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ガン・ブレイズ-ARMS・ONLINE-  作者: いつみ
第二十一章
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境界事変篇 15『破壊するための破壊』


「つまり、このプログラムが有効だったということですか?」

「そうなるわね」


 化け羊との戦闘から三十分が経過した頃、榊は篠原と合流して異常課のバンの中で麹町から受け取ったプログラムの検証に取り掛かっていた。


「そもそもこれはどういうプログラムなんです?」

教授(せんせい)いわく、プログラムを壊すためのプログラム、だそうよ」

「壊すため、ですか? それって普通に攻撃してダメージを与えるのとどう違うんです?」


 至極当然な篠原の問いに榊は少し考える素振りをみせて、先の戦いの様子を録画した映像をモニターに表示する。


「こっちが普通の攻撃」


 そこにはGM05と化け羊の戦いが映し出されている。

 GM05Sを使い撃つもそれは化け羊の体を傷付けることはない。明らかにGM05の攻撃が通用していない証に見えた。

 変わりもう一つの映像。そこでは撃った弾丸がちゃんと対象を傷付けている。


「で、これが以前の訓練の映像。この二つの違いは解かる?」

「相手が違う!」

「それは当たり前でしょ。そうじゃなくて、同じ攻撃をしているはずなのに化け羊には全く効いていないことがわからないの?」

「そ、そんなことくらい、わかってますよ」


 虚勢なのか見栄なのか。明らかに変な態度をして篠原が取り繕う。


「化け蜘蛛の時にも同じことが起きたわけだけど、この二つのケースを考えるにあの化けなんとかシリーズは通常のアバターとは違うロジックが働いていると思う」

「化けなんとかって……」

「何?」

「いえ、なんでも」


 そこで突然バンの扉が開かれて疲労の色を滲ませた進藤が入ってきた。


「遅くなりました」

「体は大丈夫なの?」

「はい。僕は大丈夫です。二人は何をしていたんです?」

「戦いの検証よ。そうね。当事者である進藤君の意見も聞きたいからそこに座ってくれる?」

「はい、わかりました」


 空いている椅子を示して着席を促し再度モニターの映像を見る。


「思い浮かべるのはゲームでも何でもいいのだけど、仮想世界で起こる事象と結果はどちらも予めそうなるようにプログラミングされてるってことは知っているわよね?」

「えっと……」


 急な問いかけに思わず進藤と篠原が顔を見合わせる。


「つまり攻撃を受ければダメージを受けるってことが予めそうなるようになっていること。現実(リアル)では殴られても血が出たり出なかったりするけど、仮想世界では確実に同じダメージ表現が現れる。そこに無数のパターンを作るから自然なダメージ表現になっているだけで、実際は決められた中から一つが選出されているだけに過ぎない。それは自分でアバターに組み込むようなことではないから、仮想世界を構成しているプログラムに組み込まれているわけだけど」

「はぁ」


 キョトンとした顔で進藤と篠原が榊を見つめている。


「とにかく。何かをすればこうなるって結果が予め決められているってことだけ理解してくれればいいわ。そしてこの化けなんとかシリーズはそのルールの外にいる。だからGM05がどんな攻撃繰り出してそれを受けたとしても一切ダメージを与えられなかった」

「……!」


 その一言を受けて息を呑む進藤の隣で篠原があれっと首を傾げている。


「でも、そうなると向こうの攻撃でこっちだけがダメージを受けるんです? まさか自分には攻撃が効かないけど、相手にはダメージを与えられるなんてめちゃくちゃな」

「最初は一種のチートみたいなものかもって思ったこともあったけど、教授(せんせい)から受け取ったプログラムを解析するとそうじゃないことがわかったわ」

「そうだ! あれは一体何だったんです?」

「分かりやすく言うならさっきも言った通り”プログラムを壊すためのプログラム”よ」


 モニターの映像がアタッチメントを取り付けてGM05が化け羊に対して有効な攻撃を繰り出し始めた頃へと切り替わる。


「ダメージを与えるという一点においては普通の攻撃と同じなのかもしれないけど、あの攻撃の真の価値はそこじゃない。攻撃を受けた相手のプログラムを直接破壊するのよ。だから教授(せんせい)もGM05自身に取り込むのではなく武装に付与する形にしたんじゃないかしら」

「何故です?」

「万が一にも使用者に影響がでないようにでしょうね」

「なるほど」

「化け羊を形成しているプログラム自体を壊そうとしていたってことですか?」

「そうね。でも見た限りでは化け羊にもある程度の自己修復機能があるみたい。射撃を受けた所から白煙が出てたけど、それは化け羊が自己修復していることを表わしたエフェクトみたいなものじゃないかしら」

「だったら、あの存在はどうやって化け羊を倒したっていうんですか?」


 前のめりになってそう問いかける進藤の頭の中には化け蜘蛛も化け羊さえも倒してみせたヘンシンした悠斗の存在が浮かんでいた。もちろん進藤はそれがどこの誰か知らない。謎の存在が自分が倒せなかった相手を軽々と倒してしまったというようにしか見ることができない。

 進藤の言葉を受けて篠原は眉間に皺を寄せて考え込んでしまう。

 榊はあくまでも冷静を装い椅子の背もたれに体を預け、バンの天井を見上げてゆっくりと口を開く。


「もしかすると”あれ”も化け羊と同じなのかも」


 真っ先に思い浮かんだ可能性を声に出した榊を進藤はまさかと言った顔で見て、篠原は驚愕の表情を浮かべて立ち上がる。


「だったらあいつも敵じゃないですか!?」


 これまで二度に渡って結果的にではあるものの進藤を助けていたために味方判定をしていた篠原が騙されたという顔して言った。


「敵かどうかまでは判らないけど、あれもまた私達の知る範疇にいないのは間違いないわね」


 最後に化け羊に向けて飛ぶ斬撃を放った瞬間で映像を止めて、それを見ている榊は複雑そうな表情を浮かべていた。

 重い沈黙が流れる。

 しかし狭い密室。いつまでもこんな空気の中に居たくないと思った榊は自ら話題を変えることにした。


「とりあえず今は化け羊を使っていた人が捕まったから、取り調べで何か情報が出てくるんじゃないかしら?」

「え!? 捕まったんですか?」

「ええ。戦闘が終わって十分もしないくらいに確保したって連絡があったわ」

「誰だったんですか?」

「最初に荒らされた麴町研究室の元研究員ね。動機は金、それとある意味で復讐かしら。なんでも以前研究室に所属していた時に研究資金に手を付けたことがバレてクビになったのを逆恨みにしていて、さらにそこにある情報を売り捌こうって思ったみたいね」


 目を閉じて事情の一部が伝えられた時の悲痛な面持ちをした麹町の顔を思い出す。


「もうそこまで解ってるんですか?」

「あら? 日本の警察は優秀なのよ」


 得意気な口調で発した一言に進藤は深く深く頷き肯定していた。


「せめて出所くらいは判明すればいいんですけど」


 ぽつりと呟かれた篠原の言葉にまたしても深く頷く進藤。

 榊が言うように取り調べで判明することもあるだろう。しかし、攻撃を受けて強制的にログアウトさせられた化け蜘蛛を使っていた犯人は受けた衝撃で今も事件に関連した記憶だけが曖昧だと聞く。今度はどの程度聴取できるのか。それこそいつどうやってクローズネットを知り、あのようなアバターを手に入れてまで事件を起こしたのかという肝心要な部分が曖昧なのだ。それでも自分が起こした事実だけはぼんやりと理解しているようで刑に問えないわけではないらしいが。


「とりあえず現場は他の捜査員に任せて私達は一度異常課に戻りましょう」

「いいんですか?」

「ここにいてもできることはないわよ。それよりも私にはやらないといけないことがあるから」


 件のプログラムを実体化させたアタッチメントを使っても倒せなかった。その事実が榊に重く圧し掛かる。


「篠原君」

「はい!」

「運転」

「…はい」


 渋々後部座席から降りて運転席に移動する篠原を見送って榊は進藤に声を掛ける。


「進藤君の車はどうするの?」

「僕はもう少し体を休めてから自分の車で戻ります」

「そう。だったらこれ」


 足元に置かれている小型の冷蔵庫からエナジードリンクを一本取りだして進藤に手渡す。


「お疲れ様。糖分補給して頭を休めなさい」

「はい」


 多分用途としては間違っていると思いながらも進藤はバンから降りて自分の来る前と向かった。

 去っていくバンを見送ってから自車の運転席に乗り込み缶を開けると一気に煽る。

 強烈な甘さと独特の味わいが口いっぱいに広がる。半分ほど中身が残った缶を車のドリンクホルダーに置いて椅子の背もたれに体を預ける。

 目を閉じて深呼吸するとどっと疲労が押し寄せてきた。


「また倒せなかった……」


 口から出るのは後悔の言葉。

 残っているエナジードリンクごとそれを飲み干してエンジンを付ける。

 進藤の車が走り去っていく道の歩道を事情聴取を終えた悠斗が歩いていた。

 彼の両手には膨らんだスーパーの袋。買い物帰りのちょっとしたおつかい程度の用事だったはずが、思っていたよりも濃密な時間を過ごしてしまっていた。


「……はい」

『遅い!』


 ポケットの中で鳴ったスマホを取り出る。


「ああ、(まどか)さんですか」

『どうした? 随分と疲れた声をしているな』

「実は……」


 たった今まで起きていたことを話す。


『そうか。いや、よくやった。そういうことなら悠斗。急いで事務所(こっち)に戻ってきてくれ』

「急いで、ですか?」


 百市大学から高坏円事務所まで徒歩でおよそ三十分。来るときには慣れない道でより時間が掛かったとはいえ、実際にそこまで短縮できるとは思えない。


『歩いてだなどと言うつもりはないよ。タクシーでも使ってくれ。そこがまだ大学だというのなら、少しくらいは待機しているのではないかい?』

「どうなんでしょう?」

『少なくとも電話で呼べばさほど時間を掛けずに来てくれるはずさ』

「それはそう思いますけど」


 どうにも不要な出費に思えて悠斗は躊躇してしまう。

 徒歩数十分ならばタクシーで移動できればものの数分。しかしここで呼んだタクシーを待つ時間を含めるとさほど変わらないように思えるからだった。


「あー、このまま歩いて帰ります」

『料金なら着払いにしてくれて構わないぞ』

「探したり待っている時間で帰れそうな気もしますから」

『そうか? まあ無理強いするようなことではないか。わかった。では私は素直に待っていることにしよう』


 通話を切ると悠斗は事務所に続く道を歩き始めた。

 暫く歩いていると徐々に重く感じる両手の荷物。歩いて帰ると豪語した手前今更タクシーを呼ぶわけにもいかず、悠斗は黙々と帰路に着くのだった。

 悠斗が事務所に到着したのは出発してからだいたい二十分後。

 額には大粒の汗が浮かんでいる。

 切れた息を整えて階段を上り、円が待っている事務所のドアを開ける。


「戻りました」

「お疲れ様」

「あれ? 大沢さんは?」

「呼び出しがあってね。電話をした頃には帰っていたよ」

「ここに置きますよ?」

「どうせなら片付けてくれても構わないんだぞ?」


 テーブルの上に袋を置こうとする悠斗に平然と円が告げる。


「わかりました」


 キッチンの方へと向かい、購入したものをそれぞれの定位置へと片付け始める。


「それが終わったらこっちに来てくれ」

「はーい」


 冷蔵庫、戸棚、別の棚のストック置き場。それぞれ古いものを前面に置いて、新しく購入したものを奥に置く。

 それなりに時間を掛けて綺麗に片付けた悠斗は自分用のお茶を淹れて円が待つ部屋へと戻ることにした。


「まずは今回の戦闘の様子を見させてもらうぞ」

「どうぞ」


 悠斗のアバターに記録された映像を外部に取り出して確認する。


「前は蜘蛛で今回は羊か。ふむ、モチーフはバラバラみたいだな。もしかするといずれ無機物すらモチーフにされるかもしれないぞ」

「モチーフなんてあるんですか?」

「それはあるだろう。全くのゼロからイチを生み出すことなんて大量の情報に触れて育っている今の人間には到底できることではないのだからね」


 はっきりと言い切る円は倍速で戦闘の様子を見終わっていた。


「それにしても化け蜘蛛に化け羊、か。随分と安直な呼び名にしたみたいだな」


 映像の隣に送られてきたメッセージを表示させていた円がふっと笑みを浮かべて呟く。


「円さんならどう呼ぶんです?」

「私か? そうだな。私なら人と何かが半々という意味で”デミ”かな。デミ蜘蛛、いや、”デミスパイダー”と言った感じか」


 考え込むかと思って投げかけた問いに驚くほどすんなりと答えた円に驚きつつ、その口から出た言葉に悠斗は内心化けなんとかよりもいいかもと思ってしまった。


「だったら今回のはデミシープですね」

「呼称の訂正を大沢さんに連絡しておくとしよう」


 冗談なのか本気なのかわからない態度でそう言った円は素早く何かメッセージを送っている。


「ところで、ヘンシンした体に何か問題は出てないか?」

「別に今の所は何も。って、まさか、何か副作用的なものがあるんですか?」

「いや、ない。私の聞き方が悪かったか。足りないことはないか?」

「足りないことですか。それなら武器だけじゃなくて素手の攻撃でも有効打を与えられるようになると戦いの幅が広がると思うんです」

「なるほど。ステゴロがしたいと」

「はい?」


 にやりと笑う円に微妙な笑顔を返す悠斗。


「ちょっと待ってろ」


 そう言って円が何やらキーボードを叩き始める。

 瞬く間に作り上げられていく一つの設計図。


「どうだ?」


 完成したそこには四肢の先に向かって体の側面に沿ったラインが伸びた姿が描かれている。

 攻撃の有効性を高めることに榊たちが苦心して今もなお僅かな手掛かりを頼りに実用化に向けて四苦八苦していることをこの時の二人は知る由もない。

 円が持つ技術の全てを共有すれば榊たちの問題が解決する可能性もあるものの、万人が使えるツールとしてのGM05と悠斗という個人の技能と特異性を頼りに使うヘンシンとでは相容れないものがあるのだと、二つの情報を知ることができる人がいれば断言しただろう。


「これで格闘戦ができるようになるんですか?」

「どちらかといえば打撃の威力を上げられるようにしたものだな。悠斗もゲームで打撃の威力を上げるアーツを使っていただろう?」

「はい」

「それを常時発動しているようなものだ」

「えっ」

「考え得るデメリットは一つ一つの攻撃が想定外な威力を発揮する可能性があることくらいか…………よし、慣れろ」


 暫し考えて即座に解決策を見出すのではなく、純粋に慣れるようにとだけ言った円に悠斗はガクリと肩を落とした。


「明日までに作っておく。それから今日は新規の客も来ないだろう、掃除も別にしなくていいからこのまま帰ってくれて構わないぞ」


 と言い切った円は既に悠斗のアバター調整に取り掛かっていた。

 こうなると話しかけても声は届かなくなることを知っている悠斗は小さな声で「お先に失礼します」とだけ言って席を立ち、そのまま事務所を出ていくと扉に掛けられている札を『OPEN』から『CLAUSE』へと変えて家路についた。

 そして翌日。

 いつもの出勤時間に事務所に来た悠斗は扉を開けた途端、ソファに横たわる円を目の当たりにすることになった。

 おおかた徹夜したのだろう。

 幸い始業時間までにはまだ時間に余裕がある。そもそもが個人事務所。急用があって始業時間を遅らせることも容易になる。

 眠気の残る状態では仕事にならないだろうと悠斗はこのまま円を眠らせておくことにした。


「う、うぅん」

「あ、起きました? どうです? 何か食べます?」


 眠気眼を擦りながら起きていた円に悠斗が軽く問い掛ける。


「ああ。来ていたのか。というか今は何時だ?」

「もうお昼ですよ」

「む? 起こしてくれてもよかったのだが」


 昨日と同じ服を着ているせいか、いつもより皺の入った服が随分とくたびれた雰囲気を醸し出している。


「とりあえず顔を洗って、綺麗な服に着替えてきてください。何だったらシャワーを浴びてきても良いですよ。俺はその間に昼ご飯を用意しておきますから」

「いや、しかしな」

「事務所は今臨時休業にしてますから。余程緊急性の高い仕事でもない限りお客さんは来ないはずです」

「…そうか。わかった。十分ほど待っていてくれ」

「ゆっくりしてきてください」


 寝ぐせの残るボサボサの髪を掻きながら奥に向かう円を見送る。

 昼食には食べやすいサンドイッチでも作ろうかと材料を取り出して下拵えを始めた。

 円の言葉通りにそこから十分ほど。

 乾かしきれていない濡れた髪を振り乱しながらドタドタと走り戻ってきた円が現れた。


「ちゃんと髪を乾かさないと風邪をひきますよ」

「ああ。わかっている。いや、それどころじゃないんだ。今の時間は?」


 先程と同じ質問をされた悠斗は素直に腕時計で現在の時間を確認する。


「昼の十二時過ぎですね」

「拙い」


 中々に珍しい円の焦り顔を見たなと思っている悠斗を前に事前に淹れられてテーブルに置かれていたコーヒーを一気に飲み干して息を整えた円が告げる。


「今日の十時に約束があったんだ」

「十時って、夜の?」

「朝の!」


 全力で叫ぶ。

 慌ただしくどこかに連絡を取り始める円に落ち着いた昼食ではなく、持ち歩ける軽食にシフトチェンジしたサンドイッチを包みつつ事の成り行きをどこか他人事と見守っていた悠斗に向かって声を張り上げる。


「何を自分は関係ないという顔をしているんだ?」


 着替え途中の円が顔を出す。


「君も来るんだぞ」


 どこへと問い返す声を無視して再度奥の部屋に引っ込む円。

 僅か数分で出てきた彼女はどうやったのか髪のセットもメイクも完璧な姿をしていた。



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