理想の小妖精 ♯.15
妖精の郷から帰ってきた俺たちは揃って俺の工房に集まっていた。
工房の中には俺、ヒカル、セッカ、そしてクロスケとリリィが思い思いの場所に座り寛いでいる。
予め淹れておいた紅茶を飲むヒカルとセッカは一人工房の作業机に向かう俺の背中を見つめている。そしてリリィが俺の頭の上から期待を込めた眼差しで手元にある指輪を見下ろしていた。
「なあ、やり辛いんだけど」
頭の上のリリィに向かって声をかける。
誰かに見られての作業に慣れていない俺としては、正直背中越しに感じる二人の視線すら幾許かの居心地の悪さを感じてしまっているのだ。
「ダメっ。しっかり見守るんだからねっ」
「リリィが心配しなくても失敗したりはしないぞ」
「そんなこと解かってるもん。でもさ、それは私の家みたいなものだから」
「そう、だな」
作業机に置かれた空白の指輪の隣にある透明な水色をした宝石を見た。
これは妖精の郷で俺が女王妖精から貰ったものだ。
あの時、俺が妖精族の郷で望んだことは簡単。これからもリリィと一緒に居られるように。クロスケは俺が得た≪魔物使い≫スキルによって使役されたモンスターとなっているためにこうしてキャンペーンクエストを終えた今も一緒に居ることができているが、リリィはそうじゃない。リリィはクエストの途中で偶然出会っただけのキャラクターなのだ。そのためにいつまで一緒に居られるのかなど誰も知り得ないこと。
そのいつまで一緒に居られるか解からない未来を確実なものにするための願いだったのだが、どういうわけかその時、妙な騒動が起こってしまった。
俺の口から告げられた望みに女王は意外な行動力を発揮してみせたのだ。それは告げられた望みに戸惑うリリィを余所に女王が自分が行くと言い出したこと。
そもそも女王を仲間になど出来るかどうか知らない俺はその騒動をただ呆然と見ているだけだったが、当の妖精たちは上に下にの大騒ぎになっていた。
少し考えればわかることだった。郷の長たる女王がいなくなってしまえば何かと問題があるのだろう。
誰よりも早くリリィが女王に思い止まるように説得を始め、それに続いて他の妖精たちも一斉に女王を説得し始めた。
今尚思い出すと笑いが込み上げてくる。
普段澄ました顔をしている妖精や常に陽気な妖精までも一斉に懇願している様はなかなかどうしてそう簡単に目にすることでもない。
女王を止めるため、という意味合いの方が強かったのかもしれないが、リリィ自体それほど嫌ではなかったと思う。慌てて俺に「わかったよ」と言ってきたその姿はどこか嬉しそうな顔をしていたのだから。
さらに言えば俺の願いをリリィが了承するように仕向けたのは女王だったかもしれないのだ。
でなければリリィの言葉の後すぐに俺に水色の石を渡してきたりはしないだろう。
そのような一連の流れの果てにこうして俺の手元に石が残り、こうしてリリィが共に居るということだ。
「この石を削ったりしちゃいけないんだよな?」
「あたり前でしょ。その大きさにも意味があるんだから」
「だよなぁ」
指輪にするには申し分ない大きさの石だけど、このままでは既存の指輪には嵌め込むことが難しい。綺麗ではあるのだが歪な形をしていることが問題なのだ。
本来指輪に使う宝石はある程度の大きさと形になるまで整えるもの。殆ど切り出しただけの石を使うことなどあまりないことだった。
女王にこの石を渡された時に受けた説明は単純明快だった。この石を使ったアクセサリを媒介としてリリィが妖精の郷と俺たちのいる世界を往復することができるらしい。
腕輪はカース・ヴァイパーから入手した魔石を使うつもりだからこそ、今使える俺が持っているアクセサリは自然と指輪だけということになる。
「ま、やってやるさ」
指輪に合うように石を削るのではなく、石に合うように指輪を改造する。
イメージは出来ている。
細い金属のリングという形から、幅の広い指輪へと。
金属細工専用の小型の金槌を振るい指輪を叩く。
何度も。
何度も。
くり返し。
「できた」
「ホントっ?」
「ああ。まだ基礎だけど、だいたいこんな感じだろ」
作り上げたパーツを元の指輪を挟むようにして付け加えることで新たな指輪の基礎が完成した。
「これに水色の石を嵌め込めば正真正銘、新たな指輪としての完成だ」
作業机の上の水色の石を手に取り指輪に開けた窪みにそっと取り付ける。
こうして空白の指輪が新たな姿『妖精の指輪』へと変化した。
妖精の指輪の効果は三つ。MP上昇(中) MIND+15 妖精の加護。
「中ってことは割合だな。ってか、妖精の加護って何だ?」
出現させた指輪のステータス画面にある一文だけは詳細が追記されてすらいない。これではこれがどういう効果をもたらしてくれるのか解からない。
戦闘に関するものであれば一度装備して戦闘すれば確認出来そうなものだが、生産に関するものや常時発動系の効果ならばいまいち確認が難しい。パラメータ上昇ならば自身のパラメータを確認しつつ指輪を付けたり外したりすればいい、が、どうやらそういうものでもなさそうだ。
「リリィは解かるか?」
「さぁ? 知らないよ」
「そうか」
「ねぇねぇ、指輪を見せてよ」
そう言いながらリリィが俺の手をひっぱる。
「解かった、解かった。いま取り外すから待ってろ」
「ダメっ。そのまま」
「お、おう」
リリィが俺の指に嵌められたままの妖精の指輪を値踏みするかの如く見ている。
既にアクセサリとしての妖精の指輪は完成しているのだからこの行為に何の意味があるのだろうと首を傾げているとリリィが満足したように俺の手から離れ宙に舞った。
「これなら問題なさそうだね」
「問題なんてあるわけないだろ」
「ははは、まあ見てなって。いくよっ!」
予想外のの言い分に不満げな顔をする俺の目の前でリリィがその手の中に水を出現させた。
そっと手の中の水を俺の指にある妖精の指輪に振りかけると水色の石が眩く光を放つ。
「何をした?」
「これでホントに完成だよ」
「……ああ」
再び妖精の指輪のパラメータを確認する。するとそこに先程まで無かった言葉が追加されていた。
妖精の扉。説明文には水妖精の使う二つの世界を繋ぐ要石とある。
「これでわたしは自由に郷とここを行き来できるようになったんだよ」
元々女王に石の意味を聞いていた俺は直ぐに納得することができた。
それにしてもだ。四つもの効果を持つアクセサリというのは存外珍しいのではないだろうか。俺は自分の指にはめられている妖精の指輪を見ながらそんなことを思う。しかし、そのうちの一つは効果が解からないもの。確認しようにもその方法すら解からないものは仕方ない。悪い効果があるわけではないだろうと判断して俺はもう一つのアクセサリの製作に取り掛かった。
それは無銘の腕輪にカース・ヴァイパー戦で得た魔石を埋めること。
魔石は形を整えても効果が変わることがないから指輪よりは楽だ。
金属ヤスリを手にゴリゴリと魔石を腕輪に合う形になるように削っていく。
紫色をした魔石はきれいな三角錐になった。
腕輪には宝石を嵌めるための窪みがある。その形が意外なことに三角錐だったのだ。まるで最初からこの魔石を嵌めることを前提に作られているかのようにも思える。
それほど苦労をすることなく俺は魔石を腕輪に付けることに成功した。
無銘の腕輪が呪蛇の腕輪に。効果も呪い無効と毒抵抗、それにATK+13の三種類。
「これは……再現するのは難しいかもな」
自分で作れるためにNPCショップで装備の買い物をした経験が少ない俺だが、それでもいま完成した二つのアクセサリが異常なほど強力だということは解かる。
通常アクセサリには一つの追加効果。それに魔石や宝石を付けることでもう一つ追加効果を得ることができる。つまり三つもの追加効果を持つアクセサリというのは珍しいものだった。
珍しいだけで無いわけではない。しかし、いま確認されて認知されている三種類の追加効果を持つアクセサリはどれもボスモンスターからのドロップアイテムであり、入手の確率がとてつもなく低いと聞いたことがある。アクセサリを作り出せるプレイヤーの現状最大の課題として三つの追加効果の付与が掲げられていることも。
キャンペーンクエストの結果で手に入れたアイテムだからできたのか、それとも同じアイテムを入手すれば再現できるのか。検証したい気持ちが無いわけでもないのだが、一人一つのキャンペーンクエストとなっている以上俺が検証できることはないのかもしれない。
金槌を叩く音もヤスリで魔石を削る音も止んだことで作業を終えたと思ったのだろう。ヒカルがいつの間にか近付いてきた。
「できたんですか?」
「あ、ああ。ほら」
と、俺は指輪と腕輪を付けた左手を見せた。
二つのアクセサリを同じ腕に付けているのだが、どうも統一感というものが感じられない。
妖精の指輪は清く清廉とした雰囲気を。呪蛇の腕輪は力強く禍々しい雰囲気を。相反する二つの雰囲気を持つ二つのアクセサリはそれぞれが埋め込んだ石と同じ色に解かっている。
水色と紫色。
同じ青系統の色だとしてもここまで違ってくるものかと感心すらさせられてしまう。
「……綺麗」
「ありがとう」
溜め息交じりに呟いたセッカに俺は素直に礼を言っていた。
アクセサリの製作が終わったことでようやくキャンペーンクエストが終わったのだろう。俺とヒカルのもとにクエスト終了のアナウンスが届いた。
「まだ終わってなかったんですね」
「みたいだな」
おもわず笑い出してしまう。
正直女王から水色の石を受け取った段階でキャンペーンクエストが終わったものだとばかり思っていた。まさかアクセサリの製作までもがクエストの内容に入っていたとは。
クエストの終了と共に俺とヒカルとセッカに一定数の経験値がもたらされた。
こうして最初二人で挑んでいたキャンペーンクエストが今やプレイヤー三人、妖精一人、モンスターが一匹という大所帯となって終わりを告げた。




