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幕間 戦いの終わりは祭りにて

 結論からいうと俺たちはこの迷宮を攻略することができた。


 PKを含んだ集団との戦闘で俺たちは相手を殺すことなく戦闘不能に追い込むことができたことは未だに奇跡的としかいいようがない。そして、それができたのはライラがいたからだろう。彼女の氷魔法があったからこそ相手を殺すことなく動きを止めることと、俺たちが報酬を手に入れて迷宮から脱出する時間を作り出すことができたのだ。


 街に出てしまえば戦闘は出来ない。迷宮から出ることが俺たちの勝利だった。


 あの戦闘のMVPは間違いなくライラだ。これ以上はないというくらいの結果をもたらしたのだから。


 そうしてその日最後の戦いを終えた俺たちは迷宮の町からログアウトしていった。


 イベント最終日、俺は最後にもう一度とハルに誘われ迷宮前の町に戻って来るまでこのゲームにログインしてくることはなかった。といっても実際は僅か一日離れていただけだったが、それでもここ最近は連日ログインしていたのだからたった一日といえどもゲームから離れたのは変な気分になってしまった。

 自分たちが去った後の町のことが気にならなかったといえば嘘になる。けれどどうしても再びあの世界へ行こうという気にはなれなかったのだ。


 それにしてもなんでハルは俺をここに呼んだのだろう。


 砂時計はレッサーデーモンに挑む際に壊し俺たちにはもう迷宮の中に入る権利はなく、この町に来る意味も理由すら無いというのに。


「なんだ、この音?」


 疑問を感じつつもログインしてきた俺を迎えたのは聞き慣れない音だった。


 音という短く簡単なものではない。窓の外から聞こえてくるのは賑やかな音楽。それもゲームのBGMなどではなく、直接人の手によって奏でられている音楽だ。


「やっと来たか」


 階段を上り部屋の扉を開けてハルがやって来た。


「なにをしているんだ?」

「ああ、この音か。自分の目で確かめてみろよ」


 ハルに促され一階へと降り、そのまま外へと続くドアを開けた。


「みんな先に来てるからすぐに会えると思うぞ」


 ドアの向こうに広がっている景色はこのゲームを始めてから初めて目にするものだった。


「どうだ? 凄いだろう」

「これは……祭、か?」


 賑やかな音楽。楽しげなプレイヤー達。そして路地沿いに建てられた露店の数々。


 どれを見ても思い浮かべるのは夏や秋に開催される古き良き時代から続く祭そのものだ。


「楽しそうだろ?」

「あれを作っているのはNPCか?」


 行き交うプレイヤー達の手には祭で売られているような食べ物が握られていて、皆それを美味しそうに食べている。


「いや、プレイヤーだ」

「プレイヤーだって。それじゃあ、自分で作ったのか?」

「もちろん、そうだよ」


 調理も生産にあたるのだとすればスキルを持っていなくても出来ないことはない。けれどそれなりに仕上げようとすればどうしてもスキルは必要になるはずだ。

 貴重なスキルポイントを消費してまで調理スキルを習得したプレイヤーがこれほどまでに多いというのか。


「砂時計が無くなれば私たちはこの町でも新しくスキルを覚えることができるんだよ。だから料理スキルを習得したプレイヤー達がやっているのさ」

「マオみたいに、か?」


 路地の向こうから現れたマオはこの祭り専用に作られたと思わしきハッピを着ている。


「それはマオが作ったのか?」


 俺が指差したのはマオが着ているハッピではなく、その手に持たれている焼き肉串の方。


「そうだよ。ユウさんも食べてみる?」


 差し出された焼き肉串は美味そうな香りと滴る肉汁がとても魅力的だが、どうしてもその色のせいで食指が伸びない。


「あ、いや。お腹減ってないから」


 どうも紫色を基調とした肉は食べてみたいとは思えなかった。


「ゲームだからいくら食べても腹は膨れないぞ」


 俺の気持ちを知ってか知らずか、ハルが笑いながら告げる。


「それにお腹を壊すこともないよ。ちょっとバッドステータス付くかもだけど」


 悪戯っぽく笑う。


「やっぱ、遠慮しとく」

「そう」


 マオは俺を残念そうに一目見て、そのまま焼き肉串に齧りついた。


「さて、祭を見て回ろうか」


 迷宮前の広場に続く道を指差してハルが宣言する。


 自分の露店に戻ると言って歩き出したマオの背中を見送り、俺とハルは二人並んで露店が並ぶ方を目指した。


 通りにある露店は食べ物を売っている店だけではなかった。迷宮で手に入れたとしても本人には使い道の無いアイテムや、生産職のプレイヤーが作り出して余っているアイテムを売っている店もあった。


 ここに集まって来ているプレイヤーは自分たちの迷宮での戦いの様子を楽しげに語り合い、最終層に到達出来なかったプレイヤー達が羨ましそうに、それでいてどこか未来の自分を重ねているかのようにその話に耳を傾けている。


「調子はどうだ?」

「あら? ハルにユウじゃない。どうしたの?」

「ユウを連れて祭を見て回ってるんだ。それよりも、どうだ? 儲かっているか?」

「んー、ボチボチって感じかしらね」


 予めリタがここにいることをハルは知っていたのだろう。慣れた様子で露店の中にいるリタに話しかけている。

 手に大きな荷物を抱えたリタが忙しなさそうに商品を並べる横で売り子をしているライラの姿もあった。


「それは……メイド服か?」

「ええ、似合ってるでしょ?」

「あ、ああ。そうだな。似合ってる」


 ライラがスカートの裾を摘まんで広げ、全身を見せびらかしてくる。普段の恰好が足首まである長いローブだからだろうか。今の恰好がかなり新鮮に見える。


「ここは何の店なんだ?」


 俺の知る限りリタもライラも料理系のスキルを持ってはいないはず。それに店に並んでいるアイテムはどこをどう見ても食べ物なんかではない。


「見て分からない? 余っている素材とか私が作った防具とかを売ってるの」

「で、私はそれを手伝ってるってわけ」


 防具、といえばそうなのだろうが、これらはどう見ても盾だ。


「全身防具を作る時間がなくて、試しに作ってみた盾が意外と好評でさ」


 そうこう話している間に別の客が店頭に並ぶ盾を見に来ている。


「それじゃ、俺たちはこれで行くよ」


 忙しそうに客に応対するリタとライラはさっと手を振り俺の言葉に頷いてみせた。


 ハルと並び通りを歩いているとよく分かる。このイベントには数多くのプレイヤーが参加していたことを。そして俺たちが経験した戦いのいくつかはこのイベントの本筋から外れたものであったことを。


 迷宮を攻略する。簡潔で単純な目的はプレイヤー達に通常のプレイだけでは味わうことのできない楽しみを提供するためのものだ。けっしていがみ合う為ではない。


「ん? あれは……」


 平和な光景を眺めていると、人込みの向こうに一つ見知った顔を見つけた。


 路地の裏。人の寄りつかないような薄暗い道。


「悪い。ちょっと用事を思い出した」


 ハルの返事を待たずして俺は人影を追いかけた。


 建物の陰に隠れるように座りこむその顔を忘れるはずもない。


「意外だな。こういうトコに来るようには見えないのに」


 不機嫌そうにしながらもじっと座り続けているアラドはどこか面白い。


「フン。ほっとけ」

「それ、食ったのか?」


 足下に散らばる空になった皿と無数の串。

 思い起こされるのはマオの持っていた紫色をした焼き肉串。


「美味いのか?」

「食うか?」


 持っている真新しい串を一つ差し出してきた。


 好奇心に駆られ俺はおそるおそるといった様子でそれを受け取り、一口齧りついてみた。


「うおっ」


 口の中に凄まじいまでの肉汁と香ばしい焼けた肉の香りがひろがる。


 想像もしてなかった感覚だ。高級肉を使った焼き肉はこういう感じなのだろうか。


 ゲーム内であって現実ではないのだから味や食感はあくまでも再現されたもの。そう解かっているはずなのに、感じている美味さは紛れもなく現実だ。


「これはマオに悪いことをした、かな?」


 こうして実際に口にしてみればゲーム内の食べ物というのもそう悪いものではない。あの時、見た目だけで断らなくてもよかったのだ。そうすればもう少しはやくこの美味さを体感できたというのに。


「で、なにしに来たンだ? まさか、わざわざオレの食いモンを取りに来たっていうのか」

「これは……アラドがくれたんだろ」

「冗談だ」


 半分ほど食べた串を所在なさげに揺らしながら俺はアラドの正面に座った。


「グリモアは? 一緒じゃないのか?」

「アイツならオマエの仲間に誘われて祭を見て回ってる」


 グリモアを誘いそうなのはフーカ達だろうか。

 前もって連絡をするにはフレンド登録をしなければならないのだが、フーカ達がグリモアとそれをしていた様子は見かけなかった。とすれば俺がアラドを見つけたように、フーカ達は祭に来て偶然出会い一緒に回ろうという展開になったのだろう。

 俺よりもコミュニケーション能力の高いフーカだからこその行動だ。


「一度聞いてみたいと思ってたんだ。どうしてアラドは何も釈明しようとしないんだ?」


 最後の戦いの前、男の言葉に反論したのはグリモアだった。アラドは常に挑発するのみでただの一度として自分では反論しなかった。


 同じPKでも自ら進んで行うのと、反撃の結果そうなってしまうのではまるで意味が違う。


「どうでもいい」


 俺の心配など、世間からの風評などまるで気に留めていないかのように呟いた。


「どうでもって、気にならないのか? 自分が他の人にどう見られているのか」


 衆人環視とはよく言ったもので、あまり褒められない行動を繰り返すプレイヤーは掲示板などで噂になることがある。一応プレイヤー名などは伏せられるが、そこは人の噂。正しい情報から間違っている情報まで混在しており、正しい情報だけを選び集約していけば件のプレイヤーに辿り着くことができると言われている。


 それにより殆どのプレイヤーは自分の悪評が立つことを嫌がり、目立った行動を避ける傾向にあるのだ。


「オマエは人の目を気にしながらこのゲームをしているのか?」

「――え?」


 呆れたように、それでいて真剣に問い掛けるようにアラドがいった。


「ここも現実も同じだ。人の数だけ意見がある。そこには自分をよく思わないヤツも多くいる。いちいち気に掛けていたらメンドウだろ」


 よく言われても悪く言われても構わない。どうせ本当のことは自分と直接接した人にしか解らない。更に言えば本人以外、本心は誰にも解らない。暗にそう言っているように聞こえた。


「グリモアはどうなんだ?」


 アラドはそれでいいのかもしれない、けれど共に行動するグリモアにも同じような評価が下されるのはどう感じているのだろう。

 俺もアラドのように自分がなんと言われても構わないと感じているのは同じだ。それでも共にプレイしているハルやライラ達にまでいらぬ悪評が立つのは嫌だ。誰かの腹いせに巻き込まれるのは御免被る。


「アイツなら大丈夫だろ」


 俺の心配もよそにアラドは軽くいってのけた。


 思い起こせばグリモアは俺とアラドの戦いの時、一言謝ってはいたものの刀剣を召喚することに躊躇いはなかった。それは彼もアラドと同じように確固たるなにかを持っているということか。


「アラドー」


 アラドの言葉に納得しかけている俺の耳にグリモアの声が聞こえてきた。


 両手いっぱいに食べ物の乗せられた皿を抱え駆け寄ってくる。


「って、ユウさんも。どうしてここに?」

「偶然だよ。祭を見に来ていたらアラドを見つけてな」

「へー、どんな話をしてたんです?」

「他愛ない世間話だよ」


 事実なにも難しい話はしていない。


 ただ俺が気になったことを問い掛け、それにアラドが答える。それだけだった。


「もういいのか?」

「うん。ありがとう」


 満面の笑みを見せるグリモアとそれを見守るアラド。

 意外にも思える光景に俺は無言で事の成り行きを見守り続けた。


「これ、どうしよう?」


 抱えている食べ物を見てグリモアが困ったように呟いた。


 時間がたつと共に温かいものは冷めてしまうし、そうでなくても耐久度が減って食べられるものではなくなる。それが食料品アイテムの耐久度減少によって現れる現象だ。


「いるか?」


 ふと思いついたようにアラドが聞いてきた。


「えっと、いいのか?」


 グリモアはこれらをアラドに渡すために購入してきたのだろう。このままログアウトするとしてもそれらをそのまま貰うわけにはいかない。


「もちろん。このまま捨てることになるよりはいいですから」

「そうか、なら遠慮なく」


 正直なとこ、グリモアが持っている料理の数々にはかなり興味が惹かれていた。


 アイテムのトレードの手順は直接手渡しすることで省略される。これは店を構えるプレイヤーがいちいち客となるプレイヤーにトレードを申し込まなくて済むようにと施された処置の一つだ。


「それじゃ、僕たちはこれで」


 俺に抱えていた全ても料理を渡し、アラドとグリモアは人込みの中へと消えていった。


 残された俺は再びその場に座り料理を周りに並べ一つづつ手に取って食べていくことにした。


 変わらぬ喧騒を眺めながら、俺はこのイベントのことを思い出していた。

 何度となく繰り返してきた戦闘も、仲間たちとの冒険もいまとなってはどこか懐かしい。同じようなイベントがまた開催されることがあれば、その時は再び挑戦したいと思えるほどに。


「こんなとこにいたのか」

「なんだ、ハルか」

「なんだはないだろ、なんだは。いきなり歩き出したりして驚いたぞ、全く」

「それは悪かったな。で、何の用だ?」

「なんの用って、元々ここに誘ったのは俺だぞ。それに、話したいこともあったしな」


 いつの間にか俺の隣に座るハルが自然な様子で俺の前に並べられていた料理に勝手に手を伸ばす。


「話したいことってなんだよ」

「んーと、今回のイベントの顛末ってところか」


 そういってハルが選んだのはグラタンのようなものが入れられた皿。これも色がかなりおかしなことになっているのだが。

 とにかく、ハルは料理と一緒に皿に載せられていたスプーンを使って食べ始めた。


「まず、このエリアだが、イベント終了と同時に閉鎖されるらしい。つまりこの祭りもあと一時間もないってことだな」

「あと一時間、か」


 そう思うと些かなごり惜しく感じる。


「で、その後だが」

「その後?」

「ああ、どうやらイベント終了後にはかなり大型のアップデートが予定されているみたいなんだ。内容はまだ噂の範囲を出ないんだが、その内容は大きく分けて二つ。一つ目はPKに関するもの、そして二つ目は新たなマップの追加だ」


 噂の範囲を出ないというもののハルにはこの噂がかなり信憑性が高いと感じているみたいだった。


「追加マップに関してはその時にならないと詳細は不明だが、PKに関しては何らかの罰則の追加と、明確なルールのようなものができるらしい」

「寧ろいままでルールが無かった方がおかしいんじゃないのか?」

「んー、そこは考え方次第だな。PKをするもしないもプレイヤー次第。自由度が高いと言えばその通りだし、整備がなされていないと言えばそれもまた然りってことだ」


 考え方次第、というよりは言い方次第だな。


「あと、今回のイベントで率先して騒ぎを起こしていたプレイヤーには幾許かの罰が下るらしい」

「罰?」

「ああ、リーダー格のプレイヤーはアカウント停止。他の参加していたプレイヤーはこのイベントで手に入れた経験値やアイテムが没収されるみたいだ」

「それって重いのか?」

「軽いか重いかで言えば軽いのかもな。それこそPKされたプレイヤー達は納得できないだろうさ。けど、そういうもんだって自分で割り切らなきゃいけない部分もあるんだろうさ」


 割り切る、か。

 ハルの言うようにそう簡単に割り切れるものだろうか。俺だったら。そう考えてしまうとどうしても納得出来ないものが残ってしまうような気がした。


『まもなく、このエリアは封鎖されます。ログインしているプレイヤーは直ちに通常マップに移るかログアウトしてください』


 それから他愛も無いような話をして、広げられた料理をあらかた食べ終えた頃、町全体に聞こえるような大きな音声アナウンスが流れた。


「このまま残っていたらどうなるんだ?」


 二度とこの町に戻ってこれないのだと思うと最後の瞬間まで居続けたいという気持ちが湧きあがってくる。


「多分その前に強制的に通常マップに戻されると思うぞ」

「そっか」


 だとすればこのエリアの終焉を目撃することはできないということか。


 人知れず消えていく。

 そんな運命が待ち受ける町のあちらこちらでは転送の光が立て続けに輝いていた。


「それじゃ、また一緒に冒険しようぜ」


 なんの感傷も抱いていないかのように軽く言い、ハルは先にログアウトしていった。


 既にこの町に残っているプレイヤーは数えるほど。誰が最後の一人になるかというチキンレースのようなことをしているプレイヤー達もいるが、純粋にこの町との別れを惜しんでいるプレイヤーも少なくはないようだ。


「また、な」


 誰に告げるでもなく俺は小さくそう呟いていた。


 コンソールを表示させ、そこからログアウトの項目を操作する。


 全身が淡い光に包まれて俺の迷宮攻略イベントの全てが終わりを告げた。




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[一言] 周囲の目や噂が仕事の成功とかに影響するならともかく何故他者の顔色伺って生きなきゃいけんの?他者の顔色伺うという事は己をというか信念を持ってないってことだしな(笑)そんな奴は表にでずに日陰でコ…
2020/07/02 17:06 退会済み
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