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極大迷宮篇 Ep.12『駆け抜けて六層』


 第六層も変わらずに洞窟。しかしそれまでと違うのは壁や床や天井にそれこそ人体模型で見る血管のように無数の木の根が張り巡らされていたこと。それに加えて元の石の色が解らないほどにびっしりと苔が広がっている。これまでに通ってきたどの階層よりも何倍も湿度が高くなっているらしい。


「ど、どうしたんですか?」


 第六層に足を踏み入れたまま立ち止まっている俺とは対称的に早く先を行こうとしているイナミナが振り返るのと同時に声を引き攣らせ、慌てて前に向き直ると平静を装うような声色で訊ねてきた。

 そんなイナミナの様子など露知らずぼんやりと立つ俺は彼女の背中に向けて言う。


「いえ。ただ、同じ洞窟でも内装や雰囲気がここまで違ってくるものなんだなって」


 当たり障りの無いようなことを言いながらも俺の意識は別の所に向けられていた。

 ふと感じた既視感。その正体が解らずにモヤモヤする。

 何がどう似ていると感じたというのだろう。そして、それが何故こうも気になったというのか。

 草の根が張り巡らされて至る所にはしっとり濡れた苔が生い茂っている。そのような雰囲気を持っている場所。こと洞窟という場所ではこれまでも何度も見てきた。だというのにこの第六層では何かが変だ、何かがおかしいと自分のなかの直感が警鐘を鳴らし続けていた。

 しかし、さっと辺りを見回して違和感の正体を探し出そうとするが残念なことにそれらしきものは見つけられない。わざわざ先を行こうとしているイナミナを呼び止めてまで自分が感じたことを伝えるようとしても、上手く言語化して伝えることはできないと自分に対して諦めにも似た見切りを付けて何でもないと頭を振った。


「早く行きましょう」


 振り返ることもなく再度歩き出したイナミナを追い駆けて追いつくと、隣に並んで苔と根に覆われた洞窟を突き進む。

 これまでの道程を鑑みるに、どうやら第六層は一本道がベースとなっているようだ。

 たまに見かける横道の先にちょっとした小部屋を見かけることはあったものの、イナミナがそれに立ち寄るつもりがなければスルーすることになっている。とはいえこうも横道を無視してまっすぐ次の階層に続く階段を探すことになるとは想像もしていなかったが。

 最終的な目的は変わっていないとしてもその道中の探索は彼女の生業の動画になる。

 だからこそ、道中の探索も大事だと思っていたのだが。


「あの…」

「なんですか?」


 またしても横道をスルーするイナミナのことが気になって何気なしに声を掛ける。


「この先に多分何かがあると思うんですけど」

「何かというと宝箱的なものですか?」

「ここからだと暗くて確かなことは言えませんけど、多分」


 確証は無い。待っているのはこの階層に出現するモンスターとの戦闘かもしれない。けれどこのままメインの通路を移動しているだけでは何も起きたりはしない。それではいささか撮り高が足りていないのではないだろうかと気になったのだ。


「あー、それなら別に、いいです」


 妙に歯切れが悪い様子で言い淀むイナミナが通路の向こうを見つめたまま小さく呟いた。


「えっ? でも……」


 思いもしなかった返答にポカンとした顔を浮かべてしまう。


「あ、あの。今はその、早く先に進んだ方が良いかなっと」


 視線は逸らされたまま、というよりも通路の先をまっすぐ見つめたまま頑なにこちらを向こうとしない。

 探索を拒否したこともさることながらいつもと違う彼女の雰囲気に戸惑いを覚えていると突然イナミナが「ひっ」っと短い悲鳴を上げて体を震わせた。

 イナミナが悲鳴を上げる直前に微かに近くで何かが動いた音がしたような気がするが、じっと耳を澄まして待ち構えてみてもモンスターの気配すら感じない。


「どうしたんですか?」


 警戒を解き、ピンと指を伸ばして直立不動になっているイナミナの様子が気になって今度は自分から訊ねてみることにした。


「な、何でもないです。――ひぃっっ」


 油の切れたブリキ人形みたいにぎこちない動きではあるものの今度は此方の方へと振り返ったイナミナがまたしても近くから小さな音がするとあからさまな動揺を見せていた。


「な、何かいるのでしょうか」


 イナミナは音のした方ではなく通路の奥の方へと顔を向けた。

 どうしても音の出所は見るつもりはないという意思がその背中から感じられるが仮にモンスターが身を潜めて襲い掛かろうとしているのならば無視するわけにはいかない。

 腰の剣銃(ガンブレイズ)に手を伸ばすと息を殺して迎撃に備える。

 臨戦態勢を取る俺の前でイナミナがグンッと勢いよく回れ右をして、一目散に駆け出していた。


「あ、ちょっと」


 こうなっては迎撃も何もないと慌ててイナミナの後を追い掛ける。

 二人の姿が通路の先の方で小さくなった頃、それまで自分たちがいた場所に小さな蜥蜴のモンスターが一匹張り巡らされている根の陰から飛び出していた。

 全速力で駆け抜けているイナミナに置いていかれないようにと必死に走る。道中でモンスターの出現があり襲撃の予兆もあったが、戦うつもりなど微塵もないと早々にモンスターから離れて行ってしまえば戦闘になど発展しない。

 そうして第六層を駆け巡っていると次第にゴールへと近付いている気がする。想定通りか想定外か。イナミナの狙い通りなのかすら分からないが、ジメジメとした洞窟を走る自分たちの周囲の雰囲気は第六層に足を踏み入れた時とは若干ながら異なっているように感じられた。

 より湿度が増したと言えばいいのだろうか。

 注意して見ていなければ見過ごしてしまいそうになるが、走る自分の足越しに感じる泥濘んだ水の感触がより粘度を増した感じに変化していたのだ。

 水が腐っているのかもと思ったが、そんな嫌な臭いは感じられない。


「待って!」


 強く一歩を踏み出してイナミナの腕を掴むと強引に引き止めた。

 キャラクターの身体能力のおかげで倒れることもなく足を止めるだけに留まったイナミナが何事かという表情をこちらへと向ける。


「なんですか!?」

「落ち着いてください。もうさっきの音は聞こえませんよ」

「えっ!?」


 驚くほど必死な形相でこの場から立ち去りたいと訴えてくる視線を受け流していう。


「ほら。耳を澄ましてみてください」


 周りの音に注意を向けるように促すと、ようやくイナミナの動揺が収まってきた。


「虫が苦手というわけではないんですよね?」

「はい」


 平然とマドアントと戦えていたことからもそれは間違いないはず。であれば何が原因でイナミナは逃げ出したというのだろう。

 念の為に周囲を警戒しながらイナミナの反応を窺っていると、小さな石の欠片が壁から落ちた。

 ビクッと体を震わせて怯えた様子を見せるイナミナに促されるようにその音がした方を見てみると壁に張っている根の陰から一つの太いロープのようなものが落ちてきた。

 ロープの長さは一メートル強。まるでそれそのものが意思を持っているかのようにうねうねと動いている。


「ひぃっっっっ」

「あっ」


 大仰な悲鳴を上げてロープから離れようと走り出したイナミナを慌てて追い駆ける。

 後ろ髪が引かれたように振り返るとロープの正体が判明した。【モスネイク】という蛇のモンスターだったのだ。

 暗い洞窟の中ではその体色を確認することは難しい。それでも緑色系であることは間違いない。大口を開けたときに見える二本の牙からは常に水滴が滴っている。二十センチを超える胴体の太さを鑑みれば大蛇という言葉がこれほどまでに相応しいモンスターは他にいないだろう。

 そんなモンスターとも戦わずして逃走を図った。結果として戦闘は起こることなく、俺とイナミナはモスネイクの戦闘領域から瞬く間に離れていくことができた。

 大口を開けたまま動かないモスネイクを置き去りにして走ること数分。俺たちは第六層にある下の階層に続く階段がある部屋の前に辿り着いていた。そして他の例に漏れず、階段の入り口を守るモンスターが極大迷宮(ダンジョン)に挑むプレイヤーを待ち受けている。


「この先にいるモンスターと戦えますか?」


 ある種の確信を持ってイナミナに問い掛ける。

 するとイナミナは微かに顔を顰めて小さく、


「大丈夫です」


 と言った。


「蛇が苦手なんですか?」


 平気だと言ったイナミナの言葉を信じることは簡単だ。しかしこの先に待つことが戦闘である以上は懸念材料が残ったままそうですかとただ漠然と受け入れるわけにはいかない。

 敢えて突っ込む必要があるから聞いているのだというこちらの事情を汲み取ったイナミナは渋い顔をしたまま確かに頷いていた。

 加えてもう一つ。


「わたしが苦手なのは蛇というよりも爬虫類なんです」

「なるほど」


 蛇だけじゃなく蜥蜴なども苦手だということらしい。


「こんなことを聞くのはどうかと思いますけど。ファンタジー系のゲームではトカゲとかって割とよくあるモチーフですよね。今みたいに逃げるようならまともにプレイなんてできないんじゃないんですか?」

「意外とモンスターっぽくなってたりすると平気なんです」

「つまり元のモチーフの形が残ってたりするのが苦手だということですか」

「はい」


 そこで先程イナミナが逃げ出したモスネイクというモンスターの姿を思い浮かべた。大きさ、形状、全体のシルエットに至るまであれはまさに蛇そのものといった印象だった。爬虫類が苦手ならばあれと戦うことは避けたいと思うのは無理もないことだと理解できる。

 ちらりと部屋の中で自分たちを待ち受けているモンスターを見る。


「あれは平気ですか?」


 階段前の部屋にいるモンスターは先程のモスネイクと同種のモンスターだった。違うのはその体躯の大きさと胴体から生えている複数の小さな翼。蛇というにはあまりにも巨大なその全長はおよそ推測しただけで五メートルを軽く超えている。

 蛇と思って見ればそのものと言えるが、モンスターだと思って見れば抵抗感は薄れるかもしれない。


「うーん。ギリなんとか」


 苦手なビジュアルではあるのだろうが、あれほどの巨体ならば別物として捉えられるようだ。


「全力、最速で倒してやりましょう!」


 普段言わないようなことを言いながら戦いは避けられないことを伝えるとイナミナは腹を決めたみたいで顔に出ていた苦手なものに対する嫌悪感が綺麗さっぱり消えていた。

 意を決して部屋に入り、蜷局を巻いて待機状態にある巨大なモスネイクと向かい合う。

 プレイヤーの侵入を感知して目を覚ました巨大モスネイクは独特なシャーという音を立てて威嚇してきた。

 そこで始まる巨大モスネイクとの戦闘。

 一応はボスモンスターとしてこの場にいる相手だ。負けないにしても多少手こずらされることは覚悟していたが、現実は予想を容易く超えてくる。

 自分たちよりも強い相手ではないとは思っていた。それこそまだ第六層に出てくるモンスターでしかないのだ。それがランク6に到達しているイナミナと彼女には及ばないながらもランク4の自分よりも強いだなどとはあり得ない。プレイヤーの強さに当て嵌めるとして精々ランク1か2程度だろうと想像していた。

 事実自分が戦って感じた巨大モスネイクの強さはその程度。

 こちらの武装を解除する能力が常時発動状態にあったロックオーガの方が厄介に感じられたのはあながち間違った感覚ではないだろう。

 この巨体こそが巨大モスネイクの最大の特徴だと言わんばかりに攻撃でも防御でもなくただ普通の移動として壁や天井問わず這って動き回っていること自体が脅威だと思えば、この立体的な挙動がこのモンスターに与えられた特性なのかもしれない。

 冷静に俺がそんなことを分析できていたのも、一人勇猛果敢に攻め立てて巨大モスネイクを追い詰めているイナミナの存在があったからだ。

 爬虫類が苦手だから戦えない、のではなく、苦手だからこそ一刻も早く討伐して目の前から消してしまおうとしているように俺の目には映った。

 細剣を携えて、モスネイクの鱗をものともせずに貫き斬り裂く。

 みるみるうちに巨大モスネイクの頭上に見えているHPゲージは減っていき、さほど俺が手を出す暇も無く討伐に向かう。

 十数分の時間が経過して、巨大モスネイクは全身に無数の傷が見て取れた。

 鱗は剥がれ、血が滲んでいるように赤く変色している部分もある。

 疲労を露わに口を開けたまま頭を上げている巨大モスネイクの口、正確には牙からは絶えず液体が滴り落ちている。

 雨粒のように落ちた水滴が地面に当たると、そこは瞬く間に腐敗した。触れていないから正確なことは言えないが、腐敗した地面を見た印象がこの第六層の至る所にあった腐った水が溜まっている地面の一角を彷彿とさせた。

 この第六層という洞窟。もしかするとコンセプトとしては巨大な、それこそ目の前の巨大モスネイクよりも遙かに大きな蛇が地中を移動したことでできた穴、なのかもしれない。


「何をボサッとしているんですかっ。全力で倒すんですよね!」

「はいっ!!」


 部屋の中を駆け回りながら積極的に攻撃を仕掛けているイナミナが叫ぶ。

 思わず攻撃の手を止めてしまっていた俺はイナミナに言われて再度攻撃に意識を集中させた。

 既に巨大モスネイクのHPはさほど残っていない。

 部屋の中を縦横無尽に駆け巡る速度は増したが、防御力が上がったわけではない。狙いづらいことがそのまま巨大モスネイクの防御手段となっているようだ。

 それでもと狙い定めて攻撃。

 前衛を熟すイナミナの後ろから最大限のダメージソースとなるためには剣銃(ガンブレイズ)を銃形態の方がいい。

 巨大モスネイクの体で弾ける光弾。

 その前で連続して斬り付けているイナミナ。

 アーツを混ぜた連続攻撃を受けて程なくして、巨大モスネイクは全身を痙攣させると天井から地面に落ちて悶えている。


「トドメ!!!」


 もはや爬虫類に対する嫌悪感はどこやとイナミナが<シル・ファード>を発動させて若干のオーバーキルさながらに巨大モスネイクの残る体力を根刮ぎ削り取った。

 巨大な体が白い光に包まれて、次の瞬間には爆発したように弾けて霧散する。

 二人の意識が攻撃に重きを置いたお陰か、巨大モスネイクとの戦闘は想像以上に速く終わった。

 立ち塞がる存在が消えたために階段へと行くことができるようになった。

 この時、巨大モスネイクがいた場所にはこれ以上一秒とて居たくないとそそくさと駆け出したイナミナが小さく「キツかった」と呟いたのが聞こえた。

 ふっと笑みを漏らして自分の下の階層に続く階段を降りていく。

 最短距離で抜けた先に続く第七層は第六層の湿度高い階層とは打って変わって湿度などゼロパーセントだと言わんばかりの乾燥した階層だった。


「砂漠かよ」


 思わず出た感想を掻き消すかのようにどこからともなく風が吹いて地面の砂を巻き上げ、風化して崩れかけている壁を削っていく。

 天井を見上げると今にも崩れてしまいそうなほどボロボロ。

 ここまでして洞窟という体を取らなければならないのかと思ってしまうが、どこまでいってもここはまだ“洞窟”であるようだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レベル【7】ランク【4】


生命力

精神力

攻撃力【D】

防御力【F】

魔攻力【E】

魔防力【F】

速度 【C】


専用武器


剣銃(ガンブレイズ)

↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】

魔導手甲(ガントレット)

↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】


防具


頭防具――【イヴァターレ・H】

胴防具――【イヴァターレ・B】

腕防具――【イヴァターレ・A】

脚防具――【イヴァターレ・L】

足防具――【イヴァターレ・S】

一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】


アクセサリ【6/10】

↳【生命の指輪】

↳【精神のお守り】

↳【攻撃の腕輪】

↳【魔攻の腕輪】

↳【魔防の腕輪】

↳【速度の腕輪】

↳【変化の指輪】

↳【隠匿の指輪】

↳【変化のピアス】

↳【―】


所持スキル


≪剣銃≫【Lv132】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。

↳<セイヴァー>――“威力”、“攻撃範囲”が強化された斬撃を放つ。

↳<カノン>――“威力”、“射程”、“弾速”、が強化された砲撃を放つ。

↳<インパクトノーツ>――次に発動する全てのアーツの威力を増加させる。

↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技(エスペシャル・アーツ)

↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技(エスペシャル・アーツ)

≪魔導手甲≫【Lv20】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。

↳<ブロウ>――“威力”を高めた打撃を放つ。

≪錬成強化≫【Lv110】――武器を錬成強化することができる。

≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。

≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。

≪自動回復・HP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に生命力が回復する。

≪自動回復・MP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に精神力が回復する。

≪状態異常無効≫【Lv―】――状態異常にならない。(特定の状態異常を除く)

≪全能力強化≫【Lv100】――全ての能力値が上昇する。


残スキルポイント【7】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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