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10話 ヴォルヌート

 森を抜けたプルミエは、俺を地面に降ろす。


「どうした、随分疲弊した顔をしておるが」

「なんでもないです……」

(相変わらず空を飛ぶのは精神がすり減るな……)

「そうかえ? ならいいのじゃが」


 その時、森の中から魔物が飛び出してきた。以前プルミエが昼食用に運んできた魔物と同じ姿――たしか、イマドだ。

 イマドは俺に目もくれず、プルミエへと駆ける。


「プルミエ、危ないっ!」


 しかし次の瞬間、イマドはプルミエの手から放たれた炎によって跡形もなく焼け落ちた。


「では、ゆくぞ。疲れているようなら歩いても構わんからな?」


 プルミエは何事もなかったかのように平然と手で軽く髪を整え、俺を気遣う。


(かっ、かっけー!)


 その姿に俺が痺れてしまったことは是非もない。なんせ、未来では絶対に見られない光景が目の前で繰り広げられたのだから。







 俺たちは再び走り始めた。

 そして夜になったところでプルミエが休憩に入ることを提案する。


「これ以上は危険も増えるし、効率も落ちる。ここらで休むのが得策じゃろうな」

「それには同意だけど、その、見張りはどうするの? 情けないこと言うようで悪いけど、俺にはもうそんなことできるほどの体力は……」

「案ずるな、影に任せればいいだけの話じゃ」


 プルミエがパチンと指を鳴らすと、プルミエから影が剥がれ落ちる。どうやら闇の中でも影人間は活動可能なようだ。


(魔法、まじで便利だな)


「それはわかったけど、寝るのは地面にごろ寝なのか? 俺は良いけど、プルミエみたいな女の子がそういうことするのはあまりお勧めできないよ」

「それも案ずるな。闇魔法には物を入れておける魔法があっての。ほれ、テントじゃ」


 プルミエの横に真っ黒な空間が出現し、プルミエはそこに手を突っ込んでテントを取り出した。


(魔法すごすぎぃ! そして俺まじ役立たず)


 自分の至らなさに少々傷つきながらも、極限まで疲れていた俺の身体はテントに入った途端眠りに落ちるのだった。






 それから同じように走ってはプルミエに抱えられ、走ってはプルミエに抱えられの繰り返しを3日間繰り返したところで、ようやく目的地まであと少しとなった。



「よく頑張ったの、アスカ。もう少しで着くぞ」

「おう、わかった」


(4日間で到着……この道のりを、プルミエは俺がいなければ1日で走破するのか。スペックが違いすぎて悲しくなるな)


 少し上り坂になっている斜面をラストスパートで駆け上がる。その先にあったのは、プルミエの城に勝るとも劣らない巨大な城だった。そしてその周りにはその城ほどではないものの、巨大な家が並んでいる。


「凄いな……今まで建造物なんて一軒もなかったのに」

「この辺りは立地が良いからの。近くに川もあるし」


 そう言ってプルミエが指差した先には、たしかに川が流れていた。


「では、いくぞアスカよ」


 プルミエが俺の前に立ち、巨大な城へと歩を進めだす。

 俺はその後を付いていった。





 城に入ると、メイド服を着た女性が俺たちを出迎えた。背中から黒い羽が生えているし、彼女もヴァンパイアなのだろう。

 女性はプルミエに深く頭を下げる。


「よくぞお越しくださいました、プルミエ様」

「部族会議くらいは出とかんと、妾の存在を皆に忘れ去られそうじゃからのぅ」


 プルミエが芝居がかった声色でそう言うと、女性は上品に軽く笑った。


「ご冗談を。プルミエ様を忘れることなど到底あり得ませんわ。そちらの人間の方は……食糧でしょうか?」


(このヴァンパイア、真顔なのに言ってることめっちゃ怖い! 俺を食糧扱いかよ!)


「違う違う。こやつはアスカ、妾の右腕兼相棒兼弟子じゃ」

「さすがはプルミエ様ですね。……さあ、ヴォルヌート様がお待ちです」


 俺たちは廊下の先にある奥の部屋へと案内される。

 プルミエが金色の取っ手のついた立派な扉を開けると、中には一人の精悍な顔つきをした青年がティーカップを手に椅子に座っていた。


「久しぶりだな、プルミエよ」


 青年は椅子から立ち上がる。

 身体は細身だが引き締まっており、そのスタイルの良さと相まってとても勇壮に思える。

 そして深い藍色の髪と藍色の眼は、彼にミステリアスな雰囲気を纏わせるのに一役買っていた。


 話し方こそ敬語を使っていないが、椅子から立ち上がったことからもわかる通り、プルミエに敬意を払っているのがありありと感じられる。


「1年会わなかったくらいで久しぶりとは、人間のようなことを言うようになったな? ヴォルヌート」


 プルミエも親しい友人と話すような口ぶりである。

 おそらくプルミエと最近出会ったばかりの俺なんかとはもっと深い関わりがあるであろうヴォルヌートに、俺は少し嫉妬を覚えた。


 プルミエとヴォルヌートが向かい合うように座り、プルミエの横に俺が座る。


「刺激がない毎日は日々が長く感じてしまうのだ。戦争をしていた頃はもっと一瞬一瞬を長く感じたのだがな」

「じゃが、今の幸せを捨ててまであの頃に戻りたいとは思わんじゃろ?」

「まあな。……で? その坊主は何だ? 食糧か?」


 ヴォルヌートの視線が俺へと移る。


(何故に全員俺のことを食糧扱いするのか……。もしかしてヴァンパイア流のジョークなのか?)


 判断に困る俺に先んじて、プルミエが俺の紹介をした。


「こやつはアスカ。妾の右腕にして相棒にして弟子じゃ」


 俺はプルミエの言葉に首を縦に振り、肯定を示した。

 ヴォルヌートが値踏みするような眼で俺を見る。実際値踏みされているのだろう。

 ヴォルヌートはしばし俺を見つめた後、目線をプルミエへと移した。

 そしてカップに入った紅茶を啜りながら言う。


「人間が、ねぇ。変わったな、プルミエも」

「生きている限り変わり続ける。それは妾も、そしてもちろんお主もじゃ、ヴォルヌート」

「……それで? 人間に接することへのプルミエの考えは変わったのか?」


 ヴォルヌートの声が一段低くなり、テーブルに肘をついて身を乗り出す。どうやらここからが話の本題のようだ。


「以前にも増して前向きになった、といったところじゃな。じゃがまだ実行するとなると厳しいものがある……じゃろ?」

「そうだな。プルミエはともかく、俺を含めた他のヴァンパイアたちはまだ人間を信じ切れていない。部族として交流を持つのは早計だと俺も思う」


 プルミエは出された紅茶を啜り、はぁ、とため息をついた。


「結局そうなんじゃよなぁ……。何かきっかけがあれば変わるのかもしれんが、どうしてものぅ」

「まあ無理もない。100年前まで戦争状態だったんだからな」

「じゃが、もう100年じゃぞ。傷も癒えてきた頃だろうに……」

「『もう』100年とは、随分と人間のような言い方をするようになったな、プルミエ?」


 ヴォルヌートが片眉を上げ、プルミエを見る。

 それを聞いたプルミエは愉快そうに笑った。


「クククッ、これは一本とられたのぅ」

「話は聞けた。参考にさせてもらう。それから、帰る前に村のヴァンパイアたちにも会っていってくれ。皆プルミエに会いたがっていたからな」

「やれやれ、人気者は辛いのじゃ」


 プルミエは両手を上向きにして肩をすくめる。


「ぬかせ」


 その仕草をヴォルヌートは軽く笑った。






(こちら飛鳥ですが、置いてきぼり感が半端ないです。まるで家庭訪問の時の先生と母親の会話をただ黙って聞かされているときのような、この疎外感! 子供の時に、皆が過去じゃなくて未来に思いをはせていると知った時の感覚が蘇ってくる!)


 全く口を挟み込む隙もなかった。俺がこの数十分間でしたことと言えば、ただ椅子に座って人形のようにジーッとしていただけだ。……言ってて悲しくなってくる。


「そうだ、プルミエが皆に挨拶をしている間、彼を借りてもいいか? プルミエが気に入った人間に興味があってな」

「それは妾が決めることではないのぅ。どうじゃ、アスカ。お主はどうしたい?」


 プルミエはヴォルヌートの問いに直接答えることはせず、俺の方を向いた。

 ヴォルヌートとプルミエ、藍色の眼と紅色の眼が俺を捉える。

 俺は唾を飲み込んで答えを出した。


「こ、ここに残って話すよ」

「そうか、ならばよいぞ、ヴォルヌート。では、妾は挨拶回りに行ってくるのじゃ」


 プルミエはひらひらと服を泳がせながら部屋をでて行った。

 その場に残った俺はヴォルヌートと対峙する。プルミエが部屋から出てから、ヴォルヌートはひと時も目を離さず俺を視界の中心に捉え続けていた。


(ここは目を逸らしちゃ駄目なところだ……!)


 俺も負けじとヴォルヌートを睨む。だがそれも想定内というように、ヴォルヌートは眉一つ動かさない。




 どのくらいの間目線を合わせていただろうか。ふう、と息を吐き、ヴォルヌートが目線を手元のカップに移した。


「アスカ……と言ったか。貴様、何の目的があってプルミエに近づいた」


 もうとうに冷めてしまったであろう紅茶が入ったカップを揺らしながら、静かに問うヴォルヌート。

 まるで西洋絵画のような光景だが、その雰囲気は決して俺に優しいものではなかった。


(俺を試しているのか……?)


 なんいっせよ嘘をつく必要はない。そう判断した俺は簡潔に事実のみを伝える。


「目的というか……成り行きで、みたいな。俺が死にそうなところを彼女が助けてくれたんだ……です」

「ああ、口調は気にせずともよい。その方がその者の心の在り様がよく伝わってくるからな」


 ヴォルヌートの表情は変わらない。彼が何を考えているのか、俺には読み取ることができずにいた。

 カチャリと音を立て、空になったカップを机に置くヴォルヌート。


 カップに向けていた目線が再度俺へと向けられる。

 ――その眼の鋭さは、俺に今まで感じたことのない恐ろしさを感じさせた。

 ヴォルヌートに睨まれた俺は、心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥る。彼から発される圧に、俺の全身は鳥肌が立ち、背中には冷や汗が流れだす。

 今までのはいわば小手調べ、今回の質問が本当に知りたいことなのだろう。

 ヴォルヌートが静かな動作で口を開く。


「アスカ。貴様の心の内に、プルミエを害しようという気持ちが微塵もないと言い切れるか?」

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