理想の小妖精 ♯.4
「キャンペーンクエストの開始地点ていうのはここですか?」
「メルマガだとそうなっているけど」
次の日、俺たちが向かったのは王都にある教会。ウィザースターにも教会はあるのだがメルマガに記されていたのは王都にある方の教会だった。
この教会はプレイヤーにはあまり関係の無い場所。ウィザースターにある教会はプレイヤーがゲームを始める際に最初に訪れる場所でもあり、それから後もHPを全損させた場合のリスボーン地点でもあることからプレイの仕方によってはかなりの回数訪れることになる人も少なくないだろう。
王都の教会にはそんな機能はない。だからプレイヤーにとっては行く意味の無い場所。そんな認識だったものがたった一度のキャンペーンクエストの開催があるだけでこうして数多くのプレイヤーが集まってくるようになるとは。
それにしても、と辺りを見渡してみる。
ここに集まってきているプレイヤーは本当にいろんな恰好をした人ばかりだ。
ゲームが始まっては直ぐは皆、初期装備だったということもありどこか似た雰囲気のプレイヤーが多かったのだが、こうして時間が経てばその格好かららして千差万別。同じ鎧や服を着たプレイヤーなんかは敢えて探さなければ見つけることができない。
「綺麗なステンドグラスですねー」
教会の正面に付けられたそれを見上げヒカルがいった。
何か天使のような羽を持った人を象ったそれはこのゲーム内の世界にある神話かなかに登場するものなのだろうか。
「それで、キャンペーンクエストを始めるにはどうすればいいんですか?」
「確かまずはこの教会内で気にいったアイテムを一つ手に入れればいいはずだ」
「ということは私とユウで二つですか?」
「いや、パーティで一つらしい。そういう意味じゃ俺かヒカルのどちらかはアイテムを一つ手に入れる機会が損なわれるわけだが。どうする? 一人で始めてみたいのならパーティは解散するぞ?」
「んー、いいです。一緒にやりましょう」
「そうか?」
「はい」
話をしながら教会の前まで歩いていく。
「なんかバザーみたいですね」
「……だな」
人込みをかき分け教会の敷地内へと進むと、そこにはいくつもの長机に白いテーブルクロスが掛けられその上に無数のアイテムが所狭しと置かれていた。
場所が教会だということもあってか開かれているのがバザーだということは納得できる。俺たちはこの中から気に入ったアイテムを探すのがキャンペーンクエスト開始の合図になっているのだろうか。
「とりあえず見てみるか?」
「そうですね」
二人並んで机の上に並べられたアイテムを見ていくが、どれを選べばいいのかさっぱりわからない。
無駄に種類があり過ぎるのだ。それに誰かが手に取ったアイテムも即座に同じアイテムがNPCの手によって補充されているせいもあって、数が減るという心配もない。
ここには俺たちのように選びかねているプレイヤーも多くいるみたいだ。
「なにか適当に選んでみたらいいんじゃないですか?」
「でもなぁ」
「何です?」
「再選択不可っぽいんだよな」
先に何らかのアイテムを選んだプレイヤーは別のアイテムを持てなくなってしまうようだ。選んだアイテムを棄てようとしているプレイヤーもいないことから廃棄しようとする際に何らかの注意文が表示されているのかもしれない。
再選択出来ないとするのならば選ぶアイテムは慎重に選んだほうがいい。
とはいえいくつか気になったもののピックアップは出来た。
豪華な装飾が施されたイースターエッグ。
ステンドグラスにあった天使と似たものを象った手のひらサイズの像。
中には何もいない鳥籠。
変わり種でいえばぐつぐつと煮だっているおでん。
「あの……他の皆はもう出て行ってしまってますけど」
入れ替わり立ち替わりの激しいとはいえど、俺たちと一緒のタイミングで教会に来ていたプレイヤーは既に一人として残っていない。
どのアイテムを選べばいいのか解からないといえど、選ばなければ始まらない。少しでも気になったものを選んだプレイヤーからこの教会を出て行き次のステップへと進んでいるようだ。
「わかってはいるんだけど……」
こういう時にきっぱりと選べる性格ならよかったのにと思ってしまう。それかどれを選んでも始まるクエストは同じだと明言されているのなら迷うことはないのに。
「どうしてそんなに悩むんですか?」
「ヒカルは前のイベントには?」
「えっと、予定が合わなくて参加しませんでした」
「前のイベントでも感じたことだけど、セーブ地点からやり直しができないから選択肢があれば慎重に選んだ方がいいと思うんだ。ゴールは一緒でも過程が違うなんてことはよくあることだからな」
過程が違えば得られるものが違ってくる。
戦闘の果ての経験値だったり、獲得できるアイテムだったりと、替えのきくものから替えのきかないものまで様々。
初めから知っていればそうしたのにと後悔してしまうことだって無いわけじゃないのだ。
言ってしまえば俺は正解の選択肢を見つけたいと考えている。いや、見つけるだけではなくそれを選びたいとも。
「……でも」
不安げにヒカルが呟く。
そうだ。正解の選択肢など解かりはしない。そんなことは選ぶことが出来ない自分に対する言い訳だ。
「そうだな。いつまでもここにはいられないよな」
今あるなかで選ばなければならない。だとすれば何を理由に選ぶのかだ。
「少し考えてみよう。ここにプレイヤーが戻ってこない理由は他になにがある?」
「他にって、再選択不可だからじゃないんですか」
「選び直せなくても戻ってくることもあるだろ」
「というと?」
「他のプレイヤーが選んだアイテムを知りたい場合さ」
一度選んだアイテムが間違いだったとすれば正解を選んだプレイヤーのことが気になるのは自然のこと。それをしようとするプレイヤーの姿すら見かけないとすれば、
「もしかして全員正解を選んでたってことか?」
それならば誰一人として戻ってこないことに説明できる。
そして俺の懸念を払拭してくれる可能性だ。
「どういうことです?」
「誰も正解のアイテムを選んだと言わないし、誰も間違いだったと憤慨もしていない。ならば現状正解かどうかもわからないけどとりあえずはクエストが始まっているということだ」
本当の答えはこの先に解かるということ。
「どうだ? この際だ、ヒカルが選んでみるか?」
俺とヒカルの二人で獲得できるアイテムは一つ。だからといって俺が選ぶ道理はない。ヒカルが選んでも問題などあるはずがない。
「嫌ですよ」
「は?」
「だってそれでクエストの内容が決まるんですよね?」
「内容はどうだかわからないけど、入り口は決まるだろうな」
「だったらユウが選んでくださいよ。別に文句を言ったりはしませんから」
心底嫌そうなそぶりを見せるのにここで無理に選ばせるのも酷か。俺が選んでも変わらないのだから。
「それなら……これでいいか」
先程気になったもので一番近くにあったのはおでんだったが、それは違うだろうと別のアイテムを選ぶ。
中身の無い鳥籠。
所々が錆びついた古い金属製の鳥籠は新品だったのなら綺麗な彫刻が彫られていたのだろう。アンティークといえば聞こえはいいが、ここまで古くボロいとただの廃品のようだ。
「どうやら先に進んだみたいですね」
「ああ。そうだな」
俺とヒカル、各自のコンソールにシステムメッセージが届けられる。
『鳥籠を解き放て』
どうやら本格的にキャンペーンクエストが始まったようだ。
「これってどういう意味です?」
「さあ?」
全く意味が解からない。
二人揃って首を傾げていると、鳥籠はすっと消え俺のストレージに収まった。
パーティ共有のアイテムといえど実際に持つのはそれを選んだプレイヤーになるらしい。
「とりあえずここを出ようか」
「そうですね。なんか邪魔になっているみたいですし」
アイテムを選んだことで俺たちが教会で出来ることはもうなにもない。
後から後から途切れずに現れるプレイヤーたちの邪魔にならないようにさっと出ていくことがマナーだろう。
教会から出ていくとそこらかしこに自分が選んだアイテムと睨み合っているプレイヤーたちの姿がある。パーティだろうとソロだろうとそこにある表情には違いはなかった。
「さて、どうしたものかな」
正直、キャンペーンクエストさえ始まってしまえば、クエストの指示通りに進めばいいだけだと思っていた。
それがまさかこんな意味不明な指示に、ゴールの見えない状況になろうなんて。
他のアイテムを選んでいても同じだったのかどうかが気になろうとも、それは知ることのできないこと。なにより自分たちのキャンペーンクエストに集中しなければならない。
「解き放ってってことは中にある? いる? 何かを放つってことでいいんでしょうか?」
「でもな、俺の目にはこの鳥籠は空に見えるんだけど……」
「奇遇ですね。私も空の鳥籠に見えます」
見た目はボロボロの鳥籠といえど本来の使用用途は違うのかもしれない。
一縷の望みをかけてアイテムの詳細を確認すると、
「とりあえずは何か入っているのかもしれないぞ」
「はい?」
「『封じられし羽』それがこの鳥籠の名前らしい」
封じられしということは中に何かが入っているのだろう。俺の目には何も映らないが、実際はなにかがいるということらしい。
問題は鳥籠に鍵穴などが見当たらないこと。
「これが比喩表現なのかどうかわからないけどさ、どちらにしても、もうここには用はないかな」
教会から出たとはいえ、俺たちのいる場所はまだ教会のすぐ近く。キャンペーンクエストのことを話そうとするのならもう少し人のいない落ち着いた場所がいい。
「一度俺の工房に戻るか?」
転送ポータルを使い町を跨ぐのは少しだけ面倒に感じる。けれど王都でゆっくり話ができる場所を俺は知らない。
何気なく出した提案にヒカルはどういうわけかあまり乗り気ではないようだ。
「あの……」
「ん?」
「わざわざウィザースターに戻らなくても話は出来ると思うんです」
「それは、そうだろうな」
「だから王都でも話ができる場所があると思うんです」
「まぁそうだろうけどさ。ヒカルはどこか落ち着けそうな場所を知っているのか?」
それを知らないからこそ俺は自分の工房へ戻ろうかと提案したのだ。
「あそこの店に行ってみませんか?」
慌てたようにきょろきょろとあたりを見渡し、一つの店を見つけるとやや大げさなアクションでそこを指差してみせた。
「喫茶店か。確かに話をするにはちょうどいい場所だな」
昨日の夜に王都を見て回った時にはそんな店なかったように思えるが。って、あのときは殆どの店が閉まっていたのだから比較にはならないか。
ヒカルと一緒に向かった喫茶店の外見は他の建物とは違う木造だった。壁の下の方には苔が生えていてお世辞にも綺麗な外観だとは思えなかった。それが赴きなのだと言われればそうですかとしか言えないが現実でこのような外観の喫茶店があっても好き好んで入ろうとは思わないだろう。
「入ってみるか」
「はいっ」
物怖じせずに入ろうと思えるのはここがゲームだからかもしれない。
町の中では戦闘ができないことを知り、例え戦闘になったとしてもそれに対応できるだけの力が自分にはある。そう思ってしまっているから。
「いらっしゃい」
喫茶店のマスターらしき四十代くらいの男性NPCが愛想もなくいった。らしきと思ったのはそのNPCが付けているエプロンが異常に浮いて見えたためだ。歴戦の戦士を彷彿とさせる筋骨隆々の身体はあきらかに喫茶店に勤めているキャラクターとしては相応しくない。
喫茶店のマスターの見た目のせいなのか、それとも食事をするという行為が趣味以外の何物でもないゲームだからなのか、喫茶店の中には俺たち以外のプレイヤーは一人としていない。
好きな席に座れと言われてるみたいな気になったが、窓際の席だけは避けるべきだろう。
食事やお茶を飲んでいるプレイヤーというのはそれだけでも目立つのに、俺たちが話す内容はキャンペーンクエストの相談。聞き耳を立てられた所で同じ建物に入ってきたりしない限り聞かれることはないだろうが、それでも用心にすることにこしたことはない。
外から見えない席を選んだら自然と壁際。そして観葉植物の影になっている席になってしまった。
「注文は?」
俺とヒカルが席に着いたのを見計らい喫茶店のマスターが声をかけてきた。
「あ、俺は……」
ゆっくり吟味しようと思っていたのだが、その時間は与えられないようだ。テーブルに置かれたメニューを見て急いで決める。
「これと、これを」
広げられたメニューからコーヒーとケーキを指差して注文する。
「あんたは?」
「えっと、その……私は飲み物だけで」
「ちょっと待ってろ」
二人分の注文を聞き届けマスターは元のカウンターへと戻っていった。
「それだけでよかったのか?」
「はい。結構高いみたいですからこの店」
「……だな」
値段まで見てる余裕はなかったのだが、注文をし終えた後に見てみると驚くべき値段が記されていた。コーヒーだけでもNPCショップで売っているHPポーション二本分。ケーキなんてポーション五本分だ。これが高い部類に入るのは普段喫茶店に行かない俺にも分かる。
「お待ち」
一分も経たずしてマスターが注文した品を持ってきた。
二人分のコーヒーと一人分のケーキ、それにシロップとミルクが入った小瓶の全てをトレイに乗せて危うさなど感じさせずに持ってくるその姿は流石喫茶店のマスターだと感嘆した。
「ミルクと砂糖は?」
「あ、もらいます」
俺はそのどちらも使わない。現実でもコーヒーを飲む時はブラックなのは家族の影響だ。今よりも小さな頃、親の真似をしてコーヒー砂糖も何も入れずに飲んで悶絶した憶えがある。それでも意地になって飲み続けているといつの間にか飲めるようになり、今ではそれが当たり前になっていた。
鼻孔をくすぐる芳しい豆の香りに仄かな感動を覚えつつもそっと一口飲んでみることにした。
「……おいしい」
ミルクを入れたことで薄い茶色になったコーヒーを飲んだヒカルが驚いたように呟いた。
確かに、このコーヒーは普段俺が飲んでいるものよりも幾許か上質な物のように思える。なによりその味だけでなく香りも自分好みで、この金額を払ったとしてももう一度、いや何度でも飲みたいと感じるほど。
コーヒーに感動しているとふと目の前のヒカルの視線が気になった。
どうも見つめているその視線の先が俺の手元に伸びているような。
「食べてみたいのか?」
俺のとこにあってヒカルのとこにはないもの。それはこのケーキ。
備え付けのフォークで一口分を取り、そのまま差し出した。
「一口くらいなら別にいいぞ」
「え、ええ!」
ヒカルが大袈裟に驚いて見せる。
確かに高いケーキだがそれを分けないとでも思われていたのだろうか。
「どうした? 食べてみたいんだろ?」
なぜ動かなくなってしまったのだろう。いい加減フォークを上げているのも疲れてくるし、なによりこの格好は傍から見たら随分と変な格好のような気がするのだ。
食べるにしても食べないにしても早く決めて欲しい。
「あ、あの……」
「ん?」
「じ、自分で注文しますから」
そう言うとヒカルは慌てた様子でマスターに同じケーキを注文していた。
さっきの感じだとしたらヒカルの分のケーキが出てくるまで殆ど時間は必要無いだろう。となればこの持ち上げたままのフォークはもう用済みだということ。
一口分のケーキが刺さったままのフォークを自分の口に運ぶとそのまま食べた。
(うん、美味い)
使われている生クリームも甘すぎず舌触りも滑らか。スポンジ生地に挟まれた果実は何なのかわからないけど、それも程良い酸味を醸し出していて、良いアクセントになっている。
総じて人気菓子店の一品に引けを取らないという印象だ。
「そろそろ本題に入ろうか」
ヒカルの元にケーキが届き、それを食べ終わるのを見計らい口を開いた。
途中コーヒーのお代わりを聞かれたのでそれも受け、空になった皿をテーブルの脇へと退ける。
「まずはこれを見てくれ」
そう言って俺は場所の空いたテーブルにストレージから取り出した鳥籠を乗せた。
「さっき見た時に気付いたんだけど、これには扉のようなものも何も無いんだ」
「あ、ほんとだ」
「なのにクエストは鳥籠を解き放て。鳥籠自体を壊せるのならそれを試してもいいんだけど、それは最後の手段にしたい」
「その前に、これには何が入っているんでしょうか?」
「さあな。けど、それも確かめないといけないだろうな。解き放ったが最後、クエストが失敗するような事態になったなんてことは避けたいからな」
考え得る最悪のパターンは俺たちでは勝てないようなモンスターの出現、もしくはそのままクエスト失敗、再挑戦不可だろう。
「やっぱり鳥籠ですから、中にいるのは鳥なんでしょうか? 見えない鳥、みたいな?」
「みたいなって……実際、どうだろうな。ゲームだから何でもありな気もするけど」
テーブルに肘を付き、手の平に顎を乗せて溜め息をついた。
どうしてこのゲームのイベントは毎回こうも謎解きの要素を含んでいるのか。もっと明白なクエストを順序通りに進めるだけというのだって十分だろうに。
どうしたものかと考えている俺の目の前でヒカルがおもむろに鳥籠を突っつき始めた。
中に鳥がいるのならその行動にも反応があるのだろうが、空では単純に鳥籠の質感や頑丈さを確かめているだけにしか見えない。
意味の無い行動に思え椅子の背もたれに身体を預けたその時、目の前のヒカルの顔色が変わった。
「あっ!」
「どうした?」
「今なにか動きませんでした?」
鳥籠を挟んで反対側に座るヒカルが興奮しながらいった。
「なにかがこう、ゆらって――」
まるで水中を漂う海藻のようにゆらゆらと手を動かしているヒカルはどこか滑稽に見えたが、それを指摘するのは野暮というもの。傍から見て分かるほど真剣に俺に伝えようとしているのだから。
「ホントですよ。見間違いじゃないです」
「わかったから落ち着け」
いくら他の客がいないとはいえ、ヒカルの必死で滑稽な様子は見ていたいものではない。それに、
「嘘だなんて思っちゃいないさ。教えてくれ、ヒカル。何をしたら動いたんだ?」
「えーっと、こうやって突っついてみただけなんですけど……あれ?」
自分の言葉を証明しようと鳥籠を突っついたにもかかわらず、ヒカルが望んでいた変化は見られない。
俺も何度か試したけれど、何かが動いたような気配は感じられなかった。
「………本当なんです……」
「解ってるって」
嘘を付く理由もその必要もないのだからヒカルの言葉を疑ってすらいない。むしろたった一度、ヒカルしか確認できなかったとしても見受けられたその変化は俺たちにとっては僥倖だ。
少なくともこの鳥籠の中にはなにかかいる。そう確信させてくれたのだから。
「さて、どうするかな」
変化が見られたということはやはり現段階のキャンペーンクエストの内容は俺が考えている通りで間違いなさそうだ。
コンソールに記されている通り、この鳥籠からなにかを解き放てばいい。
残る問題はその方法だけ。
ヒカルも俺も必死に頭を捻りながらその方法を考えている間におかわりし続けたコーヒーは既に七杯目に突入していた。
これといった方法など思い付かない。その代わりというわけではないが、俺はこのゲーム内での飲食の感触に思いを馳せていた。どれだけ食べたり飲んだりしても実際のお腹が膨れることはなく、ゲーム内では満腹感はなく満足感だけが残る。食事をすることで得られるのは精神的な満足感だけなのだから攻略自体には関係ないことのようだが、純粋にゲームを楽しもうとするのならいい要素の一つだともいえる。
完全に思考が横に逸れてしまいそうになる前に、カップに注がれたコーヒーを一口飲んでその苦みと香りを味わった。
頭がすっきりするのと同時に一つの考えが浮かんできた。
「でもなぁ」
思わず呟いていた。
浮かんできたのは考えというよりかはあるプレイヤーの顔。それもあまり仲良くない顔だ。
「何か思いついたんですか?」
同じように唸っていたヒカルが俺に聞いてきた。
「この鳥籠についてだけど、やっぱり俺たちだけじゃ分からないことが多すぎると思うんだ」
「それは、まぁ、そうですね」
「解決する方法は簡単。知ってる人に聞けばいい」
「心当たりがあるんですか? その知っていそうな人」
「ある、にはあるんだけど……」
「けど?」
「あまり会いたくないんだよなぁ」
乗り気じゃない俺を見て首を傾げるヒカルを俺もまた、どうしたものかと見つめている。
現状、他の手段が思い付いていないのだから選択肢など無いにも等しい。それでもどこか納得しかねている自分がいることも自覚しているのだ。
「教えてください。心当たりってなんですか?」
まるで内緒話をするかのように声を顰め聞いてきた。
「効果の分からないアイテムは鑑定すれば使えるようになるってことは知ってるよな?」
「はい。それは知ってますけど、これはイベント用のアイテムですよ。鑑定しなきゃ使えないなんてあるんですか」
「無いとは言い切れないと思う。第一イベント自体がまだそこまで多く開催されてるわけじゃないからな。そういう類いのアイテムがあってもおかしくはないし、何より全てのアイテムに対して別々のキャンペーンクエストが用意されているのなら、何らかの手段でそれを区別する方法が用意されているはずなんだ」
「それを知る方法が鑑定だっていうんですか?」
「そこまで自信があるわけじゃないけど、その可能性は高いと思う」
「なら早く行きましょうよ。鑑定ができる人のいる場所に」
「まあ、待てって」
慌てて立ち上がろうとするヒカルを止める。
「まだどこに行くかも話してないだろ」
「……そうですよね」
「それに話はまだ終わってないんだ」
この先に俺が表情を曇らせた理由があるのだろうと察し、ヒカルが真剣な表情を向けてきた。
「鑑定自体はどこのNPCショップでも出来るしプレイヤーショップでもできる店はあるんだけど、俺たちと同じように鑑定してもらう必要があるアイテムを選んだ人はかなりの数がいると思うんだ」
「というよりは教会にあったアイテムの大半は鑑定が必要みたいでしたけど」
「だな。で、問題なのが今頃はNPCショップの大半はプレイヤーで行列ができてるだろうってことだ」
「ならプレイヤーショップに行けばいいんじゃないんですか?」
「そうなるよなぁ」
進んだようで進んでいない話にヒカルは眉間にしわを寄せて苛立ちを感じているようだった。
うん。わかるよ。俺も同じように話されたとしたら確実にイライラしてただろうから。
観念したように大きく深呼吸をして言葉を続けた。
「こんな正体不明のアイテムを鑑定出来そうなプレイヤーショップで空いていそうなのは俺は一軒しか知らない」
「どこですか?」
「昨日行ったあの胡散臭い店主のいる店だよ」
きっぱりと言い切った俺にヒカルはなんとも言えないような表情を見せた。




