極大迷宮篇 Ep.22『到達、10階層』
戦いの音が止んだ。
炎の壁は消え去り、吹き荒ぶ風が巻き上げていた水飛沫も収まり、穏やかな静寂が蘇る。
視界の先、鏡のような床の上に立つ勝者は一人。
イナミナは無数の光の粒子となって消えたヴァルキュリアを見送るかのように佇んでいる。
「あれが、イナミナさんの、変身」
彼女の姿は自分が知るものとは違う。
頭のてっぺんからつま先まで。緑色に輝いて見える鎧に覆われていて、その雰囲気は先程まで彼女が戦っていたヴァルキュリアによく似てる。
違うのはイナミナの方が若干細身で彼女の体のラインが浮き彫りになっているほどタイトなスタイルになっていることだろうか。
奇しくもなのか、あらかじめそうなるように作られているのか、壁や床の鏡面を文字通り姿見として使い自分の現在の姿を確認しているイナミナの挙動は俺にとってどこか懐かしいものを感じさせた。
まず自分の手を見下ろす。
それから体。
顔に触れてみて、最後に鏡面に映る自分の全体像を見る。
そうすることでようやく自分が変身しているという事実を実感できるようになるのだ。
イナミナの表情は兜に隠されてわからない。
だというのに何故だか興奮していることが伝わってくる。
「ユウさん!」
兜に覆われているというのに一切籠っていない声でイナミナが俺を呼んだ。
「どうしたました?」
駆け寄ってくるイナミナに手を挙げて応えて自分からも歩み寄っていく。
二人が立っていたおおよそ中間ほどで合流すると、それまでよりも隠しきれていない喜びと興奮が伝わってくる。
「これ! これが私の変身です!」
「おめでとうございます」
声を弾ませているイナミナに若干の戸惑いを覚えながらももう一度彼女の今の姿を見た。
細身の鎧は高い防御力を高めるというよりは、ある種の強化スーツの如く彼女の身体能力を満遍なく向上してくれるものなのだろう。
モチーフは言わずもがな、彼女自身が戦い超えたヴァルキュリア。
竜になるから<竜化>なのだから戦乙女になるから戦乙女化だろうか。それでは随分と語感の悪い感じがするが。
「あっ」
突然、イナミナの体から鎧が無数の欠片となって剥がれ落ちた。
その一つ一つの結晶は綺麗な六角形をしていて、それらが結合することで鎧を成していたようだ。
「戻っちゃいました」
「スキルを手に入れられたはずですから、またいつでも変身できますよ」
「そうですよね!?」
心底残念そうに言ったイナミナを慰める。
「まあ、変身の詳細は確認しておいた方がいいと思いますけど」
「詳細ですか?」
「はい」
自分が使っている≪竜化≫にもある使用制限の事を話した。
スキルの項目には記されていないが≪竜化≫には連続発動不可というものがある。再度発動させるにはそれなりのリキャストタイム架せられ、このスキルにはスキルレベルというものが存在しないことからそれを短縮する手段は現状ないということも。
合わせて変身してできることとできないことはそれぞれのモチーフによって異なっていることを伝えた。
強化される項目の違い。
そもそもの変身後の姿の違い。
今のところ自分と同じ変身をする人には出会っていないこと。
そして、大抵のモンスターとの戦いでは変身する必要がないということ。
「あー、なんか皆がそんなことを言っていたような気がします」
落胆するのではなくようやく自分の身で理解することになったんだという雰囲気で答えるイナミナが思い浮かべているのはグループを組んでいる仲間たちなのだろう。
「そういえば、お仲間さんたちはもう変身することができたんですよね」
「はい。私が体調を壊してお休みしてしまった時に礼のクエストをクリアしたので」
「えっと、それは、良かったんですか?」
「はい。まあ、その時は落ち込みましたけど、皆に遠慮しないで行ってきてって言ったのは私ですし、あの時はランクでできなくなるなんて知られていませんでしたから仕方ないです。それに!」
ばっと顔を上げて満面の笑みを見せる。
「今は私も変身できました」
後悔はある。けれどそれに不満を言うことはない。そう自分に誓っているかに見える彼女も内心では思うこともたくさんあったのだろう。それでも現状を自分の力で打破するともがいて抗って、そして欲していたものを手に入れた。
その行動力と意思には心の底から感嘆するし尊敬もする。
そして多分、そんなイナミナを黙って、時には励まして見守っていたであろう彼女の仲間たちもまた尊敬に値する人物だ。
「どうですか? かっこよかったでしょう? かっこよかったですよね?」
「はい。とってもかっこよかったです」
「えへへ」
緑色に輝いて見える鎧は正直に言えばカッコイイというよりも綺麗だと思ったが、それはイナミナが求めている言葉ではないような気がした。
当然のようにカッコイイとも思ったのだから素直にそれを口に出すと、存外イナミナは破顔して最大級の笑顔を浮かべた。
「おぉ、これが一流の配信者か」
「はい?」
自覚しているのかいないのか。屈託のないイナミナの笑顔は確かに人を魅了するなと感じた。
戦いが終わり、二人の変身が解けた。
それはすなわちここでの戦闘が終わったことを指し、程なくして部屋の真ん中に音もなく木製の扉だけが出現していた。
「どうやら異層から元の極大迷宮に戻れるみたいですよ」
どうやっても果てに着かない部屋の出口はあの扉。
俺がドラグーン、イナミナがヴァルキュリアとそれぞれに宛がわれたモンスターを倒すことで初めて脱出可能となく隔絶された階層。まさしく異層。
ゆっくりと扉へと歩いていく二人の足音がコツコツと反響する。
「開けますよ」
「お願いします」
代表して扉のノブを掴み軽く回して押す。
ガチャっと鍵が外れる音がして、キィィっと気が擦れる音と共に開かれる扉の先は光に満ちている。
「行きます」
「はい」
意を決して光に飛び込む。
二人が扉を通り抜けた瞬間、扉は音もなくすうっと消えた。
目を開いていられないほどの閃光が襲い、思わず顔を腕で覆うがそれでも足りないと目を瞑る。
一瞬の閃光が収まり、ゆっくりと目を開けるとそこは見慣れた、いや、見慣れているわけではないが、何となく既視感のある極大迷宮の景色が広がっていた。
「ここは…」
十層に上がろうとして突入した異層。だから戻ってくるのは九層のはず。
「あ、あそこに階段がありますよ」
自分たちが戻ってきた場所は横道に逸れた場所にあった小部屋の中。
扉のない小部屋から出てすぐに左折してそのまままっすぐ歩いているとすぐに下の階層に続いている階段が見つかった。
これまでの階層に多く見られた次に進むプレイヤーを阻むモンスターが鎮座している階段前の部屋は無く、通路に直接階段が繋がっている。
「行きましょう」
念のために周囲を警戒しながら階段に近づき、一呼吸してから降っていく。
螺旋階段のように緩やかなカーブを描く階段を進み続けると程なくして次の階層に繋がっている出口が見えてきた。
今度もまた扉はなく開けっぱなしの踊り場を抜けて降り立ったのは第十層。
親切なことに階段を出てすぐの壁に【第十層】と刻まれた錆び塗れの看板が取り付けられていたのだ。
「これで中断ポイントが登録されたってことなんでしょうか?」
階段を降り切って通路に出て看板を見つめつつイナミナが言ってきた。
不安がるのも無理もない。
中断ポイントと指定されている第十層だが、その実、それを有効とするためには第十層を踏破するのかそれとも足を踏み入れればいいだけなのか分かっていないのだ。
仮にここが自分たち以外のプレイヤーも挑んでいるオープンな設定だったのならば近くのプレイヤーに訪ねてみることができただろうが、今、この極大迷宮にいるのは自分とイナミナだけ。
何らかの確証を得るためには手掛かりを探さなければならず、少なくとも不明な状況で極大迷宮から出て再度第十層に戻って来られるかと検証することは悪手でしかない。
「とりあえず近くにモンスターもいないみたいですから、探索をしてみましょう」
「そうですね」
さきほどの戦いで疲弊したHPやMPはスキルによって自動回復されている。何かしらのモンスターが襲ってきたところで後れを取ることはないと断言できるが、必要のない戦闘を望むほど退屈を感じてはいなかった。
第十層はそれまでの洞窟然とした階層に比べるとはるかに迷宮というイメージ通りの見た目をしている。
灰色の煉瓦ブロックが積まれてできた壁。
敷き詰められた石畳の地面。
天井は剥き出しの土肌で、そこから時折滴り落ちる水滴が不規則なBGMを奏でている。
「ユウさんは変身はどんな時にするって決めているんですか?」
無言で歩くだけでは暇になったのか突然イナミナが聞いてきた。
「どんな時、ですか」
「はい。長いリキャストタイムがあるからには適当なモンスターとの戦闘で使っていたら”いざ”という時には使えなくなりますよね?」
「それはそうなんですけど」
「けど?」
「いざと言う時に滞りなく発動するためには自分がそれを使うことに慣れていないといけないと思うんです」
「確かに」
「それに変身した状態で自分が戦う感覚というものにも慣れていないと。変身前と後では明らかに身体能力に差がありますから」
少なくとも自分はそうだと注釈を入れて言う。
なるほどと呟き考え込んでしまったイナミナが下手を打たないようにだけ注意しながら歩いていると程なくして大きな部屋に到達した。
「これは……オアシスみたいなものなんでしょうか?」
戸惑うイナミナの気持ちもわかる。
砂漠にあるオアシスというのは想像に難くないが、迷宮のそれも洞窟の中にあるオアシスというのは雰囲気がチグハグしている気がするのだ。
「ったく。こういうのって普通は洞窟なら流れ込んできた水が溜まっている滝壺的なものじゃないのかよ」
「ユウさん?」
自分が昔に見たアニメではそうなっていたぞと誰に向ければいいのかさえ分からない理不尽な感情を抑えきれず呟くと何との応えればいいのかわからないという曖昧な笑みを浮かべてイナミナは「さ、さぁ」と困ったような返しをしていた。
「まあ、さも意味ありげに設置されているんだからここには何かありそうだけどさ」
今度もまた独り言ちながらオアシスへと近づいていく。
あまりにも不用心な俺の行動にイナミナが、
「何をしてるんですか! 近付いたら危ないですよ」
注意をするも、不思議と俺は大丈夫だろうという感覚になっていた。
それが罠とも知らずに。
「え?」
突然オアシスが歪み揺らめいた。
足を止めて立ち止まるも自分が立っているのはオアシスのすぐ傍。
モニターにノイズが走って映像が切り替わるように消えたオアシスの中から天井に目掛けて青い稲妻が駆け抜けた。
「ぐあっ」
直接触れたわけではないというのに俺の全身に嫌な衝撃が駆け巡った。
大きく減る自分のHPゲージ。
この一度のダメージで最大値の五分の一もの体力が削られてしまった。
「俺は何を……?」
痺れる体を強引に動かしてイナミナがいるラインにまで下がる。
そこでようやく自分に対する違和感に気付いた。
どうして、俺はああも無防備にオアシスに近づいたのだろう。
どうして、何もないと考えてしまったのだろう。
どうして、それを疑いもしなかったのだろう。
脳裏を駆け巡るいくつもの疑問に回答が出るよりも早くそれは姿を現した。
バチバチと体に閃光を纏わせながら低く唸り声を出す巨大な白いワニのモンスター。
「ユウさん、大丈夫ですか?」
駆け寄ってくるイナミナに無事だと手振りで答えて、すぐにワニのモンスターに注意を向けるように促す。
細剣を抜くイナミナと剣銃を抜く俺。
白いワニの咆哮と共に降り注ぐ雷鳴が既に戦いの幕が上がっていた戦闘で再度鳴る開戦のゴングの代わりに轟いた。
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レベル【7】ランク【4】
HP【B】
MP【C】
攻撃力【D】
防御力【F】
魔攻力【E】
魔防力【F】
速度 【C】
専用武器
剣銃
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭防具――【イヴァターレ・H】
胴防具――【イヴァターレ・B】
腕防具――【イヴァターレ・A】
脚防具――【イヴァターレ・L】
足防具――【イヴァターレ・S】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【6/10】
↳【生命の指輪】
↳【精神のお守り】
↳【攻撃の腕輪】
↳【魔攻の腕輪】
↳【魔防の腕輪】
↳【速度の腕輪】
↳【変化の指輪】
↳【隠匿の指輪】
↳【変化のピアス】
↳【―】
所持スキル
≪剣銃≫【Lv132】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――“威力”、“攻撃範囲”が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――“威力”、“射程”、“弾速”、が強化された砲撃を放つ。
↳<インパクトノーツ>――次に発動する全てのアーツの威力を増加させる。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪魔導手甲≫【Lv20】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。
↳<ブロウ>――“威力”を高めた打撃を放つ。
≪錬成強化≫【Lv110】――武器を錬成強化することができる。
≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に生命力が回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に精神力が回復する。
≪状態異常無効≫【Lv―】――状態異常にならない。(特定の状態異常を除く)
≪全能力強化≫【Lv100】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【7】
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