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17話 屋敷

 国の門を出て、夕暮れの中を屋敷へと駆ける。


 軍の人間が屋敷にやってきた速度から考えて、夜通し走れば朝までには着く距離のはずだ。


(あの花が枯れてないことを祈るしかない……!)


 プルミエが特に大切にしていた、霊薬草という名の白い花。

 俺はその花が枯れていないことを願った。あの花は俺とプルミエの、数少ない形ある思い出だからだ。






 1時間半ほど走ったところで、体力の限界がやってくる。


(最近ろくに運動してないせいで、体力がなくなってきてるな……)


 俺は歩きに切り替えて、やっと見えてきた森へと歩を進めた。





 日が落ちた頃。森に入った俺は、一直線にプルミエの屋敷を目指す。

 イマドを探せるような魔力感知能力は俺にはない。闇雲に探して時間を浪費してしまうよりは、まずは霊薬草の無事を確認したかった。


 走ったり歩いたりを繰り返してひたすらに屋敷を目指す俺。一昨日の夜から何も食べていない体に鞭を打ち、俺は進み続ける。

 と、突然茂みからイマドの黒い身体が俺に向けて飛び出してきた。


「グルウッ!」


 眠気と空腹感で散漫になった集中力が仇になり、イマドの接近に気がつく事が出来なかった俺は身体を捻ってイマドの突進を避ける。

 なんとか避けたが、バランスを崩して俺は地面に倒れこんだ。イマドはそんな隙を逃さずに俺の腹目掛けて飛びかかってきた。


(こんなところでくたばってたまるか!)


 俺は残っている全身の力を全て腹に集める。

 イマドの鋭い歯は俺の腹に刺さることなく弾き返された。


「ギャウ!?」


 イマドが動揺しているうちに立ち上がった俺は、炎をイメージする。

 そして燃え上がる右の拳でイマドを思い切り殴りつけた。

 何発か殴ったところでイマドの身体からだらりと力が抜ける感覚がする。

 俺は殴るのをやめ、イマドの死体を火魔法で焼いて食うことにした。

 このままでは空腹で死んでしまうと思ったのだ。


 バチバチ、とイマドの肉から滴り落ちた油が火と反応する。

 火以外に明かりがない森の中。その火に照らされた肉はとても美味そうだ。

 ゴクリとつばを飲み込んだ俺は肉を火から離す。

 こんな状態でも涎が出ることに生命の凄さを感じながら、俺は肉にむしゃぶりついた。


「……久しぶりに味のあるものを食べた気がする」


 思えばプルミエと離れてからというもの、何を食べたかさえ全く覚えていなかった。

 地面に生えている草も食べたような気がするが、味は思い出せない。


(これも生きる意識を持てたからなのか?)


 生きる意識。スラムの少女をまっとうな人間にするため。そしてなによりプルミエとの思い出である霊薬草を確認するため。

 味覚が復活したのはこの世界での目標を持てたからかもしれないと、そう思った。




「グルルルル……」

「グルルルル……」

「グルルルル……」


 気が付くと、周りにはギラリと光る眼がいくつもある。食事に夢中になっている間にイマドに囲まれてしまっていたようだ。


(よく考えれば、こんな肉の匂いを周りに漂わせたらそりゃ寄って来るよな。空腹でまったく頭から抜け落ちてた)


 群れの数は数えきれない。さすがにこの数とやりあっては勝ち目はないだろうと判断した俺は、静かに闇魔法を準備し逃走を図る。

 準備ができたのを確認した俺はすぐさま魔法を発動させた。俺の周りを紫色の煙が囲む。

 イマドの群れが煙に隠れた俺の存在を見失った瞬間に、屋敷の方角へと一目散に走った。


(闇魔法で目に加えて鼻も潰したんだ。追ってくるなよ……!)


 俺の祈りが通じたのか、イマドたちは俺を追ってはこなかった。

 とりあえずの危機を脱した俺は、再び屋敷へと歩きはじめる。







 完全に闇に落ちた森の中というのは、人間の奥底に眠る根源的な恐怖をあぶり出す。

 ただいるだけで精神が摩耗するような暗黒の森の中を、俺は星の明かりを頼りに進んでいた。

 火魔法を明かりにするのも考えたが、イマドが集まってくると困るので却下した。

 魔物が火に対してどういう反応をするのかいまいちよくわからないし、無意味な賭けはしない方が良いと考えてのことだ。


(今日が晴れで助かったな)


 これで星の明かりがなかったらなんて想像もしたくない。

 本当に真っ暗ではさすがに火を使わざるを得なかっただろう。

 天気に感謝しながら、俺はもうずいぶん距離が近づいた屋敷へと歩く。




「ついた……」


 日が昇るまであと十数分というところで、俺はついに屋敷へと到着した。

 あれからイマドと2回戦闘になったが、幸運なことにどちらも単独行動中だったので倒すことができた。

 最初に倒して食べた分のイマドも含め、とりあえず売れそうな角だけ3匹分剥ぎ取って持ち帰ってきている。


 俺は薄橙に染まった空の下、そびえ立つ白城のような屋敷を見上げる。

 目を閉じるとプルミエとの思い出が次々に浮かんでくる。

 これほど濃い1ヶ月を過ごしたことは間違いなく人生で初めてだった。


「プルミエ……」


 俺は小さくプルミエの名を呼ぶ。しかし聞こえてくるのは鳥のさえずりと木々が風に揺れる音だけだ。


(そうだ。花壇、見に行かなきゃ)


 暗くなってしまった気持ちを押しとどめて、俺は屋敷の裏の花壇の様子を見に行く。


(っ! ……誰かいる! プルミエ!?)


 屋敷の角に差し掛かったところで、ジョウロで水をあげる音が聞こえてきた。

 俺は逸る気持ちを抑え、満足に動かない体を動かして屋敷の裏へと回る。


「プルミエか!?」

「プルミエっ! 今までどこに――……ヴォルヌート」


 そこにいたのはプルミエではなく、身体に似合わぬ小さなジョウロを持ったヴォルヌートだった。

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