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迷宮突破 ♯.34

 俺の予想通り、レッサーデーモンのHPバーを一つづ消していく度にその巨体を中心にして魔法陣が浮かび上がり弾け消えていった。


 その都度レッサーデーモンの動きは変化を見せ、二本目のHPバーを削り切った時には背中の翼が大きく広がり時折飛行するようになり、三本目のHPバーを削り切った時には炎を吐き出すようになった。


 攻撃範囲と威力を増していくレッサーデーモンはやはりこのイベントのラスボスに相応しい強さを持っているよう。


 事前に準備した回復アイテムがなければここまで戦ってくることは出来なかっただろう。それでも四本目のHPバーに突入してからというものこちらが攻撃を加える機会が大幅に減少してしまっているのも事実。宙を舞うレッサーデーモンに変わらず攻撃を加えることができるのはライラだけで、近接戦が主なハルたちは当然だとしても、中距離射撃ができる俺すら攻撃をその攻撃を届けることすら困難になってしまっていた。


「ライラにくる攻撃は俺たちが防ぐ、だから最大火力で攻撃をし続けてくれ」


 斧の刃を盾のように構えているハルが叫ぶ。


 唯一攻撃を届かせられているライラが魔法で攻撃をすること自体は誰の目にも当たり前のように映っているが、実際の所その魔法すら空中で吐き出される炎によって大半が防がれてしまっている。

 氷の魔法を使うライラが特別相性が悪かったのか、それともパーティに参加している魔法使いに相反する属性を使うように設定されているのかは知らないが、俺たちにはそれを検証する時間も手段もない。こちらの攻撃の殆どが届かないという八方ふさがりな状況に陥ってしまっていた。


「……どうする」


 自問するように小さな声で問い掛ける。

 俺のできる攻撃は剣で斬り付けることと銃で狙い撃つことの二つ。そのどちらかだけでも届かせることができていればそれを突破口に戦いを組み立てることができるのだが。


「攻撃来るよ、防御して!」


 フーカが離れた場所にいるアオイとアカネに向かって声をかけている。


 宙に浮かぶレッサーデーモンは魔法を繰り出しているライラを無視してフーカたちの居る方へ急降下していった。


「まずいっ!」


 レイド戦にはヘイトというものがある。

 それは攻撃を仕掛ければ仕掛けるほど蓄積し、ボスモンスターはヘイトの高いプレイヤーを狙う傾向が強い。極端な話たった一人が攻撃を加えていればレイドボスモンスターは絶えずその一人を攻撃するという最悪の展開すらあり得るのだ。しかし、どういうわけかこの時のレッサーデーモンは絶えず攻撃を仕掛けていたライラではなく、離れた場所で反撃の機会をうかがっていたフーカを狙った。


 予想と違った展開に慌てて飛び出すことすら出来ないハルが今にも起こり得る惨状を見たくないというように目を背ける。


 爆音、そして轟音。


 視界を埋め尽くすほどの砂埃が辺りに舞い、その中から再びレッサーデーモンが空中に戻る。


「どうなった?」


 どんなに目を背けようとしても今が戦闘の真っ直中である以上、その瞬間から視線を外すことは出来ない。

 その奥にいるであろう三人が無事なのは共に同じレイドパーティを組んでいる為に表示されている左上のHPバーが消えていないことから解る。けれど、それは現在のHPを示しているだけで現在の状況の全てを記し表しているわけではない。


 ムラマサは三人の元へ駆け出そうとして即座にその場で立ち止まった。


「気にしてる暇はないぞ。今度はこっちだ」


 宙で羽ばたくレッサーデーモンが巻き起こす風が砂埃を吹き飛ばす。


 空中で方向を変えたレッサーデーモンが次に狙うのはライラ。ようやくヘイト通りに攻撃をしてくるようになったと感じる暇もないまま先程見せた驚くべき加速が迫りくる。


 防御も回避も困難。


 魔法使いであるライラは他のプレイヤー程スピードがなく、また装備している防具がローブであるが故に防御力もそれほど高くない。近接戦闘をする三人が耐えられた攻撃もライラが受ければそのまま大ダメージなることは必至。


「守って! 《アイス・シールド》」


 ライラが咄嗟に出現させた氷の盾は壁のようにしてレッサーデーモンとの間に立ち塞がった。

 冷気を放つ氷の壁はレッサーデーモンの突進を受け切ることができるのだろうか。現実の氷が盾の形になっているのなら攻撃を塞ぐことなど出来はしない。けれどここはゲーム。例え氷だろうとプレイヤーが出現させた盾は十分な防御力を持っている。

 それでも攻撃を受け切れるかどうか確証はない。それほどレッサーデーモンも攻撃は強力なのだ。


「氷の盾か。それなら、オレも。凍れっ!」


 ムラマサが刀を振り上げると地面を這うように冷気が走り、ライラが作り出した氷の盾の近くで周囲の水分を凍らせて不格好な氷の壁を作り出した。


 二重に立ち阻む氷の壁にレッサーデーモンは急降下の勢いを殺しきることができずに正面から突っ込んでいった。


 ガラガラと崩れる氷の壁の下敷きになるようにそれまで宙に浮かび続けていたレッサーデーモンが倒れ込んでいる。近接武器の攻撃が届かない場所に居続けたさっきまでとは違い、今は手を伸ばせばこちらの攻撃は届く。


 千載一遇の好機を逃すものかと、俺たちは一斉に倒れ込んでいるレッサーデーモンに攻撃を仕掛けた。


 いつ体制を戻すのかは誰にもわからない。このチャンスがいつまで続くかもわからない。それでも攻撃ができるこの時を最大限利用しない手はない。


「皆、翼から離れてっ」


 一心不乱に攻撃を仕掛けている俺たちにライラの声が届く。


 攻撃の手を休めずにライラの立つ方へ視線を向けると、そこには見覚えのある青い光を纏うライラの姿があった。


 あの光は魔法の発動前に見られるもの。強力な魔法を発動させるための溜め中に現れる光。


「貫いて。≪アイス・ピラー≫」


 ライラの声に反応して出現した氷の柱がレッサーデーモンの破れた皮膜を貫きその体を地面に貼り付けにする。

 これでレッサーデーモンが体勢を取り戻すまでに掛かる時間的余裕が増えた。


「今だっ」


 ハルに言われるまでも無い。


 ライラが作り出したこの更なるチャンスを必ずものにして見せる。


 決意と共に俺は剣銃を振るう。


 時に技を発動させて。時に自分自身の攻撃力を高めて。


 四本目のHPバーが消滅したのはレッサーデーモンがその体制を取り戻そうと翼をはためかせ氷の柱を外そうと足掻き、どうにか体を起こしたその瞬間だった。


 HPバーが消滅すると共に現れる魔法陣の光に巻き込まれないように、俺たちは一斉にレッサーデーモンから離れた。


 三度目の魔法陣はレッサーデーモンにどのような変化をもたらすのか。固唾を飲んで見守る俺の目に映ったのはそれまで宙に浮くことで莫大なアドバンテージをレッサーデーモンにもたらしていた翼の破棄とも言える退化だった。


 皮膜が完全に無くなり骨格だけになった翼はもはやレッサーデーモンの巨体を宙に浮かせる事は勿論、短時間であろうと飛行させることすら出来ないであろう。


 今度の魔法陣が封じていたのはレッサーデーモンの弱さなのだろうか。そんな考えが脳裏に過ぎったその瞬間、レッサーデーモンに更なる変化が訪れる。


 胸の筋肉が変に盛り上がったかと思うと、ミシミシと音を立てて裂けた。


「なに……あれ」

「……気持ち悪い」


 異様な光景を目の当たりにして口々に出てくる感想はどれも似通っているもの。

 肉が避け、骨が見え、焼けたような、それでいて腐ったような臭いを放つその光景に好意的な反応を見せる者はいないだろう。


「……悪魔」


 誰かがそう呟いた。


 これまでもレッサーデーモンは悪魔そのものという姿をしていた。しかし、たった今変容して見せたこの姿こそ正真正銘の悪魔。


「腕が……増えた」


 胸を引き千切って出現したのはもう一対の腕。

 これでレッサーデーモンは二対、四本の腕を持つようになった。単純な攻撃力増。攻撃頻度と威力を増したこの姿が本来の姿なのだと直感できた。


「魔法陣が消えた……来るぞ!」


 時間にして数秒の出来事。それなのにこの変容のさまを何時間も見せつけられていたかのような気にさえなってくる。


 見慣れない光景に俺は一瞬、今が戦闘の真っ直中だということを忘れてしまいそうになった。その意識を戦闘に繋ぎ止めることができたのはムラマサが叫んだその一言のおかげ。


 一体誰を狙ったのかさえわからない攻撃をレッサーデーモンが繰り出した。


 折角増えた腕を使うことなく、レッサーデーモンは大きく息を吸い込み、次の瞬間に灼熱の黒い炎を吐き出した。


 吐き出された黒い炎が地を這い、全方向を焼き尽くす。


 避けるには炎が自身を焼く前にこの場所から離れるしかない。魔法陣から離れるようにと距離を取っていたことが幸いして俺たちは誰一人としてこの炎をまともに受けることも、大きなダメージを受けることもなく全員が逃げきれた。


「ラスト一本。気を抜かずにいこう」


 異様な変質と圧倒的な黒い炎を目の当たりにしてもなお、怯むわけにはいかない。そう思いながらもどこかしらレッサーデーモンに必要以上の恐怖を感じてしまっていたのかもしれない。ハルにそう言われるまで、レッサーデーモンのHPバーが最後の一本に突入していたことさえ気付けずにいたのだから。


 気を引き締め直して俺は目の前のレッサーデーモンに向き直った。


 レッサーデーモンの攻撃方法は大きく分けて二つ。腕を用いた攻撃はその本数が増えたことで回数と威力を増したハズ。そして吐き出した炎の色も変わっていた。日常目にする炎の色である赤や青ではなく黒。漆黒の炎はプレイヤーが使う魔法でも出すことのできない色。モンスター特有、それも悪魔型特有の色なのだと知ったのはそれから随分と経った頃の話だった。


「ハル。指示をくれ」


 基本的な攻撃方法は同じとはいえ、これまで四本分のHPバーを削るまでずっと相手にしてきた動きとの微妙な差異はこの最終局面では致命的なミスに繋がりかねない。

 このボスモンスターと戦い慣れているプレイヤーなど一人もここにはない。けれど、誰かがこの戦闘の流れを把握して的確なタイミングで指示を送らねばならない。そしてそれができるのはここにいる中ではハルただ一人。


「わかった。フーカ、アオイ、アカネはそのまま回避を中心に攻撃を。マオとユウは攻撃を引き付けろ。リタは俺と攻撃を。技を惜しむなよ。ムラマサはライラと一緒に遠距離からの攻撃を。出来るよな?」

「ん。了解だ」


 これまでの戦闘でムラマサが文字通りの近接戦だけのプレイヤーというわけではないことは俺もなんとなく予想がついた。それでもまさかライラと同じように遠距離からの攻撃を任せられるほどとは思いもしなかった。


「ライラっ!」

「任せて。《アイス・ストーム》」


 冷気が嵐となってレッサーデーモンを穿つ。

 凄まじい風を引き連れながらもライラが放つ魔法が器用にパーティメンバーを避けて命中し、あたった場所を凍りつかせる。


「ムラマサ!」

「よしきた。凍りな!」


 全身の所々が凍りついたせいで動きが鈍くなったレッサーデーモンに向けてムラマサが再び刀を振るう。すると刀が描いた軌跡を拡張するかのように氷が生まれ、レッサーデーモンを呑み込んでいく。

 見る見るうちに全身を凍らせるその様は見ていて驚きを禁じ得ない。

 ライラの魔法で凍りつかせた残りをムラマサが凍りつかせる。二人の連携攻撃とも呼べるそれは同じような魔法を使えるプレイヤーが複数いるパーティだとしてもこうは上手くいかないだろう。それほどまでに完璧に凍りつかせて見せたのだ。


「今よ!」


 動きを完全に停めたレッサーデーモンに向かい、俺たちはそれぞれ持ち得る最大の攻撃を繰り出した。一撃に重きを置いたもの。連続して攻撃しダメージを重ねていくもの。幾重にも重なる光がレッサーデーモンにあたり、そして消えていく。


 俺の目にも見える明確な戦果は攻撃を受ける度に減少するHPバーだけではなかった。


 砕け舞い散る氷の欠片とそれに伴い露わになるレッサーデーモンの皮膚。攻撃の衝撃で砕け露出した顔には傍から見て分かる程の苦痛が滲み出ている。


「押し切るぞ」


 この後のことなんて気にするものかと技の使用も、MPの消費にも糸目はつけない。


 みるみる内に減少していくMPに反してレッサーデーモンが減らすHPは僅か数ドット。それだけ固いのか、それともHPの総量が多いのか。


 攻撃を与える毎にその体を凍らせている氷も減っていく。それは即ちそう遠くない未来、レッサーデーモンが自由になり再び攻撃を始めることだろう。


 後どれくらい猶予があるのか。


 この次いつ訪れるかも解からないチャンスに期待するよりも、今、この瞬間に己の全てを出し切るべきだ。そう考えたのは俺だけではないようで、皆が皆、持ち得る技を尽くし攻撃を続けている。


 皆の攻撃の成果としてレッサーデーモンのHPは残り僅か、それこそ数ミリ単位まで減少していた。


 剣銃を握るその手に力が入る。


 現実の身体ではないのだから汗は掻かないというのに不思議と手の平に汗が滲んでいるかのような錯覚さえ覚える。


「ATKブースト!」


 指先だけを動かして握り直して緊張を解し、残るMPで身体強化をかける。


 全身に赤い光が宿りMPが使用した分だけ減る。後に残っているのはたった一度技を発動させられる分だけ。


「≪インパクト・スラッシュ≫!」


――届け。


 この一撃が最後の一撃になるようにと願いを込めて、剣銃を思いっ切り振り降ろす。


――届けっ。


 体に宿った光と同じ赤い色の光が剣銃の刃を発光させ、その軌跡をも赤く染める。


「届けェえええ!」


 誰の剣先が、誰の一撃がその最後を捉えたのか。


 皆が必死になって、真剣になって、その武器を振るう。


 その結果、俺の目の前でレッサーデーモンは光の粒となり砕け散った。



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