12話 異常事態
「もう幾ばくかで久しぶりの我が屋敷じゃ。実に10日ぶり、随分と長い旅になったのぅ」
「ご迷惑をおかけしました……」
帰りは走りを歩きに変えたせいで余計に時間がかかってしまった。それというのも、俺の体力が底をついたからである。
「なに、ゆっくり景色を見ながら歩くのもまた乙じゃった。それに見えたぞ、我が屋敷じゃ!――――うん?」
目の上に手をかざしたプルミエは、一瞬で喜びの感情を消し去った。俺にはまだ屋敷は直接見えない距離だが、プルミエの変わり様からして尋常でない事態が起きたであろうことは俺にも伝わった。
「……アスカ、急ぐぞ。何かあったようじゃ」
「う、うん」
俺はプルミエの後を追って屋敷の方へと走る。
「こ、これは……」
屋敷の南側にぽっかりと大きな穴が開いていた。外からでも屋敷の内部が確認できるほど大きな穴は、留守中にここを攻め込んできた者の存在がいるということを明白に教えていた。
「ま、まさかここを出る前にプルミエが言った通りになるとはね」
「……おかしいのじゃ」
「おかしい?」
「こんな力のある魔物が森にいたのはせいぜい100年前までで、戦争が終わってからは一度も見ておらぬ。アスカを連れて行ったのだって万が一に万が一を重ねただけで、本当に起きるとは……」
(ってことは、こんな事態は本来起きるはずがないってことか)
「とにかく、一度穴を妾の闇魔法で塞ぐ。応急処置じゃが、しないよりはマシじゃろう。その後屋敷の中で情報を整理するのじゃ」
「了解」
プルミエが闇魔法で壁の穴を覆う。これでもう穴から屋敷に魔物が入ってくることはなくなった。
その間に俺は屋敷の裏にある花壇を確認しに行った。プルミエが大事にしているもので真っ先に思いついたのが花だったからだ。
「よかった……」
幸いなことに、花壇は荒らされてはないかった。それだけ確認した俺は、表に戻って屋敷の中へと入る。
「花壇は無事だったよ」
「おお、そうか、ありがとうじゃ。しかし大変なことになったの……やっと一息つけると思うたらこれじゃ。全く、嫌になる」
プルミエは指を口元に近づけたが、そこで止めて手を元の位置に下げた。爪を噛もうとして思い直したようだ。
(相当参ってるな、こりゃ)
俺はプルミエの隣に腰掛け、その背中をさすってやった。プルミエは一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに俺に寄りかかってきた。俺の肩にプルミエの頭がもたれかかる。
(軽いな……)
そう、プルミエは女の子だ。たとえ英雄だろうと、女の子なのだ。俺が助けにならなきゃならない。
ヴォルヌートの前で大見得きったばかりで、いざ問題が起きたら役立たずなんてそんなのは御免だった。
「大丈夫、俺がいるから……って、なんの戦力にもなんないけどね」
「……ありがとう、アスカ。もう大丈夫じゃ、落ち着けた」
プルミエは俺にもたれるのをやめる。その顔からは先ほどの憔悴したような表情はほとんど消え去っていた。
精神が安定を取り戻したことを確認した俺は、プルミエと情報の共有を図る。
「犯人の目星とかはついてたりするの?」
「いや……じゃが、この魔力の痕跡からして、屋敷に穴を開けたのは岩魔法なのは確かじゃ。わかるのはそれくらいかのぅ」
「魔力を感知するとかは無理?」
「力がある生き物は往々にしてその力の隠し方もよく心得ているものじゃ。戦争中の妾ならともかく、今の平和に慣れてしまった妾の感知の力では相手が魔力を隠していた場合、相当近づいてこないと気が付けないと思ってよい」
となると、このまま何の策も講じなければこちらが後手に回ってしまうのは避けられないようだ。
「どうしたものかの……」
「プルミエ、本当は案が浮かんでるんだろ?」
「……何の話じゃ? 妾にはまだ何の閃きもないぞ」
プルミエはとぼけた調子でそう言うが、俺に思いつくようなことをプルミエが思いつかないわけがない。
「誰にでもわかることだ。周辺を偵察して、あわよくばこちらが先手を取る。それを思いついても俺に提案しないのは、俺の身を案じてくれているんだよな」
「アスカ、それは……」
プルミエは眉を下げる。
(プルミエの気持ちは嬉しい。だけど、俺がプルミエの枷になってどうする……! それじゃプルミエの傍にいる資格はないだろ)
俺は立ち上がり、恐怖を笑顔で取り繕ってプルミエに手を差し伸べる。
「大丈夫だ、俺は足手まといにはならない。行こう、プルミエ」
「このままでは事態は好転しない、か。……よし、ゆくぞアスカ」
プルミエは俺の手を取り立ち上がった。
そして、俺たちは屋敷襲撃の犯人を捜して外へと飛び出した。