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拡張するセカイ ♯.7

 ライヴンズの店に偶然集まったプレイヤーは三者三様、その容姿から使う武器や纏う防具、果てはプレイスタイルまでもバラバラ。それが当たり前で自然なことなのは知っているはずなのに何故だか俺は僅かばかりの寂しさを感じていた。

 同じ場所に立ち、同じものを見て、同じものを聞いているのに、決して同じものを目指しているわけではないのだと思い知らされたからだ。

 それでも三人のプレイヤーを繋ぐものは確かに存在する。

 それは人の好奇心。

 未知のもの対するそれこそが生産職である俺と、それを扱うライヴンズと、それを受け取った格闘家風の男を一つに繋いでいた。


「これに興味があるのか?」


 格闘家風の男は俺が持っているのと同じポーション瓶と同じものを掲げ質問してきた。

 このアイテムの使い道は一つ、自身のレベルを上げるということだけ。それは強くなりたいと感じている俺にとってはうってつけのもののように思えるが、実際にそれを使ってレベル上げをしたいかと聞かれれば首を横に振ってしまうだろう。

 それだけにこのアイテムを使ってまでレベルを上げている格闘家風の男の真意が解からない。

 いつまで経っても返事をしない俺に格闘家風の男が表情を変えて聞いてきた。


「聞き方を変えよう。君は強くなりたくないのか?」


 向けられるのは俺を誘ってるような笑顔。

 そしてその質問は俺の胸に深く突き刺さった。


「どうしたのですかな?」


 黙り込む俺を不審に思ったのか、ライヴンズが問い掛けてくる。

 答えに詰まる俺の脳裏にはほんの数時間前に起こった出来事がフラッシュバックしていた。


「俺は……」


 やはりそこで言葉が詰まってしまう。

 強くなりたいかと問われれば答えはyes。しかしその目的はこれまでのように単純にレベルを上げたり、スキルを覚えたり、装備を強化したりということではない。

 数字で表せられない俺に足りない何かを手に入れることが必要なのだ。


「話して下さいな。貴方が抱え込んでいるモノを」


 これまでにないライヴンズの穏やかな声に促され俺は胸の中で溜まっていたものを吐き出した。

 自分が対峙した騎士団のこと。

 その時、自分には出来なかったことがあるということ。

 そして、今もなおその事実を変えるきっかけすら掴めていないことを。

 言葉に出して初めて、俺は自分が悔しいと感じていることを知った。

 勝ったのでも負けたのでもない中途半端な結果を押し付けられたことが思いの外納得していないのだということを知った。

 そんな自分を変えたいと思っていることを知った。


「そうですか。NPCとの戦闘になったのですね」

「ああ」

「珍しいことなのか? それは」


 神妙な面持ちで相槌を打つライヴンズとは違い、格闘家風の男は何故そんなことに悩んでいるのかと言いたげな表情だ。


「珍しいこと……じゃないのか? どうなんだ?」

「ワタシは聞いたことがありませんね」

「アンタは?」

「ベルグだ」

「ベルグは何か知らないか?」

「知ってるぞ」


 平然と答えるベルグに俺とライヴンズの視線が集まる。


「ここで話すより実際に会った方が速いかもな」

「会う? 誰に?」

「俺が知る、戦うNPCにだ」


 一ダース分のポーションを木箱ごとストレージに収め、ベルグは立ち上がり言った。


「着いて来るか?」


 ここで断れば確実にベルグとの関係は途絶える、そんな確信があった。

 フレンドでも何も無い、ただ偶然店出会っただけという関係性はあまりにも希薄で、あってないようなもの。オンラインゲームも現実もそれは同じ。

 同じ場所にいるだけの他人。

 そんな関係性を変え、自分の可能性を切り開く為の選択肢はたった一つ。


「ワタシは遠慮しておきますね」


 同じように立ち上がった俺を見届け、ライヴンズが告げた。


「この店もありますからね。また会った時にでも話を聞かせてくださいますかな?」

「いいとも。次に来たときにでも話そうではないか」

「楽しみにしていますぞ」

「おまえは一緒に来るのだな?」

「ああ。そうさせてもらう」

「では、お気をつけて」


 ライヴンズに見送られながら俺とベルグは店の外へと出ていった。

 店の外はもう日が昇り始めてる。

 時間の経過が早いゲーム内だからこその現象だが、あれからもう一日が経ったかと思うと信じられない気持ちになってくる。

 町の様子はいつもと何も変わらない。それだけに俺は自分の中に芽生えた気持ちの変化との折り合いがつかないでいるのだ。


「先にどこに行くかくらいは教えてくれないか?」

「あとの楽しみじゃ嫌か?」

「嫌じゃないけど」

「だったらもう少し待て。どうせすぐに着くからな」


 店の外の路地を歩きながら俺は訊ねた。

 俺よりも道を知るベルグが先行してくれている御蔭で道に迷うことはない。真っ直ぐ町の中心へと進むことができている。

 町の中心に着くと今度は町の外へと向かう。

 黙って歩き続けるベルグの後を追い進む。

 町とエリアを隔てる壁を抜け、俺は新たなるエリアに足を踏み入れた。


「ここは、いつもの岩山エリアじゃないのか?」

「もう少し進むと抜け道があるんだ」


 確信めいたことを言って、ベルグが先を行く。

 岩山エリアの基本となる道を外れ脇道に出ると、その先にベルグの言う細く人が一人通れるくらいの抜け道があった。


「この先、か」

「そうだ」


 迷うことなく抜け道を進むベルグから逸れるまいとして俺もその抜け道に入っていった。

 岩山の抜け道というのは小さな洞窟の形をしていて、それが奥になればなるほどジメジメと湿気の多い場所になってくる。

 岩壁には苔が自生し、足下は泥が溜まりヌルッと滑りやすくなっている。幸いなのはこの狭い場所でモンスターとの戦闘にならないことだけだが、ベルグはこの道を何度も通っているのだとすれば、それはそれで確かな目的が無ければしないことのように思えた。


「そろそろ出口だぞ」


 足元に注意を向けながら歩く俺にベルグが告げる。

 抜け道の中には光源となるものは何も無く、今は入り口と出口から漏れてくる灯りだけを頼りに進んできた。真ん中に行くに連れて自分がどこに足を乗せているのか解からなくなりながらもどうにか進んできて、足下が見えるようになったことで出口に近くなってきたのは気付いていたが、それでも前を向く余裕は俺にはなかった。

 一歩でも足を踏み間違えればすぐさま泥に足を取られ体勢を崩し、転んでいたのは明らかだったからだ。

 苔が生えてぬるぬるする壁に時折手を付きながらも俺はようやく抜け道を抜けることができたらしい。

 外から漏れる太陽の光が俺たちを祝福するかのように暖かな光を降り注いでいた。


「なんだ……ここ」


 抜け道を通ってきたとはいえ、俺は今岩山エリアにいるはずだ。なのに眼前に広がるのは青々と茂った草の絨毯に、生き生きと育った作物の数々。そして木製の柵に囲まれた中には家畜のような動物が十数体放牧されていた。


「あの家にいるはずだ」


 ベルグの指差す先にあるのはどこかのホラーゲームに出てくるような洋館。

 洋館の壁面には蔦が伝い、地面近くには抜け道にあったものと同種の苔が生えている。

 寂れたというにはあまりにも生活感が漂って見えるのは、ベルグが言っているNPCがここに住み着いているからなのだろうか。

 おそるおそるという感じで洋館に近付いて行く俺とは対称的にベルグは平然と洋館の扉に手を掛け慣、れた様子でそれを開けた。


「只今帰ってきましたよー」


 中にいるはずのNPCに向けて叫ぶ。

 すると奥の一室からNPCらしき人が一人現れた。

 格好は洋館に相応しくあるように背広のようなものを着ている。身長は俺と同じくらいだろうか、おそらくは年配の男性として作られたであろうNPCは歳など感じさせてたまるかというように背筋をピンっと伸ばしている。

 なにより若々しく感じるのはその体格が理由の大半を占めていそうだ。背広の厚い生地越しでもわかる程筋肉質の肉体は格闘家風の恰好をしたベルグの知り合いというだけはある。

 しかし、このNPCの特徴で印象的なのはその髭。白く長い髭を三つ網状に編み込み、先を赤いりポン出縛っているのは、老人特有のしわと、嶮しさが窺える顔には明らかに浮いて見える。

 髭は雄々と蓄えているのに頭は剃り上げたのか初めから生えてないのかスキンヘッドなのだ。

 目の前に立つNPCは格好と髪型と髭の形、何から何までアンバランスに思えてしまうほど統一感というものが欠如しているかのように思えた。


「遅かったのぅ」

「そうですか」

「で、アレはどこじゃ?」

「ここにありますよ」


 と、ストレージから木箱に入ったポーションを取り出すと、NPCはそれを有無言わずに取り上げた。


「いいのか?」

「ん? ああ。いいんだ。アレは師匠に言われて買ってきたものだから」


 ホクホク顔で木箱からポーションの瓶を一本取り出したNPCは当然のように栓を開け一気に中身を呷った。


「驚いたか?」

「あ、ああ。うん、驚いた」


 NPCがポーションを使う所を見たのも、それをまた目を細め美味そうに飲んだところを見たのも初めてだ。

 確かにポーションにも味はある。普段使うHP回復用のポーションなんかは薄めのスポーツドリンク。状態異常回復ポーションは原材料となった果実の味を薄めに薄めたもののように。

 飲み物として飲むにはお世辞にも美味しいものであるはずがなかったのだ。

 ましてNPCが飲んでいるのは使用者の防御力を激減させるマイナス効果を持つもの。マイナス効果のあるものは総じて不味いというのが俺の結論だった。


「これじゃこれじゃ。この舌をピリピリする感じが堪らんのぅ」


 一瓶を飲みほしたNPCが次の瓶へと手を伸ばす。


「師匠、飲み過ぎです。このペースに飲んでたんじゃまた直ぐに買いに行かなきゃならなくなるじゃないですか」

「なんじゃ、ケチな奴じゃのっ。弟子なんじゃからそのくらいしても良いじゃろうに」

「その度に修業を中断されてたんじゃ堪ったもんじゃないですよ」

「むぅ、それもそうか。で、そいつは何処のどいつなんじゃ?」


 獲物を狙う獣のように、俺を値踏みするNPCの視線は驚くほど鋭い。

 一瞬、俺が委縮したのを見逃さなかったのか、直ぐにベルグが口を挟んできた。


「彼は……その、名前なんだっけ?」


 そう言えばベルグの名前を聞くだけ聞いて自分の名前を名乗ってなかった。

 自己紹介に返さなかった事が申し訳ないやら、恥ずかしいやら。動揺を隠すために胸を張って告げる。


「ユウだ」

「そのユウ君が師匠に会ってみたいと言ったので、連れてきたんです」

「ふむ。この儂に若人が何か用かな?」


 三つ網の髭をなぞるように触りながら問い掛けてくる。

 この時すでにそれまで感じていた威圧感のようなものは消え失せ、親しみやすさが前面に押し出されていた。


「実は――」


 と、ここでもギルド会館であったことを話すことになった。

 相手がNPCだからなのか、ギルドの開設などプレイヤーにだけ通じるような箇所は省略し、騎士団がギルド会館という施設に押し入りそこで働いているNPCをプレイヤー共々監禁に近い状態にしてしまったこと。

 そして、俺が騎士団の一人と戦ったこと。

 その時に俺が勝ちきることが出来なかったことも。


「成程のぅ。騎士団の連中は最近大人しくなったと思っていたんじゃがなぁ」


 一通り俺の話を聞き終えたNPCが最初に放った言葉がこれだった。

 複雑な感情が織り交ぜられた台詞に俺は浮かんできた質問を投げかけることすら出来ないでいる。


「それで、儂に会ってどうじゃ? なにか掴めたかの」


 雰囲気を一変させて問い掛けてくるNPCに俺は言葉を詰まらせた。

 騎士団と同じように戦闘をするNPCがいると聞いて会ってみたいと思った。会ってみればなにかが得られるかもしれないと、足りない何かが見つかるかもしれないとさえ。


「その様子じゃなにも掴めなかったらしいのぅ」

「ええ、まあ」

「仕方のないことだろうの。誰かと会ったくらいで劇的な変化が起こることなど稀なこと」

「そう、ですね」


 確かにその通りだった。

 知らない人と会うことで小さな変化が起こったとしても自分の問題を解決するほどの劇的な変化はまず起こり得ない。

 そんなこと解かっていたはずなのに、どうしてだろう。妙に落ち込んでいる自分がここにいた。


「とはいえじゃ、折角ここまで来たのに手ぶらで帰すのもなんじゃからのぅ。どうじゃ、儂と一戦交えてみんか?」

「師匠!?」


 NPCの言葉に驚いたのは俺だけじゃなかった。

 その真意は分からないがベルグも意外なほど目を丸くしていた。


「どうじゃ? これも記念と思ってやってみんか?」


 それまでの穏やかな雰囲気から一転、NPCからは歴戦の戦士のようなプレッシャーを感じた。それは騎士団の比ではない。数多くのPKや強いとされているプレイヤーと戦った時ですら感じたことのない戦慄が俺の全身を駆け巡った。


「お願いします」

「そうと決まれば、ここじゃ狭いからのぅ。表に出るとするか」


 軽快にそう告げるとNPCは俺とベルグの隣を通り、洋館の外へといってしまった。


「ユウ」

「どうしたんだよ。そんな変な顔をして」

「気を付けろよ」

「解かってるさ」


 ベルグの言いたいことはなんとなく解かった。

 俺がこれまでの戦闘と同様にこの戦いを捉えていることを心配しているのだろう。

 確かに騎士団の一件が無ければNPC、それも老人との戦いには僅かながらの油断が生じていたかもしれない。

 けれど、あの時感じたプレッシャーが本物なのは重々理解している。

 今度は最初から全力だ。


「それでお前さんの得物はなんじゃ?」

「はい?」

「儂もそれに合わせてやると言っているんじゃ。ほれうだこだ言わずにさっさと見せんか」


 洋館の外。家畜のいる柵や作物の育っている畑から離れた場所にある開けた場所。剣道場の庭先のような場所でNPCが言ってきた。

 俺は腰のホルダーから剣銃を抜き、それを剣形態へと変形させると自分の胸の前で掲げてみせた。


「ほう。銃剣か。中々珍しいものを使うんじゃのぅ」

「いえ、これは銃剣じゃなくて剣銃なんです」

「む? それは何が違うんじゃ?」


 何が違う。そうNPCに問われ俺は自分の中で結論付けた違いを話し始めた。


「銃剣って銃に剣を取り付けたものですよね? 剣銃はその反対で剣が銃にもなるんです」

「なにが違うんじゃ」

「基本がどちらなのかが大事なんだと思います。銃剣は剣としても扱うことのできる銃であって、剣銃はその両方が基本の形なんです。どちらかが欠けても成立しない、表裏一体の武器。それが剣銃なんだと思います」


 この武器を選んだ時、俺が最初に考えたことがこれだった。

 どちらが良かった。どちらの方が優れている、ではなく、この武器だからこその意味。それを考えた時、そこに立ち塞がったのは銃剣という存在だった。

 銃と剣、どちらの漢字が先に来るかだけではない。出来ることも同じなのだ。撃つ、斬る。その二つ。

 だからこそ明確な違いを、差を探した。

 結局自分を納得させる答えは先に話した通りでしかない。

 なによりも剣銃を選んだ自分を信じることでしか懸念は払拭できなかったのだ。


「ふむ。最近は変わった武器ができてきたんじゃのぅ」

「師匠は知らないのですか?」

「知らん。儂が知るのは銃剣までじゃ」


 そう言えばゲームリリース直後、剣銃を強化するNPCショップは見つけられなかった。それが原因隣自分で≪鍛冶≫スキルを習得しようと思ったのだ。

 今ではNPCショップにも剣銃の強化や修理を扱う店は当然のように出来ていた。しかし、後から追加されたのが理由なのか、剣銃の強化は他のシンプルな武器に比べて遅れていると感じるのは今も変わらない。


「さて、どうするかのぅ。儂は剣銃など持ってはおらんし」

「あの!」

「なんじゃ?」

「貴方が一番得意な武器で戦ってくれませんか? 俺は全力の貴方と戦ってみたい」

「ほう」


 俺の申し出を受け、NPCは近くの小屋から鉄製の戦斧を取り出してきた。

 ハルバードと呼ばれるそれは、ハルが使っているものと同種。しかしその完成度は比べ物にならない。NPCが持っている物の方が高いのだ。

 おそらくは俺が持つ剣銃よりも。


「本当にいいのかの?」

「はい。俺も全力で行きます」

「その心意気や良し。ふふふ、なんての」


 軽口を叩きつつもNPCの意識は戦闘へとシフトしているのが伝わってくる。


「ATK、SPEED、ブースト!!」


 浮かぶ小さな二種の魔法陣を握り潰す。

 視界の端に浮かぶHPバーの下に二種のアイコンが追加された。

 これは騎士団との戦闘の時には出来なかった平常の強化術。

 突破口が見つけられない時や、戦闘の始まりの時は慣れている方がいい。途中に適したものに変えるのが本来の≪強化術≫の使い方なのだ。


「ほう!」


 以前のスキルの時に比べ、このスキルになってからは自身を覆うオーラのようなものは消えていた。そのために傍から見たのではどの種類の強化を施したのか解からなくなっている。

 解かるのは強化をしたということだけ。

 それだけのことがNPCの警戒心を刺激したらしい。

 戦闘が始まる前からNPCの力量の高さを感じさせられてしまった。


「ベルグ! 合図をせいっ!」


 NPCが叫ぶ。

 その声も立ち姿からも穏やかさなど微塵も感じられない。

 俺は今、歴戦の勇士と対峙しているのだと改めて思い知らされた。


「ユウもいいか?」

「ああ。頼む」

「では……試合、始めっ!」


 ベルグの声を発端に、戦闘が始まった。


「なっ」


 先制を取るのは速度強化を施している自分。そう思っていた俺よりも速く、NPCが戦斧の射程内に俺を捉えていた。


「――クっ」

「遅い!」


 振り抜かれた戦斧を紙一重で避けた俺の腹に鈍い痛みと、とてつもない衝撃が襲った。

 それが戦斧の背による突きだと気付いた時には既にNPC一定の距離を取り、俺の剣銃の射程から逃れていた。


「このっ」


 痛みは一瞬。

 減らされたHPも思っていた程じゃない。

 今度はこちらの番だと剣銃を構え駆け出した。

 戦斧よりも剣銃の剣形態の方が射程が短い。だからこそ俺は走る途中で剣銃を銃形態へと変形させて射撃を試みた。

 俺の剣銃に装填されている銃弾は二発。撃ち尽くせば≪リロード≫で再び弾を込め直さない限り撃てなくなる。だが、それを知っているのはここでは俺ひとり。

 二発づつ等間隔で撃ち続けていれば気付かれる可能性は低いはずだ。


「ほほっ。狙いが甘いぞい」


 NPCは俺の撃ち出す銃弾の弾道が予測できているのか、戦斧の腹を盾代わりにして身を守っている。


「それに撃ち出せる銃弾にも限りがあるみたいじゃな」


 等間隔で撃ち続けている。そう思っていたのに、NPCはいとも容易く俺の剣銃の銃形態における弱点を言い当ててしまった。


「その様子じゃ図星だったかの」

「煩いっ。ここまで近付けられば、《インパクト・スラッシュ》!」


 威力強化の斬撃を放つ。

 赤い光を纏う刀身の一撃は戦斧で身を守るNPCを確実に捉える。


「威力は中々、だが、踏み込みが甘い」

「なにっ」


 戦斧で身を守るのを辞めたかと思ったその瞬間、俺の視界が百八十度回転した。

 それが戦斧の柄による足払いだと気付いた時には俺の放ったアーツは空を切り、意味のないものになり果ててしまった。


「ほれ、サッサと立たんかい」


 虚を突かれ呆然とする俺をNPCは攻撃することなく待っている。


「何で……」

「あそこで追撃を加えても面白くないからのぅ」


 この言葉に驚く俺はふとベルグを見た。

 ベルグはこの戦闘を見逃すまいと目を凝らしているが、NPCの動き自体に驚いた様子はない。

 だとすればこのNPCにはまだ先があるということか。

 それを引き出すにはどうすればいい?

 俺には何が出来る?


「なんじゃ、ぼーっとしおって」


 再び俺の腹を戦斧が打つ。

 苦悶に顔を歪ませながら舌打ちをした。

 どうしても浮かんでくる疑問に意識を取られてしまう。出来ることを模索すること自体は悪くはない。だがその為に隙を生み出してしまっていたのでは本末転倒だとしか言いようがない。

 何よりその疑問に対する答えが解からないのだ。

 騎士団との戦闘の時と同じ。

 自分の持ち得るものが届かない場所にいる相手には何をすればいいのか解からずに、無防備を晒してしまう。


「諦めるのか?」


 不意にNPCがそんなことを聞いてきた。

 知らぬ間に俺は剣銃の切っ先を地面に向けてしまっていたらしい。

 一度消えかけた戦意を取り戻すにはもう一度自分を奮い立てるしかない。

 しかし、その為の何かを俺は持たない。


「成程のぅ。それがお前さんの問題か」


 NPCが戦斧を地面に突き立てる。

 それが合図となりこの戦闘は終わりを迎えた。


「師匠……」

「解かっておる。お前さん。ユウとか言ったか、お前さんも暫らくベルグと共に儂の元で修業するといい」


 威圧感はどこにいったのか、NPCが告げた。


「儂のことはベルグ同様に師匠と呼ぶがいいぞ」

「はい?」



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