拡張するセカイ ♯.2
王都に新しくできた施設『ギルド会館』には大勢のプレイヤーで溢れ返っていた。
中央大陸の特徴になるのだろうか、三つの種族が入り乱れている光景はこれまで以上に賑やかで面白いものに思えてならない。
「どうしてあんなに並んでいるんだ?」
辟易した様子で呟く俺の隣でセッカも同じように疲れた眼差しを大勢の人の列に向けている。
「帰るか」
「……わかった」
「って、だめですよ。ほら私達も並びましょう」
意気揚々と行列に並びにいくヒカルに手を引かれ俺とセッカも強引に列に加えさせられた。
ギルド会館に来るまでの短い道程やギルド会館の中を見る限り、新たな種族を選び直したプレイヤーの数が思っていたよりも多くて驚いた。
変更しているプレイヤーのなかで特に多かったのが女性型のキャラクターだった。
道中聞こえてきた話では、ヒカルがしたようにエルフっぽいキャラクターにしたり、獣耳と尻尾をつけたりとコスプレ感覚で種族を変えた人も少なくないらしい。
「それにしても、こんなにいるとはな」
ギルドというものがプレイヤーが作る集団の大規模なものとしか思えない俺からすればここに集まって来ている人数には意外なこと、この上無い。
通常、冒険に挑むパーティを組むには最大四人までであり、それが今では多人数プレイの基本的な数になっている。四人という数で上手くいっているパーティを数多く見てきた俺からすればどうしてもギルドという大規模な組織が必要になることなどないと思ってしまうのだ。
「そうですか? 私達からすればギルドってのはあって当然のことなんだと思ってましたけど」
「だからってここにいる人は皆ギルドを作ろうとしてるプレイヤーってことだろ? これだけの人が一気にギルドを立ち上げるとなればもの凄い数のギルドが乱立されることになるんじゃないか」
自分たちも乱立しようとしている人の一人だということは脇に置いておいて、俺は並んでいる人の数を漠然と数え始めた。ここにいるパーティらしき数は十や二十ではすまない。百とまではいかないものの軽くその半分、五十組くらいのパーティがここに集まり、列に並んでいるようだ。
「……違う人もいると思う」
「というと?」
「ギルドには入りたいけど作りたくないって人もここにいる……気がする」
「入りたい人、ね」
ギルドという枠には入りたいがそれを率いることはしたくないということか。
今なおギルド開設に乗り気じゃない俺からすればその気持ちは分からなくもない。ギルドに与えられる施設やギルドでなければ行けないダンジョンなど興味は注がれるものの誰か知らない人を誘ってまでギルドに人を集めることはしたくないということだ。
並んでいる五十人が全て開設する目的だとしてもその全員が別々のギルドを作るわけではないのだろう。俺たちのようにパーティ単位で並んでいるのだとすれば実際にこの時に開設させられるギルドの数は精々十数個という程度だろうか。
「俺たちもそれでいいんじゃないか?」
知り合いの人が作ったギルドに入らせてもらうという選択肢があることを今更ながらに気付かされた。頭のなかで知り合いの顔を思い浮かべながら何気なしに口に出したその言葉に反応したのは意外なことにヒカルではなくセッカの方だった。
「ダメ」
「なんで?」
「ん……なんとなく」
その一言で口を噤んでしまい理由は語りはしなかったもののセッカの意志は固いようで、誰かのギルドに入れてもらうくらいならギルドには入らないと言っているかのように俺の目には映った。
「ヒカルは――って、聞くまでもないか」
「当然です。私達の目的はギルドホームなんですから、人のギルドに入る訳にはいきませんよ」
「そういうものか?」
「そうなんです」
狭くなった俺の工房の代わりにするだけのわりには些か大掛かりな気もするが、引っ越す資金も増設する資金もないのだから仕方ない。たとえどんなにボロくてもプレイヤーホームよりかは確実に広いとされているギルドホームだからこそ意味があるのだ。
そもそも他人のギルドのギルドホームで途中で入れてもらった俺たちが好き勝手なことをする訳にいかないのも事実だった。
「意外とサクサク進むんだな」
自分自身に納得のできる理由を言い聞かせ、ギルド会館の中を見ながら待っていると殊の外スムーズに行列は消化されていった。
あれだけ長かった行列なのに俺たちは今や最前列の近くにいる。
行列に並んでいる間すれ違うプレイヤーたちの表情は明らかに二分されていた。
明るくギルド開設に乗り出そうとしている者。そして表情を暗くして落ち込みギルド会館から出て行こうとする人達。
比率としては前者の方が多いものの、俺には後者がいること自体が問題のように感じられた。
もう直ぐ俺たちの順番がくる。
自分たちがどちらの側になるのかを知らされるのは直ぐ後のこと。ギルド開設に意気揚々と向かうことができるのか、それともあの落ち込み去っていくプレイヤーたちと同じになってしまうのか。
思いがけず神妙な面持ちになってしまっていたようでヒカルが俺を気遣い声をかけてきた。
「どうしたんです? 次が私達の番ですよ」
というヒカルに続き、
「次の方、どうぞー」
というNPCの声が聞こえてきた。
たった一言を聞いただけだが、NPC特有の喋り方のクセのようなものが消えているような気がする。これも今回のアップデートによる改善点の一つなのだろう。
「お待たせ致しました」
NPCが綺麗な所作で会釈するのにつられて俺たちも軽く頭を下げた。
「ご用件はなんでしょうか?」
横長のカウンター越しに向かい合うNPCがどこかの銀行の従業員よろしく揃いの制服を身に纏い、はきはきとした喋り口調で尋ねれきた。
「あの、ギルドの開設をしたいんですけど」
変にたどたどしい態度になってしまう。
このNPCとの会話はプレイヤーとの会話と違い、現実の公的な施設にいる人と話している気分だった。
「ではこのクエスト一覧の中からお好きなものを選んでください」
事務的なNPCの言葉に続き、クエスト一覧が表示されているコンソールが出現する。
見たことも聞いたこともないクエストの数々は自然と俺の好奇心を刺激した。
「どれにします?」
俺とカウンターの間に割り込みクエスト一覧を見るヒカルがこちらを見ずに聞いてきた。
ヒカルの問いに答える前に、俺はクエスト一覧を見ようともせずに佇むセッカに聞いてみることにした。
「セッカはどれがいいとかあるのか?」
NPCが見せてきたコンソールは普段プレイヤーが使っているものとは仕様が違うようでクエスト一覧以外のページは存在していないうえに自分で動かすことができないようになっているらしい。
セッカに見せるには俺が場所を譲る必要があった。
「これってどんな内容なの?」
ざっと一覧に目を通したセッカが受付のNPCに問い掛ける。
「申し訳ありませんがお答えすることは出来ません」
一つ一つ詳しい説明がされることを期待したのだろうが、残念なことに淡々と感情の込められていない声と台詞が返ってくるだけだった。
こうなってはクエストの名前から推測するしか方法はない。
しかし、一覧にあるクエスト名は『砕けた坪』や『破れた琴の葉』など明らかに誤植と取れる文章が並んでいるだけ。それ故にどれを選ぶべきかなど分かるはずもなかった。
「……またかよ」
と、大きな溜め息を吐き出した。
偶にはすんなりと進めさせてくれてもいいのではないかと思ってしまうのは俺がまだこのゲームに順応しきれていない証拠なのかもしれない。
「どうしましょう」
「どうする?」
一斉に俺を見られても困る。
確かに以前は俺がこのパーティのリーダーっぽいことをしたが、今も同じである必要はない。そう思って見つめ返して見たが俺の意図など通じるはずもなく、変わらず選択を求める視線を投げかけてくるだけだった。
さて、どれを選んだものか。
確実なものなど何も無いことから選ぶ基準は俺の直感。
一つ一つ指でなぞりながら選んでいると、ギルド会館が一層賑やかしくなった。
「なんだ?」
咄嗟に振り返るとギルド会館の入り口に十八名もの男達が揃いの鎧を纏って仰々しく立っているのが見えた。
俺と同じように振り返ったヒカルが不思議そうに呟く。
「あれもギルドを作りに来たプレイヤーなんでしょうか?」
「どう、だろうな」
十八といえばパーティを組むには余りが出てしまう数だ。それだけに違和感を拭えないでいる。
彼らがプレイヤーならばギルドを立ち上げる前から揃いの装備を作って準備をしていたということになる。MMORPGというジャンルだけにいつかはギルドというものが作れるようになることは予想できそうなものだがそれでも十数人ものプレイヤーを集めるのは簡単ではないはずだが。
「ここがギルド会館なる施設で違いないか」
男達の列で最前に立つ男が大声を出した。
残りの十七人は一言も喋ろうとしないまま動く様子も見られない。
「ここの責任者を呼んでもらおうか。我々はグラゴニス騎士団の者だ」
突然出てきた名称はここにいるプレイヤーは誰も知らない。
グラゴニスというのはこの大陸の名前だが、既にその名を冠するギルドが立ち上げられたなどという噂すら耳にしたことはないのだ。
ざわざわと思い思いに喋り始めるプレイヤーたちを一瞥し、騎士団の一人が持っている旗の付いた槍を強く床に叩きつけた。
「静かにしてもらおうか。もう一度聞く。ここの責任者は誰だ?」
響き渡る轟音の後の言葉にざわついていたギルド会館の中は静まり返る。
「ユウ?」
「状況を見守ろう」
心細そうにセッカが呟く。
突然のことでヒカルは未だ状況が呑み込めていないようだ。
「ここに責任者などいません」
カウンターの奥にいるNPCの一人がそう答えた。
「我々を謀るつもりか」
NPCの答えが気に入らないのか騎士団の一人は語気を強め兜越しに睨み付けた。
「そのようなつもりはありません」
「ならば何故答えない」
「この施設には責任者などいないからです」
NPCとの会話にしてはあまりにも自然なやり取りが続いている。
中断されたままのクエストの選択を再開する隙もなく俺たちは無意識のままこの一連の流れに呑み込まれ始めていることにこの時はまだ気付きもしていなかった。
「お前らなんだんだよっ」
ギルド申請の列に並んでいるプレイヤーの一人が叫ぶ。
その声を切っ掛けに堰を切ったように怒号の数々が飛び出してきた。
非難の中心は十八人の騎士団。
彼らが何の目的でここに来たのかすら説明もされないまま、ギルド会館の機能を停めていることにここにいるプレイヤーの多くは憤りを感じているようだった。
「なんか、嫌な空気になってきた」
「そう、だな」
苦虫を噛み潰したような表情で告げるセッカに俺は頷いていた。
カウンターと俺の間にいるヒカルはそっとセッカを引き寄せ、手を繋ぎ怯えたような視線で事の成り行きを見守っている。
「黙れっ」
ガンっと一際大きな音が鳴り響いた。
旗が付けられた槍が深々と床に減り込み、再び痛いくらいの沈黙がギルド会館に訪れる。
普段ゲーム内で味わうことのない緊張感に包まれるギルド会館の平穏は信じられない出来事で壊されることとなった。
沈黙に堪え切られなくなったのか、それとも騎士団を名乗る男達の傍若無人な振る舞いが癇に障ったのか、プレイヤーの一人が腰から提げた剣を抜き構えて見せたのだ。
(攻撃するつもりなのか?)
一触即発の空気が流れるなか、俺は驚くほど平坦な感情を抱き、冷静に現状というものを分析し始めていた。
まず大前提としてあるのが町中は戦闘禁止区域であること。その実を検証したプレイヤーの話は聞かないがそれは運営側がこうなるという見本を公式のwebサイトに載せているからだろう。俺の記憶が間違いで無ければ町中で戦闘を行ったプレイヤーは強制的に動きを止められてしまうらしい。それは戦闘行為の停止という意味合いを持っていると思われたが、実際には停止されたまま町中に放置されペナルティを受けたプレイヤーだと晒されているのも同然だった。
つまり攻撃という行為はしようとしても実際にはできないこととされているのだ。
それを知らないプレイヤーがここにいるとは思えない。ギルドを開設するには自身のレベルを40以上にまで上げなければならない。それはつまりこのゲームをそれなりにはやりこんでいるということに他ならない。
だからこそこの次に起こることはただ一つ。
戦闘を行ったプレイヤー、そして、騎士団の先頭に立つ男の停止。
分かっているからこそここにいるプレイヤーが慌てたそぶりを見せなかったのだろう。それは俺も同じだった。冷静でいられたのも先を知るからこそ、そしてその先は確実に現実になる、はずだった。
「ぐぁあああああああ」
剣を抜いた男の絶叫が木霊する。
それと同時にここにるプレイヤーの無数の悲鳴が響き渡った。
「どういうことだ?」
浮かんできた疑問をそのまま口に出した。
町中では戦闘ができないはずだ。なのに何故目の前にいるプレイヤーは傷付き、倒れている。
逃げ出そうとするプレイヤーを目の当たりにしながら俺はこの場から動くことができないでいた。まるで足と床が一体化してしまったかのように逃げ出すことも戦闘の最中へ飛び出していくこともできず、ただこの場所で逃げ惑う人達を見ているだけだった。
「動くなっ」
騎士団のなかの誰かが叫ぶ。
蜂の巣を突いたような騒ぎは一瞬で収まり、今度は危険なモンスターと対峙した時のような緊張が高まっていく。
「我々はここに話をしに来ただけだが、貴様らが武器を手に向かってくるというのならば応戦せねばならなくなる。故に貴様らは黙って手を出さずにいて貰いたい」
その言葉通りのことが起こった今となってはプレイヤーは誰一人として騎士団に歯向かおうとはしない。
当然だ。
傷付きHPの大半を奪われたプレイヤーを目の当たりにして攻撃を仕掛けようなど考えるわけがない。
だが、異常な状況にいることには変わらないということを忘れてはならない。これだけの騒ぎが起きているのに外からは誰もギルド会館に入ってくることもなく、なによりゲームの管理者たる運営の人すら現れていないのだ。
『ユウくん』
不意に俺を呼ぶ声がした。
声のする方へ視線を向けるとそこには俺の良く知る顔があった。
『どうしてここに?』
『勿論ギルドを作るためだよ。でも、話は後にしない? 今はこの状況うを切り抜ける方が先だよ』
小声で話す、のではなく、フレンド通信を使っての声に出さない会話を続ける。
『リタは何が起こっているのか解かるのか?』
『その言い方じゃユウくんもよく解かっていないみたいだね』
『まあな。正直何がどうなっているのか、騎士団っていう連中のことすらさっぱりだ。リタはあの連中を見たことがあるか?』
『ううん。わたしは無いよ』
ということはあまり表立って活動して来なかったプレイヤー達なのだろうか。
しかし、それにしても常にあの風貌と振る舞いをしていたのではなにかしら噂になっていてもおかしくないと思うのだが。
『ユウくんはこれからどうするつもりなの?』
『……そうだな』
事態を収束させる名案などあるはずもなく、なにより町中で本当に戦闘が出来るのかどうかという確証もない。
これではいちプレイヤーでしかない俺に出来ることなど全く無いように思えた。
ひたすら考える。
取捨選択。出来ることと出来ないこと。その二つを分けていった時、俺にできることの方が少ないことに思い至ってしまった。
「ちょっといいですか?」
ギルド会館で働くNPCの一人が勇敢にも騎士団の前へと出て話しかけていた。
「何だ? 貴様は」
「私はここに勤めるものです。この施設にはあなた方の言うような責任者は居ません。それでもまだここで傍若無人な振る舞いを続けるつもりですか?」
ギルド会館に勤めるNPCは運営側が用意した人材となるのだろう。だとすれば責任者は運営ということになるのだろうが、当然それは個人を指すものではなく集団、この場合は企業ということになる。
故に責任者を出せ、と言われてもここには責任者などいないという返事が正しいものなのだ。
「傍若無人だと……」
それまで黙っていた騎士団の一人が憎らしそうに声を漏らした。
代表して話している一人が振り返り諌めると声を漏らした一人は黙り込んでしまう。
「では、ここの代表者を出してもらおうか。それまで我々は待たせて貰う事にしよう」
騎士団の一人が続けて発した言葉に再びギルド会館がざわつきだした。
「ここにいる貴様らには申し訳ないが、それまでここから出ていくことを禁じさせてもらう」
それはプレイヤーの自由を阻害する台詞だった。
あらゆることが自分で決め進めることのできるこのゲームでその一言はあまりに異質なものに聞こえてならない。
プレイヤーは誰一人と声に出して反論することはできずに、大人しくその場に座ったり、壁にもたれ掛ったりとやり場のない怒りや憤りを自分の中に抑え込み体を休めることしかできずにいた。




