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理想の小妖精 ♯.10

「ありがとうございました」


 バケツのような形をした兜を取りセッカが深々と頭を下げた。

 俺たち三人は無数のアンデッド系モンスターとの戦闘を終え、東の河原エリアにある安全地帯で地面に腰を下ろし減少したHPを修復している。


「気にしなくていいって。それよりも――」

「はい?」

「俺たちがセッカのキャンペーンクエストに勝手に参加した形になったけど大丈夫だったのか?」


 三人の足下に置かれた空になったポーションの瓶が光の粒子へとなって弾け消える。

 戦闘が無事に終わったのはセッカの功績だ。俺たちはある意味時間を稼いでいたに過ぎない。

 それよりも俺が気になったことは別にあった。他人のクエストに勝手に手を出すという行為が褒められたものではないことも、一歩間違えばペナルティを受けかねない行為であったことも重々理解している。せめてもの救いはセッカが嫌な顔を全く見せなかったことか。


「大丈夫だと思いますけど。だって、ほら」


 そう言ってセッカが見せてきたのはアンデッド系モンスターを一掃するのに役立った十字架だった。それが今は黒に近い紫色をした水晶体に変容している。


「これなに?」

「私のキャンペーンクエスト報酬らしいよ」


 俺とセッカの間に座っていたヒカルが水晶となった十字架を見て興味深そうに尋ねていた。


「さっきの戦闘に勝った時にクエストクリアって出たからさ、間違いいないと思う」

「見せてくれるか?」

「……ん」


 俺の手の中に水晶の十字架がすっぽりと収まった。

 太陽の光に透かして見たり、傾けてみたり、裏返したりと、思い付く限り外から水晶の十字架を観察した後、断ってから水晶の十字架のステータスを表示させた。

 名称はそのまま『黒水晶のロザリオ』効果は以前のままの十字架と同じ、所有者の魔法の効果威力の拡大。違うのは効果適用範囲が広がっていること。元の十字架はアンデッド系モンスターにのみ効果のある魔法だけだったが今は他の属性、一応は設定した一属性になっているがその属性魔法にも効果があるらしい。

 魔法を使わない俺からすればそれほど良いアイテムに思えないけれど、魔法を使うプレイヤーからすれば喉から手が出るほど欲しいアイテムなのかもしれない。

 それとは別に俺が気に留めたのはこの黒水晶のロザリオが魔石によって作られたことになっていること。これならば装備品に装着することで戦闘中にわざわざ手に持つ必要すらなくなる。これは他のアクセサリにはない特典であり、このアイテムの価値を高めている要因にも繋がることだ。


「あの……そろそろ」

「ああ、すまない。ありがとう」


 と、黒水晶のロザリオをセッカに返した。


「ねえ、セッカちゃんはこれからどうするの?」

「どうって、別に予定なんてないけど」

「だったらさ、私たちと一緒に行かない?」

「一緒に?」

「うんっ」


 困った顔をするセッカが俺の方に視線を向けてきた。

 その顔は俺に許可を求めているという感じではなく、俺に助け船を求めているかのよう。


「ユウもいいですよね?」


 セッカの心情など知ってか知らずか、ヒカルは俺に満面の笑顔を向けてくる。単純に友達と一緒にクエストができることを望んでいるようにも見えるが、実際にそれは可能なのだろうか。

 クエストというものは通常、受注した段階でのパーティが反映される。そこから減ることは出来ても増えることができないというのが基本となっているはずだ。

 現状セッカはキャンペーンクエストをクリアしたことでクエストを受注していない状態になっているはずだが、それと俺たちが進めているクエストに参加出来るかどうかは話が別だ。可能なら一人で数種類のキャンペーンクエストを受け、その報酬を得ることができてしまう。

 それは基本一人一つのキャンペーンクエストというルールに反することだ。


「気にしないで。ヒカルちゃんが勝手に言ってるだけだから」

「あ、ひっどーい。だってクエストを受けてないなら一緒にしたっていいはずでしょー」

「だからそれは無理なの。そう、ですよね?」

「た、多分。試したことはないけど……」

「だったら試してみればいいじゃないですか! ほらユウもセッカちゃんをパーティに誘ってみてくださいよ」


 二人が同時に俺の方を向いた。


「わかった。とりあえすセッカをパーティに誘ってはみるけど、ダメだった場合は諦めろよな」

「はい」


 ヒカルが期待を込めた視線を向けてくる反面、セッカは無言のまま、ことのなりゆきを見守っている。

 コンソールにあるフレンド画面には近くのプレイヤーに向けたパーティ申請機能がある。それは野良と呼ばれるその場限りのパーティを組むのに最大限恩恵をもたらしていた。


「どうだ?」


 申請は送ったまま返事が来ないのを不審に思った俺は表情一つ変えないセッカに問い掛けていた。


「一応パーティには加わることは出来るみたいです。でも……」

「でも?」

「クエストの報酬は受け取れないみたいです」


 と、可視モードに切り替えたコンソール画面をこちらに向けてきた。

 そこにあった注意文はこの通り。

『キャンペーンクエストの報酬は受け取ることができませんがそれでもよろしいですか?』

 これでは一度クリアした場合、人のキャンペーンクエストに参加する意味がないと考える人もいるかもしれない。違うクエストを体験できると喜ぶ人もいるかもしれないが、セッカはどっちなのだろう。


「セッカはどうしたい? 俺はセッカの気持ちを尊重するよ」


 参加するもしないもセッカ次第。俺から強制するようなことではないのだ。

 手に入れた黒水晶のロザリオを使って装備品を整えたいと思い、町に戻りたいと言ってもそれを止める言葉も意志も俺にはなかった。


「そんなぁ。一緒にやろーよ、セッカちゃん」

「無理強いするなって。セッカにも都合ってものがあるだろうし――」


 セッカの肩を掴み必死に説得するような顔をするヒカルとそれを制止する俺の顔を見比べて、セッカは口を開いた。


「その……二人がいいのなら、一緒に行ってもいいですか?」

「勿論だよ。いいよね、ユウ?」

「ああ。歓迎するよ」


 こうして俺たちのパーティにセッカが加わった。

 仲間が増え心機一転、キャンペーンクエストに挑もうと意気込む俺の目の前にふらふらとリリィが降りてきた。


「どうしたんだ?」


 戦闘が終わったことで安心したという感じでもなく、単純に力が出ないという様子だ。


「もう……ダメ……」

「へ?」

「……おなかへった」


 慌てて降りてきたクロスケがその頭でリリィを受け止めている。


「あー、っと。俺の工房に戻ろうか? 色々買ってきてるからな」


 力無く頭を垂れるリリィを見て苦笑しながら告げるとヒカルもまたリリィと同じようにお腹空いたと言って自身のお腹を擦りながら頷いた。


「セッカもそれでいいかな?」

「あ、はい」

「よかった。それじゃあついて来てくれ。ここからはそんなに遠くないから」


 と、俺たちは東の河原エリアを離れ工房のあるウィザースターに戻り始めた。

 道中出会ったモンスターはどれも動物型ばかりで、それを見てようやくセッカのイベントが終わったのだと実感することができた。

 何故ヒカルが俺のクエストを手伝うことになったのか、ことのあらましをセッカに説明しながら歩いていくと、程なくして町の入り口である東門が見えてきた。

 人の流れに沿って俺たちもウィザースターへと入りそのまま工房を目指す。

 俺の工房まで戻ってくると皆が思い思いに近くの椅子に座った。


「多目に買ってきておいてよかったよ」


 ストレージから買ってきた食糧アイテムを取り出し、机の上に並べていく。

 ワンホールのケーキとついでに買った紅茶の葉、それにクロスケのためにと買った生の兎肉。後はお茶を淹れるためのティーポットも買ってきた。困ったことに皿やフォークなどの食器も含めると、この一度のお茶会に掛かった費用は一度の冒険に行く時の準備額とそれほど違いはなかった。


「切り分けるのは……って、こういう所もゲームなんだな」


 切り分け用のナイフをケーキに沿えると自然とケーキは等分割された。

 さらにそのままケーキを切り分けたナイフで皿とケーキを交互に触れると、自動的に切り分けられて一人分になったケーキが皿の上に乗せられた。

 ケーキは俺とヒカルとセッカとリリィの分を除いてもまだ二人分ほど残っている。

 薬草を煮潰す時に使う道具を使いお湯を沸かすとそれをティーポットに移し紅茶を淹れると、買ったばかりのカップに注いでいく。

 人数分のケーキと紅茶をテーブルに並べ終えると俺は生肉を取り出し別の皿に乗せクロスケのいる止まり木の前に置いた。


「おいっ、なんだよ? フクロウといえば生肉じゃないのか!?」


 どういうわけか皿を止まり木の前に置いた途端クロスケが俺の頭を突っつき始めた。

 戦闘ダメージとは認識されないようでHPに影響はないが、微かに痛い。というか痒い。


「クロスケも同じのがいいってさ」

「同じのって、ケーキだぞ。いいのか?」


 リリィがクロスケの鳴き声を翻訳する。

 純白のクリームをたっぷり使って作られているケーキは現実のフクロウに与えられそうもないが、ゲームの、モンスターならばいいのだろうか。


「紅茶も、か?」

「それはいらないってさ。綺麗な水がいいんだって」

「水……ね」


 綺麗な水ならこの工房にはたっぷりある。ポーションを作る時に使うものだが飲料水としても十分使用に堪えるだろう。

 深めの皿に水を汲み、それをクロスケの分と取り分けたケーキが乗せられた皿と一緒に止まり木の前に置いた。

 代わりに残った兎肉はどうしたものか。

 調理用の素材なのだから料理に使えばいいのだけど、本格的に調理スキルを覚える必要が出てきたということかもしれない。

 俺が椅子に座ったのを見計らいセッカが声をかけてきた。


「あの……これはなんですか?」

「ケーキだけど」

「それは、その、見れば解かります」

「もしかしてセッカちゃん。ここで物を食べたことない?」

「うん」

「だったら騙されたと思って食べてみろよ? 意外とイケるぞ」


 俺がセッカに勧めている横でリリィとクロスケが美味しそうにケーキを頬張っていく。

 ヒカルもそれに倣い食べ始めているが、未だセッカは手を付けていない。


「あ、お金を取ったりするつもりはないから気にしないで」

「は、はぁ」


 一口分フォークで取り食べてみるがこのケーキも悪くない。白いクリームはシンプルな味付けながら甘すぎず、紅茶の仄かな苦みと相まってちょうどいい。

 俺が満足というように微笑むとようやくセッカが自分の前にあるケーキを食べた。


「どう?」


 目聡くその瞬間を見計らったかのようにヒカルが訊いた。


「美味しい」

「でしょー。ここならいくら食べても太らないからいいんだよねー」

「太らない?」

「ま、実際に食べてるわけじゃないからな」

「前はコーヒーだったけど紅茶も美味しいねぇ」


 しみじみ言うヒカルに俺は心の中で頷いていた。

 セッカも紅茶を気に入ったらしく、一口飲んで微かに笑った。


「さて、これで満足してくれたか?」


 一足先に食べ終わっていたリリィに問いかける。


「ん、もう少し食べれるけど……だいたい満足」

「それなら余ってるケーキも食べればいいから――」

「本当!?」


 小さな体のどこにそんなに入るのかと思ったが満面の笑みを向けてくるリリィにこれからクエストはどうなっていくかなんて聞くような野暮な真似は出来そうもない。

 空になっているリリィの前の皿に残っているケーキを移すと、リリィは有無言わず食べ始めた。

 リリィと俺のやり取りを横目にセッカはヒカルに訊ねていた。


「ねぇ聞いてもいい?」

「いいよ」

「ヒカルちゃんはキャンペーンクエストをどこまで進めているの?」

「どこまでって……どこまで?」


 自分に向けられた質問を俺に投げかけてきた。


「えっと、要約すると今はそこの妖精と仲良くしろってことらしいぞ」


 コンソールにあったクエストの内容を思い出して言う。


「なんか随分と抽象的な内容ですね」

「セッカちゃんは違ったの?」

「私の場合は最初に選んだ十字架を町の神父さんに清めてもらう所から始まったの。次に私が洗礼受けることになって小さな村の教会に行って、その時にあの魔法スキルを覚えることができたんだけど」

「魔法スキルって、あのモンスター達を一気にやっつけたあれ?」

「うん。あの時は十字架の力も借りたから凄い威力が出たけど、本来は呪いを解くための魔法スキルみたい」

「へえ、それじゃアンデッド系を一撃で倒せたのは――」

「多分アンデッドに掛けられた不死の呪いを解いたってことになるんだと思います」

「成る程ね」


 アンデッド系特効スキルという側面を持つ解呪スキルということか。


「話を続けても?」

「あ、ああ。すまない。続けてくれ」

「はい。それで洗礼を済ませると次は巷に出没する幽霊の話になって」

「ゆうれい!?」

「でもあの時いたのはアンデッド系だったよな?」

「はい。その戦闘の前の話です」

「前の話?」

「村の教会を出た私は別の村の墓地に行ったんです。そこで幽霊系のモンスターと戦ったんですけど……どうしたの? ヒカルちゃん」


 セッカの視線を辿るようにヒカルを見るとどういうわけかクロスケを抱きかかえて丸まっている。


「もしかして幽霊が苦手なのか?」

「ふぇ!? そんなことないですよ。何を言ってるんですか?」


 顔を真っ赤にして否定するヒカルの後ろにリリィがそっと飛んで行った。

 思いっ切りにやけるリリィが仕出かしそうなことは一つ。

 そう思っていると案の定、リリィがヒカルの首筋をそっと撫でた。


「ひゃっ!」


 クロスケを抱きかかえたまま飛び上がるヒカルは重心を崩し椅子を倒してしまった。


「あははははっ。やっぱり怖いんじゃん」

「リリィ。やめてよぉ」


 へなへなと床に座り込む。

 その様子に俺とセッカはおもわず笑ってしまっていた。


「大丈夫。ゲームの幽霊は作り物。お化け屋敷と一緒だから」


 手を差し伸べるセッカが言うと涙目のヒカルがゆっくり立ち上がった。


「確かアストラル系だっけか。俺もまだ見たことはないけど、どんな感じなんだ?」

「物理攻撃は効き難かったですけど、例の魔法スキルのおかげでなんとかできました。それに出てきた数もアンデッド系に比べて少なかったですから。

 それで幽霊退治の次がヒカルちゃんたちと会ったゾンビ退治だったんです」


 四段階の行程を終えてキャンペーンクエストをクリアしたということらしい。とすれば俺たちはまだ数回新たな展開が残っていることになるのだろうか。


「そういえばユウさん達が選んだアイテムはなんだったんです?」

「俺たちは鳥籠だったんだけど……」

「どうしたんです?」

「いや、俺のストレージには無いみたいなんだけど、ヒカルが持っているのか」

「私は持っていませんよ。ユウが持ってるんじゃないんですか?」


 何度見ても俺のストレージに鳥籠はない。


「精霊樹の前に置きっぱなしだったじゃん」

「え?」

「もういらないから、いいじゃない」

「そうなのか?」

「だって私がここにいるんだよ」

「どういうことですか?」

「俺たちが選んだ鳥籠の中身がリリィなんだよ。リリィを鳥籠から解き放つことから俺たちのキャンペーンクエストは始まったんだ」


 自分の記憶を辿りながらセッカにクエストの内容を説明していく。

 こうして言葉にしてみれば解かるが、俺たちはまだ全然クエストを進めることができていないように思えた。


「これからどうするんです?」

「さあ? リリィに聞いてくれ」


 このキャンペーンクエストの行く末を担っているのは他の誰でもなくリリィだ。俺たちはクエストの指示に従っているに過ぎない。


「これからどうするの? リリィちゃん」

「ねぇみんな。私のお願いを聞いてくれる?」

「ああ。任せろ」


 お願いの内容を聞くまでもなく俺の選択肢はただ一つ。

 真剣な面持ちのリリィはずっと胸の中にあったであろう願いを告げた。



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