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理想の小妖精 ♯.5

 二人分のケーキ代とおかわりをかさねにかさね十四杯分にもなってしまっていた二人分のコーヒー代を合わせると一番品質の低い回復薬なら所持限界まで補充できそうな金額になっていた。

 満腹感が得られないというのはこんな事態を引き起こすこともあるのか、と今更ながら思い知らされる。


「さて、行こうか」


 喫茶店から出た俺たちは胡散臭い店主が営んでいる店を目指し進むことになった。


「あの……」

「なに?」

「さっきのお代。私の分はいくらですか?」

「別にいいよ。思ったほど高くなかったからね」


 実際一度の飲食代くらいなら俺の手持ちに影響を与えることはない。

 回復薬だって自分で作っては補充しているために最近は買うことなんてなかったし、生産に使う素材だって余程数が必要になるもの以外は自分で調達できていた。

 お金の使い道がないために最近は溜め込んでばかりだったのだ。

 金は天下の回りものとはよく言ったもので、俺は他の生産職のプレイヤーに比べれば増える機会が少ない代わりに減る機会が少ない。どこかゲーム内の経済活動の外にいるような気分を味わうことも少なくなかったのだが、これからは今のように無意味に思えることに使っても悪くないのかもしれない。

 転送ポータルを使いウィザースターに戻った俺たちはその足で胡散臭い店主のいる店を目指したのだけど、今のウィザースターは普段のそれよりも幾許かの賑わいを見せている。

 歩き辛いとまではいわないが、NPCショップと名高いプレイヤーショップの周りには多くのプレイヤーが集まって来ていて他の人達にぶつからないように気を付ける必要があった。

 ダメージを与えることも受けることもない町中といえど不用意な接触は避けたい。


「これだけの人がみんなキャンペーンクエストを進めてるんですね」

「全く同じというわけじゃないだろうけど、そうだな」


 普段は皆思い思いの冒険をしているために一度にここまでの人数が町に集まることは滅多にない。

 だからだろうか。迷宮攻略のイベントの時にも思ったことだが、まだ名も何もしらないプレイヤーがあんなにいる、プレイヤーの数だけ冒険があると思うと自然と心がワクワクしてきてしまう。

 なによりこのキャンペーンクエストでは持っているアイテムが違うだけで別のクエストになってしまうのだ。文字通りプレイヤーの数だけ冒険があると考えても間違いというわけではないはず。


「ぼーとしていないで行きましょうよ。もしかしたら先に別のプレイヤーが来ているかもしれませんから」


 胡散臭いといえどもプレイヤーショップであることは間違いない。

 正体不明のアイテムを扱っているという点ではもしかすると今回の鑑定には一番の適任者なのかもしれない。それを知っていれば俺たち以外にも向かうプレイヤーがいてもおかしくはない。

 などという心配は表通りを離れていくにつれて消えていった。

 裏通りに出ればプレイヤーの数は目に見えて減少している。

 どうやら鑑定は名の知れたプレイヤーショップや自分の信頼している鑑定ができるプレイヤーに頼んでいる人が大半のようだ。


「いらっしゃいヨー」


 あの胡散臭い喋り方が聞こえてきた。


「お客サン昨日も来てくれた人ネー。もしかしてこの店が気に入ったのかヨー」


 違う、と言い切れないのが悔しいところ。

 こう言ってはなんだけど棚に並んだ正体不明のアイテムは正直、興味が惹かれる。


「悪いけど今日も買い物に来たわけじゃないんだ」


 肩を竦めながら告げると店主は若干不機嫌になった素振りを見せた。


「冷やかしは帰ってくれヨー」

「いや、冷やかしというわけでもないんだけど」

「?」

「先に聞いておきたいのだけど、アンタはアイテムの鑑定はできるのか?」

「スキル構成は極秘事項だヨー」


 それはそうなんだけど。プレイヤーショップはその営んでいる店の内容が自然と店主のプレイヤーの持つスキルを表してしまう。鍛冶屋なら≪鍛冶≫アクセサリショップなら≪細工≫薬屋なら≪調薬≫といったぐあいに。

 その法則に当てはめるのなら間違いなくこの店主は≪鑑定≫を持っているはず。でなければこうして正体不明のアイテムが数多く並ぶ棚など構成できるはずもない。


「これの鑑定を頼みたいんだが」


 ストレージから取り出した鳥籠を店主のいるカウンターの上に置く。


「さてはキミタチ、例のキャンペーンクエストに参加してるネー」

「は、はい。そうですけど」

「わかったヨー。見てあげるネー」


 カウンターの上に置かれた鳥籠を手に取りコンソールを操作し始める。

 これで鳥籠についてなにかが解かる。中身の解き放ち方を知ることができれば一番いいのだけど、このアイテムの詳細が知れれば良しとしとう。どういった類のものかを知れれば自然とその使い方や扱い方が解かるはずだ。


「フムフム、なるほどなるほど」

「どうだ。なにか分かったか?」

「ウン。サッパリだヨー」


 お手上げとでもいわんばかりにバンザイをする店主を俺とヒカルは肩を落としてしまう。


「実はさっきも同じようにキャンペーンクエストのアイテムを持ってきたプレイヤーがいたんだヨー」

「へえ、そうなんですか」

「まあネー。でもその時も何も解らなかったんだヨー」


 それまで飄々としてた店主がほんの少しだけ悔しそうな表情をみせた。


「ということは今回はリベンジだったんですね」

「まあネー。けど今回もダメだったヨー」

「ならこのアイテムについてはなにも解からないってことか」

「そういうわけじゃないヨー」

「どういうことです?」


 素直に尋ねるヒカルに店主はニヤリと笑った。


「キミタチは運がいいネー。それに似たアイテムならここにあるんだヨー」

「似たアイテム?」

「確かこの辺に……あったヨー」


 プレイヤー固有のストレージからではなく店の倉庫とでもいうべき別のストレージから店主が取り出したのは驚いたことに鳥籠だった。

 違うのはこれには立派な鍵が付けられた扉があるということ。

 それ以外は、なんというか雰囲気がとてもよく似ている。


「これは?」

「名称は『魔封じの鳥籠』その名の通り悪魔を封じ込めた鳥籠だヨー」

「……悪魔」

「正確には悪魔型のモンスターだネー」


 突如出た単語にヒカルが表情を曇らせる。

 それもそのはず。悪魔といえば現在のゲーム内ではボスクラスモンスターの代名詞だ。それを封じ込めたアイテムが町中に存在するというのは穏やかではない。

 万が一封じ込めていたそれが解き放たれてしまえばと考えているのだろう。


「安全なのか?」

「問題ないヨー。それにこれは所持しているだけで持ち主の魔法攻撃力を上昇してくれるという優れものなんだヨー」

「凄いんですか。それ?」

「まあ、魔法職なら使えるんじゃないかな。装備の仕方といえば杖の先に合成するって感じか」

「へぇ」


 手持ちの小型杖ではなく、ライラが持っているような両手持ちを想定した大型の杖なら問題なく合成できるはずだ。それに、見てくれもそこまで悪くなるという感じでもない。


「もう一つ面白い特徴があるんだヨー」

「特徴?」

「なんとっ、中の悪魔を解き放つことができるんだヨー」

「なっ!?」

「さらにさらに、その悪魔に戦闘で勝つことができれば鳥籠を装備していなくても同じ効果を得られるネー」


 なるほど。それならば戦闘中に鳥籠が邪魔になるということもないわけだ。けど何より重要なのは中の悪魔を解き放つことができるという事実。


「それは本当なんですか?」

「まあネー。問題は一人で戦わなきゃイケないってことだヨー」

「強いんですか」

「文字通り、悪魔的だヨー」

「そんなことよりも、どうすれば中の悪魔を解き放つことができるんだ?」


 二人で盛り上がり出すヒカルと店主との会話に割って入った。

 ヒカルが聞いていたことも気にならないといえば嘘になるが、いま大事なのはそれじゃない。


「興味あるのかヨー」

「まあな」

「でも、ユウは魔法使えませんでしたよね?」

「忘れたのか? 俺たちのキャンペーンクエストは鳥籠の中身を解き放つことだっただろ」

「あっ、そ、そうでした。あのっ、教えてください。どうすれば出来るんですか?」

「ンー。教えることは吝かじゃないんだけどネー」

「けど、なんだ?」

「ンー、なんでもないヨー」


 珍しく思案顔を見せる店主が何かを振り払うように頭を軽く横に振った。


「中の悪魔を解き放つにはあるアイテムを使えばいいだけネー」

「アイテムですか?」

「そうだヨー。『精霊樹の雫』確かそんな名前だったと思うネー」

「どこで手に入れられるんだ?」

「最近追加されたエリアの一つだヨー。王都から南に行った、えーと、名前はなんだったカナー」

「『ミレイアの丘』」

「そう、そんな名前だったネ。よく知ってるネー」

「あ、そういうのを憶えるのが好きなんで」


 照れくさそうにするヒカルと和やかに会話する店主の隣で俺は自分の記憶を探る。実際に行ったことのある王都の周りのエリアはまだ少なく、南の方はまだ行ったことのない場所だった。

 どのようなエリアなのかは想像するしかない。丘、というからにはウィザースター周辺の草原エリアのように穏やかな場所なのだろうか。それとも昔やったゲームのように荒れ果てた場所なのだろうか。


「でも忘れちゃだめだヨー。ここにあるのはあくまでも似たアイテムってだけで全く同一じゃないんだヨーその方法が正解だって保証はどこにもないんだからネー」


 店主の言葉に俺とヒカルは頷いていた。

 同じじゃないと言われて納得もしたのだけど、その形も中に何かがいるということも同じだった。全く同じではなくてもそれが同種のアイテムである可能性は高い。それに、キャンペーンクエストで手に入れたアイテムなのだ。最近追加されたエリアに関連するアイテムがあるという話は些か真実味があるというもの。


「解かっているさ。でも、ようやく見つけた手掛りなんだ。試してみるくらいしてみないとな……って、まだ何か用があるのか?」


 鳥籠をストレージに戻し、店から出て行こうとする俺の手を店主が掴んだ。


「忘れ物だヨー」

「俺はここでなにも買ってないぞ」

「ウチじゃ情報も立派な商品だヨー」


 まるで子供が小遣いをねだる時のように手にひらを見せてくる。

 確かに情報も商品になり得るだろう。希少なアイテムを手に入れるには希少な情報も必要となる。他にも特殊なスキルの習得方法や効率のよい素材の収集場所など、情報と一口で言ってもその内容と重要度は様々。だからこそ情報を商品として扱っているプレイヤーショップもあるとかないとか。

 自分が探していた情報を手に入れることができたのだからそれの対価は支払うべき。


「そうだな。いくらだ?」


 納得してそう問いかけると店主はコンソールに何ケタかの数字を記し見せてきた。


「……高くないか?」

「適正価格ネ」


 法外とまではいかないが、間違いなくこれまでしてきた買い物のなかでは自分の工房を除いて最高額だ。

 同じ情報を見つけるまでの時間と手間を買ったと考えれば安い……のか。


「あの、私が払いましょうか? さっきは奢って貰いましたし」


 笑顔で睨み合う俺と店主の雰囲気に耐えきれなくなったのか、おどおどとした様子でヒカルが声をかけてきた。

 さっきというのは喫茶店のことだろう。回復薬に換算して考えてみると割高に感じていたが、今にして思えばそんな金額は可愛いものだった。このプレイヤーショップの代金はさっきのそれの何倍もあるのだから。


「そうは言ってもな。この金額だぞ」


 店主に提示されている金額をそのままヒカルに見せると、おもしろいように固まって言葉を詰まらせていた。

 さっきの喫茶店でも思ったことだが、ヒカルはあまり金遣いの荒い方ではなさそうだ。どちらかといえば倹約して無駄な出費を避ける方。ゲーム内の仮想のお金なのだから節約しなくてもと思わなくもないが、個人のプレイスタイルに口を出すのはマナー違反。散財しまくって路頭に迷っているプレイヤーなら思わず文句を言ってしまうかもしれないけど倹約家なのは悪い事じゃない。それに装備のメンテナンスなどの必要経費には普通にお金を使っているのだろうから尚更俺が何かを言う必要は感じない。


「は、半分くらいなら」


 これまでの様子からヒカルが払えそうな金額としてはそれくらいが妥当だろう。

 とはいえ、だ。


「いや、別にいらないよ」

「……でも」

「そんなことより、早くミレイアの丘に行こう」


 そう言って俺は先に提示されている金額を店主に支払ってしまった。

 半分の金額をヒカルから受け取り、それに俺の手持ちを加えて支払えばいいだけなのだが、今はその手間すらもどかしい。

 一刻も早く見つけた手掛りを確かめに行きたいのだ。


「毎度ありネー」


 支払いを終えた俺は店主に見送られながら急ぎ足で店から出ていくと、そのままミレイアの丘へと目指し歩き出していた。

 王都までは転送ポータルを使えば一瞬で移動することができる。淡い光に包まれながら王都へとやってきた俺とヒカルはマップで南のエリアへと続く道を確かめて進み出した。

 この街でも俺たちと同じようにキャンペーンクエストを進めているであろうプレイヤーたちが右往左往している。


「南……は………こっちだな」


 同じ造りの建物が並ぶ街並みは慣れていないと迷いそうになってしまう。それはまだ数えられるほどしか王都に来ていない俺も同じこと。

 マップの通りに街を進み門を見つけるとそこから俺たちはエリアへと向かうことにした。

 街から出ると直ぐにマップは切り替わる。

 現在手元のマップには王都ソフィアではなくミレイアの丘と記されている。


「……綺麗………」


 大地の緑と空の青に地面の茶色。大まかに言えばその三色だけなのだが、木々の緑と大地に生えている草の緑、そして露わになっている地面の土の色も一つとして同じ色はない。空も近くに流れる小川も綺麗な青色をしているが質感も何もかもが違う。

 色彩鮮やかな景色はさながら絵画のよう。


「この丘のどこにあるんでしょうか」

「さあな。ここからは自分の足で探さないといけないようだからな」


 そう考えればやはりあの金額は割高だったとも言えなくもないのか。

 思い起こせばあまり評判の良くないプレイヤーショップだという噂を聞き付け行った店なのだ。本当にそれが適正価格だったのかどうか怪しいといえば怪しい。


(……今更だな)


 適正価格を調べ、その差額を店主に請求することは面倒なことこの上ない。前にも思った通りアイテムを見つけるまでの時間を短縮できたとして納得しておいた方がマシだろう。


「とりあえず、奥に進んでみるか?」

「そうですね」


 エリアではアイテムの獲得方法は限られている。素材アイテムのようにエリアにあるものを手に入れるかモンスターを倒してドロップアイテムを手に入れるか、迷宮イベントで目にしたような宝箱から入手するかくらいだ。

 奥へと進んでいる間に採集できそうなポイントを探していたものの、手に入れられそうなのは薬草の類だけで鉱石類や木材は手に入らなそうだった。

 それに増して不思議だったのがこの丘に生息するモンスターが俺たちを見かける度に木々の陰に隠れてしまうこと。好戦的なモンスター以外は自発的にプレイヤーに攻撃を仕掛けてくることはないとはいえ、この光景は異常だ。

 戦闘らしい戦闘をすることもなく、採取らしい採取もできず、精霊樹の雫というアイテムのヒントすら見つけられずにいる俺たちは真っ直ぐ丘の奥へと進む。

 漠然と進み続けている間にもはや丘というよりも森という景色になってしまっている。


「困った……」

「どうしたんです?」


 突然立ち止まった俺にヒカルが問い掛けてくる。

 木々が増えてきたことでそれまでよりもモンスターの隠れる場所が増えているのか、先程まで見受けられたモンスターの姿すら確認出来なくなってしまっていたのだ。


「モンスターが逃げていく………」

「確かに。そうですね」

「これじゃドロップアイテムかどうかの確認ができないんだ」

「ユウのレベルが高いから逃げられるんじゃないんですか」


 にやにやと笑うヒカルから顔を逸らし、腕を組んで考え込む。


「どうだろうな。多分ヒカル一人でも同じじゃないのか?」

「そんなはずは――」


 ないとヒカルが一人でモンスターのいる方へと歩き出していた。

 モンスターが逃げ出してしまう原因が俺にだけあるのではないと判明し内心喜ぶ俺とは対称的にヒカルはどこかまだ納得できていないようだった。


「あの、一度パーティから抜けてもいいですか?」

「何でって、ああ。なるほど」

「ユウと一緒のパーティだからだと思うんです。私だけなら絶対逃げられたりしないはずです」

「……関係ないと思うけどなぁ」


 などと思いながらもパーティから抜けたヒカルが先程と同じようにモンスターの隠れていそうな場所へと突撃していった。


「そ、そんなぁ」


 蜘蛛の子を散らすように逃げ出していくモンスタ-をみてヒカルはその場で崩れ落ちてしまった。

 掛ける言葉を見つけられずにいる俺にヒカルから再びパーティ加入の申請が届く。

 無言のままその申請を受け入れると再びヒカルのHPバーが俺のHPバーの下に追加される。


「納得したか?」

「……はい」


 ちらっとしか見えなかったが、この丘――というか森――にいるモンスターはどれも小型の動物のような姿をしていた。これでは動物を触ろうとして近付いたにも関わらず逃げられるという悲しい光景だとつい思ってしまう。

 未だ立ち直れていない様子のヒカルは置いておくとして、問題は現状が何一つ好転していないこと。


「それに、マップも変なんだよな」


 コンソールに表示させているものをパーティの申請画面からマップへと切り替えて操作しながら呟いた。

 マップは王都ソフィアから出るとミレイアの丘を表示するようになり、ミレイアの丘の奥へと進むと今度は一面の森を表示した。

 けど変化があったのはそこまで。

 森に入って以降、俺たちを示す光点も動かずマップが切り替わることもない。まるで同じ場所にずっとい続けているかのよう。それに加えて他のプレイヤーの姿も見つけられずに、何度マップを見ても表示されているプレイヤーは俺とヒカルの二人だけでここには他のプレイヤーなどいないようにすら思える。

 困ったことに確認出来なくなっていたのは他のプレイヤーだけじゃなかった。ミレイアの丘、そして丘の中の森のすぐ近くにあるはずの王都の姿さえマップから消えていた。


(戻れることは戻れそうだけど……)


 俺たちがいるのは森の入り口。そこから丘へと戻ること自体はさして難しいことではないはず。けど丘に戻っても大して得るものが無さそうなのも事実だった。


「どうしたんですか?」


 立ち尽くす俺にヒカルが声をかけてくる。


「正直進むかどうか迷ってる。進むのならマップに頼ることができない」


 これまでどのようなエリアに行こうとマップが使い物にならなくなったということはなかった。それだけにこの事態には慎重にならざる得ない。

 せめてなにか変化が欲しい。そう思った矢先、マップと俺の目に新たな存在が飛び込んできた。

 今はゲーム内の時間で昼間だというのに近付いてくる何者かの姿がはっきりとは見えてこない。腰のホルダーから剣銃を抜き、そっと近づいてくる何者かに照準を定める。


「待てっ、攻撃しないでくれ。おれたちに戦闘の意思はない」


 視界に浮かび上がる三本のHPバーと徐々に明らかになる何者かの姿。

 両手を上げて近付いてくる何者かはなんてことの無い。街にいれば嫌でも目にする名も知らないプレイヤー。


「見ての通りだ。頼むから銃を下ろしてくれないか?」


 三人は皆同じ色と形をした鎧を着ている。そして一様に緑を基調とした鎧はがっしりとしているのにその中の体は殊の外貧相に思える。そういう意味ではハルは使っている鎧が似合うようにキャラクターを作っていたということか。リタが作った鎧は使うプレイヤーの体格に合わせていると聞いたこともあるがそれだけで違和感を消し去ることができるとは思えない。

 腰や背中にある武器に触れようともしないことからその言葉は嘘ではないようだ。

 そっと剣銃を下ろし、少しだけ警戒を解く。


「よかった。わかってくれたんだな」

「先に聞きたいんだけど」

「何だ?」

「どうやっていきなり現れた?」


 マップとずっと睨み合っていたから断言できる。ほんの数分前までここには俺とヒカル以外のプレイヤーはいなかった。


「ちょっと違うんだよな。ここに先にいたのはおれたちの方さ」

「どういうことですか?」

「君達もここにはキャンペーンクエストを進めるために来たのだろう?」

「はい、そうです」

「おれたちも同じだよ」


 そういってプレイヤーの一人がストレージからアイテムを一つ出現させる。


「これがおれたちのアイテムだ」


 取り出したアイテムというのは石版。

 両面になにか象形文字のようなものが彫られているそれは俺の持つ鳥籠と同じくこのキャンペーンクエストように作られたアイテムなのだろう。


「この石板に書かれているものを解読すること。それがおれたちのクエストの内容だ」


 敵意がないことを証明するためだろうか。本来エリアで出会っただけの俺たちに話す必要のないことまで話している。

 胸襟を開いて話しているのにいつまでも警戒し続けているのも変な感じだと剣銃をホルダーに戻す。

 その素振りを見たからか、それとも俺の心境の変化を感じ取ったのか、それまで喋っていなかったプレイヤーの一人が口を開いた。


「俺はゴウダ」


 いきなり何を言っているんだ?

 急激に増した不信感に駆られ見つめているとその隣に立つプレイヤーがちょっと困ったような顔をした。


「すいませんね。言葉足らずで」

「自己紹介……だよな?」

「はい。そのようです」


 言いたいこともしたいことも解かる。けれどもう少し話の切り出し方というものがあるのではないだろうか。


「改めて。私が白亜。先程から話をしているのがイクヅ、そして彼がゴウダです」

「ユウだ」

「ヒカルです」


 三人ともが同じ格好をしているだけでも見分けがつき難いというのに、さらにその髪型も似た感じなのは狙っているとしかいえない。

 イクヅが坊主頭でゴウダがスキンヘッド。唯一白亜が短髪だと言えなくもないが、シルエットだけなら確実に見間違ってしまう自信がある。


「それで、あなた達のクエストは何なんですか?」

「私たちは――」

「俺たちのクエストはこの鳥籠の中身を解き放つことだ」


 説明しようとして鳥籠を持っているのが自分ではないと気付き、視線を向けてきたヒカルに応えるためにもストレージから取り出し見せてみることにした。


「解き放つって、何を?」

「さあな。それが解からなくて困っているんだ」

「方法は解かっているんですか?」

「一応は」


 はっきりと答えられないのはその方法が正しいかどうかを確かめようとしている途中だから。


「それは凄いですね。こちらはまだ石板を解読できる人を探している段階なんですよ」


 白亜は感心しているが、彼らのクエストは石板を解読するものなのだから解読できる人が見つかればそのままクリアできるということに他ならない。


「ここに来たってことはその解読できる人がここにいるってことなのか?」

「はい。その通りです。この『迷いの森』にいるはずなんです」

「迷いの森? ミレイアの丘じゃないんですか?」

「ミレイアの森であっているぞ」

「でも……」


 自身のコンソールにマップを表示させて見ているヒカルが腑に落ちないような顔をしている。それにつられるように俺もマップを確認してみるとその顔の理由がすぐに理解できた。マップの上部にあるはずの名称が不明という単語に差し替わっていたのだ。


「このエリアは間違いなくミレイアの丘なんです。但しこの場所は少し特殊で――」

「ミレイアの丘の森エリア。その通称が迷いの森なんだ」


 白亜の言葉をイクヅが捕捉している。

 ヒカルはマップがおかしくなった理由を尋ねているが、俺は違うことを考えていた。


「また随分ベタな……」

「ベタなんですか?」

「だって、迷いの森だなんていかにもゲームに出てきそうな場所の代名詞だろ」


 現実にも一度入ったら二度と帰ってこられない場所というのは存在していると聞くが、ゲームの中では毎回どのタイトルでもことRPGでは登場しているような気がする。

 そこに挑んだ時の感想だが、正しいマッピングをしなければならないという点で面倒でそれがランダムエンカウントを取り入れている場合はさらにその気持ちに拍車をかけていた。


「どういう森なんですか?」

「そうですねぇ。解かりやすい特徴といえばマップが使い物にならなくなるのと――」

「出口までの道順が解からないということ」

「ですね」


 白亜とイクヅの言葉に耳を傾けているとふと気になってきた。


「どうやってここにまで来たんだ?」

「というと?」

「ここは迷いの森の入り口だろ。白亜たちはここに戻ってきたってことじゃないのか?」

「それもちょっと違うんですよ」

「おれたちが迷いの森に入ってきた場所はここじゃないんだ」

「どういう意味だ?」


 森の入り口は一つ。そう思っていた俺は白亜の台詞の意味が解からなかった。街から丘へ行く道も、そこから森へ続く道も一本道で他の道をわざわざ探して進む必要など無かった。だから他の道があるなど知る筈がないのだ。


「おれたちはここからちょうど反対側の方角からこの森に来たんだ」

「そして迷いに迷った結果ここに出たという訳です」

「きみたちも森の中に入ってみると解かると思うけどな、迷いの森はどこまで行っても同じ景色が続いているんだ。その上マップが使えないから迷いやすいっていう」

「通ってきた道に記しのようなものを残すことは出来ないのか?」

「無理……だと思います。私たちが感じたままを言うと区画が切り替わる度に通った区画の情報はリセットされる印象でしたから」

「ということはひたすら正解の道を検証し続ける以外の方法はないってことか」

「はい。おそらくは」


 これは先に知れて良かった情報だ。

 名前の通りだと考えトライアンドエラーを繰り返したとしてもその事実に気付かなければ徒労に終わる。ここでかなり無駄な時間を消費させられかれないということ。


「それでは、私たちはこれで」


 白亜がおもむろに立ち上がる。それに続きイクヅとゴウダも同じように立ち上がり再び森へと挑む準備を始めていた。


「もう行っちゃうんですか?」

「ああ。おれたちと同じようにこの森に挑んでいるプレイヤーがいることを知れただけでもよかったぜ」

「なんだか俺たちばかりが情報を貰ったみたいになったな」


 申し訳ないという気持ちでいっぱいになってきた。情報であれアイテムであれこの世界では常に等価交換が鉄則だというのに。


「気にするな」


 自己紹介以降黙っていたゴウダがそっけなく告げた。


「そうですよ。イクヅが言ったように同士がいると知れただけでも心強いことですから」

「とは言ってもな……」


 なんだか釈然としない。

 彼らの好意に甘えたままでいるというのは一人のプレイヤーとしてのプライドが許さない。


「そうだ。白亜たちはまだ回復アイテムは残っているのか?」

「だいたい後二回挑戦できるくらいは余裕がありますね」

「それなら、これを――」


 アイテムを渡す手段は手渡しだけじゃない。むしろある程度の数を取引しようとすれば自ずと手段は限られてくる。

『トレード』

 プレイヤー間でアイテムを行き来させる方法としてて私以外ではもっともポピュラーな手段だ。

 白亜に向かってトレードを申し込む。


「これは?」

「俺が作ったポーションだな。数を渡すために少しだけ品質が低いけど、問題なく使えるはずだ」

「へぇ、これは凄いですね。品質が低いなんてとんでもない」

「そうか?」

「だってNPCショップのポーションなんかより効果が高いですよ」


 そこと比べられても困るのだけど。

 いくつもポーションを作っていると解かるが、NPCショップの回復薬は俺が≪調薬≫スキルを獲得して暫らく作り続けたものと同格で、素材の品質やスキルの熟練度が増した今となってはランクの低いアイテムとなってしまっていた。

 プレイヤーショップではより効果の高いポーションを扱っている店も増えてきているという話も聞いたことがある。

 トレードの対価として金額を入力しようとする白亜を止めるために一言付け足す。


「さっきの情報の礼だと思って受け取ってくれないか?」

「こんなにいいのですか?」

「ああ。正直効果の高いポーションは手元に残させて貰っているから」

「では、遠慮なく」


 白亜から渡されるアイテムの欄は空白のまま俺はトレードの認証ボタンを押した。これで俺のストレージからトレードに差し出したポーションが消え、代わりに白亜のストレージに同じ数のポーションが追加されているはずだ。

 ポーションの分配は任せればいい。


「ありがとう」

「それじゃあ、私たちはもう一度森に挑むことにします」

「気を付けてくださいね」

「ヒカルさん達もな」

「はい」


 そう言って三人は森の中へと消えていった。

 区画が切り替わるという現象を目の当たりにしたのはこれが初めてだ。

 町から街へと移動する時に使う転送ポータルとも違う。近いのは街からエリアへ出る時だろうか、それでもすぐに姿が見えなくなるなんてことはなかったはずだが。


「俺達も行こうか?」


 三人の次は俺たちだ。

 気合いを入れ、警戒を怠らずに迷いの森の中へと足を踏み入れていった。



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