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15.5話 プルミエ

 屋敷を出てからしばらく後のこと。プルミエの双眸(そうぼう)は目の前の巨大な魔物を捉えていた。


「なんじゃ、こいつは……?」


 400年と言う長い時を生きるプルミエでさえ、目の前の魔物を見たことはなかった。


 魔物は四本足の巨大な獣だった。ごつごつした背中には岩が背負われており、その目はまるで宝石のように見える。加えて全身の皮膚が黒で覆われていた。


「ヴァルルルルルゥラララアアア!」


 魔物が天を震わせるほどの咆哮をあげる。

 魔物は咆哮だけでは飽き足らず、岩魔法をプルミエに射出した。


 プルミエはそれを楽々と余裕を持って躱す。

 それに一番驚いたのは、他でもないプルミエ自身だった。


(……体が軽い)


 鈍っている身体を脱ぎ捨てたように、軽快に動く身体。

 その動きは全盛期と比べても遜色ない。


 その原因に思考を巡らせるプルミエ。


(まさか、アスカが……?)


 ヴァンパイアには特有の能力が2つある。

 そのうちの1つ、『体質に適合した者の血を吸うと全盛期の力を取り戻せる』という能力。

 プルミエはこれが発動したに違いないと感じていた。


(眉唾の類かと思っていたんじゃが、まさか本当に出会えるとはの)


 そもそもヴァンパイアが人間の血を吸える機会が極々限られている現在において、この能力は半ば作り話と思われていたところがあった。


「――グ」


 魔物の声がして、プルミエは思考を中断する。魔物の口に魔力が集まっていた。


 本来ならば魔物を目の前にして思考に没頭するなど下策中の下策なのだが、ぬるま湯に浸かりきっていた100年間がプルミエから危機意識を奪っていた。


「グララアアァァァゥ!」


 魔物の口から岩が飛ぶ。とてつもない大きさの岩は、当たれば威力は高そうだが、速度は遅い。


 避けられる――そう判断したプルミエは、背後に自らの屋敷が控えていることを思い出す。


(アスカ!)


 こんなものが屋敷へと飛んだらアスカの身体はひとたまりもないだろう。

 そんなことは許すわけにはいかなかった。


 プルミエは咄嗟に魔法を展開するが、一度避けようとした遅れが祟る。


「ぐううぅぅ……っ!」


 不完全な魔法では岩を防ぐことはできず、プルミエの身体に岩が直撃する。

 岩はプルミエの腹を容易に突き破った。

 プルミエの腹部に頭大の穴が開き、口から赤い鮮血がビチャビチャと吐き出された。


(しくじった。妾としたことが……!)


 地に落ちたプルミエは吐血しながら魔物を睨む。

 この魔物をここから先に行かせるわけにはいかない。その一心だった。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァ!」


 魔物は宝石のような瞳を濁らせながら、苦しげな(うめ)き声をあげる。

 その憎悪を煮詰めたような呻き声に、プルミエは聞き覚えがあった。


(……いや、あり得ない。あやつは、『死なない死人』はもう死んでいるのじゃ)


 プルミエは霞んだ思考の中で自身が立てた予想を破棄した。

 立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。腹部にぽっかりと空いた穴は、丈夫な身体の魔族にとっても充分に致命傷たり得た。


 魔物はもはやプルミエを見てはいなかった。その濁りきった眼には何も映っていなかった。

 それでもかすかに残っていた本能で、目の前のヴァンパイアと対峙する。


「グララァァルルルッッ!」


 そう大きく吼え、自壊するほどの魔力を込めた一撃を放った。

 プルミエの屋敷に匹敵するほどの大きさの岩がプルミエに飛来する。それはもはや山といっても差し支えないものだった。


 それを前にしても、プルミエは冷静であった。

 脳裏に今まで関わってきた人々の顔が浮かんでは消えていく。その中にはヴォルヌートやロペラ、セレシェイラの姿もあった。

 そして最後にアスカの顔が浮かぶ。


(アスカ……)


 この1ヶ月の思い出を思い返し、プルミエは口を三日月の形に歪める。

 ついさっき自分に「いってらっしゃい」を言ってくれた、大切な人。

 今も屋敷で帰りを持ってくれている、最愛の人。


「……悪いのぅ、岩の。お主に負けるわけにはいかなくなった」


 迫りくる岩に対し、プルミエもまた己の全てを懸けた炎の一撃を撃つ。


 炎と岩はぶつかり合い、轟音が鳴り響いた。









「……ア゛ア゛……」


 魔物は四肢をすべて失い、なおも生きていた。もはや意識さえないだろうその身体で、魔物は屋敷へと這いずる。

 その魔物の身体を、地面から湧き出た黒い手が拘束した。


「先へは……いかせん……。妾の、全てを……懸けて」


 プルミエは呼吸もままならない身体で魔物を睨みつける。

 とその時、魔物からふっと力が抜けるのがわかった。


(逝った……か)


 もはや声も出なくなったプルミエは魔物の死を確認する。


 もう腕すら動かせない。だが、それでもプルミエは最後の力を振り絞り屋敷へ帰ろうともがいた。

 プルミエの手は砂を掴むだけで前へとは進まない。それでももがいた。


 プルミエは思う。

 愛した人を守って命を落とす――400年の人生の終わりとしては上々の幕引きなのではないだろうか。

 そう感じる自分もたしかにいる。

 だが一方で、アスカと別れたくないと子供の様に涙を流す自分もいるのだ。


 プルミエの頬からは一筋の涙が流れていた。

 それは誰にも受け止められることなく、地面へと染み込んでいく。


(すまぬ、アスカ。約束……守れそうにないのじゃ。すまぬ……っ)


 プルミエの瞼が下がっていく。

 もはや身体は冷え切っている。瞳だけがやたらと熱かった。





 暗くなっていく視界に、プルミエは人間の姿を捉える。


「いたぞ、まだ意識があるっ! すぐに治療を――」


 そこでプルミエの意識は途切れた。

これにて一章完結です。

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