迷宮突破 ♯.30
第十二階層から始まった本格的な迷宮は次なる第十三階層も同じように続いていた。
時間をかけることでどうにか第十三階層に降りた俺たちは今度も真っ暗なマップと睨み合っている。
「どの道から行く?」
一番最初の部屋でリタが皆に問い掛けてきた。
この部屋は四方向に道が伸びていてそのどれを選ぶかがこの階層に挑むプレイヤーに課せられた最初の選択だった。
「どの道って言われてもな。目印みたいなのはないみたいだし」
ただぽっかりと暗闇が開いているだけでその先を見通すことの出来ない道は俺たちを迷わせる。
「とりあえず、真っ直ぐ進んでみようよ」
じっとしているだけでは無駄に時間が流れるとマオが提案してきた。
「そうだな。行ってみるか」
北に位置する道を選び進むことにした。
プレイヤーが進入してもなお、道は暗いまま、これまでのように独りでに松明に火が灯るなどということはないようで、仄かに漏れる部屋の明かりだけがプレイヤーの足下を照らしている。
「一応マップがあればモンスターの位置は把握できるみたいだな」
手元のマップは他のコンソールの画面と同じように発光しているおかげで見れなくなるようなことはなかった。そこにある赤い光点がモンスターを示していることを知っていれば不意の襲撃に焦ってしまうことはあり得ない。
綺麗に敷き詰められた地面はつまずく様なものは何一つないが、それでも何も見えなくなるのだけは避けたい。マップを表示し続けることで得られる僅かな光源は手元を照らすだけなら十分だが足下まではカバーできない。
結局、俺たちは自分たちの足下に注意を向けながら慎重に進むことを強いられていた。
「噂をすれば……この先にいるみたいだな」
暗闇の中に居るせいなのだろう。視覚が十分に発揮されない半面、聴覚がより鋭敏になっている。
マップで確認する前に複数のモンスターの荒い息遣いが聞こえてきた。
「あれ? 他のプレイヤーもいるみたいだよ」
荒い息使いの他にもう一つ聞こえてきた音。それは紛れもなく戦闘時に聞こえてくるものだった。
「一人、なのか?」
モンスターのいる方へ進む俺たちが目撃したのは刹那的な閃光と、その奥で懸命に逃げ回っている一人の少年の姿。
この階層にまで進めているのだからそれなりの実力を持ったプレイヤーのはずだが、一人で迷宮に挑んでいるにしては明らかに力不足のように思えた。
「どうする?」
明滅を繰り返す暗闇の中、俺は問う。
顔も知らない他のプレイヤーを見棄てても責める人は誰もいないだろう。ここで助けたとして褒める人もいない。
マップで確認する限り、ここに居るモンスターの数はそうとうなもの。まだ戦う相手と捉えられていない俺たちは静かにここから立ち去ることで戦闘を回避することもできる。
「もちろん、助けるさ」
暗闇といっても自分の手元すら見えないほどではない。大体一メートル前後だろうか、そのくらいからぼんやりと見えるようになってくる。近接系の武器を使う俺たちならばこの距離は自分の武器の攻撃範囲に含まれていて攻撃を当てることが簡単な距離ともいえる。
「いいな?」
俺の問いに瞬時に答えてみせたハルが今度は俺たち三人に問い掛けてきた。
武器の射程距離、襲いかかってくるモンスターの強さ、そしてこの階層の暗さ。ありとあらゆる条件を考慮したとしても俺たちならばなんとか出来るという自信が無いわけではなかった。寧ろなんとか出来ると思うからこそ戸惑いを感じていたのだ。
この迷宮に挑んでからというもの僅かな油断が自分たちを追い込むことを頭と体で理解させられていた。勝てるかどうかわからない相手ならば勝てるように工夫し、勝てないとはっきり分かっている相手ならばそもそも戦わない。勝てると思える相手こそ慎重になるべき。
「行くよ!」
そう言って最初に戦闘に参加していったのはマオだった。
今朝、昨日の出来事に塞ぎこんでいた彼女が真っ先に戦闘の最中に飛び込んでいったのは好ましく思うべきなのだろう。マオは自分で言っていた通り乗り越えてみせたのだと。
マオに続いてリタとハルが戦闘に参加しに行った。
ふと俺たちが戦闘に参加することによって共闘ペナルティが発生しないのかと立ち止まったがどうやらそれは杞憂だったようだ。
暗闇の中では他人の戦闘に望まずも参加してしまうことがあるかもしれないという運営側の配慮なのだとしたらこの時ばかりは感謝するべきなのだろう。仮に共闘ペナルティが発生することがあれば、助けようと戦闘に参加した俺達もここでやられてしまう可能性だってあったのだ。
戦闘に参加しても問題ないと判断した俺は先に行った三人にぶつからないように気を付けながら剣銃を抜き同じように戦闘に参加した。
時折明るくなっていたのはたった一人で戦っている少年が放つ魔法のおかげだったようで、俺たちが戦闘に参加した今も襲いかかってくるモンスターに向けて魔法を放ち続けている。
「そこの君、私たちのこと見えてる?」
近づいてくるモンスターを対処しながらリタが叫ぶ。
「は、はい。見えてます」
魔法を放っていた本人は俺たちよりはっきりと周囲を照らす光の恩恵を受けていたようで、リタの声に即座に反応してみせた。
「その光を出す魔法、もっと広範囲で長時間発動していられない?」
「で、出来ます!」
「だったらすぐにそれを使ってくれ!」
少年の言葉を受けハルが告げた。
暗闇の中でも戦えるとしても、やはり周囲が見通せることにこしたことはない。魔法が使えないず、明かりを灯すことのできるアイテムを持たない俺たちのパーティではそれを諦めていたが、出来るプレイヤーがいるのなら無理に暗闇の中で戦い続ける必要は無い。
「あの、その……他のモンスターが寄ってくるかもしれません、けど……」
「構わない! 俺たちもいるんだ、安心して使ってくれ」
「はい。解りました。≪ライト≫」
少年の声の反応するように天井に大きな光の球体が太陽のように出現した。
降り注ぐ光が周囲を照らし、俺たちと少年、そして複数いるモンスターの姿を浮かび上がらせた。
はっきりと視界にモンスターの姿を捉えることが出来るなら、ここからは通常の戦闘と変わらない。モンスターの頭の上にその名称と一本のHPバーが浮かび上がる。目の前のモンスターの姿は第十二階層で戦ったゴブリンによく似ているがその皮膚の色が違う。暗い洞窟の中に生息し長い時間太陽の光を浴びることが無かったせいなのかゴブリンの色は緑、というよりも白に近い。洞窟などの暗い場所に生息するゴブリン『ナイト・ゴブリン』がこのモンスターの名だ。
そして明るい場所に慣れていないのかナイト・ゴブリンは突然周囲が明るくなったことで目を手で覆い苦しそうに呻き声を上げている。
「今だっ!」
突然明るくなったことで目が眩むのは俺たちプレイヤーも同じだが、それは一時のこと。すぐに明るい空間に慣れ、目の間で呻くナイト・ゴブリンに目掛けて攻撃を加えていく。
ここでの戦闘での唯一ともいえる懸念材料であった暗闇は少年の魔法で晴らすことができた。後は無防備を晒しているナイト・ゴブリンを掃討するだけ。
俺たち四人と少年の攻撃によって瞬く間にナイト・ゴブリンは全て消滅していった。
「この光、後どれくらいもつんだ?」
戦闘を終えたハルが眩しそうに手を翳しながら聞いている。
「えっと、あと三分は大丈夫だと思います」
魔法を発動してから今まで大体七分が経過していて、残りは三分。一つの魔法の発動持続時間としてはかなり長い部類に入るのではないだろうか。攻撃力を持たないのが理由なのか、それともこういった類の補助魔法は総じて持続時間が長いのか、どちらにしてもこの光のおかげでかなり戦いやすくなったのは言うまでもない。
「あ、あの! ありがとうございました」
深々と頭を下げる少年が持っているのは百科事典かと見間違うくらいの分厚い本。それがこの少年の武器なのだろうか。
キャラクターエディットの時に見た覚えがあるようなないような。元々魔法職を選ぶつもりがなかったがためにはっきりとは覚えていないのが悔やまれる。それにナイト・ゴブリンとの戦闘も自分の目の前の相手に集中するばかりに少年のことを注意深く見ていられる余裕もなかった。これが親しい相手なら一度じっくりと見せてくれと頼めるものの、出会ったばかりの、名前も知らない少年が相手ではそうもいかない。
「気にしないで。それよりも君は一人なの?」
「は、はい。一緒に参加している相棒とははぐれてしまって。多分、先に行けば合流できると思うんですけど……」
「相棒? とすると君は二人組で参加しているのか?」
「え、そうですけど。変…ですか」
「ううん。変じゃないよ。それにしても強いのね。たった二人でここまで来るなんて」
「レイドボスはどうしたんだ? 他のパーティと一緒に倒したのか?」
「いいえ。レイドボスも二人で倒しました。というよりも相棒がほとんど一人で倒したんですけど」
「へえ、凄いじゃない。あんたの相棒はそうとう強いんだー。一度会ってみたいな」
「やめておいた方がいいと思います」
「どうして?」
「えっと……」
「わかった。あんたの相棒は人見知りなんでしょ」
「ま、まあ。そのようなものです」
「じゃあ、仕方ないな」
妙に歯切れの悪い印象を受けたがここに居もしないプレイヤーのことをあれやこれやと聞き出すのはあまり褒められた行為ではないだろう。
「……あっ」
天井に浮かぶ光球が点滅を始めた。
「そろそろ時間切れみたいですね」
もう一度ここで光を灯す理由も必要もないので俺たちと少年の会話はここまでになるだろう。
「それじゃ、俺たちは行くけど、君はどうするんだ?」
「僕はこのまま一人で進みます。途中で相棒を見つけられるかもしれないし……」
「あんたの相棒が人見知りなんじゃ、私たちが一緒に居ると出てこれないもんねー」
「そ、そうですね」
「それならここでお別れだね」
「はい」
「またどこかで会えるといいね」
「……どうでしょう」
「ん?」
「あ、いえ。なんでもないです」
遂に光球は消滅し、周囲は再び暗闇に包まれた。
「名前、教えなさいよ。いつまでもあんたって読んでるんじゃ不便でしょ」
ぼんやりとしか見えていないためにこの時のマオは実際にどういう表情をしているかはわからない。けれど俺が知るいつものマオならばおそらくは満面の笑みを見せていることだろう。
「僕の名前はグリモアです」
「私はマオだよ。またね、グリモア」
「はい。それじゃ失礼します」
グリモアが離れていく足音が聞こえてくる。
一人でナイト・ゴブリンと戦っていた少年が相棒と合流できるように、と俺は心の中で小さく祈っていた。
「私たちも行こう」
「ああ!」
手元のマップは未だ黒いまま。このマップにどれ程の道を刻む頃に俺たちは下の階層に続く階段を見つけられることができるのか。
再び歩き出した俺はそんな不安を吹き飛ばすように今までよりも少しだけ歩くスピードを速めていた。




