歩いてくる。
そして俺の前で立ち止まった。
「会うのは二度目ですね。随分顔色も良くなって、お元気そうで何よりです」
セレシェイラはにこやかに笑いかける。
「アスカ兄ちゃん、国王様と面識あんのか!?」
シャルがぐるんと首を回し、驚愕の表情で俺を見上げる。
だが、肝心の俺には心当たりがなかった。
(国王様にあったことを忘れているなんて知れたら打ち首ものなんじゃないか……?)
俺は必死で頭の中の記憶を呼び戻す。
(いつだ……? 少なくとも冒険者になってからは絶対面識ないぞ。てことはその前……あ、あの時か!)
プルミエの屋敷から救出された後、ロペラさんと話したとき。その時に隣に誰かいた気がする。
自失していて確証はないが、今思うとあれはセレシェイラではなかったか。
おそらくそうだ。なぜなら、それ以外で心当たりがまるでない。
俺はセレシェイラに頭を下げる。
「今はなんとか立ち直りつつあります。その節はお見苦しい姿をお見せしました」
「いえいえ、謝る事ではありませんよ」
セレシェイラはゆっくりと首を横に振ってそう答えた。
それと同時に、一方後ろにつき従っていたロペラが、セレシェイラに並ぶように一歩前に出た。
「セレシェイラ様。アスカさんにお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「あら。勤務中にロペラが話したいなんて、珍しいわね。もちろんいいわよ」
ロペラは俺の顔をじっとみつめる。勤務中ということもあるのだろうが、その表情はまるで鉄のように温度を感じられない。
ロペラは無表情のままちらりとシャルを見て、その口を開いた。
「今はその隣の方にお熱で、プルミエ様のことはもうお忘れになられた……というのが、今の言葉の真意ととってもよろしいでしょうか」
「……は?」
俺にはロペラの口から発された言葉の意味が理解できない。
(誰がプルミエのことを忘れたって? こいつは何を言ってんだ?)
「ロペラ、それは言いすぎです」
「ですがセレシェイラ様――」
「……ロペラさん、プルミエに関してのたちの悪い冗談は俺我慢できませんよ。あなたがそんなことを言う人だとは思いませんでした。幻滅です」
(俺がプルミエのことを忘れただって!? あり得ないだろそんなこと……忘れられるはずがないだろうが……!)
ふつふつと湧きあがってくる怒りに任せ、俺はロペラを睨みつけた。
だが、ロペラはそれを気にするそぶりも見せず、むしろその顔には俺への怒りが滲み出てきていた。
「4か月もの間、ただの一度もプルミエ様のご様子を見に来なかったお方がなさる発言とは思えませんね。幻滅したのはこちらです」
強い語気で吐き捨てられたその言葉に、俺は呆然とせざるをえなかった。
(プルミエが、生きてる……?)
「ロペラ! 今のは限度を超えています。アスカさんに謝りなさい」
「……セレシェイラ様は許せるのですか。プルミエ様は今も意識が戻っておられないというのに、この男は――」
「ロペラ、もう一度だけ言うわ。アスカさんに謝りなさい。次はないわよ」
「……失礼を働き、申し訳ありませんでした」
セレシェイラの叱責にあい、ロペラは下唇を強く噛む。そして拳を震わせながら俺に頭を下げた。
しかし、そんな言葉は今の俺には全く耳に入ってこない。
「どういうことだっ!? プルミエは生きてるのか!? どこにいるんだ!?」
「プルミエさんは生きていますが、意識はありません。アスカさんにもロペラが話したはずですが……」
「なんだよそれ、聞いてないぞ俺は!」
本当に聞いた記憶がなかった。俺はロペラを睨みつける。
しかし、セレシェイラはロペラに責がないことを証明するかのように首を横に振る。
「いえ、私もその場に居合わせました。アスカさんはそれにしっかりと返事をなさっていましたが……まさか、覚えてらっしゃらないのですか? それに、一か月ほどは街でも人々の話題に上っていたとも記憶しています」
しかし、何度思い返してもそんな会話に覚えはない。
(聞き逃してた……? そんな大事なことを、俺は聞き逃してたのか!?)
たしかにロペラが色々と話していた記憶はある。だが、その内容は覚えていなかった。
自失のさなかの俺は、おそらくロペラの言葉を理解しないまま返事を返していたのだろう。
それに、俺は自分の殻に閉じこもっていたから、街の人間が何を話していたのかなんて知らない。
「だってあの軍の人がプルミエは死んだって……」
俺は口を押さえ、自分への言い訳を口に出す。知らなかったのは俺のせいじゃないと、そう思いたかった。
しかしそれさえも、セレシェイラは理路整然と説明しだす。
「あの場でも説明いたしましたが、私が騎士団に『プルミエさんを救出するように』と伝魔鳩を飛ばしたのです。その際に直接会ったことがなかったもので、不覚にもその際あなたの存在を伝え忘れていました。ですからその方はあなたを『プルミエさんに捕えられた人間』として接したのです。そんな人に自分を捕えていた存在が生きていると伝えることは酷だと思ったのでしょう」
確かに筋は通っている。
嘘をついてもしかたないだろうし、これは純然たる事実なのだろう。
(プルミエが生きてる! プルミエが生きてる……!)
俺の心臓はバクバクと、今まで感じたことのない速さで血液を巡らせる。
「ですからその後すぐに、私が同席する中で、ロペラがプルミエさんの生存を伝え――」
「プ、プルミエに合わせてくれっ! どこにいるんだ!?」
息を荒くした俺は飛びかからんばかりの勢いでセレシェイラに近づいた。
衝撃すぎる事実にどうにかなっていた俺は、胸倉を掴んで居場所を吐かせるつもりだった。
しかし、その企みはロペラによって防がれる。
突進を軽々と止められ、俺は反動で尻餅をついた。
俺の前に立ち塞がったロペラは、憐れむような目で俺を見る。
「申し訳ありません、私はあなたを誤解していました。……ですが、今のアスカさんを我が主に近づけるわけには参りません」
「プルミエはっ! プルミエはどこにいるんだよっ! いいから教えろよ!」
俺はロペラの後ろに控えるセレシェイラに叫んだ。
「落ち着いてから後日王宮にお越ししていただければ、居場所はお教えいたします。今日はご遠慮ください。そんな憔悴した状態でプルミエさんに合わせて、プルミエさんに何かあったらいけませんので」
セレシェイラはそう言い残し、王宮へと帰って行った。
「ア、アスカ兄ちゃん、大丈夫?」
シャルは倒れた俺に手を差し出してくる。
俺はその手を取って立ち上がった。
「シャル……。ごめんな、格好悪いとこ見せて」
「うんにゃ。……今日は帰ろう。ごめんね、無理に連れてこにゃければ良かった」
「いや、ありがとう。シャルのおかげでプルミエが生きてるってことがわかった」
「何か手伝って欲しいことあったら、言ってくれれば何でも協力するからにゃ」
「うん……本当にありがとう」
俺は良い仲間を持った。それに、プルミエは生きてる。
(そうだ、焦る事なんてない。だから落ち着け。落ち着かなきゃプルミエには会わせてもらえないんだぞ)
俺は収まらない心臓の鼓動にそう自戒した。
俺はそれから丸一日を宿で過ごした。
夜はもちろん一睡も出来ず、夜が明けると同時に王宮へと向かった。




