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極大迷宮篇 Ep.17『鏡の異層』


 コツコツコと自分たちの足音が反響する。

 ここが部屋だとするのならば必ず行き当たる壁にすら辿り着かないまま、襲い来る徒労感に足が止まってしまった。

 どこまで行っても自分たちがいるのは部屋の真ん中。

 進めていないことは明らかで、閉じ込められてしまったと感じ始めるのも無理はない。

 それでもこの場に座り込んでしまわなかったのはここが極大迷宮(ダンジョン)の中であることを忘れなかったから。

 行くべき道どころか進むべき方向すら見失ってしまったと、途方に暮れて天井を見上げた。


「綺麗なのは綺麗なんだけどなぁ」


 全面鏡張りかと言わんばかりに周囲の景色を反射している壁や天井、そして床。どこが本来の光源なのかわからないほど煌めく輝きがこの部屋全体を明るく照らしている。

 ありとあらゆる方向から一点を照らしている手術室の無影灯のように、部屋の中では人の影は生まれない。何度床に手を近づけて自分の手が映し出されるギリギリを測ることさえ面白く感じてしまうほど、ここには何もなかった。


「いつまでこうしていればいいのでしょうか」


 することがないというのは存外精神を疲労させる。イナミナが疲れ切った顔をして声をかけてきた。


「ずっと、何てことにはならないと思いますけど。正直、何を切っ掛けにして事態が動くのかわからないので」

「そうですよね」


 無意味な時間を過ごすことになるだろうと覚悟を決めたイナミナが小さく頷き顔を上げる。

 するとまるで彼女の意識を読み取ったかと言わんばかりにそれは起こった。

 鏡面の天井から大きな雫がゆっくりと落ちてきたのだ。

 突然の出来事に俺もイナミナも驚き固まってしまっている。

 重力に従って床に落ちた雫は大きな水の冠を作り、波紋を広げて床に吸い込まれていった。


「な、何だったんでしょうか?」

「さぁ」


 戸惑うイナミナの問いに俺はポカンとした顔でわからないと答えた。

 またもう一つ別の雫が落ちてくるかもと天井を見上げてみるも、それらしきものは一切合切見当たらなかった。

 つまり落ちてくる雫は一つだけ。

 であれば、その雫こそが大事な何かということになる。


「――あっ」


 視線を雫が吸い込まれた床に向けていたイナミナが声を出した。

 消えていたはずの波紋が突然広がっていき、今度は重力に逆らうように床から大きな雫が浮かび上がった。

 床と繋がっていた雫の端っこが床を離れる。

 三度広がった波紋の真上で雫が完全な球体となり、内側から弾けて微細な粒となって周囲に降り注いだ。

 俺たちは念のためにと雫を警戒して距離を取っていたためにその細かな雫を浴びることはない。

 突然の雨が水面を打ち付けるようにいくつもの小さな波紋が生じた後、すぐに消えてしまった。


「なるほど。私たちはあれを倒せばいいんですね」


 それまでに見ないほど好戦的な物言いをするイナミナの様子にふとした疑問が過る。

 雫の中から現れたのは一体の騎士。この部屋と同じ鏡面の鎧を身に纏い、一振りの剣を床に突き立てる格好で静かに立っている。頭部を覆う兜には羽飾りのような意匠が付いたバイザーがあり、全身鎧を纏っているとはいえそのシルエットは明らかに男性ではなく女性であった。


「落ち着いてください」


 今にも戦闘を始めてしまいそうになっているイナミナに声をかける。

 すると不思議そうな顔をしてこちらを振り返り、小首を傾げて何故俺がそのようなことを言ったのかと反対に問い掛けてきた。


「あの鎧騎士と戦うことになるのは間違いないと思いますけど、何も考えなしに飛び込むのは危険です」


 だから自分と協力しようと伝えるとイナミナは少し考えるような素振りを見せて”そうですね”と頷いた。


「一体どうしたんです?」

「えっと、その…」


 冷静さを取り戻したように見えたイナミナに尋ねてみる。そんな俺に返されたのはどこかソワソワした顔。不安とも戸惑いとも違う、彼女自身にさえも感じている感覚を言葉に表せないでいるかのよう。


「鎧騎士」


 と見たままの名称で呼んだそれを見つめる。

 見えてきたのはその頭上に浮かぶ二本のHPゲージと本当の名称。

【ヴァルキュリア】

 見た目のまま戦乙女という名前。

 ただ、どうにも俺にはそれがただのモンスターのようには見えなかった。はっきりとした理由などない。根拠は自分の直感だ。


「あのヴァルキュリアを見ていると何故だかわからないんですけど、ここがざわざわするんです」


 自身の胸に手を置いて小さな声で呟くイナミナと物言わぬ石像と化しているヴァルキュリアを見る。

 その二つが醸し出している雰囲気というかなんというか、傍から見た印象みたいなものが微かに似ていると思った。

 戦っているときのイナミナが持つ鋭さ。

 無言で鎮座しているヴァルキュリアから受けるまるで抜身の刀のような危うさ。

 違うようで等しい、等しいようでまるで違う何かがその二つから感じられたのだ。


「まさか……」


 と顎に手をやり呟く。

 はっとしたようにイナミナを見ると、より一層自分の考えが合っているような気がしてくる。


「何か気づいたことがあるのなら言ってください」


 懇願するように真摯な眼差しで言ってきた。


「多分ですけど、あのヴァルキュリアというのはイナミナさんの映し身なのかもしれません」

「映し身ですか?」

「この部屋の壁や床は鏡みたいなものです。けれどそこに自分たちは映っていない。手を近づければ反射はしますけど、自分たちの全身を映しているものはどこにもありません。であれば、本来映し出されている自分という存在がどこかにあるはず」


 滅茶苦茶な論理ですけどと付け加えて言葉を重ねる。


「だからあれはイナミナさんなんです。正確にはこの鏡の部屋に映し出されたイナミナさんが実体化したというような」


 そういう俺の隣でイナミナがヴァルキュリアを凝視している。


「イナミナさんがこの極大迷宮(ダンジョン)に求めていたもの。その思いが結集したのかもしれません」

「えっ!?」

「つまり、あれがイナミナさんが”変身”した時の姿。……の一つなのかも」


 そう。俺があのヴァルキュリアに感じていた何か。それは≪竜化≫した自分を見たときに感じていたものに近い。

 プレイヤーから受ける強さとも違う。モンスターが持つ強さとも違う。例えるのならば平治相まみえることのない異質な存在が持つ強さ。

 今でこそシステムの一つとして内包されているが、元をたどれば理外の強さ。

 目の前にいるヴァルキュリアから感じるのはまさにそれだ。


「あれが私の……」


 俺の言葉を受けてヴァルキュリアに熱い視線を送っているイナミナ。

 するとゆっくりとではあるがヴァルキュリアが動いた。

 床に突き立てていた剣を持ち上げて極めて自然体に立っている。

 頭は正面を向き、まるでイナミナを見つめ返しているかのよう。


「どうすればいいんですか」


 腰の細剣に手を伸ばしてヴァルキュリアから視線を外さずに聞いてきた。


「確かなことは言えませんけど」

「構いません」

「イナミナさんがヴァルキュリアに打ち克てばいいはずです」

「それであの力が手に入るんですね」

「おそらくは」

「わかりました」


 すうっと鞘から細剣を抜き放つ。

 その瞬間、ヴァルキュリアが構えを取った。


「俺も手伝います」


 剣銃(ガンブレイズ)を持ち参戦の意を伝えると突然、ヴァルキュリアの横に雫が一つ浮かび上がった。

 ヴァルキュリアが出現した時の雫に比べても二倍以上も大きな雫。

 それが弾けて中から現れたのはヴァルキュリアと同じ鏡のような鱗を持つ巨大な竜だった。


「うあっ」


 不意に襲ってくる熱い感覚。

 胸の内側から込み上げてくる熱に抗うことはできないまま強く自分の心臓の辺りを掴むと同時に俺の体が変化した。


「な、何で」


 全身を包み込む鎧のような甲鱗。

 視界は変わっていないがこれまでの経験からわかる。今の自分は頭までもが装甲に覆われているはず。


「≪竜化≫した?!」


 自分の意志とは関係なく変身した事実に戸惑いつつ俺はヴァルキュリアに並ぶ竜を見た。


「ああ、そうか。そういうことか」


 竜の頭上にも二本のHPゲージがある。そしてその名称は【ドラグーン】。

 竜化した俺が竜の力を取り込んだ人であるのならば、あれは人を取り込んだ竜とでもいうべき存在。


「なるほど。あれがユウさんの映し身なんですね」


 人ではないその姿に若干頬を引き攣らせつつイナミナがいう。


「すいません。すぐにお手伝いすることは無理みたいです」


 実際に戦ったわけではないが、対峙しただけでも伝わってくることもある。ドラグーンは安易にすぐに倒してみせますとは到底言えない相手のようだ。


「大丈夫です。ヴァルキュリアが私の映し身で、あれを倒すことが”変身”するために必要なことだというのなら。その試練は私が自分の手で越えなければならないもの。そうですよね」

「…そう、ですね」


 誰かの手を借りてはならないなどという条件があると明言されたわけじゃないのならば、ここで俺に助けを求めても問題はない。しかし他ならぬその俺自身が自分の映し身であるドラグーンを倒さない限り自由に動けないのだと直感している。

 先ほど言った”打ち克つ”の意味を戦いの中にイナミナが掴んでくることを祈って彼女の横に並び立つ。

 俺とイナミナ。

 ヴァルキュリアとドラグーン。

 並び立って正面を睨みあう両者の戦いの始まりを告げる号砲はドラグーンの口から放たれた超高温の炎の息吹(ブレス)だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レベル【7】ランク【4】


HP【B】

MP【C】

攻撃力【D】

防御力【F】

魔攻力【E】

魔防力【F】

速度 【C】


専用武器


剣銃(ガンブレイズ)

↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】

魔導手甲(ガントレット)

↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】


防具


頭防具――【イヴァターレ・H】

胴防具――【イヴァターレ・B】

腕防具――【イヴァターレ・A】

脚防具――【イヴァターレ・L】

足防具――【イヴァターレ・S】

一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】


アクセサリ【6/10】

↳【生命の指輪】

↳【精神のお守り】

↳【攻撃の腕輪】

↳【魔攻の腕輪】

↳【魔防の腕輪】

↳【速度の腕輪】

↳【変化の指輪】

↳【隠匿の指輪】

↳【変化のピアス】

↳【―】


所持スキル


≪剣銃≫【Lv132】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。

↳<セイヴァー>――“威力”、“攻撃範囲”が強化された斬撃を放つ。

↳<カノン>――“威力”、“射程”、“弾速”、が強化された砲撃を放つ。

↳<インパクトノーツ>――次に発動する全てのアーツの威力を増加させる。

↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技(エスペシャル・アーツ)

↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技(エスペシャル・アーツ)

≪魔導手甲≫【Lv20】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。

↳<ブロウ>――“威力”を高めた打撃を放つ。

≪錬成強化≫【Lv110】――武器を錬成強化することができる。

≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。

≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。

≪自動回復・HP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に生命力が回復する。

≪自動回復・MP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に精神力が回復する。

≪状態異常無効≫【Lv―】――状態異常にならない。(特定の状態異常を除く)

≪全能力強化≫【Lv100】――全ての能力値が上昇する。


残スキルポイント【7】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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