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22話 やったー!

 シャルがスラムを出て行ってから、俺は自分の金を稼ぐための魔物討伐を始めた。

 しかしながら、状況はあまり芳しくない。


「今日もいまいちかぁ……」


 イマドの角一つを換金した金を懐に忍ばせ、俺はトボトボと大通りを歩いていた。

 稼げなくなった原因はひとえに時期にあった。イマドたちが繁殖期に入り、単独行動することが少なくなったのだ。

 攻撃力のない今の俺では一度に多くのイマドを相手取ることはできない。

 そうして群れを避け続けた結果、必然的に儲けは減少しているのだった。


(退院してからもう一週間がたつけど……この調子じゃスラムを出れるのはいつになることやら)


 むしろ一度魔物討伐は休んで、新たな魔法を覚えた方が効率が良いかもしれない。

 ただ、その場合は最低でも1週間は潰れるし、師がいない現状では何の魔法も覚えられない可能性も高い。

 要するにハイリスクハイリターンなのだ。


「どうするべきか……あー、わっかんねえー!」


 頭をかきむしるが、そんなことで名案はでてこない。

 答えの出ない悩みに辟易した俺は、なるべく金のことを考えないようにしながら家へと帰った。






 家が見えてきたところで、家の前に誰かが立っているのに気が付く。

 目を凝らしてみると、それは金髪の少女――シャルロッテであった。


 こちらに気づいたシャルはぶんぶんと手を振ってくる。それに呼応するようにしっぽもピョコピョコと揺れた。


「アスカ兄ちゃん、どこ行ってたんだ? 魔物討伐か?」


 そう聞いてくるシャルの雰囲気は年相応の少女らしい明るさで、初めて会った時にわずかに感じた荒んだ暗さはもうすっかり影を潜めていた。

 そのことに嬉しくなった俺は、自分の悩みを笑い飛ばす。


「ああ、成果はお察しだけどな。今日はどうしたんだ?」

「お金を返しに来たんだ。よっと……はいこれ」


 シャルは腰につけた麻袋を俺に手渡した。

 服の中に入れなくなったのは喜ばしいことだが、それよりも俺が気になったのは、

「返すってことは、使わなかったのか?」


 そんな俺の質問にシャルはひらひらと手を横に振った。


「うんにゃ、使わせて貰った。それは冒険者ににゃってから儲けた金だよ。どうもあたし、ちょっと才能あるみたいにゃんだ」


 シャルは自慢げだが、俺は心の中で疑念を抱かずにはいられない。


(一週間でこんだけ貯めたってのか? 『頑丈』持ちの俺が一か月かかった金額だぞ)


「シャル、お前何か危ない橋渡ったんじゃないだろうな!」


 俺の厳しい口調に、シャルはムッと眉を寄せて口をとがらせた。

 そしてふくれっ面で地面の小石をコツッと蹴り飛ばす。


「にゃんだよ、ちっとは褒めてくれるかと思ったのに……」


 それを聞いて俺は思い直した。シャルはまだ12か13やそこらだ。その年で一人で生きてきたシャルは、きっと褒められることに、愛情に飢えているんだ。


(俺が一週間じゃできないからってシャルもできないとは限らないもんな。結果は素直に凄いんだ、褒めてやった方がシャルのためになる)


「本当に実力以上のことはしてないんだな?」

「だから、してねえって……」

「……悪かった。ちょっと待ってくれ、今ギアを入れ替えるから」


 俺は一度目をつぶって気持ちを切り替える。

 そして目を開けた俺は、溢れんばかりの笑顔でシャルに笑いかけた。


「凄いなシャルゥ! こんなに早く稼ぐなんて、シャルは天才だぁっ!」

「き、気持ちわりぃよ兄ちゃん……」


 そのまま抱き着こうとした俺を、猫特有の俊敏な動作でシャルは躱す。


「ひどくない? 俺だって傷つくんだよ?」


 バランスを崩した俺はそのまま自分の家の柱に頭をぶつけた。

 その衝撃で生涯を終えた柱が、ペキペキと小気味良い音を立てながら俺へと倒れかかってくる。


(マジかよ! まさかここまで柱がボロくなてったとは思わなかった!)


 俺は家の下敷きとなってしまった。


「ア、アスカ兄ちゃん!? 無事か!?」


 心配そうなシャルの声が聞こえる。

 下敷きになる寸前で身体に力を入れて『頑丈』を発動させていた俺は、全身で柱をどかしながら家の下から抜け出した。


「ああ、なんとか……」

「あれで無傷とか……兄ちゃん本当に人間か?」


 心配そうな表情から一転、シャルは訝しげな眼で俺を見る。


「前にも言っただろ。頑丈さにはちょっと自信があるんだよ」

「まあ、無事だったからいいけどさ。……アスカ兄ちゃんの家、失くにゃっちまったにゃ」


(家? ……家! やばい、俺の家が!)


 俺は慌てて足元を見るが、俺の住処は見るも無残にばらばらになっていた。

 まず間違いなく修復不可能だ。


「あっ、ああ!? 本当だ! これからどうしよ――ってシャルから貰った金があったな。ありがたく使わせてもらうことにする。今日は宿にでも泊まるよ」


 それを聞いたシャルは俯き、チラチラと上目づかいで俺を見ながら意味もなく手をもじもじさせる。


「にゃ、にゃあ兄ちゃん。家も壊れちゃったことだしさ、あたしと一緒に冒険者やんにゃいか? いや、アスカ兄ちゃんさえよければだけどよ」


 予想外の勧誘に俺は思わず面食らった。まさかシャルから誘われるとは思ってもみなかった。

 たしかにシャルと組めば攻撃力は高くなるし、俺としちゃあ万々歳である。


「俺でいいのか? シャルなら引く手あまたなんじゃ……」

「べ、別にアスカ兄ちゃんのことが心配なわけじゃにゃいからにゃ! あたしはただ助けてもらった恩があるから誘ってるだけ……そう、それだけだにゃ!」


 シャルはせわしなく目をきょろきょろさせながら、早口でそう捲し立てた。

 微笑ましくなって笑ってしまった俺を「笑うにゃー!」とシャルが抗議する。


「それでどうにゃんだよ? 受ける、受けない、どっち?」

「ありがたく受けさせてもらおうかな」

「やったー! ……にゃに?」

「いいや、何でもないけど」


 考える前に声が出てしまった様子のシャル。

 にまにまと笑う俺を見て自分が言ったことに気が付くと、シャルは顔を赤くしながらあたふたと四肢を動かした。


「やっ、『やったーと思っていいよ』ってことにゃ! あたしと組めるにゃんて、すっごく光栄なことにゃんだからね!」

「はいはい、ありがとうございます」

「ぐぬぬ……大人ぶってるのがむかつく……」


 悔しそうな顔のシャルと共に、俺は冒険者用の装備を売っている装備屋へと向かうのだった。

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