14話 脅威
屋敷に帰ってきた俺は、プルミエと向かい合って座る。
夕日が落ち始めた空の下、屋敷内は物寂しげな雰囲気を纏っていた。
静かな屋敷の中でプルミエはぽつりと口を開く。
「妾と人間が仲良くやっている光景を見て、一般的な人間が考えることは二つじゃ。ヴァンパイアが人間を脅しているか、洗脳しているか。どちらにしてもお主を救うための戦力を整えている最中であろうな」
その口調は冷静で、だからこそ俺はやりきれない。
「……俺のせいだ。俺がいなければ……!」
「違う、アスカが悪いのではない。いつまでも人間に歩み寄ることができなかった妾の過失じゃ」
血が出るほど固く握った俺の手を、プルミエが優しくほどいた。
プルミエは見せる顔がない俺に向かってにこりと笑いかける。
「まあ、そんなに思いつめるでない。妾がセレシェイラの知り合いだということを伝えれば、きっとなんとかなるじゃろ。セレシェイラに大きな借りを作ることになってしまうが、死ぬよりはマシじゃしな」
プルミエはそう言うと、立ち上がって伸びをした。
「うぅーん!」と、まるで何事もなかったかのように気持ちよさそうに声を出す。
そして部屋の外に歩き出した。
「妾はシャワーを浴びてくるのじゃ。……妾が出てくるまでには、その酷い顔を元通りにしておくんじゃぞ? 折角格好良い顔をしておるんじゃからな」
プルミエは俺を振り返り、優しい笑みでそう言う。
(俺を励ましてくれてるんだ。気を遣わせてばっかりだな……)
ここでぐずぐずいじけていたって何が変わるわけじゃない。ならばせめて明るくいてほしい。
そんなプルミエの気遣いに、俺はありがたく乗らせてもらうことにした。
俺は微笑を浮かべてプルミエに言葉を返す。
「……格好良い顔なんて初めて言われたよ」
俺が立ち直りかけているのを察したのか、プルミエは満足そうに一つ頷いた。
そして芝居がかった仕草で人差し指を顎に当てる。
「そうか? なら妾の勘違いかもしれんのぅ。格好良いは撤回じゃ」
「なんでさ、嬉しかったのに」
「クククッ、正直なのは良いことじゃ」
俺の言葉をきいたプルミエは愉快そうだ。
「外だけ見張っておいてくれると嬉しい。魔物がもう一度戻ってくるかもしれんからの」
「うん、わかった」
シャワーを浴びにいったプルミエがいなくなり、部屋には俺一人となった。
プルミエがほどいてくれた拳をみると、爪が食い込んで出血していた。力の加減ができないほど焦燥していたのか、と俺はその傷をみて自分を見つめなおした。
「いてて……」
傷を水で洗い流しながら、俺は努めて落ち着こうとする。そんな時に考えるのは、やはりプルミエのことだ。
プルミエは本当に凄い。
こんな緊急事態でも俺のことを気遣ってくれる。
すぐにテンパっていた俺とは大違いの、凄いやつだ。
プルミエの優しさに恥じないような、そんな人間にならねばならない。
ならねばならないし、なりたい。
(その為にできること。――まずは、人間が結成する討伐軍に関してだよな)
俺は思考を巡らせはじめる。
「人間と話す時には俺がいた方がいいはずだ。俺が五体満足なことを確認できれば、討伐軍も落ち着いてくれるかもしれないし。そして落ち着いたところでプルミエがセレシェイラの知り合いであることを明かす。それで上手くいくはず――うわっ!?」
突如身の毛がよだつような感覚を覚えた俺は思考を放棄して、現実に意識を引き戻す。
(なんだ、今の感覚……?)
一瞬ではあるが、確かに危険な感じがした。大まかだが、方向は南の方だ。
(もしや、今のが魔力感知……なのか? だとしたら、魔物は南に……)
「アスカっ!」
俺が確信を持ったのと同時に、プルミエがシャワーから出てきた。
おそらくプルミエもあの感覚を覚えたのだろう。いつもきっちり拭いてから俺の前に現れるのとは違い、今は髪から水が滴り落ち、服も薄いランジェリーを着ているだけだ。
水に濡れた真紅の髪はその一本一本が光を発しているかのように輝き、多くを露出しているその白い素肌はほてって少し赤みがさしていた。
その格好は普段ならとても直視しがたく、到底話などできたものではないのだが、今は非常事態である。
「プルミエ! 今南の方から――」
「アスカも感じたか! あれはヤバい! 妾が想像していたものよりはるかに強大な力を持っておる!」
プルミエが怒鳴るような大声で俺に危険を知らせた。
その額に浮いている汗はシャワーを浴びたことだけが原因ではないだろう。
「一刻の予断も許されない状況じゃ。あいつが一直線にこちらに向かってきたとしたら数十分後にはここに着く。あれほどの魔力を持った魔物が本格的にここを襲えば、屋敷は容易く崩壊してしまうじゃろう」
「じゃあ迎撃か。迎撃するんだな? 少し時間をくれ、俺も準備をするから!」
「……アスカ」
カチャリ。固い金属の音が俺の手首から聞こえてくる。
「――え?」
そこには手錠がつけられていた。