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24話 四大英雄

 ギルドへと入ってきた銀髪のエルフは、ぼーっとした様子でカウンターへと向かった。


 俺は周りに聞こえないよう、シャルの耳元に近づいて小声で話しかける。


「……なあシャル。あの子ってさ」

「……そうだにゃ。あたしが盗んだ相手だよ」


 シャルも小声で返してくる。その横顔には気まずそうな色が多分に表れていた。

 やはり声を上げたのはあの子が原因だったようだ。


「謝りに行くなら俺も付いていくぞ?」

「……よし決めたっ、行くにゃ!」


 エルフの少女がカウンターを離れたのを見計らって、シャルが彼女に接近を図る。


「あ、あの!」


 シャルに話しかけられたエルフは、その美しい銀髪の髪を翻してシャルに向き直った。

 そして頭の上に疑問符でも浮かべるかのように首をかしげる。


「はい、私に用ですか? ……あれ、どこかでお会いしたことあるような……ないような?」

「あの、その……ちょっと前に姉ちゃんの物を盗んじゃったんです。その節はどうもすみませんでしたっ!」


 シャルがエルフの少女に頭を下げた。


「ああ、あの時の!」

「俺からもお詫びします。どうもすみませんでした」


 俺も一応謝っておく。

 エルフの少女は俺をじぃっとみてさらに疑問を深めたような顔をした。


「あれ、またあの時の人。……あ、グルだったんですか? ……あれ、でも結局素材私に戻ってきちゃってますけどいいんでしょうか……?」

「あ、違くてですね……」


 俺は簡単に事情を説明した。

 説明を聞き終えた少女は得心がいったように手をぽんと叩く。


「なるほど。わかりました、許します! シャルちゃんとの追いかけっこも楽しかったですし!」

「あたしは命がけだったってのに、姉ちゃんは遊び気分だったのかよ……。でもこれで納得がいった。変だと思ったんだよ。人間、亜人合わせても史上最強とも言われる姉ちゃんが、あたしに追いつけない訳ないもんにゃ」


 シャルの言葉の中に、目の前の少女に不釣り合いな言葉が含まれていることに俺は気が付く。俺はその言葉を反芻するように口に出した。


「史上最強? こんな可愛い子が?」

「史上最強どうかは興味ないですし知りませんけど……7代目剣聖、サリア・エルシャティです」


 サリアと名乗った銀髪のエルフは、腰に掛けた剣を右手で軽く二度叩いた。











「折角のご縁ですし、もう少し話しましょうよ~」というサリアの提案に乗って、俺たちはギルド内のバーに場所を移した。


 俺はバーにたむろしている男たちの視線が一斉にこちらに注がれるのを感じる。


(胃が痛い……)


 サリアはもちろん、スラムを出て身だしなみを整えたシャルも、こんなタバコ臭い場所に不釣り合いなほどの美少女である。

 暗い店内が俺たちのテーブルだけ明るく見えるほど、2人は異彩を放っていた。


「お二人は冒険者としての目標みたいなのはあるんですか?」


 オレンジジュースをストローでちびちびと飲みながら、サリアが俺たちに尋ねてくる。


「俺はなるべく早くイマドの群れを相手取れるようになることかな。今のままだと懐事情が厳しいし」

「あたしも同じかにゃー。やられた分はやり返さにゃいと気が済まにゃい性質だから」


 シャルがミルクを煽る。口の周りにひげのように白い泡が付いた。


「なるほど~。ああ、でしたらアドバイスがありますよ」

「ぜひお聞かせ願いたいな」

「イマドは成熟した個体は雷魔法を使用します。その関係上、雷魔法に耐性があります。その反面、それ以外の魔法にはそこまで強くないので、雷魔法以外で戦うのがいいですよ~」


 サリアは俺たちにそう助言をくれたが、残念ながら俺たちは戦い方を選べるほど戦闘に慣れていない。

 不幸なことに雷魔法しか使えないシャルは、グデンとテーブルに体を預けた。


「あたし、魔法は雷しか使えにゃい……」

「……ま、まあ雷でも勝てます! 頑張れば!」

「本当? ……じゃあ頑張る」


 二人のやり取りを、俺は水を飲みながら聞いていた。冷え切っていない生ぬるい水を口に流し込む。


(……にしても、エルフは美人って後世の人間の作り話かと思ってたけど、本当の話だったんだな。……改めて考えると、こうしてエルフと猫の亜人と同じテーブルについてるってすごいことなんじゃないか?)


 グラスから視線を上げると、サリアがじぃっと俺を見られていた。


(? なんだ?)


 サリアは瞬きもせずに俺を見つめる。

 銀色の瞳に見つめられると、全てを見通された気分になってしまう。


(すっげー綺麗な銀色の目してる! なんか宝石みたいだ! これがエルフなのか!)


 どうせ見通されるなら、取り繕う必要もない。そう考えた俺は見たものを素直に感じることにした。


「……私、アスカさんに興味がでてきました」

「へ、なんで?」

「私の眼を見て恐れるでも劣情を抱くでも嫌悪感を抱くでもなく、純粋に興奮した男の人は初めてだからです。変わってますね、アスカさん」

「兄ちゃん……」


 サリアの言葉に、シャルが変態を見るような目で俺を見る。


「誤解だっ! サリアさんも人聞き悪い言い方はやめてくださいっ!」


(さすがに言い方ってものがあると思うんだ)


 そこはせめて取り繕ってほしいと思わざるを得ない。

 しかし、サリアは良くわかっていないようだった。天然なのだろうか。


「よくわかりませんけど……ごめんなさい?」

「いや、いいよ」


 さっきから周りの視線も意に介していないようだし、サリアは基本的に神経が太いんだろう。

 常に注目を浴びてきたからこそかもしれないな、と俺は勝手に推測する。


 サリアは顎に手を当てて何か考え込んでいるようだ。


「う~ん……じゃあ、お詫びに私が稽古してあげます! お二人にとってはいい経験になると思いますけど、どうですか?」

「あたしたちとしちゃ願ったり叶ったりだにゃ」

「むしろ断る理由がないよな」


 棚からぼたもち。俺たちはサリアに稽古をつけてもらえることになった。









 明日の昼から平原で稽古をしてもらえる約束をとりつけた俺たちは、「さようなら~」と手を振るサリアと別れてギルドを出た。

 まさかこんな展開になるとは思っていなかった俺とシャルは半ば放心気味だ。


「シャル、よくあんな相手から物盗もうと思ったな」

「違う、盗んだ相手がたまたま剣聖だったんだ。あまりにもぼーっとしてる人がいたから後ろから盗んだら、それが剣聖で――『ああ、死んだな』と思ったにゃ、あれは」


 俺はサリアがギルドに入ってきた時のことを思い出す。たしかに警戒心は薄そうだった。


「たしかにおっとりしてるよな。でも強いんだろ?」

「すっげー強いよ。Sランクってあんだろ? あれはあの姉ちゃんのために創られたランクだにゃ」

「……は?」


 意味が分からない俺に、シャルは説明を補足してくれる。

 それによるとこうだ。ギルドでランク制がとられ始めたのはここ50年ほど。当時はA~Eまでのランクしかなかったそうだ。

 サリアはその中ですぐにAランクに上り詰めた。しかしサリアはその中でも明らかに他とは隔絶した力を持っていた。さすがに実力差がありすぎて同ランクとして扱うのは良くないということで、Aランクの上に「サリア」の頭文字である『Sランク』が出来た――ということらしい。


「半端ねえ……」


 まるで生きる伝説だな。


「あの姉ちゃんは四大英雄の一人だった『初代剣聖』より強いんじゃにゃいかって言われてる唯一の剣士にゃんだ。そりゃ半端にゃいよ」

「四大英雄?」


 聞いたことのない言葉だ。


「あたしも詳しくは知らないけど、150年~100年前の大戦で活躍した4人の英雄のことだったはず。『初代剣聖』ラブリュス、『死なない死人』えっと……ドラウグル、だったかにゃ。それと、『三ツ目の蛇王』メドゥーサに、『紅い死神』プルメイ?の4人だったはず……多分」

「……もしかしてその『紅い死神』って、プルメイじゃなくてプルミエじゃないか?」

「ああ、そうだったかも! にゃんだ、知ってんじゃにゃいか」


 プルミエの凄さをこんなところで知ることになるとは……。


 俺は立ち止まり目を閉じた。そして心の中のプルミエに念じる。


(プルミエ、俺頑張るからな……!)


「どうかした、アスカ兄?」


 突然立ち止まった俺に、シャルは心配して戻ってきてくれた。


「いや、なんでもない。帰ろう」


 俺は沈みそうになる気持ちを押しとどめて歩き始めた。

 明日はサリアとの特訓だ。今の俺に止まっていられる時間はない。

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