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28話 群れ

 平原での特訓から2日後。俺とシャルは森の入り口に立っていた。


「いよいよだな……」

「何だよアスカ兄ちゃん、びびってんのか?」


 シャルが馬鹿にするように片眉を上げる。上がった眉は金髪に隠れた。


(ここは俺が年上の威厳ってやつを見せる時だな。ここで俺が格好良いことを言えば、シャルも俺を尊敬してくれるはず!)

 俺はそんなことを考えながら口を開く。


「び、びび、びびってねえし!」

「思い切り声震えてるけど……」


(ミスったぁ! 緊張が声に出ちまった!)

 無駄かもしれないと思いながらも、俺は無言を貫く。

 こういう時は何かしゃべると大抵墓穴を掘ってしまうものなのだ。


「まあ、びびってるのはあたしもだけどにゃ」


 シャルの口から意外な言葉が発され、俺はシャルの方を向く。

 その手は僅かに震えていた。


(そっか、シャルにとっちゃ自分を半殺しにした因縁の相手だもんな……)


 半殺しにされたのは俺もなのだが、俺は『頑丈』があるから一発食らったくらいじゃ死なない。でも、シャルは違うのだ。


(俺が前にでて、シャルには傷一つ負わせねえぞ……!)


 覚悟を新たに、俺は目の前に広がる森を見据える。

 森がこんなに怖く思えたのは初めてかもしれなかった。


「ここが俺たちの壁だ。これさえ超えればもう一段階上のステージに行ける……はずだ。だから頑張ろう」

「死にゃにゃきゃ成功、倒せたら大成功ってくらいの気持ちで行くにゃ!」


 俺とシャルは森に踏み込んだ。








「シャル!」

「にゃっ!」


 俺の合図に従って、シャルが雷撃を飛ばす。

 イマドはそれを右に躱した。


「そっちに避けるのは読んでるんだよ!」


 躱したばかりで不完全な体勢のイマドを、あらかじめ撃っていた俺の火魔法が襲う。


「ギャウゥゥ!」


 火魔法が直撃したイマドは、苦しげなうめき声をあげて地に伏せる。


「念には念をいれにゃいと」


 シャルが雷魔法でとどめを刺した。


「ふぅ……」


 イマドを倒した俺は緊張を緩める。


「こういう時に限って単独行動のイマドばっかりにゃんて、アスカ兄ちゃん運がにゃいんじゃにゃいの?」

「いや、次こそ群れなはず! ところでまだ魔力は大丈夫か?」

「うん、大丈夫」


 シャルがドン、と胸を叩いた。その背後の茂みに光る眼が二つ。


「シャル、危ないっ!」


 俺は咄嗟にシャルに飛びついた。

 地面に伏せた俺たちの頭上を、飛びかかってきたイマドが通過していく。


「あ、ありがとうアスカ兄ちゃん」

「ああ。それより……あっという間に囲まれたな」


 茂みからぞろぞろと連なって出てきたイマドはみるみるうちに数を増していく。

 その数は十に届こうかというものだった。


「閃光使って数を減らした方がいいと思う」


 素早く立ち上がったシャルが、周囲のイマドを威嚇するように唸り声を上げながら俺に提案する。

 俺はそれに同意を返し、腰からナイフを抜いた。


 次の瞬間、周囲を太陽のような強烈な閃光が包む。


「ギャウ!?」


 突然の光に、イマドは面食らったように悲鳴を上げた。


(火魔法は準備に時間がかかるから連発できない。ここはナイフで戦うのがベストだ!)


 俺は慌てふためくイマドに近づき、ナイフで首を刺した。

 痛みで暴れ狂うイマドの爪が、俺の身体をひっかく。

 体に力を入れている俺に傷をつけるには及ばないのだが、俺は焦っていた。


(くそっ、抜けない……!)


 骨の隙間に挟まってしまったらしく、ナイフがイマドの首に固定されてしまったのだ。

 俺はナイフを諦め、火魔法で応戦することにする。


(速くしないと……速く!)


 焦る気持ちがマイナスに働き、火魔法の形成が上手くいかない。

 なんとか一発をイマドにあてた頃には、イマドたちは視力を取り戻していた。


「悪いシャル、しくじった……!」

「アスカ兄ちゃん、落ち着け! あと5匹、倒せにゃい相手じゃにゃい!」


 俺が2匹を倒す間に、シャルは4匹を絶命させていた。

 イマドの残数を確認するために周りを見回した俺は、シャルが出血しているのに気付く。


「おいシャル、右腕がっ!」

「ちょっと引っかかれちゃっただけ! 心配ないにゃ!」


 シャルの言葉からは明らかな強がりが見え隠れしていた。

 事実、シャルはナイフを左手に持ち替えている。もはや右手はナイフも持てない状態なのだ。


「グルルルル……」


 イマドたちは狡猾にもシャルの傷に気づいたらしく、標的を一斉にシャルへと転換した。


「上等だよ、やってやろうじゃにゃいか」


 シャルは左手に持ったナイフを不格好に構える。

 そしてシャルに向け、イマドたちは飛びかかった。


(ふざけんな、左手で戦ったことなんかないだろうが! 死ぬ気かよ! ふざけんなふざけんなふざけんな!)

「死なせるかぁっ!」


 俺はシャルの腰を乱暴に掴み、そのまま頭上に持ち上げた。


 イマドの体長では、俺が持ち上げたシャルに噛みつくことはできない。

 自然とイマドたちの標的は即座に俺へと移り、その鋭い牙が俺を襲う。


(いってぇ……!)


 鋭い痛みが俺の腹部を襲う。

 いくら俺の身体が頑丈だと言っても、複数匹の一斉攻撃は無傷とはいかない。


「アスカ兄ちゃん!? にゃ、にゃにを……」

「シャル! 俺がお前を支えとくから、お前は上から雷魔法をひたすらぶっ放せ!」


 動揺しているシャルにそう指示をだし、俺はただひたすらイマドの牙に耐える。


「グワァウッ!」

「ぐっ……!」


 イマドの牙が少しずつ、本当に少しずつ俺の身体に食い込んでいく。

 皮膚を突き破って体の中に異物が入って来る感覚はお世辞にも平気なものとは言い難かった。

 声を上げたくなるような痛みに耐えながら、俺はイマドがシャルによって攻撃されていく様を見守る。


(シャルは殺させねえ。俺が守るんだ! 俺が助けるんだ!)


「アスカ兄ちゃん……いい加減にしろぉっ!」


 そんな俺の腹を、シャルが蹴った。


「ぐふっ!?」


 予想外の痛みに思わずシャルを掴んでいた手が緩む。

 シャルは俺を蹴った反動を利用してイマドの輪の外側に着地した。


「格好つけんにゃっ! あたしはアスカ兄ちゃんにお守されるために冒険者ににゃったんじゃにゃい! 一緒に戦うために――アスカ兄ちゃん?」

「俺が悪かった……。けどもう少し手加減してくれるとうれしかったかな。はははは……」


 俺は腹の痛みに悶絶しながら地面を転がっていた。

(予想外すぎて力抜いてたよ……ヤバい、死にそう)

『頑丈』が発動していない時の俺の身体は、物騒な時代に生きているこの時代の一般人よりもよほどもろいのだ。

(まったく、つくづく大事なところで格好がつかねえ……)


「アスカ兄ちゃん!」


 シャルがイマドの隙間を縫って俺の場所までたどり着く。


「ごめんにゃ! アスカ兄ちゃんの身体、頑丈だから強く蹴んないと離してくれにゃいと思って……」

「いや、全然オッケーよ? 平気平気……」


 俺はなんとか立ち上がった。


「無理しにゃいでくれよ。……あたしが蒔いた種だ、あたしがケリをつける」

「俺だってシャルにお守されるためにここにいるんじゃないよ。大丈夫、やれる」


 俺とシャルはイマドに囲まれた中心で背中を合わせる。


「煙幕使うから、これで決めよう」

「合点承知だにゃ!」


 俺は闇魔法の煙幕を発動する。辺りは黒い煙に覆われ、イマドたちは再びの混乱に陥った。

 雷を降らせる暗雲のような黒さのその中で、正常に動けているのは俺とシャルの2人だけ。


(ここで決めるんだ!)


 俺は無我夢中で、ただ無心にイマドを殴り続けた。


「……あ」


 煙が晴れる。

 周囲には横たわるイマドの群れ。

 ――立っていたのは俺とシャルだけだった。

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