極大迷宮篇 Ep.10『閉ざされた挑戦』
「一昨日はすみませんでした」
再会早々にいきなり頭を下げられは虚を突かれてしまう。
動揺を隠すために平静を装いながら微笑みかける。
「あ、いえ、大丈夫ですよ。一昨日はどうしても外せない用事ということでしたし、事前に連絡も貰っていましたから」
「ところで、見てくれましたか?」
「もちろん。ああいうのを観るのは初めてでしたし、何と言えば良いのか難しいんですけど、とにかく凄かったです」
「ありがとうございます」
イナミナが絶対外せないと言った一昨日の用事。それはイナミナが属しているユニットで行われる定期ライブ。彼女とはクライアントとして関わっている以上は自分がそれを観るのはある種の礼儀だろう。
そうは言ってもイナミナのライブは自分にとって普段見ない類のもので正確にどこがどう凄かったのか言語化することは困難を極めるが、自分が普段そういうものとは縁遠いことは知られているらしく幸いにも感想を求められることはなかった。
それでも何か感想を伝えなければと必死に頭を捻った結果出てきた言葉は単純に凄かったとだけ。けれどイナミナはそれだけでも十分だというように笑顔になってくれた。
迷宮都市にあるあまり人に知られていない店。夜はバーを営んでいるこの店も昼間はちょっとしたカフェに変わる店。テーブル席よりもカウンター席が多いこの店には自分たち以外の客は片手で足りる程度しかいない。それでいて防音がしっかり働いているのか、自分たちの話し声は周りに漏れ聞こえることはないようだ。
席について暫くした頃に注文していた飲み物が届く。
自分の前には紫色をしたドリンクが、イナミナの前には鮮やかな赤色をしたドリンク。
「ライブ成功、おめでとうございます」
軽く互いのグラスを合わせて祝杯を挙げる。
「はい。ありがとうございます」
グラスに口を付けるとブドウのさわやかな甘みと酸味が口いっぱいに広がった。
「それでこれからのことなんですけど…」
喉を潤して一呼吸入れた後、イナミナが真剣な顔になって口火を切る。
「事前に連絡をして相談したとおり、これからは十層ごとの攻略を目標としていこうと思います」
「中断ポイントが解禁されたからですよね」
「はい。これで時間的な制約はある程度クリアされたはずです」
多忙を極めるイナミナは連日極大迷宮の攻略だけをしていられるわけじゃない。一度の挑戦で全てを攻略する必要のあったこれまでの仕様ではどう足掻いても上層に挑んでは帰ってくることになるが、現在の仕様ならば少なくとも上層に限ってしまえば何回かの挑戦を試みることが可能となる。
「それに合わせてクローズドというシステムも公開されました。これなら極大迷宮に挑んでいる姿を配信することもできるのではないですか?」
リアルタイムで行われる配信というもの。そこで気を配ることは多岐にあれど、プロが仕事として行うのならば他人に対する配慮がより大事となる。代表的なのが許可を得ることが現実的に困難な人たちに対する配慮。姿形、名前等々、個人が特定されてしまわないようにすることだ。今でこそ擦れ違っただけの人の顔が出たり、名前が表示されたりしても“そういうもの”と受け入れられるが、一昔前では自身の周囲にボカシを掛けることが多く見受けられた。だからこそ同じパーティを組んでいる人たち以外は入れないようになるそれは大いに有益だと感じていた。
「そうなんですけど、今はまだ配信するのは止めておこうという話になったんです」
「わかりました。では挑むのは」
「あ、それは安全面を考慮してクローズドで挑戦するべきとなりました」
「安全面、というのはゲーム的な安全ではなく」
「はい。それ以外の安全に配慮してということです」
「なるほど」
イナミナの事情は理解しているつもりだ。だからそれでは困るとか攻略に支障が出るなどとは言うつもりはなく、そういうものだと受け入れることができていた。
「でも、動画という形では配信したいと思うのですけど」
「わかっています。こちらとしてはそれで問題はありませんよ」
そういう契約となっているのだから自分からダメだということはない。良いか悪いかの判断に対する裁量を持つのはこちらではなくイナミナ側の方なのだ。
「それで、その……」
前提条件の再確認を行った後、イナミナが伏し目がちにこちらに視線を向けてくる。
「既定ランクを超えた状態で例のクエストをクリアした知り合いと会ったという話を聞かせてもらえますか?」
「当人からも許可は得ていますから、もちろん良いですよ。事前の報告書にも記されていたと思いますが、既定のランクを超えた状態でクリアした彼は<アーマード>というスキルを習得しました。それはイナミナさんが考えているような“変身”とは異なりますが、間違いなく“強化”することはできていました」
「それはどのような?」
「彼の場合は彼自身が装備している鎧の上から更なる装甲を纏うものでした。それにより防御力はもちろんのこと、それ以外の能力値に対しても補正が掛かっていたみたいです」
別の姿に変わるというよりも、現在の状態を強化させていたと自分の感想を交えて伝えるとイナミナは神妙な顔をして考え込んでしまった。
時間にして十数秒。思考に潜り混むにしては短くも長くもない時間を経てイナミナはゆっくり顔を上げる。
「わたしはやっぱり“変身”に拘りたいです」
俺は広い意味では<アーマード>も変身の一種であると思っているが、イナミナが言っていること、拘っていることには合わない。その拘りを無意味なことと言ってしまうのは簡単だとはいえこれがゲームである以上その拘りは大事にするべきだと思う。
「わかりました。あくまでも俺たちはそれを目標に頑張りましょう」
「はいっ」
今度は互いの健勝を祈ってもう一度グラスを合わせた。
そのまま残りを一気に飲み干して立ち上がる。
目的地は今回も極大迷宮だ。
クローズドというシステムが追加された後に極大迷宮に挑む人は増えた。が、クリアを目指してという意味では増えていないように感じられる。一定間隔でしか行えないとはいえ途中での帰還が可能となった上層はクリアしようと目論む人はいるが、一度の挑戦で中層を踏破することが最低条件となる中層以降はまだ様子を見ようとしている人が大半を占めていた。
迷宮都市にある巨塔の一階から極大迷宮へと進む。
その入り口の前でこれまでには無かった手続きが一つ追加されていた。
通常の全員のプレイヤーが同時に探索ができる環境か、パーティごと隔絶された環境で挑戦をするのか。
先程相談したときにあったように自分たちが選んだのはクローズド。
先に続いている扉はいつもと変わらないが、実際に極大迷宮の第一層に足を踏み入れたときにその違いがはっきりと認識することができた。
いつもは大勢のプレイヤーで賑わっている階層が閑散としたものだったからだ。
当たり前の事ながら自分たち以外は誰も居ない。
物珍しい光景だと足を止めている俺の隣でさっそくイナミナは第二層に続く道を歩き始めていた。脇道に逸れずまっすぐ正しい道を。
一度通過した階層だからだろうか。余計な探索は行わずに、また余計な戦闘も回避してさほど時間を掛けずに第二層に続く階段の前へと辿り着くことができていた。
「この辺りの映像はカットしても良さそうですね」
「そうですね。せめて前回の到達地点の第五層の前までは何事もなく進めそうですし」
自分たちの後ろを浮遊しながら付いてくる丸い形のカメラを一瞥して俺が言うとこれまでは意識していなかったものを敢えて覗き込んだイナミナが肯定してきた。
第二層を超えて第三層。そこから四層、五層へと向かう。以前は五層に向かうところで複数のマドアントと戦う必要があったのだが、今回はその必要がないようで代わりにこの階層に出現する数体のモンスターと戦うことが求められた。後に調べたところこれは一度通過したパーティと同じメンバーで挑んでいるからこその措置であるらしく、イナミナと組んだ時にはクリアしていた俺がハルと一緒の時にも同じ戦闘を行うことになった理由でもあった。
ここで出現したモンスターは細剣を華麗に扱うイナミナと俺の手によって瞬く間に討伐された。このことにより次の階層に続く階段が通れるようになったというわけだ。
遂に未知の階層に到達したことで俺はようやく気持ちを切り替えた。
「やっと来た。第五層」
イナミナと挑んだ最初の挑戦ではここで引き返すことになった。
ハルと挑んだ時には異層に進んだことで五層を通ったのは帰るときだけ。
つまり本格的に踏破を試みるのは今回が初めてということになる。
「頑張りましょう」
気合いを入れるイナミナに並び、最初の一歩を踏み出した。
他の人に気を使わなくても良いのはクローズドの利点。完全に自分たちのペースで進むことができるのだ。
洞窟然とした様相は変わらないが、前の階層に比べると些か普通の洞窟という印象が強い。
薄暗く、ジメッとしていて、自分たちの歩く足音が反響する。
壁と地面の境界には苔が生えていて、天井からは時折水滴が落ちてくる。水溜まりとも呼べないような小さな窪みにぬるっとした水が溜まり謝ってそこを踏んでしまうと足を滑らせることになりかねない。
目を凝らして慎重に進むことで危うげなく進むことはできるが、初めて足を踏み入れる階層であるということ、危険な足下という要素が相まってそれまでの速度で突っ切るということはできなかった。
カラッと乾いた音を立てて壁からいくつかの石が溢れ落ちた。
石が剥がれて生じた亀裂からぬぅっとモンスターが生まれ落とされる。
一般的なプレイヤーの腰ほどの大きさをした小鬼型のモンスター。いわゆるゴブリンの一種であるようにも見えるがその肉体を形成しているのは全て石。それはゴーレム種のモンスターの特徴だ。異なる二つのモンスターの特徴を持つモンスター。それが自分たちの前に現われたモンスターの正体だった。
次々と壁から石が剥がれ亀裂ができて同種のモンスターが現れる。
瞬く間に自分たちの行く道は全て同じモンスターで埋め尽くされた。
「倒さないと先には進めないみたいですね」
細剣を抜いて臨戦態勢を取ったイナミナに倣って俺も剣銃をホルダーから抜いた。
一番近い個体を睨み、その頭上に浮かぶHPゲージと名称を見る。
【ストーンゴブリン】
単語と単語の間に点がないのはそれがゴブリンの亜種というわけではなく、あくまでもストーンゴブリンという単一の種であることを示している。
軽く前傾姿勢を取ってこちらに仄かに光る目を向けてくる。
手に武器はない。
ならば攻撃手段は体当たりか素手によるものかと予測を立てていると、まるで俺の考えを嘲笑うかのように、ストーンゴブリンはその両手を天に掲げて何か言葉にならない声で呟くと掌から十センチほど離れた虚空に巨大な石の塊を出現させると躊躇うこと無くこちらに投擲してきた。
「危ないっ!」
咄嗟に横に跳んで投げ込まれた石を避ける。
イナミナは素早く動き攻撃直後のストーンゴブリンに向かって細剣を突き出していた。
地面に落ちて石が砕ける音とイナミナの突きが命中して響く激突音が混じり合う。
突き出された細剣が命中したストーンゴブリンの体に大きな穴が開く。攻撃を受けた個体のHPゲージは瞬く間に減っていき、追撃の突きを受けた瞬間にHPゲージと共にストーンゴブリンの体が弾け消えた。
「思ったよりも柔らかい!?」
倒しきるまで攻撃の手を止めなかったイナミナがバックステップを駆使して俺のいる場所へと戻ってきて告げる。
見た目と異なる手応えに困惑しているような彼女の言葉を受けて俺はすかさずに剣銃を銃形態に変えるとそのまま手近な個体を撃った。
放たれた光弾がストーンゴブリンの四肢を吹き飛ばし、体勢を崩した瞬間に頭を撃ち抜く。体力をゼロにして消滅した個体の穴を埋めようと後方から次なる個体が前に出てきた。
「数回の攻撃で倒せるほど弱いとはいえ、この数は面倒だ」
多くのストーンゴブリンが射線に入るように狙いを定めて、
「<カノン>」
射撃アーツを放った。
銃口から放たれる光線が複数体のストーンゴブリンを飲み込んでいく。
石の体を崩壊させて大半の個体が消滅した後に残っているのは八体となった。
「これなら、一気に仕留めます! <シル・ファード>」
超速の突きを放つアーツを発動させて、残る個体を的確に射貫いていく。
一度のアーツの発動で行う攻撃は一回という常識を覆すようにほぼ同時に八体ものストーンゴブリンが弾け飛ぶ。
こちらの攻撃回数としてはたかが知れている戦闘が終わり、地面に転がっているのは大量の光石。
消えてしまう前にと回収に勤しみながら俺たちは五層の中を突き進む。
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レベル【6】ランク【4】
生命力
精神力
攻撃力【D】
防御力【F】
魔攻力【E】
魔防力【F】
速度 【C】
専用武器
剣銃
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭防具――【イヴァターレ・H】
胴防具――【イヴァターレ・B】
腕防具――【イヴァターレ・A】
脚防具――【イヴァターレ・L】
足防具――【イヴァターレ・S】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【6/10】
↳【生命の指輪】
↳【精神のお守り】
↳【攻撃の腕輪】
↳【魔攻の腕輪】
↳【魔防の腕輪】
↳【速度の腕輪】
↳【変化の指輪】
↳【隠匿の指輪】
↳【変化のピアス】
↳【―】
所持スキル
≪剣銃≫【Lv132】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――“威力”、“攻撃範囲”が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――“威力”、“射程”、“弾速”、が強化された砲撃を放つ。
↳<インパクトノーツ>――次に発動する全てのアーツの威力を増加させる。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪魔導手甲≫【Lv20】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。
↳<ブロウ>――“威力”を高めた打撃を放つ。
≪錬成強化≫【Lv110】――武器を錬成強化することができる。
≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に生命力が回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に精神力が回復する。
≪状態異常無効≫【Lv―】――状態異常にならない。(特定の状態異常を除く)
≪全能力強化≫【Lv100】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【6】
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