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ガン・ブレイズ-ARMS・ONLINE-  作者: いつみ
第一章 【はじまりの町】
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♯.8 『琥珀の欠片』


 南の森エリアは北の岩山エリアに比べて訪れている人の数が多い。ゲームを始めたばかりの頃ハルと別れてからすぐレベル上げに勤しんでいた時の俺のように一人で戦っているプレイヤーもいれば、二人から四人でパーティを組んで戦っているプレイヤーの姿もある。

 辿々しい動きをしている人も居れば、熟れた戦闘を繰り広げている人も。


「おー、懐かしいな」


 そんな人たちが作り出す光景を目の当たりにして俺は自然と呟いていた。

 再ログインしてからゲーム内でたった一時間弱、人気の少ない岩山エリアに行っていただけなのにこの活気と自然に溢れた光景をもう長いこと見ていないような気がしてきた。


「それじゃ行くか」


 『琥珀の欠片』というアイテムが森のエリアにあると店主に教えられてから思い出したことがある。それは一度森のエリアに踏み入れた時に岸壁が露出していた場所を見かけたことがあったということ。最初に森のエリアを訪れた時には採掘をしようなどとは考えていなかった為に綺麗な緑の中で悪目立ちしている灰色の場所という印象しかなかった。

 しかし、実際に採掘が出来るようになったことでその場所の有用性は一変した。

 基本的に採集できるのが植物系のアイテムしかないとされている広い森のなかで鉱石が採れるかもしれない岩壁が露出した場所はそう多くない。現に俺が思い出せるなかで以前に来ていた時に見つけられたのは僅か三か所だけなのだ。


「まずはそこを巡ってみるかな」


 記憶の中にある採掘ポイントを目指して歩く。

 まず最初に着いた採掘ポイントは木々を縫って進んだ先ある小川の近く。そこには勢いが強い川の水に削られて露出した悠久の年月を感じさせる地層があった。この地層にある採掘ポイントは二つ。そのうちの一つは高い場所にあって何かを足場にしなければ到底辿り着けず、おいそれと採掘できそうにはない。だから俺は比較的低い場所にあるもう一つの採掘ポイントの前に立ちピッケルを取り出した。


「とりあえず、やってみるか」


 ピッケルを持ったことで採掘ポイントが浮かび上がり光って見える。この光こそがここで採掘が可能だという証だ。岩山で何度も採掘をしていたおかげだろうか。俺は慣れた手つきでピッケルを岩盤に振り下ろした。

 北の岩山エリアにある岩壁で採掘した時と森エリアの剥き出しの地層にある採掘ポイントではピッケルを振り降ろした時に返って来る感触も打ち付けた時に響く音も違う。何より、足下に転がり落ちた鉱石の塊も岩山エリアで見たものよりも土色をしていて、地面の中に眠っていたという印象がより強く感じられた。


「お、あった。これが『琥珀の欠片』か」


 地面に転がる鉱石の塊を拾い、一つ一つ名称を確認していくと割と簡単に『琥珀の欠片』という名前があった。

 文字通り透明な琥珀色をした鉱石にこびり付いた土を指で擦り取ると、鉱石はそれ自体が光を発しているかのような仄かな光沢が現れた。俺の手の中にある透明な橙色をした鉱石はまさに小学生の頃図鑑で見た琥珀そのものだ。


「しかし…欠片か。それにこんな場所で手に入るんだから本物の琥珀とは違うわな」


 手の中に収まる大きさをした『琥珀の欠片』はその名の通り欠片だった。

 俺がイメージしていた琥珀というものは歪な結晶の形をしていたり綺麗な丸の形をしている石だ。中でも丸の形をしているのが人の手による加工の結果であることは知っているし、どんな鉱石にも原石というものは存在していることも知っている。けれど、そうなのだとしても俺が持つ『琥珀の欠片』というアイテムはあまりにも石としては心許ない大きさと形状をしていた。

 地面に埋まっている時に何かの拍子で大半が欠けてしまったとでも考えなければ納得できそうもないくらいに小さく割れてしまっているのだ。

 この欠片が本来の形と大きさを保っていたならどんな琥珀だったのだろうかと、いつの間にか俺はこんな想像をしていた。

 同じ場所でこのまま採掘をしていけばちゃんとした形を保った琥珀を発見できるのだろうか。いや、初めから『琥珀の欠片』というアイテムが取れたのだ。琥珀自体が見つかることは稀、あるいはここでは手に入らないのかも知れない。

 仮に完全な形をした琥珀が手に入ったとしたら琥珀の中に何かが入っているかもしれない。化石かあるいは木の欠片か。

 けれど今の俺に必要なのはあくまで欠片だけ。そしてここはそれを手に入れることの出来る俺が知る数少ない場所。余計なことを考えず採掘に集中するべきだ。


「けどたった一つだけ、か」


 だからこそ心配なのは『琥珀の欠片』を目標数集め切れるかどうかということだけ。


「ま、心配しても仕方ないよな。とりあえず、もう一回」


 手に入る数は毎回ランダムに決まる。

 つまりは集めきれるかどうかは自分の運に掛かっていると言っても過言ではない。そんな風に考えながら俺は手に入れた『琥珀の欠片』をストレージに入れ、再びピッケルを断層に目掛けて振り降ろした。


「っと、今度はどうかな」


 再び足元に転がった鉱石を確認していく。

 すると一度目の採掘で手に入れた鉱石と同じ物が似たり寄ったりの数だけ手に入った。

 もしかすると前に採掘した岩山エリアとこの森エリアの断層とでは採れる鉱石の種類以外にも違いがあるのかもしれない。俺にそう思わせた原因は足下に転がっている鉱石の総数が一度目の採掘の時と全く同じ数だったからだ。

 当然、種類は違う。それでも数だけは同じ。


「…まさか……」


 抱いた疑問を胸に手早く転がっている鉱石の選別を終えると俺は三度ピッケルを振り降ろした。やはり足下に転がった鉱石の数は同じで違うのは採れた鉱石の種類ごとの数だけ。それも想像通り。


「残念。流石に四回目は無理か」


 鉱石を手に取る前に俺は目の前の採掘ポイントに視線を向けた。

 残念なことだが森のエリアで行った最初の採掘ポイントは既に輝きを失っていた。それはこのポイントでの採掘可能回数が無くなったということの証拠だった。

 後に知ることになるが採掘ポイントの採掘可能回数というのは全てのプレイヤーがどこの採掘ポイントでも一定になるように統一されている。

 基本は三回。プレイヤーが≪鍛冶≫スキルを習得してそのスキルレベルを上げることでその回数が増えるらしいが、それは俺にとってはまだ未来の話。


「ま、こんなもんか」


 何がともあれ俺は森のエリアに来て最初の採掘で四つもの『琥珀の欠片』を手に入れることができたのだった。

 自然が溢れる森のエリアではどこまで行っても景色は変らない。手元に表示させたマップがなければ道に迷ってしまうだろう。高所にある採掘ポイントは無理だと諦めてから時間にして三十分ほどを掛けて記憶に残る別の採掘ポイントに行ってみたが、そこでは残念なことに新しい『琥珀の欠片』は手に入らなかった。

 他にもまだ一か所、別の採掘ポイントを覚えているがそこでも手に入れることができなかった場合は俺はこの森のエリアで未発見の採掘ポイントを探さなければならなくなる。そんな懸念を抱きつつ向かった三か所目の採掘ポイントでの採掘の結果は、自分でも信じられないほど良好だった。

 規定の十個という数の内、最初の採掘ポイントで手に入ったのは四個で、二つ目はゼロ。その代わりだとでも言うように三か所目では五つもの『琥珀の欠片』を手に入れることができていた。


「うーん。どうしたものだ?」


 自分が知る採掘ポイントは全て回った。

 これで足りなかったのはもはや仕方がないとも言える。次はまた別の採掘ポイントを捜せばいいだけのこと。

 けれど、この日はもう諦めるのかと問われればその答えは出ていない。足りていない『琥珀の欠片』の数がまだいくつもあるのなら日を改めるのも悪くはないのだろうけど、現状足りていない数は僅か一個だけ。

 この一個のために町に戻り、ログアウトしてから日を改めて再び採掘ポイントに行くなど面倒なことこの上ない。端的に言って論外だ。


「だったら」


 自分の中で出た答えを胸にマップを見て他に採掘ポイントがありそうな場所を探す。しかしこのマップは自分が一度でも足を踏み入れた場所は明るく表示されているのに対して、それ以外は暗く表示されている。これではどこに何があるのかなど分かるはずもないもない。

 さらに言えば森のエリアに別の採掘ポイントが残されているとするのならば、この暗く表示されている範囲の方が可能性としては高いはずだ。


「…行ってみるしかないよな」


 剣銃を抜き、銃弾が補充されていることを確認する。

 HPもMPも十分残っているし、店主の所で買ってあるポーション類も全く手付かずの状態で残っていた。これならばいつ戦闘になっても問題ない。


「っし。残り一つ、とっとと集めるぞ!」


 自身に気合いを入れ、俺は森の奥へと歩を進めた。

 以前に森のエリアでレベル上げをしていた時に奥の方に行かなかった理由はリタと会ったことを除いてもそう多くはない。まず一つとして既にここに出てくるモンスターとの戦闘ではレベルが上がり難くなってきていたということ。さらにもう一つ。所持していたポーション類が枯渇しHPの回復の手段が心許なくなっていたこと。

 それになにより、単純に森のエリアが俺の想像していた以上に広かったということだ。そうなのだとしても俺が向かった未踏の地はこの世界においての未開の地ではない。俺がそれを強く感じたのは自分よりもレベルが高いであろうプレイヤーが森の奥に入っていくのを見かけたからだ。

 あの時は自分の力が足りずに挑むことすらしなかったが、今は違う。入念とまでは言わないが、十分だと感じられるほどの回復アイテムは用意してきたし、自分のレベルも上がっている。これならば奥に行ったとしてもそのまま逃げ帰るなんてことにはならないはずだ。


「あまり変わらないんだな」


 注意深く進む俺は自然とそんな感想が口から出るのを止められなかった。

 森の奥もそれまでいた森のエリアと生息しているモンスターの種類は同じ。多少の強さに違いがあるのだろうけど、これならばゆっくりと採掘ポイントを探すことが出来るはず。そう考えて周囲のモンスターを警戒しつつ進んだ俺は程なくして新たな採掘ポイントを一つ見つけることができた。


「見つけた」


 実際に自分で足を踏み入れるまで知らなかったことだが、全てが岩肌剥き出しだったた北の岩山エリアに比べ、南の森エリアでは断面が露出している部分を探し出すことが採掘ポイントを探す上では重要となる。それは記憶を頼りに採掘ポイントを探していた時に比べて早く別の採掘ポイントを見つけることが出来たことからも明らかだ。


「けど…先にあいつらからだな」


 採掘ポイントの前を遮るように唸るバーサク・ドッグの群れを見つけた。一体一体の強さは大したことが無いモンスターでも、群れを成していてはそれなりの脅威となる。

 だが、それは近接武器しか使えなかった頃の話。

 今の俺が使う剣銃の銃形態なら離れた場所からでも心置きなく攻撃できる。


「外すなよ、俺」


 自分に向けて呟きながら神経を集中させて一番近くにいるバーサク・ドッグを撃った。

 剣銃から放たれた弾丸が命中したその瞬間、バーサク・ドッグのHPが大きく減少する。そしてそのバーサク・ドッグは撃たれたダメージを無視して大口を開けて襲い掛かってきた。

 一体が動けば他のバーサク・ドッグも動くのかもと警戒をしたが、どうやらそれは杞憂だったらしい。撃たれたバーサク・ドッグ以外の個体は辺りを警戒こそしているもののその場から動こうとはしなかった。


「チッ、一発では足りないか。でもっ!」


 襲い掛かってくるバーサク・ドッグの牙が俺の喉元に噛みつくまで、まだ数秒ある。これだけの時間があればもう一発残っているは弾丸を撃ち込むことは可能。弾倉に残っていた残り一発を撃ち放ち、即座に<リロード>を発動させて瞬間的に最大値まで装填された弾丸を俺は間を置かずして襲いかかるバーサク・ドッグに向けて撃っていた。


「次っ!」


 その牙が届くまでの間に三発もの弾丸を受けてHPを全損させたバーサク・ドッグが細かな粒子となって消える。だが、戦闘が終わっていないのは俺の手元に戦闘後に現れるリザルト画面がないことからも明らかだ。

 俺は消えゆくバーサク・ドッグを見届けることも無く駆け出していた。既に数回<リロード>を使ったことで減少してしまっているMPではこのまま残る全てのバーサク・ドッグとの戦闘を乗り切ることは困難だと判断したことで剣銃を瞬時に剣形態へと変形させて群れを成しているバーサク・ドッグの中心へと突っ込んで行った。

 突然の俺の強襲に対応しきれていないバーサク・ドッグたちはその場で唸りをあげるばかりで攻撃してこない。それでも、群れのリーダーらしき個体だけが俺目掛けて飛び掛かってきた。


「遅いんだよッ!」


 カウンターのようにして突き出した剣銃の刃が飛び掛かってくるバーサク・ドッグを斬り裂く。

 切り裂かれたまま勢いを殺しきれず地面に落ちた個体を助けようと他のバーサク・ドッグが次々と俺に襲い掛かって来た刹那、俺は右足で強く地面を踏み締め回転斬りを放った。

 竜巻を彷彿させるとまでいってしまうと大袈裟だが、迫り来るバーサク・ドッグを同時に襲う斬撃は群れ全体に大きなダメージを与えることに成功していた。HPの殆どを失い、よろめく数体のバーサク・ドッグに俺はトドメだと言わんばかりに追撃を加えてゆく。

 連続した斬撃の先制攻撃を成功させ、その後に続く回転斬りで群れの統率を乱すことにも成功していたおかげで、僅か数分でバーサク・ドッグの群れを壊滅させることができた。


「他には…いないみたいだな」


 辺りを見渡して別のモンスターが近くにいないことを確認すると俺は剣銃を腰のホルダーに戻してストレージからHPとMPを回復させるためのポーションを取り出した。どんなに自分が優勢に戦闘を運べたとしても無傷ではいられない。<リロード>に使ったMPと同じように僅かに減少しているHPを回復させるために二種類のポーションを立て続けに飲み干した。

 空になった瓶が消えるのを見届け、ストレージからピッケルを取り出す。


「ここで採れてくれればいいんだけど」


 バーサク・ドッグの群れがいた場所の近くにある採掘ポイントは木と木の間にある小さな断層が露出している場所。その小さな採掘ポイントに向けて正確にピッケルを振り下ろした。

 ガラガラと音を立てて足下に転がった鉱石を確認してみると『石ころ』と『鉄鉱石』に交じって一つだけ『琥珀の欠片』がある。


「や、やっと揃った」


 思いの外、手間取った採集だったというように自分の声に疲れが混じる。

 それでもと再びピッケルを振り上げる。この小さな採掘ポイントでの一度目の採掘で揃いはしたが、同じ採掘ポイントでの採掘可能回数はまだ二回も残っている。

 このまま何もしないのは勿体ないと思い俺は二回、採掘を繰り返した。


「はぁ、マジか…」


 様々なゲームにまことしやかに噂される物欲センサーというものがこのゲームにも存在するのかどうかは不明だが、規定数を揃え必要が無くなった途端に『琥珀の欠片』がゴロゴロと手に入り俺の手には三つも余分に集まったのだ。



17/5/10 改稿

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