13話 不穏
「四方を森で囲まれておるからな。どの方向から探すことにするか……」
「穴が開いた方向からいうと、来た方向は南からっぽいけど……」
「そうじゃな。そのまま南に帰ったか、それとも北へまっすぐ進んだか。あるいは西や東に進路を変えたのか……。まあ、ここでグチグチと考えても答えは出るまい。……南へ進むぞ、アスカ」
「南だね、わかった」
南に進むことに決めたプルミエの後を付いていく。プルミエの背からは今までにないほどピリピリとした気が発されていて、敵が警戒すべき相手であることを言葉以上に教えていた。
「慎重にじゃぞ、わかっておるな? アスカ」
「大丈夫、わかってるよ。プルミエ」
俺だってこの1か月間何もしていなかったわけじゃない。出せる火球も少し大きくなったし、闇魔法の煙幕は視界だけでなく嗅覚も奪えるようになったのだ。
(俺が敵を倒せるとまでは自惚れちゃいないが、せめて手助けにはなってやれるはずだ)
そんな決意を固めながらゆっくりと歩いていると、プルミエが足を止めた。
「……イマドの群れじゃ」
プルミエが小声で俺に囁く。
奥の方にはたしかにイマドが10匹近く群れているのが確認できた。
「群れ? どうする、迂回する?」
「迂回する時間がもったいない。アスカはここで隠れていてくれ」
そう言い残し、プルミエは俺の前から姿を消した。移動したのではない、文字通り消えたのだ。
次の瞬間には、プルミエはイマドの群れの中に立っていた。
「グルゥゥ!?」
「ガウウゥ!」
突然の事態に驚いているイマドの群れを、プルミエの魔力が包む。
「悪いが、お主たちの相手をしている暇はないのじゃ」
プルミエがそう呟いて闇魔法を発動させた。突如地面から生えてきた黒い腕がイマドを一匹残らず握りつぶす。あっというまにイマドは全滅した。
(なんだこりゃ……)
脳の処理が追いつかない。なんだったんだ今のは? プルミエはイマドの元に移動してから一歩も動かずに10匹のイマドを処理して見せた。そのあまりの手際の良さに俺は言葉を失う。
「アスカ、どうした?」
「……いや、なんでもない」
(これで、なまってるっていうのか……?)
このレベルの戦いで、俺が役に立てるのだろうか。
湧き出した疑問に蓋をするように、俺は力強く一歩を踏み出した。
(プルミエの傍にいるんだ! 俺はプルミエの相棒なんだから!)
「おい、誰かいるのか?」
不意に草むらから声がかけられる。服がびりびりに破れた男が草むらから姿を現した。
「イマドの群れを倒したのか!? 助かった、追いかけられてどうしようかと思ってたんだよ」
男は命が助かった安心からか、饒舌に礼を言ってくる。
しかし俺の意識は男よりもプルミエの方に向いていた。
(なんで何も話さないんだ……? なんとなく俺の後ろに隠れてるし)
「どうやったのかは知らないが、本当に助かったよ!」
目をつぶっていたのか、男はプルミエがイマドを倒すところをみていなかったようだ。
にこにこと俺に感謝の言葉を述べてくる。
「いや、俺は何もしてませんから……」
「じゃあこちらの御嬢さんが? それは失礼を。ありが――ん、あれ? 吸血鬼!? ってことは……ひいっ!?」
プルミエに礼を言った男は急に顔を青くして、俺たちから逃げるように森の中を走って行ってしまった。
「……何だったんだ?」
男の急な様子の変化に不審を抱かざるをえない。イマドはプルミエが一掃したし、怖がる要素など一切ないはずなのだ。
だが男の行動に疑問を持った俺とは違い、プルミエはその行動の意図を理解していた。
プルミエはいつもよりも小さな声で俺に言う。
「妾に恐怖する人間は少なくない。特に冒険者などは、ある意味自分の非力さをよく知っておるからの。それだけの……ただそれだけのことじゃ」
声色もいつもと変わらない、表情もいつもと変わらない。だけど俺には、プルミエがひどく悲しんでいるように見えた。
俺はプルミエが人間と仲良くしようとしていることを知っている。
しかし、この世界の人間がヴァンパイアを――プルミエをどのように見ているか、俺は知らなかった。
ロペラさんのように友好的に、とはいかないまでも、普通に受け入れられているものだとばかり思っていた。
想像と違う事実にショックを受ける俺に、プルミエは言葉を続ける。
「あの男も最低限の戦闘力はあるようじゃし、心配はいらぬだろう。むしろ、心配すべきは妾達の方じゃな。今の男がギルドに妾のことを報告すれば、最悪の場合討伐軍が組まれる」
「なっ!?」
討伐軍――それはつまり、プルミエを倒すための軍ということだ。
(プルミエは何を言ってるんだ? わからない、なんで急にこんなことになっちまった……)
「帰るぞ、アスカ。悪いが捜索は打ちきりじゃ」
プルミエは屋敷へと踵を返す。俺は無言でその後に続いた。