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16話 スラム街

 俺が過去に来てからもう3か月が過ぎた。

 プルミエの屋敷から救い出された俺は、魂の抜けたぬけがらと化していた。


 救い出されてヒュマン国へと到着した際にロペラさんと何か二、三言葉を交わした気がするが、内容は理解できずにただ相槌を打つだけだった。これ以上話しても無駄だと察したロペラさんに話を打ち切られ、俺は宿に泊めてもらった。


 1か月分のお金をロペラさんが先払いしてくれていたらしく、一か月間はその宿で暮らしていた。

 しかし俺はその間も食事をして眠るだけの生活しかせずに、一か月が過ぎると住む場所もなくなった俺は貧民街――いわゆるスラムと言われる場所で生活するようになっていた。








 虫が入り放題の部屋で目を覚ました俺は、起きるなりため息を一つ吐く。

 ただ息を吸って吐くのを生きていると呼ぶのかは疑問だが、今の俺はまさにその状態であった。

 プルミエというここでの唯一の拠り所を失った俺は、今日もスラムで生きてゆく。


 起きたばかりであるが、もう昼下がりだ。昨日もほとんど何も食べていないせいで、起きたとたんに活動を始めた胃が俺に食料を要求してくる。


「……腹、減ったな」


 グゥと鳴った腹を数度さすり、俺は食糧を探しに家の外に出た。

 家と言っても柱の木材はほぼ腐りきっていていつ崩れ落ちるかもわからない家だが、スラム街の住人にも危険だと避けられているので場所の取り合いになる必要がないと言う長所もある。


 表通りに出ると、人々の冷たい視線が俺に突き刺さった。

 いや、俺の自意識過剰なのだろう。世間は俺が思っているほど俺に興味などないし、俺には世間を振り向かせる力もない。


(なんでもいいから腹に入れなきゃ……)


 俺はキョロキョロと街を物色する。

 すれ違う人間たちのほとんどは笑顔だ。

 笑顔。プルミエといた1ヶ月間は俺もそうだったはずなのに、今では笑うことなどできる気がしない。

 笑うのがこんなに難しいことだと、こうなってみて初めてわかった。


(なんで俺は生きているんだろうか……)


 死のうと思ったこともあった。だがプルミエの最期の願いを思い出し死ぬことも出来ず、かといって幸せになろうと思えるほどのやる気は湧いてこない。

 心にぽっかりと穴が開いた俺は、きっと死んだ人間のような虚ろな目をしているのだろう。


 のろのろとゾンビのように歩く俺に、衝撃が響いた。見ると、また年端もいかぬ金髪の少女が俺に当たって倒れている。辺りには彼女が抱えていたと思われる荷物が散乱してしまっていた。


「あんた、どこに目ぇつけてんだよ!」

「……すまない」


 見ると、少女の頭にはぴょこぴょことせわしなく動く猫耳が生えていた。プルミエに聞いたが、この時代では猫亜人と言うらしい。

 金髪をボブカットにした少女は、同じく金色の目で俺を睨みつけながら荒々しい語気で俺に捲し立ててくる。


「そんなしけた面して下向いてるから人とぶつかんだ! 折角お宝を――って、もう来たにゃっ!? ちっくしょー、覚えてやがれ!」


 少女は散乱した荷物を一つも拾わずにすばしっこい動きであっという間に路地裏へと姿を消してしまった。


(……まあ、どうでもいいか)


 俺は脳から今の出来事を削除して再び食糧探しに移ろうとした。しかし、何者かに肩を後ろから叩かれる。

 仕方なく振り返ると、そこには銀髪の美しい女性がたっていた。普通の人間とは一線を画すその美貌は、彼女がエルフであることを如実に物語っている。


「止めてくれたんですね、ありがとうございました」


 そう言ってエルフはせっせと散らばった荷物を集め始める。どうやらこの散らばった荷物は元々このエルフのもので、さきほどの少女はそれを奪って逃げている最中だったらしい。


「別に止めようと思ってたわけじゃない。偶然体が当たっただけだから」

「あ、そうなんですか? まあでも助けてくれたので、これあげます」


 エルフは拾った荷物のうち、もっとも綺麗なものを選んで俺に手渡す。それはどうやら魔物の牙のようだった。そこそこ大きなもので、売れば相応の価値がしそうな代物である。

 俺はズボンのポケットに牙を入れる。牙は入りきらずにポケットの入り口から少し顔を出していた。


「……ありがとう」

「全然ですよ~。私としては別に大事なものでもなかったので。ただ思ったよりあの子の脚が速かったので、ちょっと楽しくなってきちゃって。いやー、追いかけっこって楽しいですよね。そう思いません?」


 エルフの少女は銀の双眼をキラキラさせて俺に尋ねてくる。

 だが俺には追いかけっこの何が楽しいのかわからなかった。


「さあ、どうだろう」

「ありゃま。まあそういう人もいますよね。多種多様、千差万別! だからこそ人生は面白い! あ、私は人じゃなくてエルフなんですけどね」


 俺の返事を聞いたエルフは感情豊かに俺に語りかけてくる。

(よくしゃべるエルフだな……)


 俺は目の前のエルフにそんな感想を抱いた。

 以前の俺ならエルフという存在に出会えたことに興奮していただろうが、今は全てが煩わしい。


「そうなんだ」

「はい。あ、でもエルフだからって安易に年寄りだなんて思わないで下さいよ? 私はなんてったって、ぴっちぴちの17歳なんですから」

「そうなんだ」

「そうなんです! ……あ、忘れてた! 私は用事があるのでこれで失礼しますね。ありがとうございました~」


 俺の適当な相槌に愛想を尽かしたのか、それとも本当に用事があったのか。ともかくとして、エルフは先ほどの猫耳少女に劣らぬスピードでどこかへ行ってしまった。


(色々あって疲れたな。結局食料も手に入れられてないし……一度家に帰って寝るか。寝てる間は空腹も紛れる)


 そう考えた俺はスラムにある自分の家へと帰ることにする。

 ふらふらとした足取りで、時折り転びそうになりながら俺は家へと向かうのだった。







 家の前には金髪の少女が仁王立ちで俺を待ち構えていた。


「来たか、待ちくたびれたぜ」

「なんでここが?」

「この辺じゃ黒髪なんて兄ちゃんぐらいしかいにゃい。それがこんにゃ危険にゃ場所にすんでりゃ、噂ににゃって当たり前だろ」

「そうなんだ。俺に何か用?」


(にゃーにゃーうるさい……面倒事に巻き込まれたな)

 俺は内心でため息をつく。

 この少女が俺に言いたいことの予測はつく。

 これから言われるであろうことにうんざりしながら俺は少女に問いかけた。


 俺の質問を受けた少女は一歩前に出て俺に詰め寄ってくる。


「兄ちゃんのせいで命がけで盗んだあたしの儲けが全部パーだ! どうしてくれるんだよ!」

「じゃあこれあげるから、勘弁してくれないか」


 俺は少女の小さい手に、先ほどエルフから貰った角をのせた。


「にゃ? ……にゃにゃ!? 兄ちゃん、あんたエルフがもうそこまで迫ってたってのに、これを盗んだのかにゃ!?」


 少女はまん丸の目で俺がポケットから取り出した角を見た。


(驚くと語尾にもにゃが付くんだ)


 ぼーっとそんなことを考える。

 角を売れば食事を買えたかもしれないが、食べたところで何が変わるわけでもない。ただ一瞬空腹感が軽減されるだけだ。

 なら別に上げたところで問題はない。


「俺は盗んでない。君から角を取り返しお礼にって貰ったんだ」

「ずるいだろ! にゃんであたしが命を懸けて盗んだのに、兄ちゃんはただ突っ立ってただけでそれをもらえるんだよー!」

「もう君のものなんだから、別にいいんじゃないの」

「……それもそうだにゃ。兄ちゃん良いこと言うじゃにゃいか」


 少女は早く帰ってほしくて適当に口に出した俺の言葉に納得したらしく、うんうんと二度頷いて角を服の中に入れた。ホットパンツに肩出しのシャツだから、他に仕舞うところがないんだろう。


 俺は他人の角を嬉しそうに仕舞う少女に、ふと質問してみたくなった。


「君は人のものを盗んでまで生きたいの?」


 俺の質問を聞いた少女は途端に狼狽し、しばらく口ごもる。

 どうやらこの少女にも良心の呵責といわれる類のものは存在するらしかった。


「……し、仕方にゃいでしょ……。あたしだって出来ればこんにゃことしたくにゃい。でもあたしにゃんか誰も雇ってくんにゃいし、だったら人から奪うしかにゃいじゃにゃい!」

「冒険者になればいいじゃないか」


 半ば逆切れしかかっている少女に、俺は疑問を呈する。

 スラムに来たばかりの時、一度疑問に思った記憶がある。ここを抜け出したいのなら、冒険者になればこんなところで暮らさなくても済むのではないか。なのになぜスラムには人が溢れているのだ、と。


 少女は「はっ」と鼻で笑った。やれやれとばかりに手を振って、子供に教えるような口調で俺に説明する。


「あたしにこの服で戦えっていうのか? 冒険者やるんだったら、それ用の魔法をかけた服が必要にゃのは常識だろ。そういう用意を怠ると一撃喰らっただけで容易く死んじまう。人間や亜人の身体はもろいからにゃ。それに、冒険者ににゃるのだって登録料だって必要にゃんだ。その日暮らしのあたしには到底払えっこない」

「……そうか」


 なるほど、色々と問題はあるらしい。


(だけど、身体の問題は頑丈な俺なら問題ない。それにギルドに登録しなくても、割安にはなるが魔物の素材は売れる)


 そう、俺なら目の前の少女を助けられるかもしれない。


(このまま死んだように生きて何が残る? 何にもならない。どうせなら何か行動に起こそう)


 俺は何もできずにプルミエをみすみす逝かせてしまった。

 あの時の俺は無力だった。

 だが、今目の前にいる少女は俺が助けられるのではないか。そんな考えが頭をもたげる。


(俺が動くことで救える人がいるなら動きたい。……それがプルミエに対してのせめてもの罪滅ぼしだ)


「所詮底辺は底辺ってこと。兄ちゃんもここの住人ににゃった以上、二度とここから抜け出せにゃいって覚悟しといたほうがいいよ――って、聞いてんのか兄ちゃん?」


 目の前で俺に忠告らしきものをする少女。端正な顔をしているのにもかかわらずその手や髪は薄汚れていて、俺は彼女がスラム街の住人であることを改めて実感する。


「ああ、タメになる話をありがとう」

「いいって。こんな話でこの角貰えるにゃら安いもんだし」


 少女は満足そうに俺の家の前から去っていく。自分のねぐらへと帰るのだろう。


 少女がいなくなったのを見送って、俺は街の外側へと歩き始めた。


(プルミエの屋敷の近くあそこにはイマドがでるはずだ。……そうだ、花! 屋敷の花壇の様子も見に行かないと!)


 プルミエが大事に育てていた花。あの花は無事だろうか。

 その存在を思い出した俺は、今まで忘れていた自分を責めながら屋敷に向かって走り出すのだった。

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