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ガン・ブレイズ-ARMS・ONLINE-  作者: いつみ
第二十一章
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境界事変篇 10『木を隠すなら』


 化け蜘蛛との戦いから数日が経った。

 その日以来クローズネットに関連する事件は起こっていない。

 少なくとも悠斗や円の元に連絡はない。

 高坏円事務所で日常の業務を行いながら日々を過ごしていた悠斗はこの日、大量のファイルを抱えて円の指示のもと事務所の掃除に勤しんていた。


「それは向こうの棚に入れてくれ。ああ、ファイルのナンバー通りに並べることを忘れないでくれよ」

「わかってますって」


 指示を出す円が真剣な顔で自身のPCと睨み合っているが、決して報告書を作成しているわけでも、何か別の仕事をしているでもないことを悠斗は知っている。今はよく知らないレトロゲームのパズルゲームに熱中しているだけなのだ。


「ってか、遊んでいないで円さんも手伝ってくださいよ。ほら、円さんが座っている椅子の裏にもファイルは落ちているんですから」

「ん? そうだな。ではこちらも忘れずに片付けてくれたまえ」

「ええ!?」


 悠斗がすることが当然であるという口ぶりに反論する気が失せてしまう。

 実際今更円が手伝ったところで本当にそれが助けになるかは甚だ疑問でしかない。彼女の掃除下手、片付け下手、ついでに料理下手は今に始まったことではないのだから。


「にしてもこの建物ってこんなに地震に弱かったですか?」


 悠斗が大量のファイルの片付けに追われる原因。それは昨日未明に起きた地震だった。決して棚を倒すような大きな地震ではなかったはずなのに、事務所に出勤してみればものの見事にほとんどの棚からファイルが撒き散らされていたというわけだ。


「古い建物だが、一応耐震基準は満たしているぞ。そもそもここまで荒れるような地震ならば”これ”も転がってどこかに行ってしまっているはずさ」

「はい?」

「棚だって動いてすらないだろう」

「まあ、そう、ですね?」


 机の上に置かれた猫なのか犬なのかわからない謎の動物のフィギュアを撫でながら言う円に思わず悠斗は手を止めてどういうことだと視線で問い掛けていた。


「つまりこれは地震で自然に散らばったのではない。何者かが侵入し荒らして行ったというわけさ」

「はぁ!?」


 なんてことも無いように告げる円に悠斗は大きな声を出した。


「悠斗が来る前に現場の映像は残してある。警察が簡単な調査も行った。つまり、片付けても構わないということさ。まあ何時まで経ってもあの有様では業務などできないからね」

「いつの間に……それでなんで円さんは俺に片づけをやらして自分はゲームで遊んでいるんです? しかもかなり古いゲームですよね、それ」

「ああ、これも手掛かりなのさ。ここを荒らして行った犯人のね」

「どういうことです?」

「幸いにもこの部屋は荒らされていたが取られた物はなかった。が、代わりに増えていたものがあった。それがこのパズルゲームが入ったデータロムというわけさ。となればこれをクリアするのも手掛かりの一つ、とは思えないかね」

「円さんが買って忘れていた物じゃなければですけど」

「ふむ。幸いにも私にはレトロゲームに興じる趣味はないかな」


 古いゲームといっても専用のハードが無ければ動かないわけではなく、あくまでも古いゲームを模したデータが記録されたディスクであり、円が普段使いしているPCでも問題なく動いたようだ。もしかすると円が専用のハードが必要であるという常識すら失念していた可能性もあるが、その場合壊れずに起動してくれてよかったと言うべきか。


「これでクリア」


 指示を受けてファイルを片付けていると突然円が言った。

 いつから始めているのかは聞いていないが、数時間と経たずにゲームをクリアしたというのならばいかに古いゲームであろうとも驚異的なスピードに思える。

 嘘ではないだろうが、どの程度クリアしたのかと興味が惹かれて持っていたファイルの束を床に置いて円の前にあるPCのモニターを覗き込んだ。


「何ですか、これ?」


 想像していたパズルゲームとは一線を画す雰囲気の画面に顔を顰めながら問い掛けた。


「ジグソーパズルだろう」

「いや、この画像ですよ。こんな不気味な絵のジグソーパズルなんて趣味が悪すぎますって」

「確かに。一般に流通しているゲームではないのかもしれないね。ゲームのシステム面は既存のジグソーパズルを組むパズルゲームを踏襲しているが、出来上がった絵はどれもこのようなものばかりだ」

「どれもって、これ一つじゃなかったんですか?」

「全部で十二枚。どれもこれも不気味な画像ばかりだよ。見てみるかい?」

「一応」


 立ち上がった円に変わって椅子に座り、円が組み上げた十二枚の画像を確認する。

 完成したパズルの絵の半数はどこか不気味な雰囲気のある風景写真。残るはよくわからないハンドメイドの人形や壊れた事故車のようなものが映されている画像が並んでいた。


「心霊写真?」

「いや。幽霊に該当するものは映っていないから、ただ不気味な画像というだけだろう。何かの意図が込められているかと思ったが、どうやら――ん?」


 悠斗が次々画像を変えているのを隣で見ていた円がふと体を曲げてモニターを覗き込んできた。


「なるほど。これはしてやられたな」


 変わってくれと言われて場所を譲った途端、円が何やら忙しなくキーボードを叩き始めた。


「どうしたんですか?」

「どうやらこのパズルにはウィルスが仕掛けられていたようだ」

「えっ!? だから不用意に出所不明なものに手を付けるなんて」

「今更だろう。それにこの程度。私には児戯も等しい」


 驚いたことにウィルスが感染していくスピードより円がウィルスを駆除する速度の方が速い。あからさまに人間技とは思えない所業に悠斗はただ唖然と見守ることしかできないでいる。


「どうだ」


 完全にウィルスの浸食が止まり、反対にウィルスプログラムが駆除されたことが示された。

 すごいことはすごいのだが、元は円が不用意に試したことが切っ掛けなことを思えば手放しに誉めることができない。

 何と答えたものかと悠斗が悩んでいると突然来客を告げるチャイムが鳴った。


「これはこれは。悠斗出てくれ。大沢さんが来たようだ」

「あ、はい」


 PCの画面に映る映像で確認した円が招き入れることを決めたことで悠斗は急いで来客の応対をする。

 片付けはまだ終わっていないとはいえ、八割は片付けられている。これならば来客を迎え入れても問題はないと判断したようだ。

 事務所のドアを開ける。


「お待たせしました」


 開けたドアノブに手を掛けたまま声を掛けるとそこには二人の男がいる。

 一人は昨日あった大沢。もう一人は初めて悠斗が会う人だ。


「おう。いきなり悪ぃな。円ちゃんはいるよな?」

「はい。奥にいますけど」

「ちょいと聞きたいことがあるんだ。いいか?」

「構わない。入ってきてくれ」


 奥の方から円が返事をする。


「ということなんで。どうぞ。ちょっと、いや、かなり散らかってますけど」

「わかってる。おれが来たのはそれに関連してだ」

「はい?」


 道を譲った悠斗に返事をして進む大沢の後を追う青年が悠斗に軽く会釈をして付いていった。

 ドアを閉めて悠斗は円の元へと戻るのではなく、せめてもと来客用のお茶を淹れるために隣のキッチンへと向かった。


「聞いたぞ。災難だったみたいだな」

「ご覧の通りさ。とはいえ実害はなかったから問題ないがね」

「実害って、盗まれたものはなかったって聞いてるが」


 片付け途中の事務所を見渡し訝しむ視線で大沢が呟く。


「ここにあるものの大半はフェイクのファイルなのさ。無論中には重要な書類もあるが、一見しただけではどれがどれだかわからないようになっているからね。ここから事務所(ここ)の重要機密を盗み出そうものならばこの大量のファイルを全て持っていかなければならないだろうさ」


 などと言う円の言葉を受けて愕然としたのは大沢や隣に座る青年ではない、人数分のコーヒーカップを持ってやってきた悠斗だった。


「フェイクってどういうことですか?」

「言ってなかったか? よく言うだろう。木を隠すなら森の中だと。重要なファイルを隠すのならば無意味なファイルの中というわけさ」

「聞いてないですよ」

「無意味といっても散らかったままにしておくわけにはいかないだろう。片付けるだけならばそれが重要か否かは大した問題じゃない。違うかね?」

「それはそうですけど」

「む? 何が不満なんだ?」

「俺は見られてはいけないものがあると思って来客が来る前に片付けてたんですよ! 今は大沢さんだったから良かったものの、これが依頼人だったら」

「ふむ。だからといって片付けるのは変わらないだろうに」

「それはそうですけど!」


 言いたいことが伝わっていないと肩を落とす悠斗の肩を大沢が叩く。まるで気持ちは理解していると言わんばかりの行動に悠斗は苦笑交じりの顔で微笑み声に出さず感謝を伝えていた。


「それで、大沢さんが来たのは私に用があってだったね」

「ああ。今朝円ちゃんの事務所が荒らされたって聞いてな。様子を見に来たわけだが……大丈夫みたいだな」

「大丈夫なのは大丈夫だったのだけどね。ちょっとした問題が起きた所だっただけさ」

「問題だぁ?」

「事務所を荒らしていった犯人が残したっぽいパズルゲームをクリアしたらこのPCがウィルスが感染するようになっていたらしくて」


 そう悠斗が説明をするとハッとしたように青年と大沢が顔を見合わせた。


「ウィルスはどうした?」

「無論駆除したさ。それがどうかしたのかい?」


 もう一度青年と大沢が顔を見合わせる。


「実はな。最近円ちゃんのとこと似たような事件があったんだ」

「ほう」

「要は荒らされるだけ荒らされて何も盗まれていない。んで、残されている物がある」

「これかい?」


 PCのスロットからディスクが一枚取り出される。


「ああ、それだ! ってか、鑑識が見逃したってのか?」

「いや、これは鑑識が来る前に私が確保していたものだ」

「オイオイ見つからなかったのは円ちゃんの仕業かよ。とにかく、これはおれが預かるぞ、いいな?」

「勿論。中身は無事だとは思うが、私にはもう無用だからね」

「そういやウィルスがどうとか言ってたな」

「そのディスクに記録されていたパズルゲームを解いたら感染するように仕組まれていたのさ。まあ私には通用しなかったみたいだがね」


 自慢気に話す円を大沢が微妙な顔で見てきた。


「何か?」

「いや、円ちゃんには悪いけどよ、実はそれ円ちゃんの実力じゃないかも知れねぇんだ」

「何?」

「実はそのウィルスってのがクローズネットに繋がってなきゃ機能しないらしいんだ」

「つまり私の技量ではなく、元から機能不全のウィルスだったというわけか」

「ん、ああ。平たく言えばそうなるな」


 大沢の言葉に愕然となる円を一瞥して青年が大沢の肩を叩く。


「あの、そのことを無関係な一般人に話すのは」


 小声でそう注意する青年に大沢は少しだけ声のトーンを落として返す。


「大丈夫だ。円ちゃんは関係者だからよ」

「ですが」


 ちらりと悠斗の方を見て言葉を濁す。


「そいつも関係者っちゃあ関係者なんだが」

「いいえ。明らかに部外者です。これまでの会話は問題がなかったかも知れませんが、これ以上は」

「あぁ、どうすっかなぁ」

「仕方ない。悠斗このリストをやろう」

「はい?」


 何と説明したらいいものかと大沢が悩んでいるのを目の当たりにした円は青年が抱いている危惧を解消させるべくして悠斗に小さく折り畳まれた紙を手渡した。


「何です、これ?」

「誰にでもできる簡単な買い物だ。これで小一時間くらいなら潰せるはずさ」

「なるほど?」


 すぐに円の意図を理解した悠斗はわかりましたと受け取ったメモ用紙をポケットに入れる。


「ん? 足りないか? それならついでにこっちも行って来てくれ」


 硬質ケースに収められているメモリーカードを手渡した。


「これは?」

「そこには私がチェックしたデータが入っている。そこに書かれている場所に届けてくれ」

「了解です。それじゃあ行ってきますね」

「ああ。頼んだ」


 軽く会釈して事務所を出ていく悠斗を残る三人が見送る。

 去っていく悠斗の背中を一瞥してからそれでよかったのかと視線で尋ねる大沢に円は構わないと頷き返す。


「すいません。あまり他言するような話ではないので」


 事務所から出ていく悠斗を見送ってようやく青年は円に向けて言葉を投げかけた。


「構いませんよ」

「ありがとうございます。あ、そうだ。改めまして、僕は進藤新といいます」

「なるほど、貴方が」

「ん? なんですか?」

「いえ。私は高坏円。ここの所長であり、大沢さんとは旧知の仲といった感じだろうか」

「確かに円ちゃんの親父さんの代からだから、長いっちゃ長いわな」

「それで、悠斗(かれ)を外させたのですから、もう少し詳しいことを教えて貰えるのですよね?」

「ああ。場合によっちゃあ円ちゃんの手を借りることになるかもしれないしな」


 大沢がそう前置きすると進藤が自身の鞄からパッドPCを取り出す。

 表示するのは既存のニュースメディアの記事ではなく、まだ表に出ていない事件の資料。仮の報告書として纏められているもの。


「円ちゃんの所と似たような事件が数件。どれも荒らされるだけ荒らされて何も盗まれていない。だから今は窃盗事件というよりは不法侵入事件ってわけだな」

「そこにこれが残されていたというわけか」

「ああ。中身はどれも古いパズルゲーム。問題はそれを解くとウィルスプログラムが感染するということだ」

「だがクローズネットに繋がっていない場合は影響が出ないという話みたいだが」

「一応それは確認済みだ。円ちゃんみたいにディスクを秘匿してから自分の端末で確認した人でわざわざパズルゲームを解いた奴がいたんだよ。しかもよりによってクローズネットの実地試験中の大学の備品の端末でな」

「一体どこの誰なんだ? そんな迷惑な奴は?」


 さも自分とは無関係だというように話す円に隠すように小さくため息を吐いた大沢があえて言及することなく話を続ける。


「パズルを解いたのは近くの大学の学生だよ。荒らされた研究室に所属していて第一発見者も彼だな」

「それがディスクを隠していたと。なるほど手癖の悪い者はどこにでもいるものだな」


 まるでお前が言うなという二人の視線が円に突き刺さる。が、それすら微塵も意に介さずという風に平然と視線を受け流している円が再度訊ねる。


「大事になっていないということはウィルスは無事に駆除されたということか?」

「おそらくな。つーか、その辺はおれよりも進藤(こいつ)の方が詳しいはずだ」


 話を振られた進藤がスーツの内ポケットからアナログな手帳を取り出してそこにメモした内容を読み上げ始めた。


「研究室側から新種のウィルスに感染したかもしれないと通報があって異常課(うち)が調査に向かったんです。実際にウィルスには感染してましたけど、それもすぐに除去できましたし、念のためにと影響が出ていないかどうか追加調査したところ、目立った影響(もの)は発見できませんでした。それで自作ウィルスをばら撒いただけの愉快犯の仕業だろうという結論が出まして。我々が事後調査していたところにここも同様の事件の可能性があるという報告が届いて」

「ということはウィルスが発動したとされているのはこことその研究室だけなのか?」

「現状確認できているのはそれだけだな。念のためにクローズネット全体を調査しているからもう少し何か出てくるかもしれないが」

「望み薄というわけか」

「ああ」


 肩を竦めて悠斗が淹れてきてから時間が経ち冷めたコーヒーを口にする。


「どんなことでもいいから手掛かりが欲しいといったわけか」

「そうなるな。円ちゃんは何か気付いたことはないか?」


 藁をも掴むというほどではないが、大沢たちからは手詰まり感のある現状から打破するための何かきっかけとなるものが欲しいという思いがひしひしと滲み出している。


「そうだな。私が感じたことで良いのならば話せるが」

「頼む」

「わかった。おそらくこの事務所や大学の研究室が感染したのは偶然だろう。故に様々な場所に対して繰り返し行われている不法侵入事件を捜査しても犯人の本来の目的を知ることには繋がらない可能性の方が高い」

「どうしてそう思う?」

「先程も言っただろう? 木を隠すのなら森の中だとね」

「だからそれがどうしたってんだ?」

「つまり今はその隠すための森を作っている段階だろうということさ」

「まさか、本番はまだ起きていないというのですか?」


 ハッとしたように進藤が円を見た。


「起きた事件ばかりを手掛かりに考えるのは警察の癖なのかもしれないが、今回重要なのはまだ起きていない事件だろう。ウィルス感染が偶然でこれまでの不法侵入事件が森を作る行為なのだと仮定すれば、これから起こる不法侵入事件、あるいはウィルス感染事件の方が本当の狙い。その結果としてそれまでよりも被害の大きい事件が起きる可能性が高くなる」

「場所は? その事件が起こる場所はどこなんだ?」

「私にわかるわけがないだろう」


 詰め寄る大沢に円が淡々と答えた。


「クローズネット全体を見て探してもそれは広大な砂漠に落とした一本の針を探すようなものだ。せめて狙いを絞って仮説を立てられなければ見つかるわけがない。とはいえ、今ある情報だけからでも目的らしきものは推測できる」

「目的だぁ?」

「不法侵入事件の目的がウィルスを仕込んでいるディスクを忍ばせること。当然それを発動させるのならば解く誰かが必要となるが、意外にも好奇心の強い人物というのはどこにでもいるものさ。特に研究機関に属しているような人ならなおさらね。そして、ウィルスの目的がクローズネットへの侵入経路の形成だとすれば、何かが起こるのはその先ということになる」

「何が起こるってんだ?」

「それがこの町にある研究機関が研究しているものによるだろう。少なくとも例の爆発事件のように直接的な被害が出るものでは無ければいいのだが」


 などと言いながらも一般人に過ぎない円が知り得ない情報は山のようにある。それを知るつもりならまだ大沢たちの方が確実。しかし一応の結論が出てしまったことで円に手出しすることのできない範囲の調査を行う大義名分を失っていることに気付いた大沢は深く考え込んでしまっていた。



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