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理想の小妖精 ♯.11

 リリィのお願いが告げられたその時にキャンペーンクエストの内容が更新された。そして同時に穏やかな食事風景も終わりを告げ俺たちを次なるエリアへと誘う。

 何も見えない暗闇を見据え俺はリリィに問い掛けた。


「ここなのか?」

「……うん」


 俺の質問に答えたリリィの声はこれまでになく真剣。

 リリィに案内されるまま俺たちはウィザースターを離れ転送ポータルを使って王都へと向かい、そのままエリアへと出た。休憩も取らずに向かったのはリリィと出会った場所でもあるミレイアの丘。

 その奥にある迷いの森とは正反対の方向にある洞窟だった。


「あ、ちょっと待って」


 洞窟の入り口を隠すように伸びた草や蔦を掻き分けて洞窟の中へと入ると、リリィは仄かに光る水の玉を出現させた。


「持ってきたやつを出してくれる?」

「あ、ああ」


 このエリアに向かう前に俺はリリィに工房にある中でも一番大きいガラス容器を持って行くように言われていた。それを使う時が今なのだというように出現させた光る水の玉を俺の目の前に浮かべた。

 ガラス瓶の栓を開けて差し出すと光る水の玉は瓶の中に収まり、まるでランタンのような手提げの明かりが完成した。

 水の光は透明なガラスを透過して周囲を明るく照らしだす。


「それを使ってよ。中は真っ暗だからさ」

「そう、みたいだな。助かるよ。それじゃあみんな、準備はいいな?」


 俺は後ろに並ぶヒカルとセッカに声をかけた。


「もっちろん」


 と、ヒカルは自身の短剣に手を当てながら答え、それに続きセッカも小さく「問題ない」といった。


「行こう」


 意を決して進み出す。洞窟の中がどうなっているのかなんて俺は知らない。それを知っているのはおそらくこの場にいる中ではリリィだけなのだろう。けれどそのリリィも不安そうな顔をしたままヒカルの肩に乗りギュッと強く服を掴んで放さない。

 リリィのお願いはある意味このキャンペーンクエストで初めて俺たちにクエスト攻略の明確な道筋を示してくれていた。

 洞窟の奥に封じ込まれている妖精の郷を解き放って欲しい。それがリリィの願いだ。


「これは……本当にこれがなかったら何も見えなかったな」

「ですね」


 感心したようにセッカが反応する。

 洞窟はまるで大蛇のごとく、遥か彼方まで続いている。

 しかし、その細部は解からない。奥まで続いているだろうこと以外は洞窟の広さや形状などは手に持っているランタンの灯りが届く範囲しか知ることは出来ない。そのせいで今この瞬間にモンスターが襲ってきたとしても余程近くにまで来ない限り感知することはできないだろう。


「二人とも私から離れちゃだめですよ」

「……わかってる」

「ああ」


 俺の隣にピッタリとくっついて並んで歩くヒカルがいった。

 灯りが届く範囲は距離にして二メートルくらいだろうか。固まって移動する分には問題ないが、戦闘となればこの距離では心許ないというのが正直な感想だ。

 セッカも同じような感想を抱いたのだろう。ヒカルの隣に立ったまま小声で答えていた。

 どれくらい歩いただろうか。進む道が暗く曲がっているのか真っ直ぐなのかどうかすら解からない。

 ただ歩いているという感覚だけが残っている。


(迷いの森と一緒だな)


 見た目から何もかも違うのに俺はふとそのようなことを考えていた。

 あの時は正しい道の選び方さえ解かれば最終地点に到達することができた。今回は道は一つ。けれど最終地点までどのくらいの距離があるのか、それが解からなければこの行軍がいつに終わりを迎えるのか知ることができない。

 まるでゴールのわからないマラソンをさせられている気分だ。


「この奥だよ。ついてきて」


 ひょいとヒカルの肩から飛び上がり、クロスケと並行して飛んで行ってしまった。

 クロスケはフクロウ型のモンスターなのだから夜の闇は得意なのだろう。暗闇に慣れていないリリィもクロスケと一緒に行動しているのならば安心できる。不用意にここに生息するモンスターを刺激したりすることはないはずだ。


「あ、行っちゃった」

「一本道みたいだから大丈夫じゃないか」

「そうなんですか?」

「ああ。ここもマップは使えないみたいだけどさ、これまで一度も横道なんかはなかったみたいだし」

「マップが使えない……?」

「そうなんですか!?」


 セッカは迷いの森に挑んでいないのだから知らなくても当然だとしても、どうしてヒカルまで驚いているのだろう。

 一応とコンソ-ルにマップを表示させてみたが、想像通りそこには認識不能の文字と真っ黒の画面だけが映し出されている。

 溜め息を吐きたくなるのを堪え答えた。


「迷いの森でもそうだっただろ」

「ああ! そうでしたね」

「忘れてたのか?」

「あ……あははは」


 誤魔化すような笑い声に俺はがくりと肩を落とす。

 くるくると踊るように回り誤魔化し続けているヒカルの隣でセッカが若干不安そうな顔をした。


「どうした?」

「なんか、変なクエストですね」

「そうか?」

「はい。だってこんな洞窟、前にこの近くに来たときは無かったハズです」

「……ほう」


 ということはここは鳥籠のアイテムを選んだプレイヤーがキャンペーンクエストで訪れて初めて中に入ることが出来ようになるエリアだということか。


「ま、前の時も似たような感じだったからさ、問題は……あるけど、問題ないって」

「なにそれ」

「ねぇねぇ、リリィたち見えなくなっちゃったんだけど」

「げっ、急ぐぞ、完全に離されるわけにはいかない」


 リリィたちはもうずっと先に行ってしまっていた。このまま話をしながらゆっくりと進んでいては追い付くことなどできそうもない。

 少なくともランタンの灯りが消える前に、もう一度リリィと合流をする必要がある。でなければ俺たちは暗闇に放り出されることになってしまう。

 さながら気分はなにかのホラーゲームをしているかのようだ。

 いつまで持つかどうかわからない光源を頼りに暗くジメジメとした洞窟を進んでいく。

 時折吹く風が冷たく俺の身体を襲い、それと同時に腐臭にも似た臭いが鼻孔を擽る。

 自分たちの歩く足音が木霊する。

 天井や壁の隆起を伝い水滴が地面に落ちる音が時折鉄琴のようにな音を奏で、洞窟中に響き渡る。

 運が良かったのだろうか、これまで俺たちはモンスターと出会うことはなかった。これも迷いの森と同じだ。キャンペーンクエストに関連するエリアでは通常の雑魚モンスターとの戦闘が起こらないように設定されているのがデフォルトになっているのだろうか。だとすれば走っても戦闘になることなく進めるはずだ。


「なんか見えてきましたよ」

「……何かって何だよ」

「この先に大きな広場があるみたいです」

「見えるのか?」

「はい。この暗闇にも少しだけ慣れてきたみたいです」


 興奮するヒカルに代わり冷静にセッカが告げた。

 俺の脳裏に過ぎったのは迷いの森でのダーク・オウルとの戦闘。あの時の戦闘は大変な思いを味わったが、今にして思えばあれはイベントを進めるための定められた戦闘だったようにも思える。

 勝っても負けても死にはせず、強制的に戦闘が終わる。

 そしてその後イベントが進む。

 結果としてリリィは解き放たれ、クロスケは俺の仲間となった。

 今回も同じように戦闘の結果を無視して進むのだろうか。

 だとしても、この先に起こるであろう戦闘とダーク・オウルとの戦闘と違いを見分けることなど誰にもできるはずがない。

 どっちにしても戦闘には真剣に向かわなければならないということだ。


「準備はいいな?」

「はい」

「ちょっと待って。準備って何?」


 頷くセッカとは対称的にヒカルが慌てて聞き返す。

 俺が言うよりも早くセッカが俺の口調を真似して告げた。


「この先で戦闘になる可能性が高い。ですよね?」

「まぁ、そういうことだ」


 そしてこの先でリリィは俺たちが来るのを待っているはずだ。


「行くぞ」


 俺たちは洞窟の奥へと足を踏み入れた。


「……あ」


 手元のランタンから光が消える。

 完全な暗闇が訪れるその瞬間、俺たちの頭上に眩いほどの光が降り注いだ。

 洞窟は地下にあり日の光など届かない。それ故にこの光がどこから放たれているのかは知らないが、ランタンの灯りが消えたこのタイミングでの空間全てを照らすような光は着実にキャンペーンクエストを進めることができている証のようにも思えた。


「きゃあっ!!」

「ヒカルちゃん!?」


 ヒカルが咄嗟にしゃがみ込む。

 三人が広場に足を踏み入れた途端、開かれていた洞窟は音を立てて崩れ入り口を完全に閉ざしてしまったのだ。


「大丈夫?」

「う、うん。でも、入り口が……」

「進むしかないってことだな」


 閉鎖空間と化してしまった広場の入り口で俺は先に来ているはずの仲間の姿を探した。


「リリィは……あそこか」


 洞窟に広がっている空間の上空にクロスケとリリィが並んで浮かんでいる。

 クロスケの表情は読み取れないが、リリィは悲痛な表情を浮かべてる。その視線の先には棘の生えた茨に覆い尽くされた扉。

 よく見れば壁や天井にも同じように茨がぎっしり敷き詰められている。


「リリィ。来たよー」

「ヒカル? 遅いよ」


 ゆらゆらと舞い降りてくるリリィはヒカルとセッカの前で止まった。


「あの扉の向こうに妖精の郷があるのか?」

「うん。そうだよ」

「で、俺たちはどうすればいいんだ?」

「お願い。あの茨を退けて」

「わかった」


 リリィの言葉がそのままキャンペーンクエストの指示なのだとすれば茨を退けることこそがこの洞窟での目的になるのだろう。

 問題はその方法。

 ざっと周囲を見渡して見ても茨を退かすための道具などは見当たらない。植物を雑草を駆除するには除草剤が一番なのだろうけど、そんなものは持ち合わせているはずもなく、手で刈り取っていこうにも天井までは届かない。

 荒っぽくするのなら燃やすという方法もあるが、ここには火種になりそうなものすら見当たらない。

 途方に暮れる俺の目に僅かな異変が映った。

 天井に張り巡らされている茨が動いたような気がしたのだ。


「何だ?」


 微かな異変を見つけようと目を凝らす。壁から天井までくまなく、広場の入り口からその奥まで。

 扉の前で立ち止まる俺の余所にヒカルとセッカは思い思いにこの広場を探索し始めていた。

 真剣な面持ちのままのリリィにとっては不謹慎かもしれないがヒカルとセッカは宝探しをしているかのように楽しげだ。

 けれど、俺は絶えず感じている嫌な感覚の正体を探ることに必死だった。


(ここには間違いなく俺たち以外のなにかがいる)


 直感を信じるのならば、その何かこそここで戦うことになる相手のはずだ。

 自然と力んでしまっている自分がいた。

 一度緊張を解こうと深く深呼吸をする。

 目を閉じ、目から入ってくる情報を閉ざし、耳を澄ませる。

 閉鎖空間になったことは自分にとって好都合だったかもしれない。絶えず吹き付けていた風が止み、茨が揺れる微かな音も止んだ。

 完全な無音とまではいかないが、ここで何かの音がすればその先に何かがいるということ。

 息を止め、より耳から入る情報だけに集中する。

 その時間僅か数秒。

 微かに茨が擦れる音が天井の隅の方から聞こえてきた。


「お前も何か見つけたのか?」


 クロスケが俺と同じ方向を見て滞空している。

 ひと鳴きするやいなや、クロスケの眼光が鋭く光った。


「ヒカル、セッカ、そこから離れろ!」

「え? なにー?」


 俺とクロスケが見つめる先の真下には二人がいる。なにも気付いていないのか変わらず探索を続けている二人の頭上で俺の声に反応した何かが蠢いた。

 何かの正体が判明する前に、クロスケは二人を庇おうと飛び出して行ってしまった。


「クロスケ! くっ《解放》!」


 小さなフクロウだったクロスケがその生来の姿であるダーク・オウルへと姿を変える。

 巨大な羽を傘にして二人は何者かの襲撃から身を守った。


「クロスケ!?」

「早く。こっちに来い」


 驚き声を出すヒカルとセッカが俺のいる方へ駆け寄ってきた。


「リリィはここで待ってろ」

「ユウは?」

「俺は、アイツを倒す!」


 二人と一緒になって合流するクロスケは熱い羽毛でダメージを最小限に抑えているようでHPバーは殆ど減っていない。

 駆け寄ってくる二人と入れ変わるように俺は襲撃者へと剣銃の銃口を向け、引き金を引いた。

 ターゲットマーカーが出現し、撃ち出された弾丸が飛んで行く先にいるのは大蛇。

 その名を『カース・ヴァイパー』

 毒蛇ではなく呪い蛇という名前。


「HPバーが四本!?」


 これまで見てきたボスモンスターよりも多いHPバーの数に自分の目を疑った。

 イベント用に用意されたモンスターだとはいえ以前の迷宮攻略イベントの最後に戦ったモンスターと同等なのはどういうことか。

 あの時は複数のパーティで戦うレイド戦だったのに今回は俺たちだけという状況。クロスケというプレイヤーではない味方がいるとしてもこの戦闘の難度は明らかにその時以上。

 なにより茨をものともせずに蠢くその姿は尻尾の先まで全容が確認出来ないほど巨大だった。


「ユウさん、ぼさっとしない」

「待てっ、無暗に突っ込むな」


 フルプレートメイルの背に掛けられていたメイスを掲げカース・ヴァイパーへと突撃していくセッカはその重い装備に反して身軽な動きを見せている。

 アンデッド系モンスター達との戦闘ではあまり見ることができなかったが、こうして目の前で見てみるとセッカも一人でキャンペーンクエストに挑むことを選んだ猛者のようだ。


「ユウ!」

「ヒカル!? 気を付けろ。かなりヤバそうだぞ」

「解かってます」


 短剣を逆手に構えるヒカルは臨戦態勢を取りつつ、相手の出方を窺っている。


「クロスケ、リリィを頼んだ」


 巨大なダーク・オウルが甲高い声を上げ、俺の言葉に了承の意を表した。

 非戦闘員であるリリィをこちらに近付けさせるわけにはいかない。クロスケという力を使えないことはマイナスだが、リリィを失うよりはいい。

 ひとまずのフォーメーションを取りつつ、先攻してしまっているセッカの方を見た。

 身軽といってもそこはやはりフルプレートメイルを纏った重装備型のプレイヤー。俺やヒカルのような軽装型のプレイヤーの移動速度とは比べ物にならない。

 ヒカルとセッカは元々二人でパーティを組んでいたのだとすればおそらく前衛がヒカルで後衛がセッカなのだろう。そう仮定すればセッカが魔法を使えていたのにも一先ずの理由は付けられる。


「行きますよ。セッカちゃんを一人で戦わせるわけにはいきません」

「ああ、そうだな」


 素早く動くカース・ヴァイパーに攻撃こそ当てられていないが攻撃をくらってもいない。それはひとえにセッカのプレイヤースキルの高さを物語っていた。

 剣形態にせず銃形態のままの剣銃を構え、俺はヒカルに続いてカース・ヴァイパーとの戦闘に加わりに行った。


「セッカちゃん」

「気を付けて、ヒカルちゃんの装備だと大ダメージを受けるから」

「りょーかい。後ろにユウがいるから細かなことは聞いて」

「……解かった」


 戦闘のポジションを交代しながら最低限の情報を与える、か。

 確かに二人の連携は俺とヒカルの急ごしらえのものより幾分か上のようだ。


「……説明して」

「ああ。といっても俺もそんなに解かることはないんだけどな。とりあえすあのモンスターの名前はカース・ヴァイパー。HPバーは四本。見ての通りの巨体だ」

「他には?」

「解からん。名前からして呪いを掛けて来そうな気もするけど、その方法も解かっていない」

「なにも解かってないってこと?」

「そうだ」


 今のところカース・ヴァイパーの攻撃はその巨体で踏み潰そうとするか、大きな口で噛みついて来るかのどちらか。

 蛇のモンスターが繰り出す一般的な攻撃ばかりだ。

 ボスモンスター足る特徴を表す前に削れる限りはHPを削っておきたい。


「早く来てよっ。私一人じゃ無理ぃー」

「あ、ああ。すまない」

「私はここから支援するから」

「了解。俺も前衛に出るよ」


 剣形態へと変形させて突っ込んでいく俺の後ろでセッカが自身の足下に魔法陣を出現させた。白い幾何学模様のそれは初めて見るが以前使用した魔法なのだとすれば解呪の効果を持っているはずで、カース・ヴァイパーとの戦闘では事前の予防策になるということだろう。

 攻撃に当たらないよう気を付けながら俺とヒカルは攻撃を繰り出していく。

 茨をものともせずに天井を張って動くカース・ヴァイパーの鱗は高い防御力を誇っているようで俺たちの攻撃で与えられるダメージが少ない。

 まだ一本目のHPバーだというのにこのペースではいつまで掛かってしまうのか見当もつかない。

 後衛にセッカがいるのだからMPの使用を自身の強化とアーツの発動だけに集中できる。


「ATK、SPEED、ブースト」


 手の平の上に浮かびあがる小さな二つの魔法陣を握り潰し、全身に二色の光が浮かび上がり消えていく。光の代わりに俺のHPバーの下に二つのアイコンが出現した。


「さあ、ここからが本番だ」


 構えを取り目の前で蠢くカース・ヴァイパーを見据えて小さく呟いた。



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