拡張するセカイ ♯.8
俺が師匠のもとに来て現実の時間で三日、ゲーム内の時間で一週間が経とうとしていた。
一日のプレイ時間が限られていることもあり修行らしい修行はまだしていない。というよりも、ベルグすら自主練の名の元に自分で修行しているのだから俺も同じなのだろうと解釈しておく。
件の師匠といえば庭先の家畜の世話や畑の管理などで一日の大半を使い、残りは悠々自適に洋館の中で休んでいた。
そういえば、俺がここに来て一番役立ったのが意外なことに≪調理≫スキルだった。
洋館の周りで飼育されている家畜や作物を使い様々な料理をしてい内に自然と≪調理≫スキルの熟練度ばかりが伸びていくのは嬉しくもあり、複雑な気持ちにもさせられた。
さらには俺がいるせいなのかここには自然とリリィとクロスケまで集まって来ている。
リリィには俺がここにいることは他の人には知らせるなといってある。理由は簡単だ。修行途中の自分を見られたくないだけ。
格好付けていると言われればそれまでだが、修行らしい修行を始めてもいない今は尚更、人の目につきたくないと思ってしまうのだ。
俺にとって運が良かったのはヒカルとセッカがギルドの設立を急かして来なかったこと。リタとパイルもあれっきり連絡をしてこないのは彼らは彼らで忙しいのだろう思うことにした。
不満が無いわけでもないが、それでも腐らずにいられるのはベルグが俺を気にして、自分の修行の合い間にこうして戦闘の練習に付き合ってくれているからだ。
「セイッ」
ベルグの戦闘スタイルは纏うその格闘着とは違い、ボクシングを模したものだった。
軽快なフットワークに、的確に連続して打ち出される拳。
始めて間近で見るその動きは練習を始めた頃には全く対応できなかったが、今では剣銃を盾にしてガードすることが出来るようにまでなっていた。
「そんな細い武器ではガードしきれなくなるのは明白だぞ」
「わかってるさ」
そうだ。解かっている。でも、ベルグの拳の速度に対応しきれていないのはどうしようもないことだ。
「またか」
「なに……が」
「また諦めただろう」
顔に当たる寸前でベルグの拳が止まる。
ベルグの拳の鬼気迫る迫力に思わず尻持ちを着いてしまう。しかし、それ以上に俺を打ち抜いたのはベルグの言葉の方だった。
「徐々に俺の攻撃速度に慣れてきたはずだ。このまま続けていればガードではなく回避出来るようになるのもそう遠くないはずだ。なのに、どうして――」
「だから、そんなに早く出来るようになるわけないだろ」
服に着いた土を掃いながら立ち上がり、告げた。
一朝一夕で出来るようになることではないのはベルグも知っているはずだ。なのにどうしてそんな表情をするのだろう。
「なんだよ……」
「いや、なんでもない」
振り返り立ち去ろうとするベルグに俺はいてもたってもいられずに胸の中の言葉を投げかけた。
「言いたいことがあるのなら言えばいいだろう」
「今のお前に言いたいことなど何も無い」
俺の言葉に返ってきたのはベルグの冷たい視線。それと、突き放すような言葉。
遠ざかる背中を眺めながら、俺はその場で立ち尽くしていた。
「その様子じゃ今日もダメだったみたいじゃのぅ」
ユウとの戦闘練習を終えたベルグを師匠が迎える。その手にはいつぞやのポーション瓶が握られている。
「それ、今日何本目ですか?」
「とうぜん一本目じゃよ」
「本当ですか?」
「ほんとも本当。おおまじじゃ」
二人並んで洋館の応接室へと入っていく姿はとても自然な行動だった。まるで師匠がNPCであることなど関係ないというかのようにベルグは師匠に接し、師匠もまたベルグがプレイヤーだということを気にも留めずに接している。
「それで、師匠は彼をどうするつもりなんですか?」
「そうじゃのぅ」
綺麗に編み込まれた髭を触りながら師匠が悩む素振りを見せる。しかしそれをベルグは怪しく思いながら見ていた。こういう顔をしている時の師匠があまり芳しくないことを考えているであろうことはこれまでの経験から解かりきっていることだったから。
「ベルグはあいつと手合わせをしてどう感じたんじゃ?」
ずっと撫でるように自分の髭を触りながら考えていた師匠が肩目を瞑りながらベルグに問い掛けた。
「勘は良い方だと思います。俺の動きに比較的早く着いてこれるようになってましたから」
「ふむ」
「ただ……」
「何じゃ?」
「その勘の良さが裏目に出ているみたいなんです」
神妙な面持ちでベルグが告げる。
それは幾度となくユウの剣とベルグの拳が交り合ったからこそ生まれた感想。そして、格闘家として自分を鍛え続けるベルグだからこその感覚でもあった。
「ユウは戦闘が自分の手の届かない領域になろうとするのを敏感に感じ取っているみたいなんです。だから、普通のモンスターなどの戦闘では問題が無くても、俺みたいな戦い方をする相手との戦闘では……」
「足が竦んでしまう、ということじゃな」
「はい」
ベルグは苦虫を噛み潰したような顔をした。
先程の戦闘でもユウは最後の最後、戦闘の終盤になったその瞬間に自分の敗北を想像し、剣を下げた。まだ決着がついていないというのにだ。
なにより、あれだけの戦闘勘を養う為には無数の戦闘を経験してきたはずだ。モンスターだけではなく、プレイヤーとだって戦ったのは一度や二度ではないはずだ。
なのに、どうしてあんな風になってしまったのか、それが自分には理解できないことが悲しくもあり、悔しくもあった。
「もう少し待ってみようかのぅ」
「待つ……のですか?」
「こればっかりは技術云々ではないからのぅ。自分で気付くしかないことじゃて」
師匠の意見にはベルグは概ね同意だった。だからといって傍観し放っておくつもりはない。同じ弟子という立場だからこそベルグにも出来ることはある、そう信じているから。
一体どれくらい立ち尽くしていただろう。
数分か、それとも数時間か。
ベルグとの戦闘は完全に俺の負けだった。
連続して打ち出される拳に防御することしかできず、反撃の目処も立たず、俺は負けた。その事実に打ちひしがれ、また負けた。
勝てると確信していたわけではない。けど、何も出来ないと思っていたわけでもない。
「ユウ。どうしたのさ、元気ないね」
ひらひらと飛んでくるリリィはいつもの調子で俺に話しかけてきた。
明るく元気なその姿は、沈みかけていた俺の心をほんの少しだけ癒してくれる。
「大丈夫。いつも通りだよ」
そう、大丈夫。大丈夫なのだと自分に言い聞かすようにくり返し、強く剣銃の柄を握り締めた。
今や戦闘終了後の剣銃の銃形態への変形とホルダーに仕舞うことは一連の動作となっている。特別意識しなくても出来るそれをこの時もしてリリィに微笑んで見せた。
俺が大丈夫といえばリリィはそれ以上追及してくることはない。俺を気遣ってのことなのか、組まれているAIがプレイヤーの感傷に干渉し過ぎることを止めているのかは分からないが、俺はいつもこの距離感に甘えているのかもしれない。
プレイヤーでないからこそ、俺はここにリリィがいることに抵抗が無いのかもしれない。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
そっと手を差し伸べるとリリィは何も疑問を抱かずにそれに寄り添うように触れる。
小さなその体から感じる体温はプレイヤーと同じ。
NPCだからと言い訳をしているのにもかかわらず、俺はその暖かさに心を休めていた。
傍から見れば痛々しく見えるのだろうか。
小さな体のリリィは意味が分からないという顔をしながらも俺から離れることはなくずっとそこに居続けている。
もう少しこのままでいたい。そう思い始めた俺を苛めるように、フレンド通信の着信音が俺の脳裏に鳴り響いた。
視界の中心にはヒカルの名前が浮かんでいる。
「どうしたんだ?」
『ユウ、どこにいるの?』
昔ながらの黒電話の形をしたアイコンに触れると直ぐに焦ったようなヒカルの声が聞こえてきた。
「どこって――それよりも、何かあったのか?」
『大変なんですよ』
「だから、何があったのかを言ってくれないか?」
『あの……』
と、今度はセッカの声が聞こえてきた。
個人対個人の通信からパーティ共通の通信へと切り替わったらしい。
『一度戻って来れない?』
「戻るって、二人こそ今どこにいるんだよ」
『ユウの工房ですよ。好きに使ってくれていいって言って合鍵渡してくれたじゃないですか』
「そういえば、そうだったな」
そういえば、師匠の元で暫らく過ごすことになるのならと合鍵を作り渡していた。しかし、だからといって二人がそこに居るかどうかまでは知るはずもなく、むしろ当然のようにそこにいる事に驚きさえしたのだ。
「で、なんで戻る必要があるんだ?」
『直接見てもらった方が早いと思うんです』
二人の内のどちらかが何か工房の設備を壊したのか、と一瞬思ったがどうやらそうではないようだと伝わってくる空気の感じから判断した。
何が起こったのかさっぱり分からないが、何か緊急事態のようなことに陥っていることだけは伝わってきた。
「解かった。ここからなら十分くらいで戻れると思うから、それでいいか?」
『はい。ユウが着くまではなんとか引き延ばして見せますから』
『……任せて』
なにを任せるのだろうと、首を傾げているうちに通信が切れてしまった。
とりあえずはここから出ていくことを師匠とベルグに伝えなければならないと二人がいる洋館のドアを開け、二人の姿を探しまわった。
二階建ての洋館は同じ造りの部屋がいくつも並んでいる。
元はどこかの貴族か誰かの持ち物だったのだろう。階段の手すりや、柱などに独特の絵柄の彫刻が施され、それが他の建物とは違うのだと表しているように思えた。
「ユウ。二人を見つけたよ。下の応接室にいる」
と、別々に二人を探していたリリィが告げてきた。
「わかった。ありがとう」
「どういたしまして」
水色の妖精を連れだって応接室のドアを開けると、そこにある椅子に座り何かを話している二人の姿を見つけた。
「どうかしたのかのぅ」
俺の来訪に真っ先に気付いていたのはやはり師匠の方で、ドアを開けて顔を出したその瞬間問い掛けてきた。
「仲間に何かあったみたいなので、一度町に戻ろうと思うんです」
「何か、とは何じゃ?」
「わかりません。直接会って話した方が早いとだけ言われたので」
「ふむ。ま、別にいいじゃろ」
何かあったことだけしかわからないのだと話す俺の話を信じたらしく師匠はそれ以上何も聞いてくることはなかった。
しかし、ベルグは別の感想を抱いたらしく表情を険しくさせて、
「ユウが行ってどうにかなる問題なのか?」
と、聞いてきた。
「それも解からない。まずは話を聞いてみないと」
「それで、ユウの手に負えないと解かればどうするつもりなんだ?」
俺の手に負えないことがヒカルとセッカの身に起こった、などという可能性はこの時、微塵も考えてもいなかった。
二人のいる場所は俺の工房。それは非戦闘区域である町の中だ。強大なモンスターや悪質なPKに襲われたなどということはあり得ない。
問題は全く別の何かだと勝手に決め付けていたのだ。
「それも、聞いてみないことには解からない事じゃろて」
「ですが、師匠」
「まったく、そんなに心配ならお前さんも付いて行けばいいじゃろが」
「俺が……ですか?」
「どうじゃ? こやつが一緒にいって何か問題あるかのぅ」
「いえ、大丈夫、だと思います、けど……」
それでいいのかと、俺はベルグに視線で問い掛けた。
この問題は俺の、俺たちパーティの問題だ。同じ人に師事をする弟子だからといってそう易々と巻き込んでいい理由にはならない。
「解かった。俺も付いて行く。でも、ユウは俺のさっきの質問の答え考えておくんだ。いいな?」
「あ、ああ」
俺が何の関与もしないまま、あれよあれよという内にベルグの動向が決定した。
「時に、ベルグよ」
「なんですか?」
「町に行くのなら例のアレ買ってきてはくれんかのぅ」
「んなっ、まだ一週間ですよ。やっぱり約束を破って余計に飲んでいましたね」
「いやー歳かのぅ。ついつい忘れてしまうんじゃよ」
「師匠に限ってそれはないでしょう」
呆れたと全身で表現するように大袈裟に肩を落として見せるベルグに師匠はいつもの調子で平然と笑っている。
「はぁ、今回はダメです」
「なんとっ」
「今日町に行くのはユウの問題を確認するためですから、余計は場所には行けません」
「そ、そこをなんとか」
「ダメったら、ダメです」
愕然とする師匠を見かねて俺が、と言おうとしたその瞬間、ベルグの静止する手が伸びてきた。
「準備はいらないよな」
「あ、ああ。大丈夫」
ストレージの中には常にある程度のアイテムはストックされている。
剣銃の状態も幾度と練習の戦闘を繰り広げてきたと思えないほどに摩耗していない。これなら突発的な戦闘が起きたとしても問題ないはずだ。
「では行くぞ」
と、項垂れる師匠を置き去りにベルグは応接室から出て行ってしまった。
後ろ髪を引かれ師匠に視線を移すと意外なほど平気な顔をして、
「儂の事は気にするでない。ほれ、さっさと行かんか。仲間が待っておるのじゃろう?」
「は、はい」
師匠に促されるまま俺もベルグの後を追った。
微かに聞こえてきた師匠の「格好つけ過ぎたかのぅ」という呟きはこの際聞かなかったことにして、俺は心の中で礼を言って洋館の外へと急ぐことにした。
「遅い」
洋館の外ではベルグが腕を組んで俺を待っている。
「ユウの仲間がいるのはウィザースターで間違いないな?」
「ああ。そこにある俺の工房にいるはずだ」
「ならば、ここからは三十分くらいか。急ぐぞ」
「あ、待って」
ベルグの言うようにここから走ったのではそれだけの時間が掛かってしまうだろう。
だが、ここにはクロスケがいる。
俺の仲間の中で一番の機動性を有している存在がいるのだから、辿り着くまでの時間はかなり短縮されるはずだ。
「クロスケ!」
手を空に掲げ呼ぶと、漆黒の翼を持つフクロウが舞い降りてきた。
「なにをする気だ?」
「まあ見てろって。≪解放≫」
≪魔物使い≫にあるアーツを言葉に出すと、クロスケは元の姿である巨大なフクロウ、ダーク・オウルへと変貌する。
羽を畳み眠たそうな瞳を向けてくるクロスケを見て驚いたベルグを後目に、俺はクロスケの背に乗った。
「飛んでいけばすぐだからな。どうした? 来ないのか?」
クロスケの背中から手を伸ばす。
戸惑いながらも俺の手を取るベルグを強引に引き上げた。
「しっかり掴まっていろよ」
「お、おう」
「クロスケ!」
俺の声に反応し、クロスケはその巨大な翼を広げ飛び上がった。
真昼の太陽に陰る雲のように、洋館に大きな影を落としながら上昇していくクロスケの背で、ベルグはそれまでに無い程怯えた表情を見せていた。
「もしかして、高所恐怖症?」
「そそ、そんなこと、なななないぞ」
「ま、目を瞑っていれば直ぐだって」
急加速するクロスケは、一直線に俺の工房があるウィザースターの町を目指した。
風を切り、雲を引き裂いて飛ぶクロスケの背で、俺は何気なしに流れる景色を眺めていた。
「どうしたの?」
俺の上着の内ポケットに入り風を避けるリリィが何気なしに問い掛けてきた。
「いや、綺麗だなと思ってさ」
「なにが?」
「この景色だよ。この先にはまだ俺が行ったことのない場所が広がっているんだと思うとさ、ワクワクしてくるだろ」
「変なの」
「そうか?」
「だってわたしたちはずっと郷の中で生きてきたんだよ。他の場所なんて考えたことないもの」
「そういうものか?」
「そういうものよ」
そう言い切るリリィを見下ろしながら俺は思っていた。それでは窮屈じゃないのかと。もっと別の場所へ行ってみたくならないのか、と。自分が知らず、自分を知らないそんな場所へ行きたくはならないのかと。けど、そう思うのは俺が外の世界からやってくるプレイヤーだからなのではないだろうかと、リリィに聞いてみることは出来なかった。
安全で安心の出来る場所に居られるのであれば、わざわざ危険な場所に出ていく必要などありはしない。そこで生き、そこで死んでいく。正に現実の自分のように。
三人が黙りこんでいる間もクロスケはウィザースター目指し飛び続けていた。
見覚えのある建物と外壁が近付いてくる。
飛行していた時間は五分くらい。人目に付かない場所に降りたとして、そこから歩いて町を目指して数分合計して十分前後というくらいだろうか。
「クロスケ、そこの木の陰に着陸してくれ。ベルグはそこから歩いて行くことになるけどいいよな?」
ベルグに意見を聞いてみようと視線を向けると相も変わらず目を瞑りクロスケに抱きついたままだった。
「ご苦労さま」
着陸し羽を畳むクロスケに俺はストレージから焼いてあったクッキーを取り出して与える。
いつもなら目を細め満足そうに食べているクロスケを羨ましいと騒ぎ立てるリリィが静かなのはどうしてだろうと、その姿を探すと意外なほどにあっさりと見つけられた。
俺の上着の内ポケットから抜けだしたリリィはいつの間に取ったのかクロスケが食べているものと同じクッキーを美味しそうに頬張っている。
溜め息をつきつつ、残るクッキーを袋ごとリリィに手渡して、
「これ、預けておくからクロスケと分けて食えよ」
「うんっ!」
元気のいい返事を聞きつつ、俺は未だクロスケの背中に器用に掴まっているベルグに話しかけた。
「ほら、着いたぞ」
「へ?」
「ったく、器用なヤツだな」
呆れた顔をして腰に手を当てながら告げる俺にベルグは一瞬で顔を真っ赤にして、慌ててクロスケの背から離れた。
照れ隠しなのか何なのか、一度咳払いをしてベルグはすぐにいつもの調子に戻った。
「ここから少しだけ歩くぞ」
「分かっている」
「リリィ、クロスケもそろそろいいか?」
「あいよー」
ベルグが離れたことで小さなフクロウの大きさに戻るクロスケと一緒に近付いてくるリリィを引き連れて俺たちは歩き出した。
この辺りにもモンスターはいるが、それらはノンアクティブ。こちらから手を出さなければ襲ってくることはない。
どんなに足音を立てて走っても、問題はないということだった。
「なんか、妙な感じだな」
外壁から門を抜け、町に足を踏み入れた時に、ベルグは周囲を見渡しながら呟いた。
妙な感じは俺も同感だ。
普段ななら活気に溢れているはずの町中が静まり返り、それなのに人だかりは出来ている。なにより集まって来ている人の殆どはNPCで、プレイヤーはそのさらに奥の方で様子を窺っているか、自身のプレイヤーホームに引き籠っているか、最初から気にも留めずに通り過ぎているかのどれかだった。
「とりあえず俺の工房に行こう。多分、この騒ぎについてもなにか分かるはずだから」
人だかりを避けるように裏通りを使い進んでいく。
本来なら町の外れにある俺の工房は静かな区域に位置付いている。しかし、どういうわけかこの日に限り騒ぎの中心になってしまっている。
「っと、これはどういうことだ?」
自分の工房に入ることすら出来ないほどの人だかりを目前にして呆然としてしまった。人だかりを掻き分けてまで自分の工房に行こうかどうか迷ってしまうほど。
「行かないのか?」
「……行くけど」
ヒカルとセッカに呼ばれているのだから行かないという選択肢はないのだが、これは表立っていくよりも裏口を使って工房に入るべきだろう。
ベルグを引き連れ裏口のドアを開け、中に入るとそこでセッカが待っていた。
「どうして?」
「ユウならこっちから来ると思ったから」
「で、何があったんだ?」
「その前に……その人は誰?」
「えっと、この人は――」
「俺はベルグ。ユウとは故あって暫らく一緒に行動することになっている」
「よろしく」
「ああ。よろしくな、嬢ちゃん」
「嬢……ちゃん?」
全身鎧を着ているせいで俺よりもがっしりとした見た目になっているセッカすら、ベルグに比べると小柄に思える。実際にはそう大差ないはずなのに。
「……この先で待ってるから」
「待ってる? ヒカルがか?」
聞き返しながらドアを開けると、その先には見たこともない顔と、見たことのある装備を纏った人が椅子に座っていた。
「ユウ~」
今にも泣き出しそうな顔でヒカルが俺を呼ぶ。そしてヒカルの口から出た俺の名前に、客人らしき人がこちらを見て告げる。
「私は王国騎士団団長のカルヲだ」
そこにいたのは記憶に新しい騎士団と同じ格好をした妙齢の女性だった。




