23話 服
冒険者用の装備屋へとついた俺たちは店内に入った。少し古びた木材が店内に味を出している。
髭を蓄えた店主が俺たちの来店に気づき、声をかけてきた。
「いらっしゃい。今日はどんな御用で?」
「冒険者用の服っていうのがあると聞いたので、それを買いに来ました。それと……そうだな、小型の刃物とかあります?」
剣が使えれば申し分ないのだが、いかんせん使い方が分からない。
重量もあるし、逆に動きの邪魔になってしまいそうだと考えた俺は店主に小型の刃物の場所を尋ねる。ナイフでも十分攻撃力の底上げには繋がるだろう。
「ああ、ナイフの類ならそこの棚だ。それと、服に関しては普通の服に耐久性を上げる魔法をかけりゃいいんだ。服屋でお気に入りの服探してくりゃ、それにかけてやるぜ」
(なるほど、そういうシステムなのか)
元々服に魔法がかかってるのかと思っていたが、どうやら魔法は後付けでかけるらしい。どうりで通りの冒険者たちがいやにおしゃれな格好をしてる訳だ。
「今着てる服にかけてもらえばいいんじゃにゃい?」
シャルがカウンターに肘をつき、顔をもたれさせながらそう言った。
それもそうだなと思った俺は、店主に金を払う。
「じゃあ、今着てる服にお願いします」
「はいよ」
店主の掌から緑の光が吹き出し、俺の着ている服を包んだ。しばらく光っていたが、徐々に光が落ち着いてくる。
「おし、終わりだ。これでイマドの攻撃も一撃は耐えられるぜ。ただ、もとが服だからな。あまり過信はすんじゃねえぞ」
「ありがとうございます」
(『頑丈』がある俺にはいらなかったかもしれないけど……服が破けると動きにくくなるし、その心配がなくなるのはいいな)
俺は礼を言い、ナイフが置いてある棚に移動する。
そこには小指サイズの極小ナイフから、小太刀に近い大きさのものまで多様な刃物が存在していた。
「うーん……」
俺はそれらを眺めながら唸り声を上げる。
(どれがいいのか全然わからない……。刃物なんて扱ったことないからなぁ)
困った俺は、シャルに助言を求めることにした。
「シャル先輩シャル先輩、どれがオススメとかありますか?」
「へへん、そうだにゃあー……。アスカ兄ちゃん、ちょっと手ぇ見せて」
先輩扱いされて上機嫌なシャル。非常にちょろい。
「仰せのままに」
俺はシャルの言うとおり、手をシャルに向けた。
シャルは俺の手を真面目な顔でじっと見つめる。
「……やっぱり。兄ちゃんナイフ使ったことにゃいでしょ」
「おお、よくわかるな」
「手を見ればそれにゃりにはね。だったらこれとかでいいんじゃにゃい? アスカ兄ちゃんは魔法が使えるし、刃物はあくまで超近距離の時だけ使うようにした方がいいと思うよ。どんくさそうだし」
「どんくさそう!?」
シャルが俺をそう思っていたことにショックを受けつつも、俺はシャルが選んだ小さいナイフを買うことにした。
「あ、そういやあたしも昨日ナイフ壊れちゃったし買っとこっと」
「シャルはどんなの使ってるんだ?」
「ん? アスカ兄ちゃんと同じようにゃのだよ。あたし速さには自信あるけど力はにゃいから、でかい剣とか振り回せないし」
そう言ってシャルは俺と同じナイフを手に取る。
「う~ん……うん、これにしよっかにゃ」
「なんだ、お揃いだな」
「!? ぐ、偶然だにゃ! わざとじゃにゃいにゃ!」
シャルはわたわたと慌てだす。
(武器が被ったくらいでそんなに慌てることもないだろうに)
そんなこんなで装備を整えた俺は、冒険者として登録するためにギルドへと向かった。
ギルドに入ると、タバコの煙が鼻にくる。
俺は手で鼻を抑える。タバコの匂いはあまり好きではない。
昼だというのに、備え付けられたバーでは多くの冒険者がたむろしていた。
酒に溺れる者、情報収集に勤しむもの、新しい武器を見せびらかすもの、武勇伝を語るもの――彼らの表情は様々だが、皆どこか剣呑な雰囲気を纏っている。
(相変わらず闇社会みたいな雰囲気あるな……)
俺はシャルとともに迷わずカウンターへと向かった。
イマドの素材を売りに来ているので、実は意外とギルドは訪れる機会が多いのだ。
「本日のご用件は何でしょう?」
「冒険者登録をしたいんですけど」
「かしこまりました。ではこちらのご記入をお願いします」
ギルド嬢は丁寧な動作で俺に一枚の紙を手渡してきた。
そこには「名前」「性別」「年齢」そして「武器・使用魔法」という四つの項目が並べられている。
(あ、そういえばプルミエが『闇魔法は人間に嫌われている』って言ってたな。書いたらまずそうか?)
「あの、この欄って使える魔法全部書かなきゃいけないんですか?」
俺が「武器・使用魔法」の欄を指さして尋ねると、ギルド嬢は「いえ」と否定を返してきた。
「そもそもこの資料はソロの方がパーティーを組む際の参考にするだけなので、嘘さえ書かなければ白紙でも結構です」
(なるほど……。もうシャルとパーティーを組むと決めている俺は書く必要がないってことか)
俺は「武器・使用魔法」の欄に火魔法とだけ書いて提出した。
ギルド嬢はそれを軽く読み流し、「はい、ありがとうございます」と言いながらバインダーに仕舞う。
「それでは、冒険者の基本的な規則を説明させていただきますね」
ギルド嬢は事務的な口調で冒険者として生きていく上でのルールを述べていく。
ランクと言うのが設定されていて、S~Eまでの6段階に分かれているらしい。もちろん俺はEランクからのスタートだ。
だが、今の俺に最も関係があるのは依頼についてだ。冒険者になると、ギルドが掲示する依頼を受けられるようになる。それをこなすことで、ただ魔物を狩るよりも高い金が貰えるのだ。
「ただし失敗しますと逆にお金をいただく場合もありますので、そこはご注意ください。あとから『聞いてない』と言われましてもギルド側といたしましては聞く耳を持ちませんから。説明は以上になります」
(世の中旨いだけの話はないってことだな……まあ、失敗しないように頑張ろう)
ギルド嬢の説明を聞き終えた俺はギルド嬢に礼を言い、カウンターを離れた。
「あ、そういやシャルはどんな魔法が使えるんだ?」
武器屋で魔法主体と言っていたが、どんな魔法を使う鎌では聞いていなかった。森で光のようなものを放っていたことから考えて、雷属性だろうか。
魔法について聞かれたシャルは自慢げに胸を叩いて答えた。
「あたしは雷だ! アスカ兄ちゃんに助けられた時は目くらまししかできなかったけど、今は攻撃用の魔法も覚えたんだぜ」
「すごいな、シャル」
「へへへっ、だろ?」
得意げなシャルは鼻を擦る。
(いや、実際すごいよな。まだ一週間しか経ってないのにあれだけの金を稼いで、さらに新しい魔法まで覚えてるなんて……本当に才能あるんじゃないか?)
「攻撃魔法覚えてからは討伐がぐっと楽ににゃったんだ。それまでは目くらまししてから近づいてナイフでグサッ、しかできにゃかったかんにゃ」
「……ナイフは最初から使えたんだよな?」
さすがにそれもこの一週間で覚えたとか言われたら、俺は自分との成長スピードの格差に恐れを抱くぞ。
シャルは見事なナイフ捌きで、ナイフの腹を手の甲に滑らせて一回転させた。
「そりゃ、女がスラムで一人で生きていくにゃらナイフの扱いは必須事項だよ。使えにゃきゃ何されるかわかったもんじゃにゃいし」
「そうか……そりゃそうだよな」
襲われないための自衛手段ということだろう。ナイフが扱えないと自分の身さえ守れない……世知辛い話だ。
「にゃっ!?」
不意にシャルが声を上げる。見ると、シャルは耳をピンと立て、尻尾も一瞬で直立状態になっていた。
何にそんなに驚いているのかと、俺はシャルの目線の先を追う。
そこにはシャルが盗みを働いた相手である、銀髪のエルフが立っていた。




