拡張するセカイ ♯.3
騎士団がギルド会館に押し入ってから既に十二分が経過してた。
「いつまでこんなことを続けるつもりなんですか?」
騎士団に話し掛けたNPCが再び騎士団に向けて問い掛けていた。
「それは貴様らが代表者を出しさえすれば済むことだ」
「だから、ここには責任者も代表者もいないと言っているじゃないですか」
「これだけの規模の施設に代表者がいないなど信じられるはずもなかろう」
仰々しい物言いを繰り返す騎士団の男とそれに対いて誠実に会話するNPC。プレイヤーの側から見ればどちらが正しいかなどは一目瞭然なのだが、それでも納得させられないのならばずっと平行線の論議を繰り返すだけになってしまう。
こういう時に第三者となってしまっているプレイヤーの中の誰かが議論に加われば少しは変化も見られるのかもしれないのだが、プレイヤーというのはあくまで個人。ギルドを作ろうとしているとしてもそのギルドすら各個人の集合体に過ぎず、この場にいる全てのプレイヤーを代表する人物などいるはずもなかった。
「だったらここにいる皆さんを外に出して下さい。皆さんはここに偶然訪れていただけなんですから」
NPCはプレイヤーを守るように設定されているのだとしても、この言い回しはやはり人間染みているように感じられた。
それだけに俺の目には断固態度を変えようとしない騎士団というものが異様になものに映る。
「それもできない」
「何故ですか?」
「貴様も見ただろう。ここにいる連中は武器を持ち我々を攻撃してきたのだ。ここから出して体勢を整えさせるわけにはいかないのだ」
この一言にギルド会館にいるプレイヤー達は自ずと壁際で蹲る一人のプレイヤーに視線を向けた。
HPを減らし、今なお立ち上がることのできていないその人は、騎士団に向かって剣を振りかざし攻撃を仕掛けていったプレイヤーだった。
責めるような視線を向けながらも誰も責める声を上げないのはその行動自体に幾許かの納得させられるものがあったから。
あの時、この場所は一触即発の雰囲気に呑まれていた。今まさに戦闘が始まる独特の緊張感とでも呼べばいいのだろうか、平時の町中ではありえない空気がその場に充満していたのをここにいる誰もが理解していた。
攻撃したのがあのプレイヤーだったというだけで、武器を抜いていたプレイヤーは他にも大勢いたのだ。なにかの間違いがあれば攻撃し、迎撃されていたのが自分だったかもしれないという危惧も抱いているのかもしれない。
「それなら皆さんをここの個室で休ませるくらいはいいですか?」
個室という単語に首を傾げたのは俺一人ではない。
ギルド会館の役割というのはギルドに関するものだけだったはず。この施設にある個室の役割とは、まさかこういう事態を見越してというわけではないはずだが。
「そこから外に出ることは」
「できません。窓はありますが人が通るには小さ過ぎますし、外に出るにはこの正面の扉のみになっていますので」
「そうか」
と、騎士団の一人が俺たちプレイヤーの顔を見渡した。
疲労の色を見せているのは良く解からない事態に巻き込まれしまっていることが原因なのだろう。それに蹲っているままのプレイヤーもそろそろHPを回復させなければならないと仲間らしきプレイヤーが心配そうな眼差しを向けていた。
「いいだろう。ただし、部屋の扉には鍵を掛け、その鍵を我々に差し出すことが条件だ」
その言葉からはどう足掻いても外には出さないという意思が感じられた。
「では皆さんは私達の後について来てもらえますか?」
雰囲気の悪いこの場に残ると言い出したりする物好きはいなかった。
俺たちはギルド会館に勤めるNPCに促されるまま、ギルド会館の中にある個室に場所に案内された。
ギルド会館のカウンターの奥にある階段を上り、数個のパーティが纏められて個室に入られた。
「あなた方はこの部屋をお使いください」
そう言って扉を閉めて鍵を掛けたNPCは次のパーティを連れて別の部屋へと行ってしまった。
用意された個室は普段俺が使っている工房と同じくらいの広さ。生産系の道具がなく、あるのは来客用の三人掛けのソファと木彫りの装飾が施された椅子が二個。
案内された俺たちとリタたちの総数と同じ分の椅子が用意されているようだ。
「ユウくん達は大丈夫?」
個室にあるソファに腰掛けた俺たちにリタが声を掛けてきた。
「リタこそ平気か?」
「え、うん。まあいきなりで驚いたけど、この通り怪我一つ負ってないから」
「そうか、ならよかったよ」
「二人は知り合いなのか?」
リタの後ろから知らない男性のプレイヤーが顔を覗かせる。
ここに案内された残りの一人がこの男だ。
「アンタは?」
「おれはパイル。そこのリタと一緒にギルドを立ち上げようと来たんだが、御覧の通り騒動に巻き込まれてな」
「俺はユウ、そこで休んでいるのがヒカルとセッカだ。俺たちもギルドを作ろうとしてここに来たんだけど、後は大体そっちと同じ状況だよ」
腕を組み思案顔を見せるパイルは身なりの良い青年といった印象だ。
着ている防具は黒いスーツのようなもので武器らしきものは見当たらない。およそファンタジーとはかけ離れているような外見だが妙に様になっていると感じた。それに、パイルの恰好はこの洋風な個室には意外なほどマッチしていた。
「ほう、お前がユウか。リタから話は聞いているぞ。様々な生産スキルを身に付けているらしいな」
「なっ……」
勝手に人のスキルをばらすなとリタを睨みつけるが当のリタはソファに座っているヒカルとセッカに話に行ってしまっていた。
「ああ、安心しろ。詳しいスキルの内容までは聞いていない」
「そうかよ」
「不満か? ならばおれのスキルを一つ明かすとしようか」
「は?」
「おれの覚えているスキルの一つは≪調薬≫だ。それを使ってアイテムショップを運営している」
プレイヤーショップを経営しているということは既に周知の事実となっているスキルだということだ。それだけに仰々しく自分のスキルを明かそうと言われても若干肩透かしな感は拭い得ない。
「どうやらここにいるのはおれ達とお前達だけみたいだな」
「ああ。多分、複数のパーティ単位で個室を分け与えられているんじゃないか」
「だとするとここの施設の部屋数が凄いことになるのだろうが、まぁ、そこはゲームということか」
簡単に納得してしまうあたり俺よりもゲームというものに寛大な感性をしているのだろう。
「これからどうなるんだろう」
不意にソファに座り沈んでいるヒカルが呟いた。
隣にいるセッカとリタは神妙な面持ちのままヒカルの手を握り元気付けようとしている。
「ユウ。お前はどうするつもりだ?」
「どうするって、俺に何か出来ることがあるっていうのか」
「それを考えるつもりがあるかどうかを聞いているんだ」
パイルが向けてくる真摯な眼差しは俺の迷いを見透かしているかのよう。
「あるさ。俺だってこのままずっとここに居るつもりはないからな」
「ならば情報を共有しようか」
「情報? パイルは何か解ってるってことなのか?」
「そうだな。お前はあの騎士団という連中を見てどう思った?」
「どうって、なんか変な連中だとは思ったけど」
「それだけか?」
「後は……そうだな。直感でいいのなら、あんまりプレイヤーらしくない気がした」
それはギルド会館に勤めるNPCとの会話を聞いて得た印象だった。
プレイヤーとNPCが話す時はどうしても事務的な内容になってしまう。クエストの受注しかり、アイテムの売買しかり。
なのにあの時の騎士団の男はは自然な様子で会話を続けていた。
それが微かな違和感として俺の中に残っていたのだ。
「お前もそう感じたか」
「お前もってことは、パイルも同じように思ったんだな」
「まぁな。まずあいつらが見たこともない連中だったということもあるが、何より異質なのは喋りさえしなかった他の連中だ」
近くにあった椅子を引き寄せそこに座ったパイルは俺にも同じように座ることを仕種だけで促した。
「もしお前が騎士団の一員だったとして、ずっと黙っていることができると思うか?」
「どう……だろうな。する必要があるならそうすると思うけど。ってかあの連中も途中で勝手に喋ったりしてなかったか」
「確かに。そのせいで怒られていたヤツらがいたな」
思い出すように手を顎に持っていく。
それはまるで有名な考える人の銅像のようなポーズだった。
「だが、それもごく一部だ。残る殆どの騎士団の連中はプレイヤーの一人が攻撃を仕掛けた時も微動だにしなかっただろ」
「それが異質だってこと?」
話に加わってきたリタがパイルに訊ねた。
「そうだ。おれ達が騎士団の一員だったとして攻撃を仕掛けてきた人を前に顔を向けることすらしないなんてこと出来る筈がない」
「もしかして、プレイヤーじゃないってこと?」
「どういう意味だ?」
「騎士団がプレイヤーではなくNPCなら決められた行動しかできないというのは納得できる。加えて反撃したのも攻撃を仕掛けたプレイヤーに狙われていたと判断したからだとすれば他の連中が動かなかったことも理解出来る」
「だからプレイヤーじゃない、か」
「憶測だがな」
となるとこの一連の騒動はNPCが起こした、いわばイベントのようなものだということだろうか。それにしては物騒過ぎる上に今までの運営と印象が違うことが気になる。
アップデートしたからの一言で済ませるにはあまりにも大き過ぎる違いのように思えてならない。
たった今座ったばかりだというのにパイルはおもむろに立ち上がり、
「それで、これからどうするかだが」
と俺の手を引き強引に立ち上がらせた。
「一つ一つ疑念を晴らしていこうではないか」
「疑念って?」
「何で俺を立たせる」
俺とリタが同時に問い掛けるとパイルはスーツの内ポケットから細い杖を取り出したかと思うと、自然な動作で俺の顔に向けてフェンシングのサーベルのようにして突き出した。
「ところでユウ。おれに攻撃されるのとおれに攻撃するのどちらがいいか選べ」
「はあ?」
「おれたちプレイヤーの側からすれば一番の問題は何故騎士団の連中が町中でHPを減らすまでの威力を持った攻撃が可能だったのか、だ」
「ああ、なるほど」
「そういうことだ」
俺は腰のホルダーから剣銃を引き抜きすぐさま剣形態へと変形させパイルに向けて構えを取った。
「俺が攻撃だ」
「わかった。おれが防御だな」
そういうとパイルは透明な光の盾のようなものを空中に出現させた。
「準備出来たぞ」
「じゃあ、行くぜ」
「何時でも来い」
システムに攻撃と認めさせなければならない。中途半端なことをしては無意味に終わってしまう。かといってパイルを本気で攻撃するなど俺にはとてもとても、
「ぐおっ」
意外なほど躊躇なくできてしまった。
つぶれた蛙のような悲鳴を上げながらパイルは床に尻持ちをつく。
「ちょっ、ユウくん?」
「……なにしてるの?」
突然巻き起こった俺とパイルの争いに戸惑いを見せるリタとセッカを無視して、たったいま目の前で起きたことを冷静に分析することだけに努めた。
そして、目の前で起きたことこそが唯一の真実であることを知る。
「これは……どういうことなの?」
「町中で戦闘可能になったという話は聞かないからね。おそらくこの施設内、というよりはこの状況に限ってプレイヤーも攻撃することができるということなんじゃないかな」
「そう考えるのが妥当だろうな」
「だったら俺たちにもできることはまだ残されてるってことだよね」
「ああ」
騎士団がNPCであろうとなかろうと、こうして戦闘が成立してしまっている以上無視できるものではない。なによりそれがこの状況に納得できる理由でないのならば、これから先、町中で俺たちプレイヤーの安全が完全に保証されているものではないということになってしまう。
「ねえ、そんなことよりも……どうして皆ログアウトしなんですか?」
互いに納得し合う俺とパイルを見ていたヒカルがようやくその固く閉じていた口を開いた。
「ログアウトすればすぐにでもここから出て行けるんですよね」
ヒカルの言うようにログアウトが出来なくなったなんてことはない。こうしている今もコンソ-ルの項目の一つには確かにログアウトという文字が表示されている。
となれば今なおここに残り続けている理由はプレイヤー自身の意志をおいて他に理由はなかった。
「そう言うヒカルだってログアウトするつもりなんてないんだろ?」
「……」
無言のまま考え込むヒカルにリタが優しく語り始めた。
「私達はどこまでいってもゲーマーなんだよ。これが何かのイベントなら見届けたい、多少不自由な思いをしても途中で投げ出すなんてできやしない。だからみんなここからログアウトしないんだと思うよ」
「このレベルまで上げたプレイヤーなら尚更な」
奇異な展開ではあるがこれがゲームである以上、本質的に危険になるなんてことはあり得ない。そう理解しているからこそ俺たちはまだ平然としていられるのだろう。
だからこそプレイヤーとしての自分が置かれた状況の異質さが際立って感じる。
その異質さを疑問と感じ口に出す。
「けどそのレベルまで上げたプレイヤーが一撃で倒されたとなると、結構まずい展開なんじゃないのか」
多少の誤差があってもここに来ているプレイヤーは確実にレベル40を超えているはずだ。
それはそれだけのステータスを持っているということであり、通常の戦闘ならば主力として換算されるべき数字であることは間違いない。
それが一方的と思えるほど簡単にやられていたのだからこの状況でプレイヤーの攻撃が可能と解かっても下手に手を出さない方がいいと考えるのが常識的な考え方だ。
「それ以前に私達はここから出ることが出来ないんじゃない?」
不安要素を口にし始めた俺に続くようにリタもまた感じていた疑問を口に出していた。
「だって、騎士団の人が言ってたじゃない。ここの扉の鍵を掛けてその鍵を持って来いって」
その指示通りにNPCが扉に鍵を掛けていったのを俺たちはすぐ目の前で目撃している。
木製の扉は確実に鍵が掛けられて固く閉ざされているはずだ。
「それは問題ない」
「どうして?」
「おれが開けられるからだ」
何の迷いもなく言い切るパイルにここにいる全員が驚きの眼差しを向けた。
「≪解錠≫のスキルを習得しているからな。このくらいの扉ならすぐに開けられるぞ」
「なんでそんなピンポイントなスキルを覚えてるんだよ」
「エリアやダンジョンで宝箱を見たことはないか? あれには偶に鍵か掛けられていてな、それを開けたり隠し扉の鍵を開けたりと探索する時には意外と使い道の多いスキルだぞ」
俺の持つ≪魔物使い≫スキルのようなものだろうか。
持っていると確かに使える状況もあるが、無くても特に困ることはない。
プレイヤーの個性を惹き出させる要因としての意味合いが強いスキルの一つというのがゲーム内の位置付けなのかもしれない。
「……まだ懸念はある」
きっぱりと断言するのはソファに座り考え込む素振りを見せていたセッカだった。
彼女は彼女なりにプレイヤー達がログアウトしないことに対する疑問に折り合いがつけられたようだ。
「ここを出れても他のプレイヤーの動きが解からないと困る」
「そうだよね。もし私達と同じことを考えている人達がいて、同じようなことが出来るのなら、騎士団のいるとこで鉢合わせになる可能性があるものね」
「ふむ。それについてだが、リタ、お前はこの部屋に来る以前からユウがいることに気付いていたな。それはどうしてだ?」
「どうしてって、騎士団が乗り込んで来た後にギルド会館のメインホールでユウくんを見つけたからフレンド通信で話をしたからだけど」
「それならばここでもフレンド通信は可能だということだな」
「だと思うけど?」
「ユウ。フレンド登録するついでだ。検証に付き合え」
パイルがそういうと俺の目の前にコンソールが出現しパイルからのフレンド申請が来たことを知らせてきた。
とくべつ断る理由も無いのでそれにする了承すると今度は頭の中にパイルの声が響いてきた。
『どうやら問題なく使えるようだな』
『ああ』
簡単な問いとそれに対する俺の短い返事を聞き届け、パイルは俺とのフレンド通信を終了させた。
「ならばそこの二人もフレンド登録して貰えないだろうか。リタもまだならすぐに登録してもらえ」
「あ、はい。わたしはいいですよ」
「……わかった」
四人がそれぞれフレンド登録しているのを見ながら俺は別のことが気になり始めていた。
「そういえば二人はどんなギルドを作るつもりだったんだ?」
「ん? 何だ、リタはお前に話をしていなかったのか」
「だって、ユウくんはプレイヤーショップを開くつもりはないみたいだったし、誘うのは立ち上げてからでいいかなって」
「で、どんなギルドなんだ?」
「おれ達が作ろうとしているのは簡単に言えば商会だな。生産職のプレイヤーでプレイヤーショップを持っていない人達に売り買いできる場所を提供したり、おれのように既に店を持っているプレイヤーが自身の店を宣伝できるような場所という感じだ」
「ゆくゆくはオークションとか何か催し物が出来たらいいかなって思ってるんだけど、一番はプレイヤー製作のアイテムの中でポーションとか画一化されているものの値段の統一化かな。今のままだと生産職のプレイヤーには不利なことがちらほら出てきてるから」
「不利なこと、ですか?」
「急激な価格の落下だ。NPCショップで売っているものはそれが底値に出来るが、そうじゃないものはプレイヤー自身が値段を付けなければならない。リタのようにオンリーワンな装備品ならば自己責任でどうとでもなるが同程度の性能のアイテムに関してはどうしても価格が安い方が売れてしまうからな。それでは生産職のプレイヤーが利益を出そうとするのはそれをメインにしていなければ難しいんだ。逆に安いものを買い占め値段を上げようとする輩まで出てきたせいもあって新規の生産職のプレイヤーが店を出してもすぐに潰されてしまうことも珍しくないんだ」
「それを防ぐための策としての商会ギルドってわけか」
納得できることでもあったが、それはいちプレイヤーが行う領分を逸脱してしまっている気がしてならない。裏を返せばギルドの経営者がアイテムの値段を決めてしまうと言っているようなものだ。
「その顔じゃユウくんは参加してくれないみたいだね」
「まあ、俺は作ったアイテムを売って稼ぐつもりは今のとこないから」
「ふん。ならば何故お前は生産スキルを習得したんだ?」
「俺がしたいのは商売じゃなくて生産なんだよ。自分で使う分のアイテムや装備は自分でどうにかしたいってだけだ」
最初から俺の言い分は変わらない。
それを知っているからこそリタは困ったような笑顔を向けてきているのだった。
「……万年金欠なのはそのせいなの?」
「ほっとけ」
「金欠なの? ユウくん」
「はい。それが理由でギルドを作りに来たんですから」
「どういうこと?」
意味が解からないという顔で問い掛けるリタに俺は若干バツが悪そうにして、
「俺の工房が狭くなってきたんだよ」
「狭くって、そんなに設備を整えたの?」
「そうじゃないんですよ。設備の質を上げたんじゃなくて種類を増やしたんです」
「え? まだあれから」
驚くリタに俺はさらに表情を曇らせる。
この時の気分はさながら悪戯が親に見付かった子供のようだった。
「ねぇユウくん、今はどれくらいのスキルを覚えたの?」
リタの問いに俺はちらっとパイルを見た。
ここで俺のスキルの内訳を知らないのは彼だけ。その一人のせいで話さないと決めるのもなんだか妙な気分になった。
隠すべきものだが、それが絶対的なルールではないことを知っている。問題はパイルが誰彼構わず言いふらすような人物かどうかだけだ。
「リタのことは気にするな。スキルの内容はベラベラ喋るようなことじゃないからな」
パイルは返答に困っている俺を見かねて言ってくれたらしいことは伝わってきた。パイルの言うことは尤もだとも思うのだが俺は反対にそれでパイルという人に対する信頼度を上げた。
彼ならば下手に言いふらすことはしないだろう。
「いや、大丈夫。ここにいる人には殆ど知られてるようなものだし、パイルも内緒にしてくれるよな?」
「当然だ」
「だったら問題ないさ」
だからと言ってこの話の流れではここで話すのは生産系だけに留めておくつもりだった。完全に信頼しきれていないというわけでもないが、必要だとも感じていないのも事実だった。
「それで俺のスキルの話だったな。今俺が習得している生産スキルは≪鍛冶≫≪細工≫≪調薬≫≪調理≫の四つだ」
「随分と手を伸ばしたねー」
「まあ俺もそう思わなくもないんだけど、必要に駆られてる間に増えていったんだよ」
実際、剣銃の強化と修理に使うための≪鍛冶≫と≪細工≫の他はイベントの流れで取得せざる得なかったものばかりだ。
≪調薬≫は迷宮攻略のイベントでポーション類が買えない状況になったからだし、≪調理≫はリリィとクロスケが食事を欲しがるのだからしょうがない。
自分で作った方が買うより安いとなれば手持ちの少ない俺からしたら他の選択肢を選ぶ理由などないのだから。
「よくそれだけのスキルを両立させられるな」
と感服した素振りを見せたのはパイルだった。
パイルはポーション類を売るプレイヤーショップを開いていると言っていたのだから専門はそれなのだろう。
専門でショップを開いている以上、他のプレイヤーに後れを取る訳にはいかないのだろうから多種の生産にまでは手が伸ばせないということか。
「自分で使う分だけだからな。売ろうとか店を持とうとか考えるなら到底無理だったろうさ」
専門店に比べれば質が堕ちる。その考えが俺が店を持とうとしない理由の一端であることは明白だった。どうせするのならばちゃんとした店として成立させるべきだ。そう思うからこそ俺は自分一人の分だけできればいい、そんな風に思っていたのだけど。
「でも最近は私達の武器の修理もしてくれますよね」
俺の告白を受け、ヒカルは何気なしに言った。
「そう言えばそうよだよね。私の大剣だって前に一度直してもらったし」
「わたしの武器も強化してくれた」
リタに続きセッカまで。
確かに俺はこの二人の武器を扱った経験はある。だかそれはそうせざる得ない状況だっただけだ。
「基本的に俺は自分の分だけしかするつもりはないんだけどさ、同じ工房の中にいて一人だけ強化したり修理してるのってなんか嫌なヤツっぽくないか?」
「そんなことない……と思うけど」
出来ないからしないのと出来るがしたくないからしないのでは印象が全く違ってくるだろう。
なによりヒカルもセッカも強化や修理に使う素材は自分で用意しているのだ。後はそれを別の人に頼むのか俺に頼むのかの違いしかない。
不特定多数の人を相手にするわけでもない分気楽に出来るというのも俺が二人の武器の手入れを引き受けている理由の一つだった。
失敗するつもりなどないがそれでも金をもらって受けた仕事と仲間内での作業とでは掛かってくる責任が違う。
もう一人の自分とでもいうべき武器だからこそ、俺は誰彼構わず手を加えるのを良しとしない。それは失敗した時の言い訳のように聞こえるかもしれないが、その時こそ自分の手で責任が取れるようにしなければならいというのが俺の考えだからだ。
「フレンド登録と通信の確認はこんなもんか」
それまで平然と会話に参加していたパイルがおもむろに告げた。
どうやらギルドの話に続いて俺のスキルの話になっている今もパイルは着々と確認行為を続けていたらしい。
「気はすんだ?」
「ああ。これで連絡の問題は解決だな」
ここにいる全員がフレンドになったことで各自バラバラになったとしてもフレンド通信を繋いでおけば問題なく会話することができるようになったということだ。
それにコンソールのヘルプ欄にある説明文によれば個別のフレンド通信の他に複数人が同時に会話できる仕様もあるらしい。
俺はこれまでそれを使った経験が殆どない為になんとも言えないが、互いの姿を確認出来ないような場所での戦闘では有益な機能なのだろうと容易に想像することができた。
フレンド登録を済ました俺たちの前で椅子に座り脚を組むパイルの姿はさながらどこかの会社の社長を彷彿とさせた。俺たちの視線を正面から受けながらも平然としているのはこういった状況で作戦を立てる機会がこれまでにもあったということだろう。
「では、そろそろ作戦を立てようじゃないか」
パイルの一言を合図に俺たちの現状打破の為の作戦会議が始まった。




