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21話 約束

 1時間後、飛び込むようにシャルロッテが病室に入ってきた。


「兄ちゃん、持ってきたぞ――って、にゃんで普通に筋トレしてんだよ!」

「10日も寝てたらしいからな。なまった体を鍛えなおさないと」


 10日も寝たきりだったせいか、身体が少し重く感じる。

 俺は元の身体を取り戻すため、病室で汗を流していた。


「半日動けにゃいんじゃにゃかったのか!?」

「普通はそのはずなんですけど……」

「ああ、なんか気合い入れたら普通に動けたわ」

「にゃ、にゃんだそりゃ……」


 ガックリと項垂れるシャルロッテ。

 看護師が「私も同感です」とでも言うように、うんうんと頷いた。







 問題なく動けるようになったということで、俺は退院となった。元々患者が多すぎて慢性的にベッドが足りない状態らしい。


「冒険者の方ですから仕方ないのかもしれませんが、命がなくなればそこで終わりですからね? あまり無理はなさらないでください」

「肝に銘じます」

「世話になったな、姉ちゃん!」




 看護師と別れた俺たちはスラム街へと並んで歩く。

 特に何事もなく、シャルロッテの家へと着いた。

 だがシャルロッテの様子がおかしい。なにやらもじもじと内また同士を擦る動作を繰り返している。


「……あのさ、兄ちゃん」

「なんだ? トイレか?」

「ちっげーよ! あたし知ってるんだからにゃ! そういうのセクハラって言うんだぞ!」


 シャルロッテはドン、と地面を力強く蹴り、不満を表現した。


「悪い悪い、それで?」

「……ありがとにゃ、助けてくれて」

「ああ、そのことか。助けた方が重い怪我してちゃ笑い話だけどな。……というかシャルロッテはなんで森に入ったんだ? 装備を整えないと死ぬって俺に教えてくれたのは君なのに」


 俺の質問に、シャルロッテは一層太ももを擦り合わせる。

 そして頬を掻きながら、そっぽを向いて答えた。


「ああ、まあ、その……にゃ。兄ちゃんと話してから改めて考えて、『やっぱり人のものとるのは良くないかにゃー』って……そんだけだよ」

「そうかそうか、いい子だなぁシャルロッテは」

「こ、子ども扱いすんにゃっ!」


 褒めたら怒られてしまった。フーフーと唸り声を上げるシャルロッテは猫そのものである。


 とそこで、まだお金を渡していなかったことに気が付いた俺は持っていた麻袋をシャルロッテに手渡した。


「渡すの忘れるところだった。はいこれ」

「にゃ? これって兄ちゃんの金だよな? ……どういうこと?」

「冒険者やるならきちんと装備を整えないとなってことで、それあげる。治療費で少し減っちゃったけど、まだ服代くらいにはなるだろ」


 そう言った俺の言葉に、シャルロッテは身を固くした。そして俺を警戒するように前傾姿勢をとる。


「……あたしを助けてくれたのはもちろんすっげー感謝してるし、治療費を払ってくれたのだって超ありがたいって思ってるよ。……でもあたしは兄ちゃんに体を売るつもりはねぇ! だからこの金は受け取れにゃい!」

「なんでそうなったっ!?」

「だってそうだろ、まだあたしたち会うの2回目だぞ!? それにゃのにこんにゃに良くしてもらえるにゃんて、体目的以外考えられにゃいよ!」

「……あー、なるほどなぁ」


 言われてみればもっともだ。


(というか、家の場所聞き込みして外出先まで押し掛けるって、発想がストーカーそのもの――いや、違う! 断じて違うっ!)


 俺はブルブルと頭を横に振る。シャルロッテはそれにビクッと反応し、俺から一歩距離をとった。


「俺はシャルロッテのおかげで生きる意味に気づくことができたんだ。こんな俺でも何もできないわけじゃない、誰かの役に立てるんだって、そう思わせてくれたんだ。これはそのほんのお礼だよ」

「……あたし、ただ人のもの盗んでただけだぞ?」

(それはそうなんだけどさぁ!)


 なんというか、言葉にするのがすごく難しい。シャルに全然伝わってる気がしない。

 感情の言語化がこんなに難しいとは思わなかった。

 俺は脳の普段使っていない部分をフル回転させながら言葉を紡いでいく。


「でも罪悪感を感じてただろ? だから俺は君を助けたくなった。君に幸せになってほしいと思った」

「幸せ……?」

「そうだ。生きるために精一杯になるんじゃなくて、楽しんで生きてほしいと思った。これはその為のスタートに使ってほしい。……まあ、所詮は俺の自己満足だ。パーッと遊びに使っても文句は言わないよ」

「あたし、幸せににゃれるのか?」


「幸せ」という言葉に反応して、警戒が弱まったのを感じる。

 シャルロッテは自分が幸せになれるとは思っていないようだ。

 こんな年端もいかぬ子供がそんな風に考えていることが、俺には無性にやるせなく思えた。


 だから俺は、複雑そうな顔のシャルロッテに自信満々に言ってやった。


「なれるさ。俺が言うんだから間違いない」

「……にゃんだそれ、意味わっかんねえ。……でも、くれるってんなら貰ってやるよ」


 シャルはそう言った後一瞬動きを止めて、

「か、勘違いすんなよ! ここで貰っといたほうが得だから貰っただけで、あんたの言葉が胸にズキュンと来たとかじゃ断じてねーかんにゃ!?」


 そう付け足した。


(素直じゃないなぁ……)


 その言動に俺は苦笑する。


 そんな俺の目の前で、シャルロッテは受け取った麻袋を大事そうに服の中に仕舞いこんだ。運動量が多いからか、ほどよく筋肉のついた健康的な腹部が大胆に露わになる。


 それに驚いたのは俺だ。


(男の前で服を捲りあげるな! 男は狼なんだぞ!)


 そのあまりに無防備な動作に俺は内心気が気でならない。



 服の中に金を仕舞い終えたシャルは、人差し指でビシッと俺を指差した。


「冒険者ににゃったら、あたしに使った金、倍にして返してやるよ」

「その日を楽しみに待ってるよ、シャルロッテ」

「……シャルでいい。仲良かったやつらは、皆あたしのことをそう呼んだから」


 その言葉が過去形なことに、俺は胸が締め付けられる。俺がプルミエを失ったように、シャルロッテ……シャルもまた大切な友人を亡くしてきたのだろう。


「じゃあ俺もアスカでいいよ」

「わかった。アスカ……いや、アスカ兄ちゃんの方がしっくりくるにゃ。それでもいい?」

「全然いいよ。俺も近いうち冒険者になると思うから、そんときはよろしくな、シャル先輩」


 今は無一文だが、イマドを少しずつ倒していけばまた金は貯められる。そうしたらスラムを出て、人並みの生活を送ろうと俺は考えていた。

 せめて人並みに生きねば死んだあとプルミエに合わせる顔がない。


「まっかせとけアスカ兄ちゃん。この国一番の冒険者ににゃってアスカ兄ちゃんを鍛えてやるにゃ!」


 俺に先輩扱いされたのがよほど嬉しかったのか、シャルは慎ましやかな胸を張り上げてドヤ顔で言った。






「じゃああたしはスラムを出るよ」


 帰り際、シャルがそういうので驚いた俺は立ち止まる。


「随分といきなりだな」

「あたしみたいにゃ小娘がこんな大金もってちゃ、危ない輩が寄って来放題だかんにゃ。今日はやっすい宿でもとることにするにゃ」


(なるほど、そういう危険もあるのか……。全然考慮してなかった)


「わ、悪いシャル! そんな問題全く思いつかなかった」

「アスカ兄ちゃんが謝ることじゃないって。あたしは兄ちゃんに感謝しかにゃいんだからさ」


 シャルは俺の謝罪を笑い飛ばし、元気よくスラムを飛び出していった。

 その背中を見送った後、俺は目を閉じてプルミエを想起する。


(プルミエ。俺でも人の役に立てた。……俺、頑張って生きるよ)


 瞼の裏のプルミエは俺の決意を嬉しそうな笑顔で受け入れてくれた。

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