極大迷宮篇 Ep.24『かいじゅうたいじ』
全長およそ五メートル弱。
恐竜や怪獣としては小型に該当する姿に変化したホロウクロコダイルは正面に立つ俺とイナミナを捉えた瞬間に凄まじい速度で走りだして襲い掛かってきた。
映画などでよく見る二足歩行の恐竜と大きく違っているのはその腕。まるで人が中に入っている特撮番組の怪獣の如く、人間のそれと遜色のない腕を振り回しながら大口を開けて迫ってくる。
咄嗟に回避しようとしてもその速度はこれまでにないほど速く、行動が遅れてしまっては余裕を持って回避することなどできるはずもない。それでも風を纏い身体能力を向上させていたイナミナはどうにか回避に成功していた。
問題だったのは自分。素の身体能力ではこのタイミングで飛び退いたとしても安全に避けられる保証はない。仕方なく回避を諦めて瞬時に左腕を構えてぎゅっと拳を握り手の甲を正面に向けて【フォースシールド】を発動させて身を守る。
ガンッと大きな音が目の前で轟く。
不可視の盾に噛み付き砕こうとするホロウクロコダイルと視線か交わった。
「嘘、だろ…」
硬い骨を嚙み砕く時のようにホロウクロコダイルが顎に力を込めると【フォースシールド】からミシミシと軋むような音がした。ぞっとしながらもここから引かないと心に決めて踏みとどまる。もしここで【フォースシールド】を解除しようものなら噛み砕こうとする勢いをそのままに自分の体がぐしゃぐしゃになる姿の想像が脳裏を駆け巡った。
ぶんぶんと頭を振って嫌な想像を振り払う。
「吹き飛べ! <カノン>」
この体勢からでは斬り付けても届かないと判断して再度銃形態に戻していた剣銃の銃口をホロウクロコダイルの首元に向けて射撃アーツを撃ち込む。
銃口が触れてしまっても構わないと伸ばした格好で放たれた光線が一瞬だけ激しく輝き、二者の狭間、自分の目の前という超至近距離で爆発が起きた。
「うおぉっ」
『グガアアアアア』
自ら起こした爆発だからと必死に目を見開いて直視し続けていると、射撃アーツの攻撃と爆発によって思わずに口を外してしまったホロウクロコダイルが頭を左右に振りながら後ろに下がった。
ひとまずの攻防が一段落してホロウクロコダイルとの間に距離ができたことで体勢を整えるだけの余裕ができた。そのまま左手を開いて【フォースシールド】を消す前に噛み付かれて亀裂が入った現状を確認する。実体を持たず半透明な盾であるはずのそれには大小様々な亀裂に加えて爆発の跡も残されていた。
「割られる一歩手前って感じか」
軽く手を振って【フォースシールド】を消す。
「無事ですか!?」
「なんとか」
回避して反撃のチャンスを伺っていたイナミナが駆け寄り声を掛けてきた。
爆発を受けてよろめき後退したとしてホロウクロコダイルはいまだ健在、そのHPゲージに変化は見られない。仮にホロウクロコダイルが対峙していた俺に意識を集中させていたとしても離れた今、攻撃を仕掛けるよりも互いに息を合わせた方がいいと考えたのだろう。
「イナミナさんは大丈夫ですか?」
「はい。今のホロウクロコダイルは動きが速くなってはいますけど、見極められないほどじゃないので」
「なるほど。頼もしい限りですね」
やはり問題なのは自分の方か。
せめて≪竜化≫することができればよかったのだが、それは先の戦いで使ってしまっているためにまだリキャストタイムが終わっていない。つまり今の自分に素の身体能力を上げる手段はないということだ。
今のランク、今のレベルになってからは必要性を感じなくなっていたが、こういう強敵との連戦というシチュエーションが増えてくるのならばもう一度考える必要が出てくるというものだ。
「さて、どうしたものか」
声を潜めて呟き考える。
どうしても無いものねだりをしてしまいそうになるが、それでは駄目だと考え方を切り替える。
それはいつもしていること。限りある手札で現状を打開するしかないのだから。
「<シル・ファリオン>」
考え事に集中していた俺の傍で突然イナミナが斬撃を飛ばすアーツを発動させた。
狙い通りに飛ぶ青い斬撃が爆発を受けたことでよろめいているホロウクロコダイルに命中した。
攻撃を終えたイナミナはすっと細剣を下げて冷静な眼差しを攻撃を受けたホロウクロコダイルに向けている。
「防御力はたいして変わっていないみたいですね」
「た、確かに」
アーツを受けてホロウクロコダイルのHPゲージが減った。
意外なほどに豪胆なイナミナの行動と攻撃に驚き、自分も続くべきかと剣銃を構える。が、引き金に指を掛けたものの、そこから動かすことができなかった。
不思議な迫力を攻撃を受けても影響などないと平然としているホロウクロコダイルに感じ取っていたからだ。
必死に思考を巡らせている最中、よろめいていたホロウクロコダイルが姿勢を正して立った。
縦に長い瞳孔の瞳がこちらを見る。
休憩は終わりだと言わんばかりにホロウクロコダイルが吼えて攻撃を再開した。
「速い!?」
「冷静になってください!」
「ええっ!?」
身構えて防御しようと左手を構える俺の首を掴んでイナミナが駆け出した。
一瞬引きずられそうになるもすぐに並走することで転ばないようにして、どういうことかとイナミナの顔を見る。
「落ち着いて。よく見てみてください」
イナミナに促されて近づいてくるホロウクロコダイルを観察する。
「速い…けど、思っていたほどじゃない?」
自分の中にあったイメージのホロウクロコダイルの動きと目の前のホロウクロコダイルとの動きにズレがある。
幻視するイメージの存在に現実の存在が重なる。それも徐々にズレが大きくなり、いつしかイメージの存在だけが眼前に迫っていた。
「<カノン>」
走りながら、心を落ち着かせて引き金を引く。
銃口から放たれる光線は幻のホロウクロコダイルを貫いてその奥にいる本物のホロウクロコダイルに命中した。
小規模な爆発を見て足を止める俺とは対照的にイナミナは急激な加速を掛けてホロウクロコダイルへと近づいていた。
「<シル・ファード>」
自身の攻撃が最も効果的な位置に立ってアーツを発動させて斬り付ける。
爆発に怯んだ先程とは違い、今度は身動ぎ一つしないで体で受け止めていたホロウクロコダイルはすぐ傍に立ち細剣で斬り付けるイナミナを確実に目で追えているようだ。立ち止まって体に付いた雨粒を払い除けるように振り下ろされた細剣に腕を合わせて受け止めてから軽々と振り払った。
アーツという攻撃の威力を各段に高める技を用いた一撃を平然と対処してしまうホロウクロコダイルにぎょっとして絶好の追撃のチャンスを逃してしまう。
それでも一度自分の目に映っていた幻影を撃ち貫いたのならばこれ以上幻に惑わされることはない。
見えていた幻の正体や仕組みなどわからない。
同じものをイナミナが見ていたかどうかもわからない。
ただ、今の自分が見ているものが幻ではないのならば、銃口を向けた先にいるホロウクロコダイルは本物だ。
「すみません。もう大丈夫です」
連続して引き金を引き射撃を行いつつ戦闘に混ざる。
アーツではない攻撃ではホロウクロコダイルは防御すらしようとしないが、その体に弾ける火花が攻撃の命中と僅かながらもダメージを与えられていることを証明してくれる。
ホロウクロコダイルの近くに立ち斬りかかっているイナミナの邪魔にならないように細心の注意を払いつつ適格な場所を狙い、効果的にダメージを積み重ねていく。
ようやく自分たち本来の調子が戻ってきたかのようだ。
本能のままに動くモンスターとは違い、プレイヤーは己の理性で動く。
時には互いを庇いあい、時には相手の動きをサポートするように、走り、攻めて、守る。
被弾は最小に。
与えるダメージは最大になるように。
通常攻撃とアーツを織り交ぜながら攻め立てて、反撃が来れば的確に防御したり、回避したり。
そうしていつしかホロウクロコダイルの一本目のHPゲージは消失し、残るHPゲージも半分を切った。
「良い調子ですね」
嬉々としてそういうイナミナがアーツを使わずにホロウクロコダイルの背後から斬り付ける。
威力を高めていないからこそ一瞬の連続攻撃が可能となるイナミナに斬られてホロウクロコダイルは背中に重なる無数の切り傷が刻まれた。
攻撃の手を止めると即座に傷は消えてしまうが、与えたダメージは蓄積したまま。
既にその場を離れたイナミナに向けて尻尾で薙ぎ払うも届かず、誰もいない場所を尻尾が通り過ぎた。
「回復終わりました!」
より接近してイナミナが攻撃していたのは、俺が消費したMPを回復する余裕を稼ぐため。
残る回復アイテムを出し惜しみすることなく使用して自分たちが有利な状況を維持し続ける。
「次はイナミナさんが回復を」
「わかりました。少しの間お願いします」
「任せてください」
入れ替わり俺が前に出る。
剣銃を剣形態に変えて切り掛かる。
連続攻撃の速度はイナミナには負けるが、俺には【フォースシールド】という盾がある。この盾には相手からの攻撃を防ぐという意味もあるが、今は何よりその広い面を利用してホロウクロコダイルに打ち付ける、打撃武器として使っていた。
当然ながら【フォースシールド】は武器ではないために威力は出ない。魔導手甲を装備している方の手だとしても本来の使い方ではない使い方をしているのだから仕方がないといえばそうなのだが。
斬り付けて、殴って、避ける。
自分一人が攻撃し続けたとして倒せるとは考えていない。
それでもダメージを与え続けていれば確実に勝利は近づいてくる。
「お待たせしました」
声を掛けながらイナミナが鋭く細剣を突き出す。
ガンッと大きな音がしてホロウクロコダイルが振り返った。
「余所見するなよ」
敢えて一歩前に出てホロウクロコダイルの側面後方に立ち下から上へ思いきり斬り上げた。
ザンッと斬られてHPを減らし反撃を中断したホロウクロコダイルが今度はこちらを向いた。
「視線を外していいんですか? <シル・ファード>」
視界から外れるように動き、死角に立ってアーツを発動させつつ細剣を振り抜く。
攻撃を受けてよろめきまたしても頭を動かしてホロウクロコダイルはイナミナを視界に捉えようとする。
「<セイヴァー>」
今度は俺が斬撃アーツを発動させる。
互いに自分から注意が逸れた瞬間を狙いアーツで斬り付けることを繰り返しているとホロウクロコダイルはまるで移動する蛇の如く体をくねくねと動かしながら反撃することができずにいた。
このまま攻撃を続けていれば倒せるが、現実はそんなに甘くない。
HPゲージを赤く染めた瞬間にホロウクロコダイルは自らの体を爆弾のようにして無数の鱗を全方位に向けて飛ばしてきたのだ。
安全に避ける道など見当たらず、俺が選べたのは当然防御。
どんな攻撃でも自らの速度が上がって回避できていたイナミナであっても全くの無傷というわけにはいかないようで、体の端々に鱗によってできた小さな切り傷を作っていた。
「耐えきった!」
必殺技のリキャストタイムは≪竜化≫より短いが、生憎とまだ完了していなかった。
ちらりとイナミナを見る。
タイミング的に今が最大の攻撃を行う絶好のチャンス。無論放つ技はそれぞれの最大にして最強の一撃であることが好ましい。
それでもイナミナの状況は俺とさほど変わりないようで、発動させようとしているのは普通に使えるアーツの中で威力が高いものを選んだみたいだった。
「<シル・ファード>」
突きの突撃の勢いとアーツの勢いを合わせて一気に距離を詰めるイナミナ。
「<インパクトノーツ>」
ワンテンポずれてしまうが、俺が攻撃の威力を高めるためにはまずこの一つの工程を踏む必要があるのだと威力増加のアーツを発動させて身構える。
「はああっ」
強く地面を踏みしめて全身のバネを使い全力で細剣を突き出す。
ガコンっと衝撃が全身を覆っている硬い鱗の鎧を貫き、ホロウクロコダイルの頭が大きく左右に揺れた。
「断ち切れ、<セイヴァー>!」
一拍遅れで放たれる斬撃アーツがホロウクロコダイルを切り裂く。
前と後ろ。連続して繰り出される攻撃がホロウクロコダイルのHPゲージを大きく削る。
武術の残身のように攻撃を放った構えのまま数秒動きを止めた俺たちの前で真っ赤に染まっていたHPゲージが弾けて消えた。
次いで一秒。
ホロウクロコダイルの全身を光が覆い、その光ごと肉体が消滅したのだった。
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レベル【7】ランク【4】
HP【B】
MP【C】
攻撃力【D】
防御力【F】
魔攻力【E】
魔防力【F】
速度 【C】
専用武器
剣銃
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭防具――【イヴァターレ・H】
胴防具――【イヴァターレ・B】
腕防具――【イヴァターレ・A】
脚防具――【イヴァターレ・L】
足防具――【イヴァターレ・S】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【6/10】
↳【生命の指輪】
↳【精神のお守り】
↳【攻撃の腕輪】
↳【魔攻の腕輪】
↳【魔防の腕輪】
↳【速度の腕輪】
↳【変化の指輪】
↳【隠匿の指輪】
↳【変化のピアス】
↳【―】
所持スキル
≪剣銃≫【Lv132】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――“威力”、“攻撃範囲”が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――“威力”、“射程”、“弾速”、が強化された砲撃を放つ。
↳<インパクトノーツ>――次に発動する全てのアーツの威力を増加させる。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪魔導手甲≫【Lv20】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。
↳<ブロウ>――“威力”を高めた打撃を放つ。
≪錬成強化≫【Lv110】――武器を錬成強化することができる。
≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に生命力が回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に精神力が回復する。
≪状態異常無効≫【Lv―】――状態異常にならない。(特定の状態異常を除く)
≪全能力強化≫【Lv100】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【7】
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