29話 恋い焦がれ
「イマドの群れ討伐を祝して、かんぱーい!」
あの激闘から1日明けた夜、俺とシャルは食事処にやってきていた。
「おいしいにゃっ! これもおいしいにゃ!」
「焦るな焦るな。料理は逃げないぞ」
シャルは俺の制止も聞かず、次から次へと口に料理を運んでいく。
(まあ無理もない。こんな高そうな店、俺たちには縁がないからな)
個室の部屋なのにもかかわらず、天井には高そうなシャンデリアが煌々と室内を照らしている。
この店の格調高そうな雰囲気に、俺とシャルはまったく不釣り合いだった。
シャルは顔が整っているからまだいいが、俺なんて顔も雰囲気も所作も完全にこの店の格に負けている。
(まあ個室なおかげで他人に迷惑をかけないですむし、そこまで気後れすることもないか)
俺は料理を口に入れる。スラムでの食事どころか、未来で俺が食べてきたものを軽々と越えていく味だ。
思わず頬が緩んでしまう。
「すみません、こんな高そうなところに連れてきてもらっちゃって……」
「アスカさん、こういう時はありがとうですよ? それに、私も一緒になって嬉しさを共有したかったので」
俺はサリアに礼を言った。
そう、この食事はサリアの奢りなのだ。
そこまでしてもらうわけにはいかないと一度は断った俺だったが、「使っても使ってもお金が減らないんです……協力してください……」とサリアにすり寄られてしまったら断るのももどかしい。
「とってもおいしいにゃ。サリア姉、ありがとだにゃ!」
「いえいえ、どういたしまして」
(いつの間にサリア姉なんて呼び方するほど仲が良くなっちゃって……。この光景を見たら、元々が盗んだ盗まれたの関係だったなんて信じられないな)
俺は料理に舌鼓を打ちながら、シャルとサリアが楽しそうに談笑するのを眺めていた。
「ご馳走様でした。この恩はいつか必ず」
「いえいえ~、そんなにお気になさらず。むしろ私としてもお金が減って嬉しい限りなので!」
「庶民になりたてのあたしには理解できない言葉だにゃ……」
「安心しろシャル。俺にもわからん」
「でもお二人ならすぐにこちら側に来れそうですけどね」
サリアは夜風に銀の髪を靡かせながらそう言った。
そう。同じ冒険者とはいえ、サリアと俺たちの間にはまだ雲泥の差があるのだ。
(サリアさんと同類になる日か……想像できないな)
いつかそんな日が来るのだろうか。それはわからない。
しかし、イマドとの戦いで俺たちがレベルアップしたのは確かだ。
「追いつけるよう頑張ります」
「あたしたちは2人、サリア姉は1人だかんにゃ。負けられにゃいぞ、アスカ兄ちゃん」
「いいですね、楽しくなってきました! 私も明日から頑張れそうです」
祝勝会を終えた俺たちはサリアと別れ、宿へと帰る。
「シャルは随分サリアさんと打ち解けたみたいだな」
「にゃ? 言われてみればそうかもにゃ。だってサリア姉ってこっちが警戒するのが馬鹿馬鹿しいくらいのほほんとしてるじゃん」
シャルの言うことも最もだ、と俺は思った。
サリアというエルフは、人に警戒心を抱かせない雰囲気を生まれながらに持っているような、そんな感じがする。
(打ち解けたと言えば……)
「シャル、お前語尾に『にゃ』がつく事が増えたよな。それは俺への信頼と受け取っていいのか?」
最初にあった時は驚いたときくらいしか付いていなかったが、今では日常生活でも付いている。
なんとなく信頼されてきたような気がして嬉しかったのだが、俺の誤解だったら恥ずかしい。
俺は答えを確かめるためにシャルの方を向いた。
シャルは俺から視線をそらすように反対側を向いて、照れくさそうに言う。
「……そ、そう取ってもいいにゃ! その代わり、アスカ兄ちゃんもあたしを信頼するにゃ!」
「おーおー、言うようになったな。ありがたく信頼させてもらいますよ」
「それでいいんだにゃ。あっ……」
「ん、なに? ……あー」
シャルと同じ方を向くと、若い男女が路上で口づけを交わしていた。
「……」
「……」
なんとなく気まずくなってしまった俺たちは、無言で夜道を歩く。
ふと空を見上げると、大きな満月が地上を照らしていた。
「……にゃあアスカ兄ちゃん?」
「どうしたシャル」
俺はシャルの方を向く。
シャルは真っ直ぐと道の先を見据えていた。
「アスカ兄ちゃんはさ、その、好きな人とか……いるのか?」
「好きな、人……?」
俺が聞き返すと、シャルは慌てたように手をブンブンと振る。
「いや、別に変にゃ意味じゃにゃくて、アスカ兄ちゃんとこういう話したことにゃかったからさ! ただそれだけ……って、兄ちゃん?」
(プルミエ……っ)
プルミエの顔が脳裏に浮かんでは消えてゆく。その度に胸がギュウギュウと締め付けられた。
「……いるよ、好きな人。優しくて、でも俺のことを諌めてくれて、時々おっちょこちょいで、花が大好きで、強くて、いつも俺のことを心配してくれて、俺なんかのことを好きって言ってくれて……っ……。……あっ、ご、ごめん! 一人でなんかうわ言言ってるみたいになっちゃって!」
「……にゃあ、全然。そっか、アスカ兄ちゃんはその人のことが本当に好きにゃんだね」
(でも、俺は守れなかった。プルミエは俺のことを守ってくれたってのに……あーやばい、センチメンタルになってきてるぞ俺! 元気出せ! とりあえず会話をとぎらせたら駄目だ!)
俺はシャルを心配させまいと、顔に笑顔を張り付けた。
「シャ、シャルはいないのか? そうだ、スラム街とかにさ!」
「うんにゃ、いにゃいよ。皆死んじゃったから」
シャルの声は平坦で、そこに悲しみの色は宿っていない。
かつての仲間の死を、過去のこととして割り切っているのか。
いや、なんとか割り切ろうと努力しているのだろう。
その証拠に、シャルは哀しみを堪えるように自らの下唇を、その色が白くなるほど強く噛んでいた。
(俺は馬鹿か! スラムがどんなに危険なところか身をもって知ってるはずの俺が、こんなうかつな発言でシャルを傷つけるなんて……っ!)
「わ、悪い……!」
俺の謝罪に、シャルはこちらに向き直る。そしていつも通りの笑顔で笑った。
「今あたしが関わりのある男にゃんて、アスカ兄ちゃんくらいにゃもんだよ。……まあ、アスカ兄ちゃんはさすがに守備範囲外だけどにゃ。にゃははは」
シャルの笑顔はいつも通りだ。
いつも通りなはずなのに、俺には悲しげに微笑んでいるようにしか思えなかった。
(……シャル、ありがとな)
暗い空気にさせまいというシャルの気遣いだろう。俺は年下にまで気を使われている。
なんとも情けないが、それを無下にするのはもっと情けない。
俺はキザな動作で自らの前髪をサラリとかきわけ、シャルにウィンクをお見舞いした。
「やれやれ、僕みたいにイケメンな男は滅多にいないんだけどなぁ」
「可愛そうに、鏡見たことにゃいんだね……」
「え、それどういうことですかシャルさん」
「さあにゃ~」
宿に帰った俺は、窓から空を見上げる。
空には満月、そして空を覆い尽くすほどの満天の星が燦爛と輝いていた。




