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迷宮突破 ♯.33

「準備はいいかい?」


 迷宮第十四階層にある巨大な扉の前でムラマサが俺たちに問い掛ける。


「ああ」


 と俺が頷き、


「大丈夫!」


 とリタが背中に背負う大剣の柄に手をかけ、


「完璧!」


 とマオが胸を叩く。


「絶対勝つよ!」


 とフーカが拳を握り、


「皆で勝とうね」


 とライラが胸の前で杖を力強く握り締める。


「負けないんだから」


 とアオイが真っ直ぐ扉を見つめると、


「無茶だけはしないで……」


 とアカネが心配そうにアオイの肩を掴んで揺らした。


「よしっ! 行くぞ!」


 そう言ってハルが九人分の砂時計を祭壇の窪みに強く投げつけた。


 砕けて舞い散るガラスの欠片の奥で九人分の砂時計の砂が祭壇の中へと吸い込まれていく。


 その全てが呑み込まれた瞬間、目の前の巨大な扉がゆっくりと開き始めた。


 どこからか漏れる光によって十分に明るく照らされているこの場所にさらに眩しい光が扉の向こうから射し込んでくる。


 周囲にどよめきが巻き起こる。


 それは、ボスモンスターに挑む俺たちを称賛する声なのか。それとも無謀な挑戦者に対する憐れみの声か。


 二つのパーティと一人のプレイヤーが並んで次なる階層に足を踏み入れたその瞬間、扉はまたしても独りでに閉じてしまった。


 光の中に入ったはずが、どういうわけか周囲は暗闇のまま。隣に居ると知っていなければ慌てることもあっただろうが同時にここに足を踏み入れたのだから離れようがない。それに、俺はこの暗闇自体、先の階層で慣れている。

 コンソールを表示させることで僅かな光源を得ることもできるが、俺が手を動かす前に遥か頭上にある巨大な結晶が光り輝いた。


「ここが……十五階層」


 目の前に広がる光景はこれまでよりも広大な空間。

 石造りの壁に床。松明のようなものが一つも無くともこの部屋には驚くほどの光と、迷宮の中だというのに不自然なほどの清々しさが感じられた。


「レッサーデーモンって奴はどこにいるの?」


 辺りを見回しながらフーカが呟いた。


 この第十五階層がかなりの広さをもっていたとしても、そこにモンスターも他のプレイヤーさえもいなければ悲壮感が漂ってくるようだ。


「進んでみよう」


 ムラマサのその一言で俺たちは扉の前から浮遊している巨大な結晶の下へと移動することにした。


 結晶の真下に近付いても特段光が強くなるなんてことはなく、変わらぬ明るさがそこにはあった。


「どこに――」


 いるのだろう。そう言うつもりで口を開いた俺の目に異様な光景が映った。

 どこからともなく吹いてきた風に乗って黒い火の粉が舞い込んで来たのだ。熱も何も持たないその火の粉は踊るように結晶の周囲を漂ったかと思うと、もう一度吹いた突風に煽られ俺たちの前で竜巻のようにその形を変えた。


「来るぞ!」


 竜巻を目の当たりにしてハルが叫ぶ。


 黒い火の粉が集まって出来た竜巻の中にこれまでに戦ってきたどのモンスターよりも巨大な影が現れた。


「あれが……レッサーデーモン」


 悪魔型のモンスターというのを初めて見たがその身から漂ってくる雰囲気はこれまでのどのモンスターとも違っているように思えた。

 トロルやサイクロプスなんかよりも何倍も禍々しい。

 羊のような顔に曲がりくねった角。筋肉質の上半身と毛むくじゃらの下半身。背中から生えた破れた皮膜を持つ翼に牛のような尻尾。


 まさに悪魔そのものといったデザインのモンスターが俺たちの前に出現した。


「ライラは後方から魔法で支援。ユウ、マオ、フーカ、アオイとアカネは距離を保ちつつ攻撃。リタは俺と一緒に隙を見つけて大ダメージを狙うぞ。ムラマサは好きに動いてくれ!」


 瞬時にハルの指示が飛ぶ。


 組み慣れた俺たちはいつもと同じように動くように、そうではないムラマサは本人が一番動きやすいように攻撃する。それがこの階層に挑む前に予め俺たちが決めていた唯一の作戦だった。


 雷鳴のような咆哮が轟くとレッサーデーモンが黒い火の粉を全身から撒き散らしながら戦闘態勢になる。

 レッサーデーモンも主な攻撃方法はその長い腕と鋭い爪を用いた切り裂き攻撃。大振りで直線的な攻撃を避けること自体は簡単だったが、レッサーデーモンはこれまでに迷宮で戦ったどのモンスターよりも巨体を誇り、それと同時に攻撃力自体も群を抜いているようだ。


 空を切る爪が壁や床にぶつかると、そこには見るも無残な傷跡が刻まれている。


 深く抉られた石造りの壁や床が元の状態に戻ることがあるとすれば、この戦闘が終わり同じ階層の同じ空間に俺たち以外のプレイヤーが足を踏み入れた時だろうか。


「当たるかよ」


 レッサーデーモンの繰り出す切り裂き攻撃の威力を目の当たりにしながらも俺は小さく呟いていた。


 皆が持ちあった薬草を使うことでポーションは十分過ぎるほどに準備ができた。ポーションを使えば受けたダメージを瞬時に回復させることも可能だろう。けれど、戦闘が始まってからすぐに、それも経った一度の攻撃を受ける度に使用していたのでは所持しているポーションが底をつくことになってしまう。長くなりそうなこの戦闘を切り抜けるためにはポーションの使用を躊躇ってはいられないのも事実だが、それでも出来る限り使用しなければならない事態を避けなければならないのだ。


「五本、か……」


 深く抉られ手刻まれた傷が自分の身体のどこかにつくかもしれないと想像するだけで背筋が凍るよう。それでも追撃を警戒する為にもレッサーデーモンから視線を外すわけにはいかない。


 剣銃を抜き、構えを取る俺の目に映るレッサーデーモンのHPバーの数がこれまで戦ったどのモンスターよりも多いことに今更ながら気がついた。


 HPバーの数がそのままモンスターの強さを現しているというわけではないというが、目の前のレッサーデーモンから感じるプレッシャーは確かに五本ものHPバーを有するボスモンスターのものであり、倒すべき相手の強大さをそのまま発しているかのようだ。


「今だっ!」


 離れた場所に立つハルが叫ぶ。


 大きく腕を振り回したレッサーデーモンの周りを囲むように立つ俺たちは攻撃の後に出来る僅かな隙を狙い攻撃を仕掛けた。


 それぞれの武器を手に駆け出したり、遠くから離れて魔法を放ったり。


 最初の一撃でもあり、自分たちの力がどこまで通用するかの試金石にもなる初撃になりうるこの攻撃にハルやフーカ、それにリタとマオは自分たちが使えるなかでも比較的発動が早い技を使い攻撃を加えていた。


 爆発や色鮮やかな光を纏ったそれぞれの斬撃に打撃。頭上から降り注ぐ氷の矢がレッサーデーモンに命中する。


 これまでの通りならばこれだけの攻撃を浴びせればHPバーの三分の一くらいは軽く削り取ることができているはず。同じような好機が訪れることは稀なのかもしれないが、自分たちの攻撃は確かに通用すると確信する為にもこの初撃に力を入れるというのも理解できる。

 現に俺も攻撃の前には赤い光を身に宿す攻撃力強化の技を発動させていたのだ。何故技を使わなかったのかというと単純に発動の速度に差があるからだった。能力強化は瞬時に、殆どタイムラグなく発動させることができるが技には数瞬の溜めが必要だった。意識しなければ気にならないほどだがそれでも極僅かなズレが生じてしまうことは必至で、こちらが繰り出した技の余波を受けてクリーンヒットさせられなくなってしまう可能性だってある。


 ハル達もそんなことは承知で影響を及ぼさないくらいの攻撃をしているだろうとは思うが、俺が何も考えず攻撃だけしていればいいというわけでもないことも事実だ。


 爆発が巻き起こす砂埃や砕けた氷の矢の欠片がレッサーデーモンを隠す霧のように漂い、俺たちは次に備えて数歩後ろに下がった。


「これで、どのくらい――」


 姿は見えなくても宙に浮かぶHPバーは見える。五本ものHPバーが縦に並んでいてはその存在感もかなりのもので余程遠くまで離れたりでもしない限り視界に入って来てしまう。


「……嘘、だろ」


 全力では無かった。


 けれど手を抜いたつもりなどない。


 それなのに俺たちの与えたダメージはこんなにも少ないというのだろうか。


 五本あるHPバーの一番下のHPバーが少しだけ、本当に数ミリだけ減少していた。


「気を抜くな。来るぞ!」


 呆然とする俺をムラマサが声をかけてきた。


「うわっ」


 目の前をレッサーデーモンの鋭い爪が横切った。

 後ろに下がっていなければ今ごろあの爪に引き裂かれていたかもしれない。


「ふっ、それにしてもここまでとはな」

「ムラマサ?」

「強いとは聞いていたが、どうやらこちらの攻撃が殆ど効いていないみたいだな」


 円を描くようにレッサーデーモンを囲む俺たちは常に誰か一人がレッサーデーモンの死角に入ることになる。それは攻撃を仕掛ける時に莫大なアドバンテージをこちらにもたらすこと。意識の外からの攻撃というのは大概の場合、防御も回避もできずに大きなダメージを与えることができる。


 それに今回は技も使っていた。

 雑魚モンスターならば一撃で、普通のボスモンスターにも大きなダメージを与えることができる技が今回に限り効果を失っているなどということはないだろう。


 つまりはそれだけレッサーデーモンの防御力が高いということだ。


「どうするつもりなんだ?」

「どうするもこうするも、オレ達は攻撃するしかないのさ。それが戦闘に勝利する唯一にして絶対の真理だ」


 そう言ってムラマサは刀を握り締めレッサーデーモンの攻撃をくぐり抜けながら走っていった。


 冷静に状況を見極めるまでもなく、ムラマサの言っていたことは真実だ。攻撃をしなければ、たとえ僅かなダメージだとしても積み重ねなければ勝つことは出来ない。


 だが、本当にそうだろうか。


 もし、俺たちの攻撃が与えたダメージの総量が額面通りだとするのならば、少し強過ぎないだろうか。


 これではパーティを組むことの出来なかったプレイヤー達はかなりの確率でこのボスモンスターを倒せないことにならないか。


 仮に俺たちが与えたダメージがの全てがあの量なのではなく、レッサーデーモンに通用した攻撃が与えたダメージの総量があれだけだったのだとすれば。


 目を凝らし仲間たちとレッサーデーモンの戦闘を観察していると一つの違和感を覚えた。


 死角からの攻撃も正面からの攻撃も防御する素振りすら見せないというのに同じ場所に陣取って大振りな攻撃を繰り返すリタの大剣だけは必ずといっていいほどその腕を盾にして防御してみせている。


 仮に、ダメージを与えることができるのが大剣という武器種だけだとすれば、それは他の武器を選択したプレイヤーの勝利の目を完全に摘むことになりかねない。


 別の可能性。それを模索する俺の目にもう一つ別の可能性が映った。


 槍を垂直に構えたアオイががむしゃらに突進していった。


 傍から見ていればアオイが繰り出した攻撃はあまりにも稚拙なもの。その体を僅かにずらすだけで簡単に避けられるもの。そのはずなのにレッサーデーモンは腕を伸ばし槍を正面から受け止めたのだ。


 槍が手のひらに突き刺さったにもかかわらずレッサーデーモンのHPバーは微動だにしない。それなのに次の瞬間、レッサーデーモンは突き刺さった槍ごとアオイを遠くに投げ飛ばした。


 地面に激突してそのHPを大きく削るアオイはすぐさまストレージからポーションを取り出し一気に飲み干した。

 回復していくアオイのHPバーを見て安心すると同時に先程のレッサーデーモンの行動に感じられた違和感はハル達の攻撃を目の当たりにして確信へと変わる。


「まさか、攻撃が通る場所っていうのがあるのか」


 頭上から降り注ぐ氷の矢も、四方八方から繰り出される斬撃もある一点を除いては無視されているように思える。

 それはリタが大剣で狙っていた場所でありアオイが槍で突進していった先でもある場所。


「……試してみるか」


 剣銃を銃形態に変形させて俺はレッサーデーモンに狙いを付ける。


 これだけ離れていては最大のダメージを与えることはできないだろうが、それでも俺の考えがあっていれば確実にダメージが入るはずだ。


 体を纏う赤い光が消滅した瞬間、俺は新たに得た技の名前を告げる。


「≪インパクト・ショット≫」


 剣形態で繰り出す威力強化の技の銃形態版。


 減少するMPと共に撃ち出された弾丸がレッサーデーモンの攻撃と防御をすり抜け、狙った場所に命中する。どうやら小さな銃弾一発程度なら離れた場所から撃てばレッサーデーモンは咄嗟に反応出来ないみたいで完全な防御態勢をとれないようだ。

 これまで腕を盾のようにしてリタやアオイの攻撃を塞いできたが俺が撃ち出し、狙い通りに命中した弾丸は予測通りレッサーデーモンのHPを僅かながらも確実に削った。


「皆っ、足を狙え! 今攻撃が効くのはそこだけだ!」


 俺の攻撃と減少したレッサーデーモンのHPを見てハルが叫ぶ。


 何度も繰り返し攻撃をしてきて痛感したのだろう、他の場所にはダメージを与えることすらできないと。そして防御すらしてみせないというのはレッサーデーモン自身が他の場所ではダメージを受けないと理解しているからなのだと。


 ハルの声に真っ先に反応して見せたのはムラマサで、それまで胴体を狙って行っていた攻撃をやめて指示通りレッサーデーモンの足を狙って刀を振り抜いた。


 俺の撃ち出した弾丸よりも大きなダメージを与えることのできるムラマサの斬撃を受けてレッサーデーモンが苦痛に呻き声を上げる。


 ゆらりと上体を崩してしゃがんでいる体勢から膝を地面につく格好になったレッサーデーモンを狙い総攻撃が繰り出される。ダメージが通ると知りそれまでの鬱憤を晴らすように全力で攻撃を加えていく。五本もあるHPバーの最初の一本目だというのにMPに糸目もつけず技を発動させたり、強力な魔法を使用したりしている。これをチャンスと捉えたにしてもこのままではすぐにでもMPが枯渇してしまう。


「離れて!」


 接近し絶え間ない攻撃を繰り出していた俺たちに遠く離れた場所から魔法を撃ち出していたライラが声をかけてきた。


 唯一距離を保っていたライラは俺たちよりも俯瞰で状況を見ることができているようで、レッサーデーモンの足下にその巨体を包むほど巨大な魔法陣が出現したのに真っ先に気付くことができたのだ。


 ライラの声が俺たちの耳に届くのと時同じくして地面が光り出した。


 剣形態で斬り付け続けていたことと、レッサーデーモンに近付き過ぎていることでそれが魔法陣の放つ光だと気付く事が遅れてしまった。


 目を眩ませるほどの閃光のなか砕けたレッサーデーモンの一本目のHPバーはそのまま足下の魔法陣と繋がっているようで、HPバーが消えるのと同時に魔法陣が放つ光りと共に消滅した。


 これが俺たちの優勢を示す証なのだとしたら、俺たちはこのボスモンスターに勝てる。そう思ったのも束の間、俺はその魔法陣の本当の意味を知ることになる。


「立ち上がった……だと」


 刀の切っ先を下げてレッサーデーモンの巨体を見上げているムラマサがポツリと呟く。


 しゃがんでいるレッサーデーモンの格好は現れた時と同じ。

 それが立ち上がったのだからこれまで以上にこちらの攻撃を当てることが簡単になるだろう。これはそのままプレイヤー側に優位に働くことになるのだが、現実はそう甘くない。


 体制を変えたことで俺たちがどうにか慣れることのできていたレッサーデーモンの攻撃パターンが変化したのも同じだった。


 パターンは数あれど、一様に腕を振り回すだけだったそれまでとは違い、移動と攻撃を交互に繰り出してくるようになったレッサーデーモンはどことなく動きと攻撃速度が上昇したように感じる。


 先程一本目のHPバーと一緒に掻き消えた魔法陣がレッサーデーモンの力を現しているのではなく、反対に封じていたのだとしたら。俺たちは戦闘が進み勝利に近づくのと同時にレッサーデーモンの本来の力を相手にしなければならなくなったのだ。



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