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理想の小妖精 ♯.6

 案の定、というべきだろうか。

 迷いの森の景色は白亜の言っていた通り同じような景色が続いているだけだった。

 不気味とまではいかないが薄気味悪い木々がそこら中に自生していて、地面にも踏み間違えてしまえば滑ってしまいそうになる苔が生えた石が大小様々ランダムに置かれている。


「本当に同じ景色なんですね」


 試しに数回区画を切り替えるために森の中を進んでみたものの景色が切り替わることはなかった。木々の生えた場所も苔の生えた石が置かれている場所すら同じだ。


「これなら迷っても仕方ないかもな」

「……ですね」


 こうしていくつかの区画見比べてみるとその景色以外にも同じ箇所があることが解かる。

 それは道とでも呼ぶべき木々の隙間。この隙間を通り抜けることで別の区画へと移動することができるというわけだ。


「私たちに正解の道なんて分かるんでしょうか?」

「さあな。でも、進めそうな道はここも四つあるみたいだ」

「四つで……すか?」

「ああ。正面と左右、それに来た道、後ろだな」


 隙間は四つ。そのどれかが正解で、正しい次の区画に繋がっているはず。


「後ろって、ここにくるのに通った道なんですから元の区画に戻るだけなんじゃないんですか?」

「普通はそうだよな。けど、ゲームに出てくるような迷いの森では正解の道が隠されていて、きた道が正しい道みないなことが良くあるんだよ。簡単に言えば入り口が出口、みたいな」


 別のゲームでの経験だがそれが解からず何時間と迷い続けたこともある。知らないということがそれだけ自分に不利になり得るのだと思い知らされた出来事だった。


「それなら一度元の区画に戻ってみるんですか?」

「うん。どうしようかな」


 ここで前の区画に戻ることも選択肢としてはあり、だろう。

 でも何の手掛りもないまま一つの区画を行ったり来たりするのはあまり意味があるとは思えない。むしろこれまでの僅かな経験を頼りに迷いの森攻略の手掛りを見つけだすべきだとも思える。


「ここでじっとしててもどうしようもならないですよ」

「……だな。それなら一緒に選んでみるか?」

「何をです?」

「進むべき道をさ」


 俺の返答にヒカルは変わらず分からないという表情をし続けている。


「せーので同時に指さしてみよう」

「なんで、わざわざ」

「特に意味はないけどさ。なんとなく面白そうだろ」

「いえ、全然」

「そう言うなって、ほらいくぞ」

「あ、ちょっと――」

「せーのっ」


 強引だと思いながらも俺とヒカルはそれぞれ思い思いの道を指さした。


「あっ」

「……やっぱり」


 当然といえば当然なのだが、俺とヒカルが指差した方向は別々。

 ちょっとした好奇心と事態を好転させるための提案のはずが困ったことに俺たちの歩みを止める結果になってしまった。


「あの………そろそろ辞めませんか?」


 それから二人同時に指をさすこと十二回。たった四方向しか指せる方向がないというのに一度として俺たちが示す方向が重なることはなかった。

 確率が低いわけでも、わざとそうしているわけでもないのだからここまで意見を違える方が難しいのではないかとすら思えてしまう。


「もう一回、もう一回だけだから」


 もはやただの意地。合致したからといってその結果が正しい道に導くのかも、その行為自体に意味があるかどうかすら解からない。けれどここで辞めてしまうことはなにかを投げ出してしまっているような気がして嫌だった。


「もう。これが最後ですよ」

「わかってる」

「ではいきますよ。せぇのっ」


 困ったような顔をしてもなお俺の意地に付き合ってくれるのだからヒカルはかなり面倒見がいい性格をしているようだ。そんな面倒見のいいヒカルだからこそ怒らせたくないと思えるのはその後の対処が面倒くさそうだと考えてしまったからなのだろうか。


「……あっ」

「よし。揃った」


 ヒカルが驚き、俺が歓喜する。

 それは、二人の指し示す方向が揃った瞬間だった。


「右、だな」

「右、ですね」


 自分の手を見つめ感動に震える俺を置いてヒカルが右の隙間へ向かって歩き出していた。


「早く行きますよ」

「あ、ああ」


 右の区画へ出るためには右にある木々の隙間を通ればいい。単純かつ分かりやすい方法だ。それである種転送のようなことができるのだからこのゲームに使われているシステムは凄いの一言に尽きる。

 ヒカルの後に続いて木々の隙間を抜けるとそこに広がっていた景色は、


「え?」

「やっぱりか」


 同じだった。

 木々の生えた場所も石の位置もなにもかも変わりはしなかった。

 せっかく指差した方向が揃ったというのにと俺もヒカルも落胆の色を隠しきれていない。


「これが迷いの森なんですね」


 青々とした草の絨毯に座り、ヒカルが疲れを露わにして呟いた。

 コントローラーを握り画面上のキャラクターを操作して挑んだ迷いの森と、こうして自分の身体で挑む迷いの森はこうも感覚が違ってくるとは、新たな発見だったがあまり嬉しい発見というわけでもない。


「少し休もうか?」

「いえ、もう少し進んでみましょう」


 自分の維持に付き合わせた結果の出来事なのだからと気を使ったつもりが、ヒカルはすっと立ち上がり次に進むべき道を模索していた。

 元の場所に出るという確証がない以上ここでも俺たちの進むことのできる道は四つ。

 右の隙間を使い出た区画ではその出口が入り口。右だった隙間が今は俺たちの後ろにある。自分が立っている方向次第で方角まで変わってしまっているような錯覚に襲われた。


(こうなってくるとマップが使えないのが痛いな)


 マップを見ながら進むことさえできれば方角を一定に保つことができる。それだけで脳内マッピングが随分と楽になるのだが。


「次はこっちに行ってみましょう」

「左にか?」

「はい左です」


 右に行ったから左。そんな単純な理由であったとしても次の道を選ぶということには十分な理由足り得るということか。

 納得して俺はヒカルと共に次の区画へと進む。その結果見えてきた景色が同じものだったとしてもだ。


「はぁ、せめて目印になりそうな物でもあればいいんですけど」


 進んでも進んでも同じ景色なのだからその疲労度は通常のエリアを進んでいる時の何倍にもなっているのだろう。別のゲームといえど迷いの森のようなエリアの対する経験値がヒカルよりも高い俺ですら自分が始めたクエストが絡んでなければ投げ出してしまいそうになる。まあ、実際には投げ出したりしないのだろうけど。


「やっぱりここで一休み入れよう」

「そう、ですね」


 このまま無策に進んでいてもなんにもならない。やはりどこかで打開策を見つけ出す必要がありそうだ。


「それにしても他のプレイヤーを見かけませんね」

「だな」

「どうしてでしょう?」

「そうだな……」


 考えられる理由はそう多くない。白亜たち以外はここに関連するクエストが発生していないために来ていない、もしくは単純に迷いの森が広いために出会っていないだけ。最後の可能性としてはこの迷いの森が複数存在する場合。

 可能性として一番高いのは一番最後。

 迷いの森が通常のエリアとは違いキャンペーンクエストに関連して発生したエリアだとすればキャンペーンクエストに挑んでいるプレイヤーの数だけ存在していてもおかしくはない。理由としては最奥にボスモンスターがいると仮定した場合それに挑むパーティが鉢合わせをしないようにするため、もしくは何らかのユニークアイテムがあったとしてそれの奪い合いにならないようにとの配慮だろう。

 だとすれば白亜たちが俺たちと情報を交換できたことを殊の外喜んでいたのにも納得できる。自分たち以外にも同じエリアに挑んでいるプレイヤーの存在を知ることができれば道中で他のプレイヤーと会わなかったことを鑑みる限り、挑んでいるプレイヤーの数だけ迷いも森があるのだと仮定できる。そうなればこのエリアで手に入るアイテムやモンスターとの戦闘で他のプレイヤーのことを気にする必要がなくなるというわけだ。


(モンスター?)


 確かにあの時白亜たちはまだ二回くらいは挑戦できる回復薬が残っていると言っていた。そして俺が渡したポーションに喜んでくれていたのも事実だろう。

 ということは彼らはここで戦闘を経験していたということになる。

 だが、俺たちはどうだ。ミレイアの丘でも、迷いの森に入った後も一度として戦闘はおろかモンスターとまともに出会うことすらできなかった。

 そうなれば当然ポーションなどの回復アイテムは全く必要じゃない。


(けど、そんなことありえるのか? 白亜たちと俺たちとの違いはなんだ?)


 少なくともキャンペーンクエストの内容だけではないはずだ。彼らがもっと先に進んでいるという可能性もある。そしてその奥で強いモンスターとの戦闘があったという可能性だって忘れてはならない。でもその場合白亜たちは戦闘から一時離脱してきたということ。けどあの時の三人からは戦闘から離脱してきたような感じは全く見受けられなかった。

 俺たちと白亜たちとの違いとなる何か。その何かを見つけるためにはもっと目を凝らして周囲を見てみることが大事だ。

 考えろ。見るんだ。注意深く、周りを、自分たちに与えられているヒントの欠片を。


「もしかすると……」


 口では迷いの森に関する考察を話し、頭では必死にその何かを探し続けた。

 発想を変える必要がある。今までは違いを探してばかりいた。間違い探しだとするのならたった一枚の絵だけを見て間違いを探すのではいつまで経っても正解には辿り着かない。必要なのは間違いではなくそれ以外、正しい絵の方。

 この区画と俺の記憶にある別の区画で同じ箇所を探すことから始めよう。

 まず目に入ってくるのは周囲の木々。枝葉の形も地面に伸びた根も些細な違いすら感じられない。つまりこれは正しい絵だ。

 次は地面を見てみる。そこに敷き詰められた緑の絨毯、さらには苔の生えた石。その全てが同じように配置されている。これも正しい絵。

 一緒。全てが一緒に見える。でも、本当にそうか。本当にそうなのか。

 まだ見ていない場所があるはずだ。

 全てが同じだと断言は出来ないはずだ。


「どうしたんです?」


 キョロキョロと辺りを見渡している俺にヒカルが声をかけてくる。

 脳裏で以前の区画を写真のように思い描き、それと違う箇所を必死に探す俺は突然落ち着きを失くしたかのように見えるのだろう。

 ここにはヒカル以外いないのだから外聞などきにしていられない。

 体を地面に這わせたり、隙間を通るギリギリまで近づいてその木々の裏を眺めてみたりと不審感丸出しの行動すら今は必要なことなのだ。

 そうしてこれまでと違う視点を探し続けた結果、俺は一つの可能性を手に入れた。


「いや……でも………ヒカル。一度前の区画に戻るぞ」

「それで何かわかるんですか?」

「多分、な」


 方角を間違えないように注意しながら俺たちは以前と同じ区画に戻った。

 見えてくるのは同じ景色。でも、それでいい。そんなことは解っていたはずだ。ぱっと見た景色が変わっていないように見えるのは見るべき場所が間違っているからだ。


「もう一度戻るぞ」


 そうヒカルに告げて入ってきた隙間を再び潜る。


「もう一回」


 今度もヒカルの返事を待たずして俺は三度来た道を引き返した。

 ここで得た確証が一つある。それは同じ区画から同じ隙間を使って行き来した限りは同じ区画へ出られるということ。

 そうして同じ区画を往復すること四回。俺が手にした可能性は確信へと昇華していた。


「その顔、何か解かったんですか?」

「だいたいな」

「聞いてもいいですか?」

「勿論。俺がこの数回の区画の往復で得た確信は同じ隙間を使えば一定の区画を行き来できるということだ。それは入ってきた隙間の方角さえ忘れなければ迷うことなく一番最初の区画へと戻ることができるということ。それこそさっき会った白亜たちみたいにな。

 だいたい、エリアの往復なんて迷いの森の景色がいつまでも変わらないから出来ないと思い込んでただけで、たとえ普通のエリアに比べ多少難しくなっていたとしても迷いの森自体は他エリアと同じように進むことも戻ることもできるエリアに違いはないんだよ」

「それなら、ユウは正しい道の選び方も解かったということですか?」

「ああ。俺の考えが間違っていなければだけどな」

「というと?」

「ここで一つ問題だ。ヒカルはここが本当に同じ区画が続いていると思うか?」

「そう……見えますけど……ユウは違うんですか?」

「いや、俺も同じだ。周囲を見回しても違いなど見つけられない」

「だったら――」

「でも、それが全てじゃない。というか寧ろ違いは全ての区画を通して見ることで見えてくるものだったんだ」


 そういって俺は天を指差す。


「空?」


 俺の指先を辿るように見上げたヒカルが意味が解からないというように呟く。


「半分正解。もっと詳しく言うなら各区画から見える太陽の位置だよ」

「太陽の位置、ですか」

「俺たちがここに来て経過した時間はそんなに長くないはずなんだ。なのに太陽の位置が区画ごとに違う」

「そう、でしたっけ」

「殆どは真上なんだけどな。時々別の位置に太陽が見えるんだ」

「別の位置……」

「そう、例えば、この区画のように」


 ヒカルに続くように俺も太陽を見上げてみる。

 眩しいとは感じるものの現実のようにプレイヤーが直接太陽を見たとしても目にダメージがないのは良かった。現実じゃ肉眼で太陽を凝視するなんてことは出来ないからな。


「今の時間はわかるか?」

「時間ですか?」

「ああ。一応言っておくけど現実の時間じゃなくてゲーム内の時間の方」

「わかってますよ」


 マップが使い物にならなくてもコンソール自体には何の問題はない。ステータスや所持アイテムの確認やフレンド登録やパーティ申請などのシステム面の操作にも異常はない。そしてステータス画面やマップ画面に共通して表示されている時計に関しても問題いはなかった。

 俺のコンソールの右上の端には縦に二つ並ぶように表示されている時計がある。上にあるのが現実の時間を下にあるのがゲーム内の時間を表すようになっていて俺は現実の時間を表す時計をデジタル時計に、ゲーム内の時間を表す時計をアナログ時計の形で表示するように設定していた。

 一目見て分かるようにするための設定であり区別なのだが使い慣れてくると案外この方法は利に適っていたのだと思う。


「あれ?」


 俺に促されるまま時計を見たヒカルが不思議そうに首を傾げた。


「気づいたか」

「でも……太陽は」

「ああ。だからこそ手掛りになるんだ」


 時計が正しく機能しているとすれば現実の時間より経過の早いゲーム内の時間は既に夜になっていた。

 それだけに太陽がこんなにも天高く昇っていることが異常なのだと知ることができた。


「夜だっていうのに太陽は昇っているし、周囲も明るい。それはここの景色が固定化されているということなんだと思う。そしてこれまで俺たちが通ってきた区画で違いがあったのも太陽の位置だけなのは間違いないはず」

「だったらそれを頼りに進めば迷いの森を通過できるということなんですね」

「その通り……なんだけど、どっちが正解かはまだわかっていないんだよな。太陽が真上にある区画を目指して進むのが正解か、真上以外にある区画を目指して進むのが正解か。ヒカルはどっちだと思う?」

「進めるのが四方向で、だいたいが真上にあるんですよね?」

「ああ」

「それなら真上以外が正解なんじゃないんですか? 四つの道のなかで正解の方が多いなんてのはどう考えても変ですから」

「となると、その真上以外の太陽の位置がどう関係してくるかっていうのが問題になってくるんだけど」


 正解と不正解の違いはわかった。あとはその正解に辿りつく方法を見つけ出すことさえできれば迷いの森の謎は解き明かすことができたといえる。

 一つ前進したことに喜ぶ俺とは対称的にヒカルはその表情を曇らせていった。


「なんかまどろっこしいですね」

「え?」

「ここまできたら四つ全部通ってみればいいじゃないですか。間違っていたとしてもすぐ引き返せばいいだけですし」

「でも、もし正解の道だけを辿ることが条件だったら不正解の道を選んだ時点で――」

「それも、もし、なんですよね?」

「ま、まあ」

「その場合だって正解の道を覚えておいて最初っからやり直せば同じことですよね?」

「まあ、そうなるな」

「なら進みましょうよ。ここで立ち止まっているのには飽きました」


 至極真っ当な意見だと頭ではわかっているのに俺はそれを享受することができずにいる。

 どうしてだろうと自問自答をしてみると案外その答えは単純なものだった。

 せっかくの謎解きなのだからそれを愉しみたい。子供のような意見だという気もしないではないが、それが俺のまごうことなき本当の気持ちなのだ。


「行きますよ」


 先に歩き出したヒカルはまず左側の隙間を潜って行った。

 どこか釈然としない気持ちを抱えながらも俺はその後を追う。

 一瞬の転送感の後、新たに出た区画で俺は真っ先に天を仰ぎ太陽の位置を確かめた。


「真上……じゃないな」


 太陽の位置は若干正面の隙間のある方角に沈んで見える。

 先程の区画の太陽の位置は西側にあり、俺たちが選んだ隙間も左側。俺たちは奇しくも太陽のある方角へと進んでいたらしい。

 後から聞いた話では単純に左から時計回りに進もうと考えていただけらしい。


「ということは太陽のある方角の隙間を通れば正しい区画へ出られるということなんですね」

「……みたいだな」


 謎を解いたわけでもなく、ただ四分の一の当たりを最初の一歩で引き当てただけ。ヒカルの引きの強さには感嘆するが謎解きの機会が失われたことに幾許かの残念さを禁じえない。


「でも、そんなに単純かなぁ?」


 謎解きのチャンスを得るための最後の抵抗。しかしそれもヒカルのまさか、という視線だけで軽く流されてしまった。

 そして現実は存外単純なもの。

 太陽のある方向。この場合は北側の隙間を通り次の区画へ出るとそこもまた太陽が真上ではなく東側に傾いていた。


「やっぱりこの方法が正解だったみたいですね」

「……だな」


 もはや疑いようもない。

 ヒカルの引きの強さと迷いの森を抜ける方法を見つけたことを喜び、進むことに集中した方がいいだろう。


「それじゃこの方法で行けるとこまで行ってみるか」


 意気揚々、俺とヒカルは太陽がある方向を選び進み続けた。

 隙間のある区画はどれも同じ景色で今どれだけ進んでいるのか分からなくなってしまう。来た道を戻る為にと通過してきた区画を数える行為自体無意味に思えてきてしまうほど。

 時間にすると十五分くらいだろうか。

 長いようで短い歩みは俺たちは景色の開けた区画へと出たその時に終わりを告げた。


「ここが目的地なんでしょうか?」

「多分な。次の区画に行くための隙間も見当たらないし、それに――」


 違う景色を喜んだのはヒカルも同じようだが、この区画の雰囲気がその喜びをすぐに打ち消してしまう。

 厳かといえばいいのだろうか。

 澄みきった空気と静かすぎる森。

 風が吹くことがあってもそれが木々を揺らすことはない。

 当然のようにモンスターの姿など見つけられるはずもなく、あるのは神社にあるような霊木を彷彿とさせる大木だけ。

 大木に近付いて行きそっと触れてみる。

 名称を確かめるには離れた所から剣銃を向ければいいだけなのだが、この時ばかりはその行為をすることが憚られた。


「あの大木が精霊樹みたいだな」


 俺の言葉を確かめるかのようにヒカルもそっと大木に触れてみる。

 そうすることで視界にはモンスターの頭上に現れるような名前を記したタグのようなものが浮かび上がっているはずだ。


「ここに精霊樹の雫があるんですよね」

「そのはずだけど……」


 どうも腑に落ちない。

 これまでの区画を抜けてきたことだって、太陽の位置に気付かなければならないとはいえ、謎解きというには簡単過ぎる。

 そして精霊樹の存在。

 まるで俺たちがそれを探してきたことを予め知っているかのような感じさえしてくる。かといって精霊樹を無視するわけにもいかず、俺はその周りを探し始めた。

 精霊樹の雫という名前だけあってそれがあるのは精霊樹の近く、もしくは水のある場所だろう。そう思って俺が精霊樹の近くを担当し、ヒカルが水のありそうなところを探すことにした。

 相談もなく分担出来るようになったのだから少しは息が合ってきたのかな。


「変な場所……」


 少し離れた場所でヒカルが呟いていた。

 それもそのはず、ゲーム内の時間はまだ夜だというのにこの区画も明るいまま。それまでの区画同様ここも時間の止まった区画だということだ。

 違うのは精霊樹の有無と区画の広さだけ。他はそれまでと同じに見える。


「なにか見つけたか?」


 早々に精霊樹の周りの探索を切り上げヒカルの元へと駆け寄って行った。


「いいえ。ユウは何か見つけられましたか?」

「さっぱりだ」

「私も全然です。というか本当にここにあるんでしょうか」

「どうだろうな」


 生憎だが自信はない。

 このクエストを始めて何度も思ったことだが、何か一つ確かな指標のようなものが欲しい。探しているアイテムが正しいとか、間違っていたとしてもそれが確かにここにあるというような確信を持てるための指標が。


「そもそも精霊樹の雫ってどんなアイテムなんでしょうね」

「どんなって、雫というからには液体なんじゃないか? もしくはこう、水滴みたいな形をしているとか」


 指でなぞるようにして水滴の形を宙に描いた。


「ユウも知らないんですね」

「おうっ」


 元気良く頷いている俺は清々しいまでの空虚な笑顔をしていることだろう。

 ヒカルはどことなく疲れた様子で溜め息を一つ漏らした。


「これからどうするんですかっ」

「なんか怒ってない?」

「別に怒っていませんよ。それよりもユウはまだ精霊樹の雫を探すつもりなんですよね?」

「今のところそれしか手掛りがないからな」


 そうなのだ。他に手掛りがあればそれに切り変えればすむことなのだが、残念なことにそれがない。探し続ける以外の選択肢は諦めるしか残されていないという現状だった。

 ヒカルもクエストを諦めることはしたくないみたいで、精霊樹の雫が見つからないことに苛立ちを感じているようだ。

 諦めないのならば見つけるしかない、他の可能性を。


「なぁ、ヒカル」

「なんですか?」

「ちょっと思ったことがあるんだけど」

「だからなんなんですか?」

「俺たちが精霊樹の雫を見つけられていない以外の可能性があるんだけど、聞くか?」

「……一応、聞いてみます」

「ここがゴールじゃないのかも」

「はい?」


 精霊樹がある区画がゴールだという確証はない。

 というか、この区画から見える太陽の位置はそれまでの区画と照らし合わせるのならば間違いとしていた真上にあるのだ。


「ここにはもう先に進める道なんてないですよ」


 確かにヒカルのいうようにここから先に進める道はない。

 だから俺もここがゴールなのだと思った。

 けど忘れてはいけなかったんだ。ここが迷いの森であることを。


「道ならあるさ」


 そう言って俺はこの区画と他の区画を繋ぐ唯一の道である入り口へと向かう。

 迷いの森では入り口が出口だっていうことが普通にある。自分の放った言葉を実証する時が来たのだ。


「先に行くぞ」


 ヒカルを残し俺は隙間を通り元の区画へと戻って行く。

 見えてくるのはそれまでの見慣れた景色。そう思いながらも俺はどこかこれが正解の道であることを願っていた。

 それまでに無いほど世界が揺らぎ、転送しているという勘感が襲ってくる。

 一瞬の間の後、俺は見慣れない区画へと出ていた。


「ここが……」


 視界が暗い。

 今が夜なのだから当然といえば当然なのだが、それまで太陽が固定化された区画ばかり通ってきたせいかこの暗闇がより漆黒に映る。

 空にある光源は太陽ではなく月。

 綺麗な円の満月が金色の光で周囲を照らしている。

 見えてくるのはさっきの区画にあったのと同じくらいの大きさの木。そして大木の周囲にある湖。俺の立っている場所と大木のある場所を繋ぐように一本の道が湖を横断するかのように出来ている。

 道を通り大木に近づき、そっと触れてみる。


(これも精霊樹、か)


 視界に浮かび上がる名称に俺はここから別の場所に繋がっていそうな道を探した。

 次第に目が暗闇に慣れてきたらしく、離れた場所まで問題なく見通せるようになってきていた。

 ぱっと見た限り他の区画へと続いていそうな道や隙間は見つけられない。それどころか通ってきたはずの隙間までもなくなっている。

 ついに戻ることも進むこともできなくなった。

 ここがゴールではないのなら俺にはもう出来ることがなくなってしまった。そう思ったのも束の間、俺は何者かの視線を感じた。


(何かが、いる?)


 ヒカルが来たわけではない。

 他のプレイヤーという感じでもない。

 長らく忘れていた感覚だった。

 紛れもない。これがモンスター、それもボスクラスのモンスターが持っている威圧感だ。


(……どこだ)


 咄嗟に腰の剣銃に触れ、周囲を見回す。

 視線を辿るように、細心の注意を向ける。

 引き金に俺の指が触れたその瞬間、遥か上空から巨大な羽音が聞こえてきた。



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