極大迷宮篇 Ep.09『出口』
背中越しに燃え盛る炎の熱を感じながら全速力で駆け抜けた先に続いている青い通路は程なくして回廊のように緩やかなカーブを描き始めた。
窓のない通路をぐるぐると進んで行くと前の方から白い光が差し込んでくる。
迷路を彷徨った果てに出口を見つけた迷子みたいに二人は光に向かって一目散に駆け出した。
「戻ってきた!」
ゴールテープを切るランナーのようにいきなり小部屋などあるはずもない行き当たりの横道から飛び出してきたハルに続いて俺も走る速度を緩めながら戻ってきた。そこに偶然通りがかっただけの名も知らぬプレイヤーが訝しむ視線を向けてくる。
倒れ込んだ格好のまま地面に手を付いて前傾姿勢になって一息吐いているハルの隣で俺はたった今抜け出してきたばかりの通路があった方を振り返った。
既に光の扉は消え去っていてあるのは普通の色をした壁だけ。
何気なく壁に手を伸ばしてみるとざらりとした冷たい土の感触がある。
「一度抜けたら戻る事はできないってわけか」
ただの壁と化してしまっていることを受け入れて息を整え立ち上がっていたハルに並ぶ。
「少しは落ち着いたか?」
「ああ」
短く答えたハルの体からオレンジ色をした光の粒子が虚空へと溶け消える。<アーマード>が解除されて元の姿になった上で兜を外すと既に自身のストレージへと収納している斧槍と同じように片付けている。
「ここは元の四層なのか?」
兜と武器を収納したことで身軽になったハルが目を凝らしながら辺りを見回して訊ねてくる。
「いや、ここは五層だな。この壁とか天井の色には見覚えがある」
「でもさ、入り口近くってわけじゃなさそうだぞ」
平然と話を始めた俺たちを見て足を止めていた他のプレイヤーは興味を無くしたかのようにどこかへと行ってしまっていた。
「変な階層だったとしてもだ。一つの階層をあれだけ見て回っていたんだ。戻ってきた扉が入ってきたのとは違ったのだとしたら、どこに出てもおかしな話じゃない。だろ?」
「だったらここは五層のどこだってのさ」
「さあな」
自分もよくは知らないと歩き、右と左に別たれている通路へと出た。
マップがないためにこの先がどこに繋がっているのかさえ解らない。他のプレイヤーが通りがかってくれればよかったのだが、生憎と先程自分たちを一瞥してどこかへ行ってしまった人たち以外は誰一人として見かけることはなかった。
「どっちに行く?」
「どっちって………どこに繋がっているってのさ」
「さあ」
何もわからないとお手上げのポーズをしてみせる。先を見通そうとしても二手に別れた通路の先は闇に包まれていて、その先がまっすぐ進むのか、あるいは少し行って曲がるのかさえも解らない。
そんな俺の態度にハルが唖然とした顔になった。
「とりあえずは戻るにしても進むにしても、どっちかには曲がらないと行けないわけだ」
何か使えそうなものはないだろうかと探ってみるも、この通路には小石一つ落ちていない。やむを得ないとストレージの中から先程手に入れた光石を一つ取り出して、天井に目掛けてぶつかっても構わないと思い切り投げ上げた。
カツンっと音を立てて天井に当たり、そのまま重力に従い落ちてくる。数回バウンドをして地面を転がった光石が止まる。それがどちらの通路側なのか決めるつもりで投げた俺の意図を汲み取ったハルが動きを止めた光石の方を見た。
「こっちか」
運は右手側の通路を示した。
あとは自分たちがそれをどういう意味に取るかだけ。
「行ってみるか」
「そうだな」
偶然に決めた行き先は自分たちを通り過ぎて行ったプレイヤーが進んだのとは異なる道。普通ならば戻る道に続いている可能性が高いと考えるのだが、極大迷宮の浅い階層では彼らが下から戻ってきているプレイヤーである可能性は棄てきれない。
仮に第六層に出たとしてもそこから引き返して異なる道を進めば地上に戻ることができるとあまり重大なこととは考えていないからか、不思議と自分の足取りは軽い。
道中モンスターを見かけることがあったのだが、異層で散々戦って疲労を感じている俺たちは身を隠してやり過ごすことが多くなっていた。
そもそもからしてこの程度の階層でモンスターを倒したとしても得られる報酬が少なすぎることも戦闘を回避して進むことを決めた要因だった。
「一本道はここまでみたいだな。どっちに進む?」
三叉路のように広がっている通路の交差点で立ち止まりハルが問い掛けてきた。
今度こそ他のプレイヤーの行動を参考にしようとするが、タイイングが悪いようで近くにそれらしい人影は見つけられない。
道の先が行き止まりに繋がっているだけならば行って戻ってを繰り返せばすむことだが、より奥に、より入り組んだ道へと繋がっていた場合は自分たちはまだ極大迷宮を歩き回ることになる。
「また運に任せてみるか?」
先程投げたのとは別の光石をストレージから取り出して握り問う。
一瞬考えたあとにハルはそうだなと頷き、俺の手から光石を取り自身の頭上へと放り投げた。
弧を描き落下してくる光石が地面に転がる。
停止した光石があったのは一番左の通路の前だった。
「さーて。これはどこに繋がっていることやら」
「そればっかりは進んでみないと解らないな」
空元気に明るく振る舞うハルに対してバカ真面目に言葉を返す。すると案の定ハルは面白くないというように頬を膨らませた。
「やめろ。全然似合ってないぞ」
「ワザとに決まってるだろ」
してやったりと笑みを浮かべたハルが地面の光石を拾ってその道を進む。
ハルの後に続いて左の通路を進んで行く。
道の幅は広くなったり狭くなったりしている。かといってプレイヤーの行動を阻害するような狭さではないことからもそれほど考えなくても良い無意味な演出の一つだろうと思うことにした。
「そろそろ出るぞ」
通路を抜けた先にあったのは何やら広い空間。
念の為にモンスターの襲撃を警戒しつつ進むとすぐにその広さの意味が分かった。
「どこを進んでもここに出ることになっていたみたいだな」
呟く俺の視線を追ってハルがそれを見つけると解りやすく徒労を受けて肩を落としていた。
そこにあったのは光石を投げて行く先を決めた時と同じような見た目をした三つに分かれた通路。今自分たちが立っているのはその合流地点ということになるらしい。
「選んだ道次第じゃ戦闘になったりしてたのかもよ」
宥めるように言葉を投げかけるとハルは少しだけ気分を持ち直したと背筋を伸ばす。
「もしかすると何かアイテムを手に入れられてたかもしれないぞ」
「かもな」
仮にそれぞれの道で展開が変わるのだとしたら、戦闘も無く通り抜けられた道を選んだのは運が良かったのか悪かったのか。何も手に入れることが出来ないという意味ではハズレだが、安全に進めたという意味ではアタリの道だ。
「こっちは一本しかないから迷う必要はなさそうだ」
三本の道と反対側にある道は一つだけ。しかも大きさは先程通ってきた道幅とさほど違いがないようにみえる。
「それにしてもさ」
「ん?」
暫く進んでいると徐にハルが呟いた。
「マップが無いってのはマジでめんどいな」
「まあな」
疲労を滲ませたハルの言葉には心底同意する。
「しかも途中リタイアすることも出来ないんだろ?」
「ええっと、確か途中で極大迷宮から出るにはログアウトするしかなかったはずだ」
「それだと次にログインしてきても同じ場所からスタートするしかないってことだよな」
「ああ」
「アイテムの補充もできないってことだろ。こんな上の階層ですら面倒なんだぞ。それが中層、いわんや下層になるとアイテムの準備をすることすら現実的じゃないと思わないか?」
「使わなければ保つんじゃない?」
当然のことながら回復アイテムの類は使わなければ減らない。
スキルによる回復が可能という意味では時間を掛ければアイテムを切らすことなく突破することができると考えられていたはずだ。
「そんなことができるのは上のプレイヤーだけだから」
上層という比較的難しくはないとされている階層ですら危うげなく突破できるのは上級者だけ。そう判断したハルの感覚は間違っていない。
「んで行ったからには戻らなきゃならない」
「当然だな」
「ってことは戻るときの分もアイテムを残してなきゃダメってことだ。ほら現実的じゃない」
ハルの言いたいことはわかる気がする。全員が何の準備もなしに挑戦して全員がクリアできるように為るべきだなどと暴論を叩き付けるつもりはないが、ある程度の実力を持つプレイヤーがしっかりとした準備をした上でならば安全に行って戻ることができるべきだとは思う。それがどの程度なのかは運営のさじ加減によるのだが。
「極大迷宮内でアイテムを補充することができる場所とかあるんじゃないか? それこそ回復用のポーションとかなら自作できる人がいれば材料を現地調達すればどうにかできそうだろ。それに」
と腰の剣銃に手を伸ばす。
「武器は修理する必要がないんだからさ」
「防具はどうだ」
全身鎧を纏っているからこそ俺よりも気を配っているであろうハルが言った。
「今でこそ防具が壊れることはないけど、修理しないと性能が劣化することには変わらないだろ。防御力の無くなった防具でより難しい階層に挑むことになるんだぞ」
「予備の防具とかを用意して行けってことじゃ?」
「お前は今の防具と同じような性能の防具をいくつも用意できるってのか?」
「あー」
大抵のプレイヤーは防具は新しいものを更新して使っていく。古いものはそのまま現在よりも性能の低いものであるということと同義なのだ。
「同じような防具が作れるのならさ、今の防具を強化するか、より強い防具の素材にするかのどっちかだろ」
「それを含めて準備ってことなんじゃないか?」
「あり得ない」
頭を振るハルに違うと言うことはできなかった。さっき言われたように現実的じゃないというのは理解できるからだ。
「つまりこの極大迷宮にはまだ知られていない仕様があるって言いたいのか?」
思わず立ち止まり問い掛けていた。
「どうかな。色々と理不尽な仕様だとは思うけどさ、実際ちょくちょく不満も出てきているみたいだぞ。運営はクリアさせるつもりが無いんだってさ」
極大迷宮が公開されて数日。攻略されていない期間としては普通だとは思うが、本気で攻略するつもりの人ならばこの先が見えないどれだけの準備をすれば良いのかも解らないような仕様に苛立ちを感じていても不思議ではない。
「今のままだとさ、一度挑戦したらクリアするまで潜りっぱなしってことになる。何度も言うけど今は中断といっても現実に戻ることになるだけで極大迷宮挑戦を中断するという意味にはならないと思うんだ」
真剣な面持ちで呟くハルは振り返り歩き出した。
「とはいえ、オレたちはこの階層を抜けることが第一だけどさ」
進むことも戻ることもこの階層から出るという意味では同じ。
横道のない一本道を進み辿り着いた果てに待ち受けていたのはまたしても広々とした部屋だった。
「あそこに見えるのは階段じゃない?」
部屋の奥にある大きな門の向こうに見えたそれをハルが指差した。
「どうやら四層に戻ることができるみたいだな」
「オレたちの直感も棄てたもんじゃなかったみたいだぞ」
「直感というか、運だけどね」
階段が続いているのは上。
つまり第四層に戻る道に出られたということらしい。
「それにしても、流石にここはプレイヤーが多いな」
邪魔にならないように壁際に移動して言った。
階段から下りてくるプレイヤーがいる。
反対に階段を上っていくプレイヤーもいる。
纏う装備も千差万別。熟練者もいれば、まだ上層だからと少しばかり無理をして下りてきたような人も見受けられた。
「あの中のどれくらいがこの極大迷宮をクリアできると思う?」
中断していた先程の話を再開してハルが訊ねてきた。
「強そうな人たちならいつかはクリアできるんじゃない?」
「あー、いや、そうじゃなくてさ。言い方を変えるとあの中の何人くらいが最後まで挑戦すると思う?」
一度挑戦したら自分の足で戻ってくるまで辞められない挑戦。この世界には他にも無数の遊びが存在している、挑むことのできるダンジョンがある。それゆえにわざわざこの極大迷宮に固執する必要はなく、その中で極大迷宮のクリアを目的とする人だけを数えるのならば。
「一握りもいないんじゃないか」
「オレもそう思う」
神妙な顔をして声を潜めるように返事をしたハルは帰るための道ではなくここに来た道を見つめている。自分も同じように五層の奥へと進むプレイヤーの顔を眺めて、彼らがこの極大迷宮を踏破してくれることを祈りつつ心の中でがんばれと見送った。
「そろそろ帰ろうか」
ここで他のプレイヤーの挑戦を眺めていても意味はない。早々にというには些か時間が取られてしまっているように思えるが、眺めているのもここまでと切り上げて上の階層に続く階段へと向かう。
自分たちと同じように迷宮都市へと帰っていくプレイヤーの流れに沿って階段を上り第四層に到着すると、それまでは同じ階段を歩いていたプレイヤーが思い思いに分散して去って行った。
「四層から三層に行く道は覚えてる?」
「さすがにすぐ忘れたりしないって。こっちだろ」
「…逆だよ」
ハルが進もうとしているのとは反対側の道を指して言う。
「……あ」
歩き出す刹那に動きを止めて方向転換をしたハルは俺が指した道に向かって若干の駆け足で進み出した。
やれやれとその背中を追い駆けて四層を逆順に進む途中に発生する戦闘は全て回避してひたすらに安全策を取った。その結果、大きな問題はおろか小さな問題も起こることなく第三層へと続く階段へと辿り着いた。
今度は相談することもなく階段を上る。
第三層もまた同じように戦闘を避けつつ地上に向かって来た道を戻って行く。
地上に近付くにつれて擦れ違うプレイヤーが増えてきた。
意外だったのは第二層よりも第一層ではなく、現時点では最もプレイヤーの数が多かったと思ったのは第二層だったこと。どうやら本格的に挑戦するかどうか迷っているプレイヤーも極大迷宮の雰囲気を味わうためだけに安全で一応の戦闘を経験できる第二層にまで足を伸ばしているということらしい。
「それにしてもさ」
第一層に続く道程を歩いている最中、ふと思い出したようにハルが呟く。
「今攻略はどのくらいまで進んでいるんだ?」
立ち止まることなく横を並ぶハルの顔を見る。
「それは俺がどのくらいっていうわけじゃなくて?」
「そうだな。プレイヤー全体で」
「確か前に中層に進んだプレイヤーがいるとかいないとかいう話を聞いたような気がするけど」
「まじか」
「や、ちょっと待って。あれ? 実際はどうだったっけ」
「いや、知らんけど」
知ったような顔でそう言いながらもそれが本当の話なのか確認さえできていないことを思い出した。
自分の中にある微かな記憶では最も攻略が速いいわゆるトップランナーと呼ばれているような人たちは早々に上層を突破して中層に向かっていたような気がしたのだ。
「まあ俺たちよりは進んでいるのは確かだと思うけどさ。それがどうかしたのか?」
「いやさ。こういうダンジョンはさ、いつも攻略スピードを競うみたいにさ我先にと挑んでいく人がいるだろ。それにしては随分と時間が掛かっているなと思ってさ」
「まあ、実際は攻略が進んでいるのかも知れないけどさ。それを知らせるためには自分の足で戻ってくる必要があるだろ。その分だけロスが出てるってことなんじゃないか」
「ほんっと、面倒な仕様だな」
うへぇと変な表情をして言い捨てたハルと俺の足が不意に止まる。
ゴーンゴーンと大鐘楼の鐘のような音が鳴り響いたのだ。
「な、なんだ!?」
音の出所を探しているのはハルだけじゃない。第二層から第一層に続く階段がある広場にいる大勢のプレイヤーもまた同じように音に戸惑い、あるいは驚き何事かとパーティの仲間と話をしている姿が散見された。
耳を澄ましても鐘の音はどこからしているのかわからない。まるでこの極大迷宮の全域に届けられているような音色だ。
鐘の音は大きいが決して煩いわけじゃない。例えるのならば雑談をしていても聞こえてくる学校のチャイムだろうか。同じ場所にいる全ての者に等しく届けられる音。その目的は何かのお知らせの合図なのだとしたら。
突然自分の前にメニュー画面が浮かび上がる。
どうやらこの場にいる全員、おそらくは極大迷宮にいる全員。そして迷宮都市にいる全てのプレイヤーの前にメニュー画面が出現したことだろう。
半ば強制的に表示されている文を読む。
「おい、これ…」
軽く数行読んだだけでもかなり重要なことだと理解できる。
思わず隣にいるハルに声を掛けると、ハルは小さくやっぱりなと呟いていた。
表示されている最初の一行。そこにあったのは『プレイヤーが上層を踏破しました』という一文。どうやら既に中層に向かったプレイヤーがいたという話は自分の聞き間違いか何かだったらしいことが判明した。
しかしそれよりも重要だと感じられたのは、先の一文に続いて羅列されている“解放された機能”という項目だ。そこにあったのは俺が悩んでいたことを解決してくれるかのようなもの。限られた時間で攻略するという条件を緩和してくれるかのような機能。
「良かったじゃないか。どうやら攻略を中断することができるようになったみたいだぞ」
俺が悩んでいたことを知っているハルがバンバンと強めに右の肩を叩いて言ってきた。
「と言ってもどこからでも中断できるわけじゃないみたいだけど」
「これによれば十層ごとに中断ポイントが生成されるみたいだな。しかも中断ポイントからは地上に転移可能ときた。これなら今よりもずっと攻略が現実的になったんじゃないか」
「まあな」
更に表示されているお知らせを読み込んでいく。中断ポイントの生成はパーティ単位ではなく個人単位となる。加えて中断ポイントは上書きされて保持できるのは一つだけ。どうやらパーティを変えても自分が途中から始める地点は変わらないということらしい。つまりはパーティを組んで攻略するつもりならば参加しているプレイヤー全員の足並みを事前に揃えている必要があるということになるらしい。
「それからこっちも」
中断ポイントの説明が載っているお知らせのページを下にスクロールさせたハルがこちらに見せ付けるように身を乗り出してきた。
「ちょっと、自分で見れるって」
「そうか」
「で、どれだよ」
「これこれ」
ハルが見るようにと促してきた項目に視線を落とす。
「どういう意味?」
「わかりやすく言うならクローズドで挑戦できるってことみたいだぞ」
「それってソロ挑戦とは違うんだよな」
「ソロってのは文字通り一人で挑戦するってことだ。今回の場合は他のプレイヤーが参加していない極大迷宮に挑めるようになったってことだな。オレたちがいる普通の極大迷宮挑戦の利点としては万が一傷付いている場合は通りがかったプレイヤーに救援を頼めるってことかな。実際アイテムが余っているとか、MPに余裕がある場合は知らない人でも回復させることがあるだろ」
「いわゆる“辻ヒール”ってやつだな」
「そう。で、今回のクローズドの挑戦はそれがない代わりに、じっくり探索に集中できるという利点がある。他にも見ず知らずの他人に邪魔をされたくないと考えている人かが挑む場合はこっちの方がいいだろうな」
そこでハルは一旦言葉を句切り、
「他にも著名人とはかこっちのほうが都合が良いんじゃないか」
話してはいないが俺が共に極大迷宮に挑んでいる相手のことを察するようにハルが言ってきた。
「かもな」
イエスともノーとも言えず曖昧な返答しかできなかった俺に視線で理解していると伝えてくる。
「クローズドで挑戦した時の状態も普通に極大迷宮に挑んだ時と共通しているらしい。とりあえずはどっちでも踏破すれば問題ないということみたいだな」
この措置で極大迷宮に挑むプレイヤーは多少増えるだろう。オンラインゲームで今更だと思うことではあるが、他人の目を気にすることなくダンジョンに挑みたいと考えているプレイヤーは少なくないのだから。
「っても今クローズドで挑戦できるのは上層までらしいけどな」
表示されているお知らせの通りならば上層を踏破した後は強制的に通常の状態の極大迷宮に繋がるらしい。
随分と中途半端な措置になっていると感じた直後、これが開示されたのが誰かが上層を踏破したからだったことを思い出した。つまりは、
「誰かが中層を踏破したら中層にも中断ポイントとかクローズド状態が解放されるってことか」
「お前もそう思うか」
「ああ」
「だとしたら誰かが先んじて攻略するまで待ってからゆっくり挑戦する人もいそうだな」
「反対にこれから追いついてやろうって考える人もいるだろ」
「あー、確かに。ここに書かれているプレイヤーの名前がある意味で名誉の称号みたいまものだろうからな」
お知らせには最初の踏破者として十七名のプレイヤーの名前が羅列されている。知らない人ばかりだと言うとその中には攻略者として有名な人物も混ざっているのだとハルが教えてくれた。
「十七人ってことはパーティ単位だと四つか五つって感じか」
「パーティ人数を最小限にした場合は最大の九パーティ。だけど、冷静に戦力を均等に分散するって考えるなら最大人数である四人組が二つと三人組が三つかもな」
「なるほど」
「中断できるようになったってことだから、この人たちも一旦は町に戻っているかもしれないぞ」
「新しく功績を得ようとするならこのタイミングが最適ってことになるのか」
メニュー画面を開いたまま歩き回り、辿り着いた第一層に続く階段を上ってそのまま極大迷宮の出口に向かうと、それまで以上に活気に溢れた様子があった。
活気の原因は単純。純粋にこの場にいる人数が多いのだ。
まさしく二匹目のドジョウを狙ったプレイヤーもいるだろう。中には次は自分の番だと意気込むプレイヤーもいるのだろう。
出口から外に出て迷宮都市にある巨塔に出ると、いつの間にかできている新しい窓口で何かの手続きを行っているプレイヤーも見受けられた。
「あそこで通常とクローズドの切り替えを行うみたいだな」
ちらりと手続きを行っている人たちを見てハルが言う。
「さっそく使いこなしている人もいるのか」
順応が高いとはこのことだ。
「それで光石ってのはどう使うんだ?」
「使うというよりかはここで買い取って貰うっていう感じかな。それが極大迷宮で得られる賞金となる…らしいぞ」
「やったことないのかよ」
「まあ、換金する前にハルと会うことになったからさ」
「んじゃ、一緒に行くか」
巨塔にある買い取りの窓口を探す。
大勢のプレイヤーで賑わっているのは間違いないが、混雑して動けないというほどではない。寧ろ他人と接触しないように適度な距離が自動的に確保されているかのようだ。
「あそこじゃないか」
行き交うプレイヤーの頭上。天井からぶら下がる看板に“換金場所”と記されている。
看板を頼りに進むと数名のプレイヤーが並んでいる列はいくつかあった。
「並ぶのか」
「そんなに時間は掛からないはずだよ」
行列が苦手なハルはうんざりとしているが、現実とは違いこの世界では行列の進み具合は見た目と比例しない。実際自分たちが列の最後尾に並ぶと後ろに別のプレイヤーが並んだが、次から次へと列は消化されて、瞬く間に自分たちの順番がやってきた。
窓口にいるのは同じ制服を着たNPC。ただし他の場所に暮らすNPCに比べると対応は些か事務的というか、機械的な感じだ。
用意されている椅子に座る。するとこちらが訊ねるよりも速くNPCが聞いてきた。
「光石の買い取りですね」
「はい」
NPCの言葉に応えてストレージから大量の光石を売る操作を行う。
実際に現物を取り出して引き取って貰うのではなくコンソールを操作して売りたい分だけを指定の項目に打ち込めば完了する。
売って得られた金額も実際の硬貨や紙幣ではなく直接所持金の数字が増えるだけだ。
「交代だな」
「おう」
一通りの手続きを終えてハルと入れ替わる。
売買はあくまでも個人で行う。同じパーティを組んでいてもその手続きは各々だ。
「とりあえず全部売ればいいか」
現在、光石は換金アイテムでしかない。
一つも残すことなく売り払った俺と同じようにハルもストレージに溜まった光石を全て引き取ってもらうことにしたらしい。
「終わったぞ」
「ああ」
立ち上がったハルに続いて自分も買い取り窓口を後にする。
巨塔のエントランスに戻り端の方に移動することにした。
「で、ハルは納得できたのか?」
「お前は嫌な感じを受けなかったんだよな」
「まあ、普通のスキルとしか感じなかったけど」
「だったらそれでいいや」
「そっか」
意外なほどさっぱりとした顔でハルが言う。
暫く沈黙が続く。
ガヤガヤとした雑踏の音に耳を澄ましてぼーっと立っているとふとハルが口を開いた。
「結構時間が経ってるんだな」
エントランスの壁に掛けられた時計を見ての発言に俺も同じ時計を見た。このアナログ時計が示している時間は現実の時間となっている。
大人が起きているにしても夜更かしに突入している時間だ。
「どうする?」
ゲーマーとしてのハルはまだまだプレイするつもりなのだろう。
中断ポイントが解禁されたのならば今度は十層に到達するまでは続ける気なのかも知れない。とはいえだ。
「俺は事後報告があるからこの辺で落ちるよ。明日もあるだろうしさ」
「おっけー。わかった。今日は解散だな。また連絡するよ」
「楽しみにしてる」
ハルとのパーティが解散となる。
「じゃあな」
手を振り去って行くハルを見送ってログアウトした。
円に提出する報告書を手早く仕上げて、翌日の予定をイナミナと打ち合わせる。
明日もまた極大迷宮に挑むことになる。そう思っていたのだが、実際に俺がイナミナと再度、極大迷宮に挑めたのは翌々日のことだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
レベル【6】ランク【4】
生命力
精神力
攻撃力【D】
防御力【F】
魔攻力【E】
魔防力【F】
速度 【C】
専用武器
剣銃
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭防具――【イヴァターレ・H】
胴防具――【イヴァターレ・B】
腕防具――【イヴァターレ・A】
脚防具――【イヴァターレ・L】
足防具――【イヴァターレ・S】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【6/10】
↳【生命の指輪】
↳【精神のお守り】
↳【攻撃の腕輪】
↳【魔攻の腕輪】
↳【魔防の腕輪】
↳【速度の腕輪】
↳【変化の指輪】
↳【隠匿の指輪】
↳【変化のピアス】
↳【―】
所持スキル
≪剣銃≫【Lv132】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――“威力”、“攻撃範囲”が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――“威力”、“射程”、“弾速”、が強化された砲撃を放つ。
↳<インパクトノーツ>――次に発動する全てのアーツの威力を増加させる。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪魔導手甲≫【Lv20】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。
↳<ブロウ>――“威力”を高めた打撃を放つ。
≪錬成強化≫【Lv110】――武器を錬成強化することができる。
≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に生命力が回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に精神力が回復する。
≪状態異常無効≫【Lv―】――状態異常にならない。(特定の状態異常を除く)
≪全能力強化≫【Lv100】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【6】
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇