極大迷宮篇 Ep.20『鏡の竜騎士』
人型に変化したドラグーンの右手は肘から先がランスの形になり、左手は元の竜の腕のまま。頭部は口を閉じた竜の顔が仮面のように、広げられていた翼はさながら風に靡くマントのよう。腰の後ろからは細く長い尻尾がくねくねと意志のままに動いている。
竜の巨大さは無くなったものの竜という存在を強引に人の形に押し込めているみたいだ。
頭部にある竜の顎の意匠が微かに上下に動く。それこそ呼吸の度に動いているかのように見えるそれは、ドラグーンが鎧を纏った人となったのではなく、あくまでも人に似た形に変化しただけであるということを表わしているかのよう。
「なっ、さらに速くなった!?」
地を蹴って加速するというよりは、マントのような翼で風を掴み飛んでいるという方が正しいだろう。それでいてかなりの急加速を伴い突撃してくるドラグーンに俺は左手を構えて【フォースシールド】を使い身を守ることしかできない。
突き出されたランスの穂先が【フォースシールド】に当たり止まる。が、それも一瞬。次の瞬間にはバリンっと大きな音を立てて目の前で不可視の盾が砕け散った。
突撃の勢いは多少弱まった。しかし突撃そのものは止まることなく鋭い刃は自分の首元にまで迫っていた。
「くうぅっ」
強引に体を捻って倒れこむようにしてランスを避ける。
床に手を付き体を起こして体勢を整える。頭の中でそこまでシミュレーションして伸ばした剣銃を握ったままの右手は硬い床も、床の上に張られている水にさえも触れることなく空を掴んでいた。
「うわっ」
背中から強く床に叩き付けられてしまったのだ。
俺の体を床に押し付けているのはドラグーンの竜の手。
目を凝らすとわかる鱗に覆われている左手はまるで竜化して魔導手甲と同化している自分の左腕を見ているかのよう。
であれば中途半端な攻撃ではダメージは通らない。
爪先が床に食い込んでいる竜の手が俺の右手を肩から押さえ付けてしまっているために剣形態の剣銃を持ち帰ることができず、指先で操作して銃形態に変えて撃とうにも銃口をドラグーンに向けることもできない。
「<ブロウ>!」
やむを得ず比較的自由に動かせる左手で拳を握り不格好にも裏拳で殴りつける。威力を出すために打撃アーツも発動した。
拳に宿った光がドラグーンの頬に当たって弾ける。
背中がつってしまいそうになる強引な攻撃。この世界が現実ではないからこそできる攻撃だ。
裏拳が命中したおかげで微かに自分を押せ付けているドラグーンの左手が浮いた。
「退けぇっ」
千載一遇のチャンスを逃してはならないと体を捻りうつ伏せから仰向きになってそのままドラグーンの腹を蹴り上げて押し返す。
上半身を仰け反らせたドラグーンが翼を思い切り広げたことで追い風を受けて走るときみたいに風を味方につけたドラグーンは前傾姿勢になった瞬間に開いた左手を再度叩き付けてきた。
「――っ!?」
剣銃を持つ手に鈍い感触が伝わってくる。
盾で身を守るのではなく剣形態へと変えた剣銃を突き立てることで反撃を試みたのだ。
大抵の動物型のモンスターのように柔らかいわけではないがゴーレム系のように特別硬いわけでもない。あえて例えるのならば鎧を纏ったプレイヤーだろうか。鎧は硬いがその下にある人の肉体は柔らかくぐっと力を込めて鎧を破れさえすればその下にある身体に刃は届く。当然肉体を傷付けられればダメージは鎧の上から攻撃をされたときの何倍にも膨れ上がる。
今回俺は鱗を破壊するほどの攻撃ができたわけではない。鱗を破るだけの威力と勢いを叩き出せたのはドラグーンの攻撃に合わせて着弾地点を予測し、そこに決して壊れることのない刃を置くことができたからだ。
『グォォオオ』
人のようになっても言葉を発することはないのか、竜の唸りを上げて大きく飛び退いた。
一筋の傷を刻んだドラグーンの手からはボタボタと血のような液体が滴り落ちている。血は流れないのがこのゲームの倫理観であるからにはその手から滴っているのは一体何だというのか。
赤でも青でも緑でもない黒い液体。ぐっと強く拳を握り数秒。ドラグーンの左手に付いた傷跡は綺麗さっぱり消えていまっていた。
「どうした? 傷つけられたことに戸惑っているのか? 悪いな。俺の刃はオマエに届くみたいだ」
兜に隠れて見えないことを忘れて俺はドラグーンを挑発するような笑みを浮かべて余裕綽々といった口ぶりで告げた。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ』
竜の顎が開く。
轟く叫びは空気を震わせて、イナミナと自分を隔てている炎の壁を大きく揺らめかせた。
それだけじゃない。右手のランスが赤白い光を帯びて肥大している。
「<インパクトノーツ>」
あのランスから感じる圧力は最初に見せたブレスよりも上。それに対抗するためにはこちらの攻撃も威力を上げるしかない。
光を宿した剣銃を強く握りしめる。
タイミングは一瞬。
息を殺して待ち構えている視線の先でドラグーンの翼がはためく。
「<セイヴァー>!!」
自分の元に穂先が届くまで一秒もかからない。
まさにコンマ数秒の反射で叫び振り上げた刃がドラグーンの突き出すランスと激突した。
生まれる衝撃波が炎の壁をも吹き飛ばす。
目の前の相手から視線を外すことができない。
押し込まれないように、吹き飛ばされないようにと両足で踏ん張って、かつ本来片手で振るう剣銃に左手を添える。
それでもまだ足りない。
徐々にではあるが、確実に押されているのは俺の方だ。
「おおおおおおっっ」
吼える。
叫ぶ。
強く、踏み出す。
アーツの光とランスの光が拮抗する。
その時、一陣の突風が吹いた。
力強く優しい風は炎の壁の残滓を巻き上げて微かにドラグーンを押し返したのだ。
「今!」
ドラグーンの圧力が減った瞬間に俺はあえて刃を寝かせてランスを滑らせるとそのまま体の軸を変えて突き出されている突撃の勢いに身を任せた。
ぐんっと体が回る。
剣銃が持っていかれそうになる。
「止まれええぇぇぇ」
右足に体重を乗せて独楽のように回りそうになる体を左足を滑らせつつどうにか制止させる。
この時、竜化した足が床を滑っては水飛沫が上がり、それと同時に削られた床の欠片が火花のように舞い散っている。
突進がいなされて駆け抜けた流星となったドラグーンが床にランスを突き立てることで急停止してみせた。
「ふぅっ」
強く息を吐き出す。
動きを止めたドラグーンが床からランスを抜くとすでに光は消えている。
「<インパクトノーツ>はまだ使えない。ただの<セイヴァー>じゃ多分威力が足りない」
小さく誰にも聞こえないように呟く。
睨みを利かせて見つめる先でドラグーンの左手が形を変えた。
それはもはや手ではない。突き出された左手はそれそのものが竜の頭だ。
左手の竜が口を開く。
キラキラとした無数の粒子が渦を巻いて竜の口へと吸い込まれていく。
それはドラグーンの最大にして最強の攻撃。
出会い頭に放たれたブレスよりも、先程見せたランスの突撃よりも遥かに凄まじい一撃の予兆。
「斬り裂け。<ブレイジング・エッジ>!!!」
視界を埋め尽くす閃光が迫る。
極大のブレスに対抗できるのは極大の斬撃を放つ必殺技。
通常時に放つ必殺技と竜化した状態で放つ必殺技はもはや別物と言えるほどに違う。
通常の<ブレイジング・エッジ>が極大の斬撃を飛ばすものであるのならば、竜化した状態は刀身に宿った光そのものが極限まで膨れ上がり大剣や長剣など比にならないくらいの大きさをした光の剣を創り出すのだ。
それでいて重さは変わらない。
触れたもの全てを斬り裂いてしまう刃を全力で振り抜いた。
赤黒いスパークが迸る光の刃が極大のブレスを吹き飛ばす。
それと同時にまるで空間そのものが切断されてしまったかのように静寂が訪れ、一瞬の間を置いてドラグーンの体に大きな亀裂が入って左手の肩から先が弾けるように消滅した。
「嘘、だろ」
これでもまだ倒すには至らなかったのかと驚愕の視線をドラグーンに向ける。
頭上に浮かぶHPゲージは残り僅か。
今なら普通に射撃するだけで倒せそうだと銃形態に変えた剣銃で狙い定めた。
そこでさらに驚愕することになる。なんとこの一瞬でドラグーンのHPゲージが回復し始めていたのだ。
ボロボロ満身創痍の状態でドラグーンは再度右手のランスに光を集め出した。
渦を巻く粒子がランスに吸い込まれていく。
先程のブレスと同じだけの威力の攻撃が放たれるというのだろうか。
させるものかと引き金に指を掛ける。
「<ブレイジング・ノヴァ>!!!!!」
選択肢は一つ。
使うのは射撃の必殺技。
これは竜化していようがいまいが大きな変化はない。
銃口の近くに発生した四重の光の輪を貫いて赤黒い光線が撃ち出された。
僅か数瞬放たれるのが速かった光線がドラグーンが繰り出したランスの突きと激突する。
ドラグーンのブレスと俺の斬撃の激突は俺の勝利で終わった。
奇しくも今度は俺が射撃、ドラグーンが突きという攻撃の性質が逆転した構図となっていた。
「貫けぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ランスの光が必殺技の光に飲み込まれていく。
閃光が迸り消えた後、今度こそドラグーンは跡形もなく消え去った。
「ふぃ」
ドラグーンの消滅に呼応するように竜化が解除されて俺は元の姿へと戻ってしまっていた。それに加えて俺が使える二種の必殺技は使い切った。
これ以上の戦闘は、それこそドラグーン程のモンスターを相手取るのは是非とも回避したいが、この場にはまだ戦うべき相手が残っている。
「イナミナさんは?!」
今もなお聞こえてくる斬撃の音。
視線を向けた先で剣戟を繰り広げているのは鎧の色が緑銀へと変化したヴァルキュリアと青い風を纏って戦うイナミナ。
超速を超えて光速で戦う二人の姿があった。
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レベル【7】ランク【4】
HP【B】
MP【C】
攻撃力【D】
防御力【F】
魔攻力【E】
魔防力【F】
速度 【C】
専用武器
剣銃
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭防具――【イヴァターレ・H】
胴防具――【イヴァターレ・B】
腕防具――【イヴァターレ・A】
脚防具――【イヴァターレ・L】
足防具――【イヴァターレ・S】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【6/10】
↳【生命の指輪】
↳【精神のお守り】
↳【攻撃の腕輪】
↳【魔攻の腕輪】
↳【魔防の腕輪】
↳【速度の腕輪】
↳【変化の指輪】
↳【隠匿の指輪】
↳【変化のピアス】
↳【―】
所持スキル
≪剣銃≫【Lv132】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――“威力”、“攻撃範囲”が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――“威力”、“射程”、“弾速”、が強化された砲撃を放つ。
↳<インパクトノーツ>――次に発動する全てのアーツの威力を増加させる。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪魔導手甲≫【Lv20】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。
↳<ブロウ>――“威力”を高めた打撃を放つ。
≪錬成強化≫【Lv110】――武器を錬成強化することができる。
≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に生命力が回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に精神力が回復する。
≪状態異常無効≫【Lv―】――状態異常にならない。(特定の状態異常を除く)
≪全能力強化≫【Lv100】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【7】
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