25話 コンビネーション
朝。気持ちの良い風が吹き抜ける平原で、俺とシャルは準備体操をしていた。
シャルの発案で、折角Sランクのサリアに見てもらえるのだから、その前に少しでも連繋できるようにしておこうということになったのだ。
「よし、準備は良いか?」
「おっけー」
俺とシャルは何度か膝を曲げ伸ばしして身体の具合を確かめる。
そして魔物を探し始めた。
(えっと――)
俺は頭の中で事前情報を反芻する。平原に出る主な魔物はスムラムとドードである。
スムラムは半液体状の魔物で、ドードは赤いとさかがついたダチョウみたいな鳥である。どうでもいい話ではあるが、ドードはほとんどが雌らしい。
「お、いたな」
見晴らしがいいおかげで、それほど敵を探して歩き回ることもなく、すぐにスムラムを見つけることができた。
「まずはあたしの戦い方をみせてやるよ」
シャルは体勢を低くして、懐に忍ばせたナイフに手を添える。そうして身の安全を確保した状態で雷魔法を発動した。
シャルの手から雷のように射出された光はスムラムに直撃する。
衝撃で動きを止めたスムラム目掛け、シャルはナイフを抜いて突っ込んだ。
しかしスムラムの外形はシャルが斬りつけるまでもなくドロリと溶けだし、地面にしみ込んでいく。どうやら絶命したようだ。
スムラムがここにいた痕跡はすでに地面についた水色の染みしか残っていない。
「……とまあ、こんにゃ感じ。イマド相手だと返り討ちにされる危険があるからナイフは使わないけどにゃ」
シャルは爪先でトントンと地面を叩きながら、慣れた手つきでナイフを宙で一回転させた。
「目くらましはいつ使うんだ? あの森で最後にやったやつ」
「基本はピンチの時だけ。あ、でもパーティーだと前もって合図を決めとかないと混乱するよにゃ」
「そうだろうな。俺も闇魔法の煙幕使えるけど、同時に使ったらてんやわんやになっちゃいそうだ」
俺はシャルの言葉に深く同意する。
閃光は目を強くつぶれば耐えられるし、煙幕も自分を魔力で覆っていれば食らわずに済む。
対処法があるのだから、味方には対処してもらって敵には食らってもらう。これが最善の形だ。
「あー、そういえばアスカ兄ちゃんは闇魔法使えるんだよね。羨ましい」
「あれ、闇魔法って忌避されてんじゃないの?」
(何か、プルミエに聞いた話と違うような……)
俺はシャルの態度に疑問を持つ。
嫌がられるのではなく、羨ましがられるとは思わなかった。
シャルは難しい顔をして腕を組んだ。
「……忌避ってにゃに?」
どうやら言葉の意味がわからなかったようだ。
「あー、嫌われてるってこと」
「にゃるほど。10年くらい前までは邪悪な魔族が使うものってイメージだったらしいけど、今はそんにゃことにゃいよ。むしろ最初から上位属性が使える勝ち組って感じ」
プルミエの情報は少し古かったようだ。まあ400年も生きてれば10年前なんてついこの間だろうし、無理もないかもしれない。
とりあえず煙幕と閃光の合図は身体から魔力を放出することに決めた。
煙幕を使うときは俺が魔力を身体に纏わせてシャルに伝えて、閃光はその逆という形だ。
最初は掛け声にしようとも思ったのだが、声を出すだけで何か企んでいることが相手に伝わってしまうので却下した。
「ただ俺、あんまり魔力を感じるのに自信ないんだよな」
「そこらへんは慣れていけばダイジョーブだって。一応スムラム相手に何回かやってみる?」
「ああ、頼むよ」
俺とシャルはスムラムを相手取り、何度か魔法を使うタイミングを計った。
「ぐぁぁああああ! 目がぁぁああ!」
「アスカ兄ちゃん、大丈夫か!?」
「う、うわぁぁ! 暗くて何も見えなくなったにゃあっ!?」
「落ち着けシャル! 今お前が斬ろうとしてるのは敵じゃなくて俺だから!」
合図を出し忘れたり、出しても相手に気づかれなかったり……想像以上にグダグダになってしまった。
「はぁっ、はぁっ……つ、疲れた……」
「思った以上に上手くいかにゃいにゃ……」
一朝一夕ではなかなか難しい……いや、かなり難しかった。
俺は腰に手を当てて中腰になっているシャルを見る。その身体からは魔力は漏れ出していない。
(戦いながらじゃなければわかるんだけどなぁ……)
戦闘中に味方の動きを気遣うだけの余裕が、駆け出し冒険者の俺たちにはまだないのだ。
「こりゃ、あれだな。どうしてもヤバそうだったら味方を巻き込む覚悟で使うってことで」
「あたしもそれがいいと思うにゃ」
半ば諦めたような結論に達した俺たちは、少し休憩した後再び魔物を探しに行く。
少しうろつくと、ドードが単独行動しているところに出くわすことができた。
ドードはなにげに今日初遭遇である。今までは全てスムラムだった。
「一応俺一人での戦い方も見といてくれ」
俺はシャルの一歩前に出る。
ドードは魔物とは思えないつぶらな瞳で俺をじぃっと見つめた。
(見た目は弱そうだけど、戦うのは初めてだからな。初見で油断はダメだ)
「ドードー!」
俺を敵と認めたのか、ドードがつぶらな瞳を醜く歪めて俺の方に突っ込んできた。
俺は闇魔法の煙幕を使って自分の姿を隠す。
「ドードー?」
そして、ドードがこちらを見失っている間に準備した火魔法をドードに放つ。
火球はドードに直撃した。
「ドードー!? ドードー!」
ドードは魔法が飛んできた方角からアタリをつけて、俺へと突っ込んでくる。
しかし、その動きはイマドと比べると一段落ちる。
(望むところだ。この速さなら俺が後の先をとれる。一応攻撃された時のために体に力を入れて――)
俺は腰につけたナイフでドードの首を切り裂いた。
切断された首からは赤い血が溢れだす。
(生き物を殺すのは未だにちょっと抵抗あるな……。でもこれも生きるためだ)
俺はドードの血で赤く染まったナイフを綺麗に拭き取る。
「こんな感じなんだけど、どう?」
以前までは距離が詰まったら殴るしかなかったが、ナイフがあれば近距離でも戦える。
俺は手ごたえを感じていた。
「突っ込んできた時、あそこで先に攻撃されるようにゃ素早い相手にはどうやって戦うつもりにゃの?」
「俺丈夫だから、一撃食らってからナイフか拳で倒す感じかな」
それを聞いたシャルは心配そうな顔で俺に忠告した。
「兄ちゃんみたいにゃ人間や、あたしみたいにゃ亜人が魔物の一撃まともに食らったら大概はアウトだぜ? いくら服が丈夫だからって、そんにゃ戦い方じゃすぐに大けがしちゃうよ」
「服じゃなくて、俺が丈夫なんだ。なんなら魔法撃ってみてもいいぜ」
俺はシャルの前で仁王立ちし、両腕を広げる。
シャルは呆れたように「にゃあ」とため息をついた。
「……アスカ兄ちゃんって時々馬鹿だよにゃ」
「ほら、撃ってみろ」
「……本当に?」
「ああ」
「本当のほんとーに? あたし撃つよ?」
「どんとこいだ」
俺は身体に力を入れる。
それを見たシャルはためらいがちに右手を俺に向け、手から雷を撃ちだした。
それは俺の身体に直撃する。
しかし、その雷撃は俺の身体に傷をつけるには及ばなかった。
「ほらな?」
「……すっげー! アスカ兄ちゃんすげえにゃ! 最強だにゃ!」
「もっと撃ってきてもいいんだぜ」
繰り返し撃たれる雷撃を、俺は体一つで受け止める。
何度も撃たれるうちにあることに気づいた。魔物に撃つ時よりも威力を弱めてくれているということだ。
(一応手加減してくれてたんだな)
シャルは目を輝かせて俺に魔法を撃ってくる。
その興奮度合いは今まで見たことがないほどだ。
いったい何がそんなにシャルの心の琴線に触れたのかは誰にもわからない。
「格好いい! アスカ兄ちゃん、今最高に輝いてるよ!」
「ふはははは! そうだろう、そうだろう!」
「あの~……盛り上がってるところすみません」
「うわっ!?」
いつの間にかサリアさんが俺の後ろにいた。
サリアさんは気まずそうな顔で、俺と目を合わせてくれない。
(夢中になってて全然気が付かなかった……。鍛えてくれるってことで来てくれたのに、悪いことしたな)
「す、すみません。夢中になってたもので……」
俺はサリアに謝る。
サリアはキョロキョロと目線をせわしなく動かしながら、「謝らないでください!」と手を横にぶんぶんと振った。
「……アスカさんってMなんですね。でも安心してください、言いふらしたりはしませんので!」
「……なんかすごい誤解されてる!?」
「え、違うんですか? でも今、いたいけな少女であるシャルちゃんに魔法を撃たせて嬌声を上げてましたよね」
(嬌声って、言葉のチョイスどうなってんだ!)
俺はとにかく誤解を正そうと、口から出るままに言葉を並べた。
「嬌声は上げてないっ! ただ興奮してただけだ!」
「興奮……」
サリアが俺から一歩距離をとった。
(違う、興奮ってのは性的な話じゃなくて、ただテンションが上がったって意味で――ってテンションが上がったてのも誤解されるか!? どうすりゃいいんだっ!)
俺は内心でパニックになっていた。
「興奮はあれだ、間違いだっ!」
「兄ちゃん、え、Mだったのか? あたしを騙して魔法を撃たせてたのか!? 信じてたのに……」
シャルの目に光るものが滲んでくる。裏切られたのがよほどショックなようだ。
(どんどんややこしくなっていってる……)
俺は必死でシャルに弁解する。
「違う、シャル聞いてくれ。俺はMじゃない!」
「あ、私知ってますよ! 『MじゃなくてドM』というやつですよね!」
「サリアさんは黙っててくれ! 頼むから!」
結局、誤解を収めるまでにはこれから30分もの時間を要したのだった。
次話から一日おきの投稿になります。




