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ガン・ブレイズ-ARMS・ONLINE-  作者: いつみ
第二十一章
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境界事変篇 01『プロローグ―前編―』


 近頃頻発している様々なシステム障害や通信不良や電子機器の異常など起こる事象を総じて”事故”と呼び取り扱った胡散臭いニュースが壁に取り付けられているテレビで流れている。

 司会者らしきアナウンサーの男性がスタジオに設置された大きなパネルに記された情報を読み上げながら反対側の席に座る有識者や専門家などという人たちにコメントを求めたりしてニュースを面白可笑しく扱っている番組のようだ。ひと昔前ではこれも重要な情報源、けれどそれも今や十年以上も過去の話。現代では大抵の事件の第一報はネットニュースとして世に流され、テレビで扱うのは大抵が後追いの情報となってしまっていた。ニュース番組として速報の意義というものが薄れて久しい一方で未だに真偽の検証が大事だと、自分たち以外は検証が不十分であるというのがテレビ関係者の弁だった。

 チッと大きな舌打ちの音がする。

 クッションなど何もない薄汚れたプラスチックの椅子に座り、残り少なくなったコーヒーの缶を一気に煽った男はさも知り顔で喋っているアナウンサーの顔を忌々し気に睨みつけていた。

 現在五十二歳の男は今の職について三十年余り。最近は早くも定年という言葉が頭のどこかにちらつき始めていた。

 男にとって子供の頃から特別好きではなかったワイドショーも、年々より嫌いになっていっている自覚がある。けれど仕事柄それをまるっきり無視するわけにはいかない。どんなに番組が気に食わなくても目を通すのも必要なことと割り切ってはいるがやはり感情と理性は別なのだろう。飲みなれているはずのブラックコーヒーの味がより一層苦く感じられた。

 空の缶を握りしめて惰性でテレビモニターを見る。

 嘘か誠か確証のない事実を真実であるかのように語るコメンテーターに同意する専門家たち。

 編集された映像を見て顔を顰めながらも軽い同意をしてみせている元アイドルという女性。

 時代が変わろうとも何故か無くならないワイドショーという番組が平日の昼間から無意味な情報を垂れ流していた。


「大沢さん」

「あん?」

「探しましたよ。やっぱりここにいましたね」


 疲労の色を隠そうともせずに浅く椅子に腰かけて目線上のテレビモニターを見ている男が声に振り返るとそこには見知った顔の二十代前半の男が若干息を切らしながら立っていた。

 ここはこの建物で数がめっきり減ってしまっている灰皿が設置されている喫煙所。昨今、喫煙者がごっそり減ったことで喫煙所を使う人は限られている。

 現在この場所を使用している人のことを若人に言わせれば時代錯誤の人間。

 あるいは人には聞かせられないようなことを話そうとしている人たち。

 それか職場に居場所のないはぐれ者。

 隠し切れないほど頭髪に白髪が増えてきた男は言わずもがなその時代錯誤とされている人間の一人。


「進藤。おれに何か用か?」

「昨日の領収書がまだだって三枝木(さえき)さんが探していましたよ」

「あぁ」


 大沢と呼ばれた五十代の男は着ているくたくたのスーツのサイドポケットを雑に漁った。するとくしゃくしゃに握り潰されているレシートが何枚も何枚も出てきた。


「またこんなに溜めてどうするんですか。どうせ最近の分だけじゃないんでしょう?」

「だろうな」


 器用にも大沢が左手だけで一番上のレシートを広げてみるとそこには二か月も前の昼食に使ったであろうチェーン店の牛丼屋の料金が記されているものだった。

 手元のレシートを覗き込んだ進藤があちゃあと顔を顰める。

 一瞬逡巡した後に大沢はもう一度牛丼屋のレシートを握り潰してそのままあまり使われた形跡のないスタンド型の灰皿の中に押し込んだ。


「あああ!?」

「んだよ、声がでけぇな」

「もうこれ、取り出せませんよ」


 点数の悪いテストの答案を隠す子供のようなことをした大沢を進藤が責めるようなじとっとした視線を向けた。


「いいんだよ。どうせおれの自腹になるだけだからな」


 暗に黙っているようにと言われた進藤はやれやれと肩を竦める。

 そのまま空き缶を床に置いてレシートの選別を始めた大沢を横目に進藤が隣の椅子に腰かけてテレビモニターを見た。

 様々な情報が羅列されているパネルが大きく映し出される。アップになった時間は決して長くはないが、進藤が目敏く鋭い視線を向けるとそこに記されていた情報を大まかに読み取っていた。


「最近この手の番組が多くないですか?」

「ああ」

「まあ、ウチから情報が流れていないから似たような事象を探して適当に関連付けるしかないんでしょうけど」

「昔から適当なんだよコイツらは」


 そう言い捨てて大沢が忌々しそうにテレビを消す。

 一瞬無音になった休憩所では二つの自動販売機の駆動音だけが鳴っていた。


「あ、ちょっと。まだ僕が見ていたんですけど」


 などと不満を零しつつ進藤が消されたテレビの電源を入れる。 

 再度明るくなった画面ではちょうど次の事故の情報の説明が始まっていた。


「大沢さん。ちょっと見てくださいよ。これって一昨日起きたやつじゃないですか?」

「なんだって?」


 映像を注視してみると確かに二人にとって他よりも関わり合いの深い事柄とよく似たことが記されている。

 全てではないがその一部は間違いなく昨日に起きた出来事と同様の情報と言っても差し障りはない。


「おいおい、どこから情報が漏れたんだ?」

「あ、でも、こっちは違いますよね」

「みてぇだな」


 物知り顔で話しているコメンテーターの意見は的外れもいいとこ。そしてそれに納得しているリアクションを見せている出演者たちも進藤から見れば胡散臭いことこの上なかった。

 大沢は黙って眉間に皺を寄せてこのパネルを作った人たちは一体どこまで知っていて、いったいどのくらい本気に受け取っているのかだろうと考えてすぐにこの番組の全てが茶番であると思い直すことにした。すぐに興味を失くすことはできそうにもないが、真剣に考えるだけ損。それはこれまで経験で嫌というほどに実感しているではないかと。


「こいつらの話なんて別にどうでもいいが、こっちは問題じゃねぇのか」

「ですよねえ」

「どこから情報が漏れたのか調べる必要があるんだろうが」

千葉(せんば)さんに言ってみます?」

「言うだけ無駄だろ。千葉の日和見主義は筋金入りだからな」

「だったらどうするんですか?」

「こっちで軽く探ってみるしかないだろ」

「また仕事が増えるんですね」

「諦めろ」


 がっくりと肩を落とす進藤を一瞥して大沢がもう一度モニターを見た。

 気付けば用意されたパネルの情報はどこへやら。今では出演者たちが此度の事故の責任の所在を探して言い争っているなどという至極どうでもいい光景が映し出されていた。


「相変わらず好き勝手なことを言ってやがるな」


 低く涸れた大沢の声には隠そうともしていない嫌悪感が滲みだしている。


「でも、何も情報が無い中で関連性を見つけてくるのはテレビの人たちも中々だと思いませんか?」

「あぁ?」


 突然の賞賛するような進藤の物言いに大沢はあからさまに不機嫌になり怪訝そうな顔を向けた。

 取り上げられている”事故”は一見すると全く関係のないものばかり。人が死ぬような重大事故はまだ起きていないが、巻き込まれた人が怪我をしたという事例はいくつも起きている。少なくともあのパネルに羅列されている事例の中にもそれは含まれているわけで。


「すいません。迂闊でした」


 深々と頭を下げる新藤の頭を大沢は軽く小突いた。痛みを感じるほどではなく注意の意味を込められていることを理解している進藤は再度「すいません」と小さく謝っていた。

 パネルに記された中の事例のいくつが本当に関係している事例なのかを知る二人にとってはその正誤率というものが自ずと分かってしまう。大沢の目から見た限りだいたい三つに一つ。それが取り上げられている事例の中で本当に関係しているとこちらが判断している事例の割合だ。

 打率三割といえば野球選手ならば中々だが、一応事実を報じていると謳っているニュース番組ではその確率は決して褒められたものではないだろう。


「いいか。こんなもん数撃ちゃ当たるをしてるだけじゃねえか。そもそもこれらなんて全く関係ない事だっただろうが」

「そ、そうですよね」


 語気を強めて否定する大沢に気圧された進藤がコクコクと頷く。

 真面目な性格ながらどこか軽薄な印象のある進藤に大沢は小さくため息を吐くと床に置いた空き缶を手に取った。

 その際チラリと見えた文字盤とテレビの左上にある時計を見比べて気の抜けた表情(かお)をしている進藤に訊ねる。


「ってか、お前はこんなとこに居ていいのかよ?」

「こんなとこって、僕は大沢さんを探してここまで来たんですよ」

「いや、それはそうなんだけどさ」


 気付いていないのかと眉を顰めながら大沢が使い古されたアナログ腕時計の文字盤を見せつけて言う。


「そろそろ時間じゃないのか?」


 目の前に差し出された腕時計を見てそのまま流れるように自分の腕時計を見た進藤はハッと目を見開きしまったという顔をして慌てて飛び出していった。

 かと思えばすぐに戻ってきて律義にも深々と頭を下げて挨拶をして、


「失礼します!」


 と言い残して再度喫煙所から走り去っていった。

 残された大沢は空き缶をゴミ箱に投げ入れてテレビモニターの電源を落とすと、仕分けした領収書の半分を再度自身のポケットに押し込み、残りを一纏めにして持ち立ち上がる。

 そして三枝木に怒られることを想像して辟易した顔で大きなため息を吐いてトボトボと歩き出していた。



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