理想の小妖精 ♯.8
「なんで全部かけるのさ。ちょっとでいいんだよ、ちょっとで!」
聞き慣れない声が頭の上から聞こえてくる。
ここには俺とヒカル以外はダーク・オウルしかいないはずだが。
「この鳥籠はさあ、ほんのちょっとかけるだけで封印が解けるようになっているんだよ。だからそんなにかける必要はないんだよっもう!」
頭の上を飛び回る光の玉が弾けたその瞬間、光の玉の中から可愛らしい格好をした小人が現れた。
「でも精霊樹の雫を見つけたのは褒めてあげるわ。さ、あたしに精霊樹を見せてちょーだい」
静止しているように見える透明な青色をした四枚の羽。淡い色調の服。見ためは物語などに登場する妖精そのまま。
この生意気な口調も妖精だからだと思えば雰囲気作りに一役買っているようにも思える。
「ってか、あなたは誰?」
興味津々といった様子でヒカルが小人に問い掛けている。
「NPCなのか?」
プレイヤーではないのは確実。だとすればただのNPCなのかどうかが大事だ。NPCだとしてキャンペーンクエストに関連しているのならば対応には細心の注意を払わなければいけないだろう。
「あたしはあたし。NPC何て名前じゃないやい」
「モンスターなのか?」
NPCでもプレイヤーでもなくこの世界に存在するのはモンスターだけ。妖精からは敵意など感じられないが、モンスターなのだとして襲ってくるのならば応戦しなければならない。
「ちょっと! あんたにはこんな可愛い妖精がモンスターに見えるワケ!?」
「どうだろうな」
「はぁ、もういいわ。自己紹介してあげるから感謝しなさい」
俺の目の前で止まり、小さな体で精一杯胸を張る。
「私の名前はリリィ。見ての通り、水の妖精族よ」
肩まで伸びた水色の髪。小動物を彷彿とさせる大きな目。それに妖精だからこその小さな体。童話に出てくる妖精は悪戯をすると相場は決まっているがこの妖精はどうなのだろう。
「あんたたちは? 名前を教えなさいよ、私だけ教えるのは不公平でしょ」
「俺はユウ」
「私はヒカルです」
「ユウとヒカルね。憶えたわよ。ねぇ、どっちでもいいから早く精霊樹を見せてくれない」
「見せろって言われてもな、すぐ後ろにあるだろ。別に好きなだけ見ればいいさ」
直接鳥籠に精霊樹の葉から雫を落としたのだから当然精霊樹の場所も、俺たちがいる場所も変わってなどいない。
振り返りさえすれば嫌というほど見ることができるのだ。
「後ろ……って、ええぇぇぇぇ!!!!」
「な、何?」
「これが精霊樹なの? なんで? いつ? いったいいつの間に、なんでこんなに大きくなっちゃったのー」
その小さな体からは想像もできないほど大きな声で叫んだ。
驚愕しているリリィを見て、俺は先程自分たちがしでかしたことを思い出していた。
それは枯れていた精霊樹にポーションの原液をかけたこと。原液を持っていたのも注いだのも俺だけど、ヒカルも俺を止めなかったことを負い目に感じてるらしく不安げな視線を俺へと向けてくる。
やってしまったものはどうにもならないのだと視線だけで告げたがどうにも表情は暗いまま変わらない。このままでは何か変なことを言い出すかもしれないと思い、俺は自分のしたことをリリィに告白することにした。
「あー、それは多分、俺のせいだ」
「違います。ユウだけのせいじゃないです」
「あんたたち、精霊樹になにをしたのよ」
「これをかけただけだよ」
ストレージからもう一本、ポーションの原液が入った瓶を取り出しリリィに見せる。
「うわっ、くさっ」
勝手に瓶の栓を外し中身の臭いを嗅いだリリィが思わず顔を顰めた。
「なによ、これ」
「ポーションの原液。薬草を磨り潰したり煮出したりして抽出したものを集めたアイテムだ。俺たちはこれを何倍にも薄めてポーションと呼ばれる回復薬を作っているのさ」
「そんな変なものを……あたしの大事な精霊樹にかけたっていうの?」
「ま、そうなるな」
「ふ、ふ、ふざけないで――」
「待ってリリィちゃん。ポーションは安全なものだから。私たちは枯れてた精霊樹を元気にしようとしただけで……」
「枯れてた? ウソ言わないで。こんなにすくすくと育ってるじゃない」
「それはユウが原液をかけたから」
「やっぱりあんたのせいなのね!」
「それをしないとリリィを鳥籠から解放することはできなかったんだぞ」
「うぐっ。でも……」
リリィは何を気にしているのだろう?
ポーションはこのゲームでHPを回復させるアイテムの中で一番ポピュラーなアイテムだ。原液は回復効果の高いポーションや状態異常を回復させるポーションを作るのに使用する。なによりこのゲームの設定上どのような薬品も植物から抽出したものを基盤として作られているというようになっているのだ。
NPCにも当たり前のように流通しているポーションの原液なのだからリリィが戸惑う理由が解らない。
そもそも妖精であるリリィにはプレイヤーがいないはず。
町にいるNPCにも思ったことだが、このゲームに出てくるNPCは驚くほどリアルに反応を返してくるものばかり。まるで操っているプレイヤーがいるかの如くだ。表情の作り方だって実際にプレイヤーが動かしているキャラクターとなんら差異が見られはしない。よっぽど疑い深く観察しなければわからない時だってあるのだ。
空中で浮遊したまま考え込む素振りを見せるリリィは置いておくとして、俺はキャンペーンクエストの指示通り鳥籠の中身を解放したのだから何か進展は見られないものかとコンソールを表示させる。
受注中のクエスト一覧を確認するとそこには予測通り新たな展開が刻まれていた。
しかし、これは。
「……ヒカル」
「はい?」
「これを見てくれ」
追加された新たな指示に戸惑いを感じつつ、俺はクエストの進行状況をヒカルに見せてみることにした。俺たちはこれまでもこの指示に従ってキャンペーンクエストを進めてきた。胡散臭いプレイヤーに助言を求めたりしたことも、ミレイアの丘を抜け迷いの森を通りここまで来たのも、鳥籠の中身を解放するというタスクをクリアするため。
キャンペーンクエストのクリアに向けて頑張るのは自分たちで決めたことだが、その道筋はクエストに追加されたタスクに従っていたに過ぎない。
けれど今回の指示はそれまでとは全く毛色が違っている。
「……なに、これ?」
「さあ?」
新たな指令は『仲良きことは良いことだ』
俺が知る限り、これは指示などではなく標語、もしくは格言だ。
なんとか読みとれたのは鳥籠から解放したこの妖精が関係しているであろうということだけ。
「とりあえずはあのリリィっていう妖精を連れて街に戻った方がいいってことか?」
「かもしれませんね」
俺もヒカルもこのクエストをどう進めればいいかわからなくなっていた。それでもリリィとは離れない方がいいということだけは確かなようだが。
「クロスケー、元気だったかー。お前も大きくなったな―」
それまで俺たちの近くで浮遊していたと思っていたリリィがいつの間にかいなくなっていて、次に声が聞こえてきたのは俺の遥か頭上、精霊樹の中腹からだった。
「なにしてるんだ……?」
リリィが親しげに話しているのは、それまで俺たちと戦いを繰り広げていたダーク・オウル。驚いたことにダーク・オウルは攻撃しようとはせずに穏やかな雰囲気のままリリィをその頭に乗せている。
「おーい、こいつも一緒に連れてっていいか?」
すーっと精霊樹から降りてきたリリィが発した台詞に俺は自分の耳を疑った。
「あの……」
隣に立つヒカルも事態が呑み込めていないようでどう対応したらいいかわからないようだ。
「ダメか?」
「いや、駄目もなにも、それ以前にあれはモンスターだろ?」
「そうだよ。だからなんだってのさ」
そこか一番重要な気もするのだが。
「いや、モンスターなら俺たちを襲ってきたりするんじゃないのか? 現にさっきだって――」
「モンスターだからって理由もなく襲ったりはしないよー」
確かにこのゲームのモンスターの大半はこちらが攻撃を仕掛けない限り攻撃して来ない。けどダーク・オウルは俺がこの区画に入って精霊樹を調べようとしたら問答無用で襲って来たんだよなぁ。
リリィの言葉はいまいち納得できない。
すうっとダーク・オウルのいる場所へと舞い上がった。耳打ちをするような素振りをみせ再び俺たちの元へと戻ってきた。
「えっーと、さっきは精霊樹を傷つけられると思っておもわず攻撃しちゃったんだってさ。クロスケも謝ってるよ」
「お前……モンスターの言葉が解かるのか?」
「お前じゃないやい。クロスケは仲が良いから特別なのさ」
「ほう」
これは意外な事実だ。
もしかすると野生のモンスターを手懐けて味方にすることができるのかもしれない。
「で、どうなの。クロスケも一緒に行ってもいいの? ダメなの?」
困った。ここでもしダメだと言った場合、リリィまでここに残ると言い出したら俺たちはここから動けなくなってしまう。だからといってモンスターを連れて街まで戻ることもできそうにもないのも現実だ。
「確認させてくれ。もし俺がダメだと言ったらリリィはどうする?」
「ここに残るよ。別にユウについていく理由もないからね」
やっぱりか。
だとすればどうにかあのダーク・オウルを街まで引き連れていく方法を考えなければならないということだ。
「わかった。ダーク・オウルも――」
「クロスケっ」
「ああ。クロスケも一緒に行くのは良いとしてだ、あれだけでかいモンスターがいきなり街に来たらそれなりの騒ぎになる。それを回避させる案はリリィにはあるのか?」
我ながらNPCになんてことを相談しているのだと頭を抱えてしまいそうになる。
けれど俺もヒカルも明確な解決手段を持たないのだから仕方ない。これでリリィにも方法がないと言われればいよいよ手詰まりだ。
「えーと、ユウかヒカルが≪魔物使い≫のスキルを持っていれば大丈夫だよ」
今度はNPCらしい口調になった。
クエストの進行を手助けするヒントをこうして散りばめてくれるあたりはリリィもゲームの進行に関わってくるNPCだと感じる。
「≪魔物使い≫……これか」
習得可能スキル一覧に新たなスキルが浮かび上がっている。
幸いスキルポイントはまだ2ポイント残っている。新たなスキルを習得することになっても大丈夫だ。
「あの、私が覚えましょうか?」
「いや、このクエストは俺の目的で始めたんだから、俺が覚えるよ」
それに習得済みのスキルの種類が増えること自体悪いことではない。
コンソールに触れ≪魔物使い≫スキルを習得した。
習得済みスキルに新たなスキルが刻まれたのだけど、こう見てみると綺麗に低レベルが並んでいるなぁ。比較的高レベルになっているのは≪剣銃≫と≪強化術≫それに≪鍛冶≫と≪細工≫だけ。他はパラメータ上昇ばかりだということもあってか殆どレベルも上げずに放置しているものばかりだ。
「これでいいか?」
スキルの習得状況は外からじゃ解からない。それでもNPCのリリィからすれば問題なく読みとれるはずだ。
「オッケー。ほら手を掲げてみて」
「こ、こうか?」
リリィに言われるまま俺は空に向けて手を翳してみた。
「お、おお!」
するとクロスケがバサバサと羽ばたきながら俺の手に向かって飛び降りてきた。
「ちょ、ちょっと待て。でかい、でかいって」
慌てて手をバタつかせる。
遥か高い精霊樹の枝に止まっていてつい忘れてしまっていたが、ダーク・オウルのサイズはプレイヤーなどより明らかに大きい。
こうして手を伸ばしたのは自分だとはいえ、そこに止まろうとされたのでは間違いなく俺は潰されてしまう。
「だから、この大きさが問題なんだって。どうにか出来るんじゃなかったのか?」
「できるよ。だからほら、もう一回」
「ええぇ」
先程より低い位置の枝に止まったクロスケがじっと俺を見つめてる、ような気がする。
「ほら、はやく」
リリィに急かされるがまま恐る恐る手を掲げると再びクロスケがこちらに向けて飛び降りてきた。
「そのまま、我慢して」
「お、おう」
逃げ出したくなる気持ちを抑え、手を掲げ続ける。
クロスケの足が俺の手に触れるその刹那、信じられないことが起こった。
「か、可愛いーー」
目をキラキラとさせながらヒカルが近寄ってくる。
「懐かしい姿になったねー、クロスケ」
俺の腕に掴まるクロスケの周りを飛ぶリリィが楽しそうに言った。
今のクロスケの状態は現実にいるフクロウと同じくらいの大きさになっている。これならばモンスターを連れているという意味では騒ぎにはならないだろう。
(でも、別の意味で騒がれるかもしれないんだよなぁ)
現状モンスターを連れたプレイヤーはもちろんのこと、ペットを連れたプレイヤーもあまり見たことはない。ベータ版ではペットを連れることができたという話だからいつかはペットを得ることができるかもしれないと専用のスキルを心待ちにしているプレイヤーもいるという噂だ。
専用のスキルねえ。≪魔物使い≫がそれに該当するのかは解からないが、やっぱり多少は騒ぎになってしまうかもしれない。
俺の場合、クロスケに加えリリィもいる。
どちらにしても目立ってしまうことは避けられないだろう。
「ま、俺が気にしなければいいだけか」
自分の工房に引き籠れば外からの雑音は遮断できるだろうから。
「クロスケは元に戻らないのか?」
「ユウなら元に戻すことはできるんじゃない? スキルに書かれているはずだよ」
≪魔物使い≫スキルには二つのアーツが記されていた。《制限》と《解放》この二つは文字通りテイムしたモンスターの能力を抑えるものとそれを解放するもの。これが≪魔物使い≫スキルの基本となるアーツのようだ。
「試す必要は……ないな」
隣に並んでるクロスケを抱きかかえるヒカルはその羽毛の感触を存分に堪能しているみたいだった。
「さて、そろそろ戻ろうか。ヒカルもリリィもそれでいいな?」
「はい」
「もっちろん」
クロスケもひと鳴きして同意を示すと俺たちはゆっくり迷いの森から戻ることにした。
それまで無かった道もリリィと一緒に行動することになったことでそれまでと同じように現れた。
問題になるかと思っていた迷いの森からの脱出も、たった一度木々の隙間を通り抜けるだけでそれまでの区画をショートカットしたみたいに一瞬で森の入口へと戻ることができた。リリィの話では再びこの精霊樹がある場所に戻って来たい場合は再び森の入り口から迷いの森へと足を踏み入れるだけで即座に精霊樹のある区画までいけるらしい。
これは迷いの森をクリアしたプレイヤーに向けた特典なのか、それとも迷いの森に住むボスモンスターであるダーク・オウルをテイムしたことに関する特典なのか。どちらにしても、これからも精霊樹のある区画へ行くことになるかもしれない俺からすれば嬉しい誤算だった。
三人と一羽が連れだって王都まで戻ると、俺たちはそのままウィザースターにある俺の工房へと行くために王都の転送ポータルを使った。
王都でもウィザースターでも俺たちは一定量の視線を集めていた。それを避けるためにも一目散に工房へと駆けこんだのだった。
「それにしても、これからどうするかなぁ」
工房に着くなり俺はリリィにせがまれてクロスケが使う止まり木を作らされていた。
余っていた木材を使って生産できたのは止まり木も宿り木の一種として≪細工≫スキルの生産可能範囲に入っていたから。出来あがった止まり木は不格好ながらもクロスケは満足してくれたようで、満足そうな表情を浮かべて止まり木で羽を休めている。
「そもそも宿り木ってこんな形のアイテムでしたっけ?」
「まあ止まり木のつもりで作ったから」
アクセサリを作るスキルを使ったのに、どういうわけかできた止まり木はアクセサリの大きさではなかった。使い道がそれであっているのだから文句を言うつもりはないが、これは確実にアクセサリではない。
本来の宿り木というアクセサリは木材を使い木の葉などの形をした小物。ブローチやストラップのようにして持ち歩くものであり、こうして拠点に建てて置くものでもない。
こうして町まで戻ってきたもののクエストは進みそうもない。
前とは違い明確な指示がないのだから当然といえば当然なのか。
「ユウ。あたしお腹空いたー」
自由気ままに飛んでいたリリィがふらふらと作業机に降りると情けない声を出した。リリィにつられたみたいにクロスケが気の抜けた声で鳴いた。
「食べ物なんてここにはないぞ」
プレイヤーは物を食べる必要がないのだから買い置きなどしてあるはずがない。
ここにあるのは鉱石に木材、精製済みのインゴットに薬草の類。後は作るだけ作って放置していたアクセサリと武器だけだ。
「私も持っていませんよ」
「だよなぁ」
俺と一緒に喫茶店に行ったときに初めてこのゲーム内で食事をしたような顔をしていたからそうなのだろうとは思っていたが、どうやら俺の勘は外れてなかったらしい。
この場合、外れてもよかったのだけどな。
「おなかへった、おなかへった、おなかへったぁー」
「我慢できないのか?」
「がまんできないー」
バタバタと手足を振り回すリリィはどこから見ても子供だった。
子供のわがままだと切り捨てるにはあまりにも反応がリアル過ぎる。この世界で実際に生きているのはプレイヤーではなくNPCの方なのだからその空腹は俺たちが現実で感じているそれと同じだということなのかもしれない。
(だとすると放ってはおけないよな)
ウィザースターにある食べ物を売っている店は大体知っている。前回のイベントの際マオが調理スキルを獲得した次の日、俺はマオの食材の買い出しに付き合わされたことがある。その経験が生かされることになるなんて思いもしなかったのだが、無駄な経験などないということか。
「なにか適当に買ってくるからヒカルと一緒に待っててくれるか?」
リリィとクロスケだけを残して町に行くことはできない。ならばヒカルに留守番を頼むのが得策だろう。
「だったらあたしは甘いのがいい!」
羽をピンと伸ばして告げる。
リリィの一言の後にクロスケが何か言いたげな視線を向けてきた。
(フクロウって肉食だったっけ? 調理してあるのよりも生の方がいいのかな)
などと考えつつも俺はリリィの言葉に頷いた。
「ヒカルの分も買ってくるからそんな顔をするなって」
ポンと何気なくヒカルの頭に手を置いたのだがもしかしてこれって規約違反なのか。確か規約には異性のキャラクターに不適切な接触をした場合は重い罰則が架せられることもあるってなっていたけど、これは大丈夫だっただろうか。
心配になりそっと手を離すと、ヒカルは何も気にしていないような顔をして、
「だったら私はケーキがいいです」
「あーずるい。あたしもそれ欲しい」
「わかった。前に喫茶店で食べたような感じでいいよな」
「はいっ」
買ってくるものを近くの紙にメモして逃げるように工房から出ていった。
目的地はウィザースターにあるプレイヤーショップの素材屋の一つ。食料品を主に扱っている店。
大通りはいつもと同じ店が並んでいるが、そうじゃない通りには物珍しい品を売っているプレイヤーショップが軒を連ねていた。鉱石を中心に扱っている素材屋や装備品を扱っている小さな店。平凡なところで言えばそんなところだが、エリアで手に入れたアイテムを鑑定もせずに売るという、一種のくじ引きのようなことをしている店もあった。
チラ見しながら歩き、気になる店を見つけたら後でこようと店名を憶えていく。
何気なしに路地を歩いていると食材を扱っている素材屋の店頭のガラス棚を覗き込む見慣れた顔を見つけた。
「あれ、ハルにマオじゃないか。二人なんて珍しいな」
「ユウ? お前こそ一人で何してるんだ?」
ハルが纏うリタが作った鎧もイベントを経て新しく強化されているようで、細かな箇所が変更されていた。
俺に気付いたハルはこちらに向き直ったが、マオは未だガラス棚と真剣に睨み合っている。
「なぁ、フクロウって肉食だよな?」
「はあ?」
邪魔になってはいけないとマオの買い物が済むのを待っている間、俺はハルに気になっていたことを問い掛けてみる。真剣に尋ねたつもりだったが、ハルは意味が解からないという顔を向けてくるだけで答えは返してくれない。
暫らく気まずい空気に耐えつつマオの買い物が終わるのを待っていると、両手で大きな肉の塊を抱え小走りで近付いてきた。
「お待たせーって、ユウ? なんでここにいるの?」
「俺もその店に用があるんだよ」
「ユウも≪調理≫スキル覚えたの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「フクロウの餌を探しているらしいぞ」
「え? なにソレ」
マオもハルと同じような顔をしてる。
ベータ出身のハルが本当に気付いていないかどうかは怪しいが、マオは確実に何を言っているのか理解していないみたいだった。
「詳細は省くけど、フクロウの餌と美味いケーキを探してるんだ」
「何なの、その組み合わせ」
状況的に仕方のないことだとはいえ、確かに妙な組み合わせの買い物だ。
「フクロウの餌なら生肉がいいかなあって思ってさ」
「それなら兎肉とかがいいんじゃない?」
「兎肉か。値段も手頃そうだしそれでいいかも」
食材専用の素材屋に並んでいる肉の種類は結構な数がある。見慣れた所で牛や豚それと鳥。変わったところでは鹿や熊、兎なんかも変わり種に分類されている。もっと変な種類でいえば蛙とか鰐、蛇だろうか。
購入できるのはグラム単位ではなく個数なのはゲーム的に思える。手を加えなくても一つ一つの大きさが一定なのが現実に無い利点ということらしい。
「あとはケーキだけど、どこか良い店を知ってる?」
「自分で作ったりはしないの?」
「まあスキルもないし、その予定は今のところ無いかな」
「でも自分で作った方が安上がりだよ」
「そうなのか?」
「なんかそうらしいぞ。だから俺もマオに頼んでいるんだ」
「そういえば、何で二人が揃って買い物してるんだ? そんなに仲良かったっけ?」
「んー別に特別仲がいいわけじゃないよ」
「前のイベントの最終日に一緒にいろんなもの食っただろ」
「……ああ、そうだったな」
自分で買ったわけではなく偶然出会ったグリモアに貰ったものだったけど、確かにあれは美味かった。
「なんか知らないけど、それが忘れられないらしくてさ、私に作って欲しいって言ってくるんだよ」
「なっ、スキルの熟練度が上がるから別にいいって言ってたじゃないか」
「材料費はハル持ちだからいいっちゃいいんだけど、そろそろ熟練度も頭打ちなんだよねぇ」
思わず感心してしまった。
一つのスキルの熟練度の上限は100。スキルのレベルが上がる毎にリセットされるためにそこまで上げるには相当な回数スキルを使用しなければならないはず。
俺が一番使っているであろう≪剣銃≫のスキルですら今のレベルの熟練度はまだ38だった筈。
「ま、それはいいとしてケーキならこの先に美味しいお店があったはずだよ」
まだ一般的ではないとはいえプレイヤーの間にもゲーム内の食事が嗜好の一つとして馴染み始めたこともあってか一歩裏路地に出れば小規模なプレイヤーショップとして完成した料理を扱っている店が増えてきたらしい。
そのなかでも普通の食事より甘味の方が多いのはそういう店を利用しているプレイヤーがあまりゲームの戦闘に重きを置かないカジュアルな女性プレイヤーが多いせいだろうか。
「それじゃ行ってみることにするかな」
「うん。≪調理≫スキル覚えたい時は言ってねー、良い感じの習得場所知ってるから案内するよー」
「ああ、その時はお願いすることにするよ」
二人と別れ教えられたケーキ屋に行くとそこに集まって来ていたのはキラキラとした女性プレイヤーばかり。
どことなく気まずい気持ちになりつつもオーソドックスなケーキとよく知らない果物が使われたケーキを人数分以上買って即座に店から出ていった。
完全な自意識過剰だとは解かっているものの、一人で買いに行くのはこれっきりにしたいと思ってしまった。次からもリリィにねだられることがあるのならば≪調理≫スキルを習得することも本格的に考えていった方がいいかもしれないな。
自分の工房へ戻る道の途中、俺の元にメッセージが届けられた。
送り主はヒカル。
工房でリリィとクロスケと一緒になって留守番してくれているはずなのだが、何の用だろう。
送られてきたメッセージを開くと頭から血の気が引いていくのがわかる。
(なにが起こったんだ?)
そこにあったのはたった一言。
『ごめんなさい』
俺は人の流れに逆行するように全速力で走り出した。




