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11話 誓い

「アスカ。貴様の心の内に、プルミエを害しようという気持ちが微塵もないと言い切れるか?」


 物音一つしない室内に、ヴォルヌートの声は響き渡った。

 声に芯があるのだ。だからこんなに聞く者に圧を掛けられるのだ。


 俺は渇いた喉を潤そうと、無意識に唾を飲み込む。そして真正面からヴォルヌートに言い放った。


「……ないっ! そんなもんあるもんか!」


 ヴォルヌートの芯の通った声とは対照的に、俺の声は隠しようがないほど震えていた。


(くそだせえぞ俺……! もっと腹に力入れろ! 俺は――俺はプルミエの相棒なんだろうが!)


 ヴォルヌートは未だ俺に圧を発し続けている。


「それは誠だな? 誠だと言うなら竜に誓え、アスカ」

「俺はプルミエを尊敬してる。だから、仲たがいをすることはあったとしても傷つけることは絶対にない。竜にでも神にでも誓ってやるよ!」


 声の震えはさっきより幾分ましになったと思う。だが、それは俺が決めることじゃない。

 今の俺は試されている側なのだ。


(どうなんだよ、今の答えは? 合格なのか、それとも……)


「……ならばよい。何か俺に聞きたいことはあるか? 気が向けば答えてやろう」


 ヴォルヌートは椅子に体を預けるように後ろに倒れかかり、その長い脚を優雅に組む。

 一見舐められているように感じるかもしれないが、ヴォルヌートにはそれが許されるだけの雰囲気が兼ね備えられていた。人の上に立つべき存在、とでもいうような曖昧なものだが、俺は彼からそれをたしかに感じ取った。


「……どうした、ないのか?」

「い、いや、あります」


 無言でヴォルヌートを見ていたら、変な間が開いてしまった。ヴォルヌートに勘違いさせてしまった俺は、脳内で急いで質問を組み立てる。


(聞きたいこと聞きたいこと……やっぱりさっきの会話の内容か?)


「じゃ、じゃあその、さっきプルミエとヴォルヌートさんが話してた『人との関わり方』の話ってどういう意味ですか……?」

「口調が戻っておるぞ? さきほどの威勢が見る影もなくなっておる」

「あっ」


 俺の口調を指摘したヴォルヌートは可笑しげに笑う。


「ククッ、まあ良い。我らヴァンパイアは人間との協調路線をとろうと画策しているのだ。だが今はまだその時期ではあないと……まあ、そのような話し合いだな」

「なるほど。……もう一つ、いや二つほどいいですか?」

「気兼ねなく尋ねたまえ」


 そう言ってヴォルヌートは足を組み替えた。どんな動作も様になっている。

(これがイケメンのなせる技なのか?)

 余裕がでてきた俺はそんなことを考えながら、ヴォルヌートに質問を飛ばす。


「プルミエの屋敷に誰もいない理由を自分で『呆れられたからじゃ』って言ってたんですけど、それって本当ですか? ここで見聞きした限りだと、むしろ人気者に見えるんですけど」


 プルミエの口調をまねした俺の声を聴いて、ヴォルヌートは堪えきれなかったといった様子で小さく噴き出す。


「ククッ、中々どうしてあいつの特徴を掴んでおる。……プルミエは誰も雇わなかった。様々な思いがあったのだろうが、それを俺が語ることはできんし、できてもしない。これ以上気になるならば、それはもう本人に聞くべき事柄だ」


 ヴォルヌートはそれ以上語るつもりはないようだ。


(俺としても嫌われてまで無理に聞きたい話じゃないし、さっさと次の質問に移ろう)


「最後に……プルミエって、ヴァンパイアの中でも特別な存在なんですか? 随分と人望があるような感じを受けたんですが」

「なんだ、知らずにプルミエに近づいたのか」

「ええ、まあ」


 ヴォルヌートは一瞬目をわずかに見開き、そしてなぜか顔に小さく笑みを浮かべた。

 ヴォルヌートは組んでいた足を解き、身体を俺の方に乗り出す。


「そうだな……言うなれば、『英雄』といったところか。100年前に集結した人間との戦争、それを敗北寸前から膠着状態の停戦までもっていた立役者なのだよ、彼女は」


 信じがたい言葉がヴォルヌートから告げられるが、彼の顔は真剣そのものだ。


(本当なんだ……だとしたらプルミエ半端な過ぎるだろ!)


 あの小さい身体にどれだけの戦闘能力が秘められているというのか。おそらく俺など一瞬で存在ごと塵にできるのだろう。


(縞々パンツなのに……)


 ふしだらな光景が脳裏にフラッシュバックしかけたところで、廊下からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてくる。


「戻ってきたのじゃー! ――むっ、2人とも楽しそうじゃな。何の話をしておったのじゃ? お、そうじゃそうじゃ。皆に挨拶したらお土産をたくさん貰うての。持ち帰りきれないから、ここで食べていくのじゃ!」


 プルミエは本当に嬉しそうな顔をして机に食べ物を並べだす。「これは芋じゃろ~、これはイマドの肉じゃろ~」と弾んだ声でせっせと机の上に並べていくその姿は、完全に少女――いや、幼女だった。


「……彼女がですか?」

「ああ、彼女がだ。アスカよ」


 俺の言いたいことが分かったのだろう、ヴォルヌートが苦笑する。


「……? 何の話じゃ?」


 プルミエは訳が分からないといった顔で、こてんと小首をかしげた。




 ヴォルヌートと共に食事をとり終えた俺たちは、プルミエの屋敷へと帰ることになった。


 ヴォルヌートが屋敷の外まで見送りに来る。風に吹かれてマントをなびかせるヴォルヌートの顔は、どことなく会った当初よりも柔らかく見えた。


「あ、そうじゃヴォルヌート」

「どうかしたか?」


 身長差を縮めるようにヴォルヌートは屈み、反対にプルミエは背伸びをした。脚がぷるぷるしているのが可愛らしい。


「前々から思っておったんじゃが、妾と族長のお主の2人しか参加しない話し合いのことを『部族会議』などと大仰な名前にするのは些かどうかと思うぞ?」

「……。つ、次までに代案を考えておく」


 見た目に似合わぬ毒を吐かれ、ヴォルヌートは恥ずかしげに俯き、帽子を深く被りなおして表情を隠した。


「そうかえ。では、暫しの別れじゃ。じゃあの」

「お前にいうことではないだろうが、気を付けてな、プルミエ」


 2人の別れがすみ、プルミエが歩きはじめる。俺は行きと同じようにその後を追おうとした。

 しかし、ヴォルヌートが俺を呼びとめる。


「アスカ」


 まさか俺まで声を掛けられると思っていなかった俺は、少々驚きながらヴォルヌートの方を向く。

 ヴォルヌートは爽やかな顔をして俺を見ていた。


「お前は中々見どころがある。会えてよかったよ。それと……今後は俺をヴォルヌートと呼ぶことを認めよう」

「ありがとうございます、ヴォルヌートさ……ヴォルヌート」


 俺はヴォルヌートにそう言葉を返し、プルミエの後を追った。


(認めてもらえた……のか?)


 最後の言葉の意味はそういうことであるような気がして、俺は自然と笑みがこぼれる。他人に認められるのってこんなに嬉しいことだったんだな。


「なんじゃ、アスカ? 随分嬉しそうな顔をしておるの。ヴォルヌートに何か言われたのかえ?」

「いや、何でもないよ」


 じーっとジト目で不審げに俺を見るプルミエだが、これは教えられない。

(だって、認められて嬉しかったなんて言ったら絶対からかうもんな)


「そう言えば、なんで行くときはあんなに急いでたんだ? 2人だけの会議なら遅れてもたいして影響はないんじゃ……」

「時間通りに行かんと、普段は魔法で産み出した霧であの場所を隠しておるからな。……ほれ、霧が出てきたぞい」


 プルミエが言うが早いか、俺の眼にも確認できるほど急速に霧が出始めた。そして、その真っ白な霧はたちまちにヴォルヌートたちの屋敷が会った場所を覆い尽くした。


「本当だ、全然見えないや」

「妾なら容易く霧は解除できるが、それをして村の皆に『侵入者がきたのでは』といらぬ心配を掛けたくなかったのでな。すまなかったの、アスカ」

「そういうことなら全然いいよ」


 俺はすでに霧に包まれたヴォルヌートたちの屋敷をある方をもう一度振り返り、そして帰路についた。

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