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極大迷宮篇 Ep.07『異層』


 余裕とまではいかないが現状はハルが言うように二人ならばくず鉄の主が相手であっても危うげなく立ち回ることができている。

 ちらりと姿を変えたハルを見る。金色の鎧を更に強固なものにしているオレンジ色の装甲。特に仮面のように兜の目の部分に備わっている装甲が彼の印象を普段と異なるものにしていた。

 使っている武器に変化はないらしい。が、もともと高威力の性能を有している武器だ。変化によって身体能力が引き上げられている状態ではより強い武器を使っているも同然。

 全身を金属製のガラクタで構成されているくず鉄の主であっても優勢に戦闘を進めることができているのだ。


「なあ」


 入れ替わり立ち替わり攻撃を繰り出している最中、前衛に立つハルの背中に向けて声を掛ける。


「何だ?」

「それの何が不満なんだ?」

「あん!?」

「いや、だってさ。俺の竜化に比べても何も遜色ないように見えるんだけど」


 変身に該当するスキルは複数存在する。そもそもからして結果変身するというだけで、スキルの名称は多岐に及ぶ。自分が使っている変身スキルが<竜化>であるように、ハルが使うものが<アーマード>とう名前なだけ。それが俺が抱いた感想だった。

 しかしどうもそういうわけではないらしい。

 表情が隠されている兜越しとはいえ、ハルの背中に形容しがたい哀愁のようなものを感じた。


「オレがこのスキルを獲得したのは例のストーリークエストをクリアした時なんだ」


 くず鉄の主の攻撃を防いだハルが後ろに下がり前に出た俺と擦れ違った瞬間に告げた。


「えっ」


 思わず振り返りそうになるも必死に堪えて剣形態の剣銃(ガンブレイズ)を振り抜いた。

 硬い金属の塊そのものだと言わんばかりのくず鉄の主の腕を斬り付けた手のひらを通して感触が伝わってくる。


「って、今はそれどころじゃないか」

「話は後だ」

「わかった。しっかり聞かせてもらうからな」

「もちろん。一から十まで話してやるから覚悟してろよ」


 大小様々なダメージを積み重ねることで着実に討伐へと進められているのは間違いないが、一瞬たりとも気が抜けない状況なのは変わらない。

 これまでの戦闘を経てくず鉄の主の攻撃の直撃を受けるわけにはいかないと強く確信できていたのは、自分たちが回避して空振ったくず鉄の主の攻撃がぶつかった地面に大きなクレーターを作り出しその周辺には大きな亀裂が広がっているからだ。

 自分たちの攻撃が命中したところで傷一つ付かない地面。それを易々と壊していくくず鉄の主。どちらの攻撃がより脅威なのかなど考えるまでもないことに思えた。


「下がれ! ユウ!」


 後ろの方で俺を呼ぶハルの声を合図にして周辺に視線を巡らせた。

 攻撃の手を止めて状況把握に集中するべきなどと考えたのは些か悠長だったかもしれない。声を合図に即座に回避行動を取っていれば良かったと思ったのは自分の頭上に無数のガラクタが飛礫となって降り注ごうと広がったのを見た瞬間。そして自分の判断が遅かったと後悔したのはその飛礫の一部が俺の回避する先を潰してしまったからだった。


「くっ」


 迎撃も回避も間に合わないのならば守るだけ。

 腕を顔の前で交差させて身構える。

 ガラクタから剥がれ落ちた錆びの欠片が極細の砂粒のようになって体を打ち付ける。これでは大したダメージにはならないが、次に待っているのはより大きなガラクタの数々。その一つ一つが殴打の武器となって俺の体力を削ろうと迫ってくる。

 多少の、あるいは多大なダメージを覚悟して、それでもと目を見開いて降り注ぐガラクタの雨を睨み付ける。


「バカ。さっさと避けろよ」

「うわっ?!」


 突然腕を掴まれて後ろに引っ張られた。そのまま数メートル引き摺られると、それまで自分が立っていた場所に無数のガラクタが降り注いで地面の石畳を壊して消えた。

 攻撃時のみ出現するというならば自分たちが使うアーツと似たようなものみたいだ。


「言っておくけどさ、行儀良く受けなくても良いんだぞ」

「あ、ああ。助かった。ありがとう」


 兜越しであるにも関わらずハルが一切籠もって聞こえない声でそう言った。

 よくよく見てみれば今の自分がいる場所はさっきから十メートルと離れていない。この程度ならば変身している今の状態ならば全力で跳躍することで即座に移動できる距離でしかない。決して避けられないとさえ思っていたというのにたったそれだけ移動しただけ直撃を免れることができていたことに愕然となった。

 ならば何故動けなかったのか。

 というよりも何故避けられないと判断したのか。

 既に消えてしまっているガラクタを思い出しながらぼんやりと思考を巡らせていると強く背中を叩かれた。


「油断大敵、だろ」

「…油断……?」


 励ましてくるハルの言葉をオウム返ししつつ、先んじてくず鉄の主に向かって駆け出したハルの後を追う。

 これでタイミングを合わせた突撃では入れ替わりながらの攻撃は行えなくなる代わりに異なる方向からの同時攻撃が可能となる。

 人と同じ二本の腕と二本の脚、一つの頭部を持つくず鉄の主は体躯がプレイヤーよりも何倍も大きな人型のモンスターという意味ではこれまでにも何度も相手をしたことがある。

 先程の自分の判断に対する懸念は残ったままだが、それでも気を改めて対峙することができていた。


「はあっ」


 斧槍(ハルバート)で鋭い突きを出す。狙いは肘の関節。肉体を構成しているものが金属のパイプやプレート、あるいは何かの部品のようなものであるために、その関節には巧く隠されているが接合部というものが存在している。それを狙って破壊することでいわゆる部位破壊のような減少を引き起こすことができるはずだ。

 ガンっと大きな音と火花が舞い散りながら斧槍(ハルバート)が弾かれた。しかしそれさえも想定していたというように狼狽えることなく続け様にもう一度同じ場所を狙って突きを繰り出していた。


「なるほど。そういう倒し方か」


 ハルの行動に合わせてこちらもくず鉄の主の関節部を狙う攻撃を行う。

 剣術(ガンブレイズ)斧槍(ハルバート)では特異な攻撃が異なる。斬るのではなく突く。それぞれの武器で最大威力を出そうとするのならば自ずとそれぞれに最も適した攻撃になる。が、斧槍(ハルバート)の突きとは異なり、斬る攻撃では狙った場所をピンポイントで穿つことは難しい。俺の場合それを狙うのならば銃形態の攻撃だ。


「効くかどうかはわからないけど」


 引金を引いて撃ち出した弾丸が寸分違わずにくず鉄の主の腕の関節を捉えていた。弾けて消えた光弾が命中した場所には焼け焦げたような跡が残されている。


「ダメージは…微妙」


 俺の攻撃。ハルの攻撃。同時に与えられたダメージはその最大値から見れば二割程度。


「…少なすぎる」


 曲がりなりにも二人揃って変身しているのだ。攻撃力が増し、与えるダメージも増大している。故にくず鉄の主の防御力が如何に高くともこれまでの戦闘で与えられたダメージがこれだけというのは明らかにおかしなことと言えるのだ。


「回復しているってのか」


 その見た目が生物的なものから乖離していたために想定から外していた自己回復能力。仮にくず鉄の主がゴーレムに属する種であるならば、自己修復という名で回復手段を持っていても何らおかしなことではない。


「回復速度がかなり速いみたいだな」


 攻撃の手を止めてしまっている今も、徐々にではあるがくず鉄の主のHPゲージは回復し続けている。この速度が緩やかなのは絶えずハルが連続攻撃を行っているから。それでも常に攻撃をし続けられるわけじゃない。攻撃が途切れた瞬間には僅かに多い量の自動回復が見受けられた。


「ということは何だぁ?! 回復されるよりも先に削り斬るしかないってことかよ」


 そう呟きながらハルが攻撃速度を速めて斧槍(ハルバート)を振り続ける。


「って、お前も手を止めるなよ!!」

「わかってる」


 ハルに促されて引金を引く。しかしどうも射撃は効果が薄い。数回繰り返した段階で見切りを付けて再度剣銃(ガンブレイズ)を剣形態に戻した。


「これならどうだ!」


 振り下ろされるくず鉄の主の腕を避け、回り込んで斬り付ける。

 狙いは変わらずに関節。しかしさっきと同じ肘の関節を狙ったのでは少し高い位置にありクリーンヒットさせることが難しい。それならばと握られている手首の関節を狙い斬り裂いた。

 一際激しい火花が散る。

 手首、手の甲側に一筋の切り傷が刻まれた。


「もっと!」


 返す刀で回転斬りを繰り出す。

 アーツではなく純粋な技術で繰り出す斬撃だ。

 同じ場所を的確に穿ったその一撃はくず鉄の主の手首関節を構成しているパーツの一部を剥がし飛ばした。


「もっと!!」


 効果ありと手応えを感じてなおも行う攻撃に自ずと剣銃(ガンブレイズ)を持つ手に力が入る。


「もっと!!!」


 叫び、どっしりと構えて、同じ場所を攻撃し続ける。

 時折反撃に出ようとしたのかくず鉄の主が腕を持ち上げる素振りを見せたのだが、その都度狙ったようにくず鉄の主がよろめいた。

 視線の先、自分とは反対側の位置でハルが勢いよく斧槍(ハルバート)を振り抜いた。

 一際大きな衝突音を伴ってくず鉄の主の腕を繋ぎ止めていたパーツがいくつも拉げて宙を舞う。

 どうやら自分よりも一足先に部位破壊を達成したようだ。

 関節を砕かれたくず鉄の主の腕が落ちて地面に激突することで大きな音が響いた。

 それはまるで高い所からの投石攻撃であるように頭上から落ちてきた腕をハルは横っ跳びすることで回避する。


「これでどうだ!!」


 傷痕が刻まれては消えて、消えては刻まれてを繰り返したくず鉄の主の手首に渾身の一撃を繰り出した。

 ハルが行った肘破壊と同じように手首の関節が砕け壊れる。

 無数の欠片が宙を舞い、繋ぎを失った手首が腕から外れてゴトリと落ちた。


「今だ、壊せ!!」


 ハルの言葉にハッとして俺は地面に落ちた手を見た。そこに見えたのはゆっくりとではあるが減っていっている一本のゲージ。それとくず鉄の主の頭上に浮かんでいるものの三分の一ほどの長さをしたHPゲージだった。


「まさか、これも回復するってのか」


 減っているゲージがゼロになればもう一度あの腕に接続されるかもしれない。その場合の壊されたパーツの代替品はどうなるのか気になるところではあったが、こういうものはどこからともなく出現して元に戻るものだと割り切るのが一番だ。

 剣銃(ガンブレイズ)を逆手に構えて手の真上に立ち、勢いを付けて振り下ろす。

 力なく広げられた手の甲に剣銃(ガンブレイズ)の刃が突き刺さる。

 ドカンっと大きな爆発がハルがいる方で巻き起こる。爆炎を背にしたハルはいち早く自身が切り落とした腕を完全破壊してみせたらしい。


(こっち)よりも耐久力が高かったはずなのに」


 ぐっと逆手に持った剣銃(ガンブレイズ)を強く押し込む。

 加えて勢いよく切り上げることでくず鉄の主の手が綺麗に真っ二つになっていた。

 左右に別たれた手が同時に爆発四散する。


「おいおい、嘘だろ。ダメージを回復しているぞ」


 焦ったようにハルが叫ぶ。

 腕と手を左右それぞれ斬り飛ばされたというのに本体のHPゲージは徐々に回復していっている。それもそのはず。本体に通ったダメージは腕を切り落とした時と、手を斬り飛ばした時のみ。それぞれを完全破壊した時には本体にダメージは入っていないのだ。

 どんなに速く事を成せたとしても切り落とした部位を完全破壊するのには時間が掛かる。その間に与えたダメージの大半は回復されてしまっている。


「部位破壊した所まで回復することはないだろうな」

「まさか。そうじゃないことを願うよ」

「確かに」


 戦々恐々としたハルの呟きに答えると返ってきたのは苦笑交じりの返事だった。


「それでも攻撃力が減ったことには変わらない。一気に行くぞ」


 片腕は肘から下を、もう片方は手首から先を。掴むという行為は行えなくなったというのに、まるで意に介した様子もなくその両腕をある種の鈍器のようにして接近している俺とハルに目掛けて振り下ろして来た。

 リーチが短くなったおかげで攻撃のテンポが多少変わる。攻撃が命中するまでの時間が延びて、本体の体勢が些か前のめり気味になっている。そのお陰でこれまで届かなかった肘の関節を俺が狙うことが可能となり、ハルは本体の強固な外装の隙間にある内部を穿つことが出来るようになったのだ。

 一撃では破壊できずとも繰り返し攻撃を加えれば部位破壊できることは実証済み。だというのに俺もハルもそれを狙うことはしなかった。攻撃手段を削ることは有効だが、それよりも本体にダメージを与えることが優先されるべきと判断したからだ。

 突く。

 斬る。

 異なる武器で互いに攻撃を繰り返すと程なくしてくず鉄の主のHPゲージが半分を割り、その色を緑から黄色に変えていた。


「よくあるパターンだと動きを変えたりするけど」


 攻撃の手を止めては回復されてしまうと警戒しながらも攻撃は続ける。

 幸いなのは本体に向けての攻撃に集中すればくず鉄の主の回復速度よりもこちらが与えられるダメージのほうが多かったこと。

 反撃らしい反撃を喰らうことなく攻め続けていると遂にその体の外装が剥がれ落ちた。

 剥き出しになる核の部分。

 赤く明滅しているそれはくず鉄の主の顔にあるものと良く似ていた。


「あれが核なら、核が二つあるってことかよ」

「どちらかがフェイクでない限りはそうなるな」


 ハルの呟きに律儀に答えながら頭部にあるものと胸部に埋まっているものを見比べる。

 一見しただけでは同じ物。ゴーレム種のモンスターに見られる弱点。それが核と呼ばれているもの。動物であれば心臓に値する部位であるために弱点といわれれば当然のことだが、あそこまで露骨に目だと偽装して存在していることはない。基本的には体の中に隠された部位であることが多いのだ。つまり頭部の目だと思っていたそれが核であるのならばくず鉄の主は常に弱点を晒していたということになる。


「頭の方は任せたぞ」


 どちらがどちらを狙えるのか武器の特製を鑑みれば答えは出ている。

 剣銃(ガンブレイズ)を銃形態に変えて頷くと、それを見ずしてハルが駆け出していた。


「ったく。ゆらゆらと揺れて狙い難いな」


 接近していくハルが行う攻撃を受けてよろめくのと反撃の度に揺れる頭は殊の外狙いづらい。それでもじっと構えて狙い定めていたのではHPゲージが回復されてしまう。

 結局は素早く狙いを付けて撃つことが求められているのだ。


「ハッ」


 斧槍(ハルバート)の柄を後ろの方で持つことで射程を伸ばしたハルが気合い一突き、胸部にある核を突いた。

 グンッと減るくず鉄の主のHPゲージ。

 どうやらそれが弱点でより大きなダメージを与えられる場所であることは間違いないらしい。


「当たれ!」


 狙い澄まして引き金を引く。

 頭部の揺れを計算して放たれた光弾は正確にその中心を射貫いていた。

 またしてもガクンッと減るHPゲージ。

 どうやら二つともが核として設定されているみたいだ。

 弱点が分かれば後は簡単。くず鉄の主のHPゲージがゼロになるまでそこを狙い続ければいい。


「<爆斧(ばくふ)>」


 ハルが宣言して発動させたのは彼が使うアーツのなかで最も基本技となっている爆発を伴った斬撃を繰り出すものだ。

 正確に核を穿ち、広がる爆炎が内側からくず鉄の主の外殻を吹き飛ばす。

 より一層剥き出しになった核はその胸部の中心で煌々と光を放っていた。


「貫け<カノン>!!」


 アーツを使えばダメージは上がる。これまで積極的に使わなかったのは四肢を狙った場合どれくらいの威力が見込めるかわからなかったからだ。

 それが今、弱点が判明してそこを攻撃することができている。であれば、攻撃をより強力なものに切り替えるのは当然の判断と言えるだろう。

 胸部で爆発が起こり、頭部には空へと光が駆け抜ける。


「もう少しだ!」


 視認できるくず鉄の主のHPゲージの色が赤く変わる。

 こちらの勝利が近付く反面、モンスターの最後の抵抗が見られる局面だ。

 暴走、発狂。呼び方はいくつかあるが、生物がモチーフではないモンスターの場合は暴走が相応しいか。


「攻撃が来る前に倒し切れれば問題ないさ!」

「そうだな」


 頼もしいハルの一言を受けて俺は<インパクトノーツ>という次撃威力を増加させるアーツを発動させた。

 この一撃が外れれば無為に帰すとはいえ、この重ね掛けは終盤の詰めの状況では有効な攻撃であることは理解している。


「決めるぞ」


 攻撃のタイミングは合わせる必要は無い。けれど、こちらがキメの一撃を行おうとしていることくらいは伝えておくべきだ。


「<カノン>」


 威力を増した光線が揺れるくず鉄の主の頭部を撃ち抜く。

 頭部の核を光が飲み込みそのHPゲージが勢いよく減っていく。


「ついでだ。これも喰らっとけ。<爆突(ばくとつ)>」


 発生させた爆発を加速に流用した高速の突きが胸部の核を貫いた。

 正規の速度で減っていたHPゲージがより加速して減少した。

 必要の無かった一撃かもしれない。オーバーキルだったかもしれない。しかし、反撃の隙を与えることなく倒しきるという意味では確かに必要だった一撃だ。

 二人の攻撃が終わり、一拍の静寂が辺りを支配する。

 ピシッと亀裂が入る音が聞こえた直後、くず鉄の主が全身を崩壊させて崩壊したのだった。


「ふぃ」


 溜め込んでいた息を吐き出す。


「お疲れさん」


 この場から完全に脅威は去ったとハルが斧槍(ハルバート)を収納しながら近付いてきた。

 竜化を解いて元の姿に戻る。

 ハルもまたいつもの全身鎧になり、兜を外して武器と同様にどこかへと収納してみせた。


「確か極大迷宮(ダンジョン)で手に入るドロップアイテムはさ、光石ってやつだったよな」

「ああ。普通のドロップアイテムもあるとは思うけど、ここに来て集めるのはやっぱりそれだと思う」

「で、それはどこにあるんだよ?」

「いつもはそのモンスターがいた場所に落ちてるんだけど…」


 くず鉄の主がいた場所を見てみるとそこには綺麗さっぱり何もない。戦闘で付いたはずの地面の傷すらも消えているようだ。


「無いな」

「無いよな」

「どういうことだ? 回収しきれなくて消えたことはあっても落ちなかったことは無かったんだけど」


 困惑する俺の前にメニュー画面が出現して『くず鉄の主 6/27』という謎の表記が現われた。自分と同じようにハルの前にもメニュー画面が浮かび同様の文が表示されているらしい。


「これは…何の数字だ?」

「そうだな。数字の意味を考えればこれまでの討伐数とかかも」

「何!?」


 ハルが浮かぶままに声に出した。


「ってことはオレたち以外にもくず鉄の主を討伐したプレイヤーがいるってことか?」

「そりゃあいるだろ」


 パズルを解くことが条件だったとしても自分たちだけが挑めたなどとは思うつもりもない。


「噂になっていないのは討伐したプレイヤーが公表していないだけとかかもな」


 この数字が個人単位であるならば少なく感じたのは間違いないだろうが、パーティ単位ならばそうでもない。最大人数でパーティを組んでいるのだとしたら単純計算で四倍の人数が討伐に参加していることになる。何よりも討伐数だとするのならば勝てなかったプレイヤーがいるかもしれない。それならばくず鉄の主のことを知る正確な人数は計り知れないことになる。


「お、道が出てきたみたいだぞ」


 情報を秘匿する意味が無いと伝わったのかハルは早々にメニュー画面に興味を無くして近くを探索していた。そしてこれまで壁と同化して隠され開かれていなかった扉が開いているのを見つけたようだ。


「元の場所に帰れる道ってわけじゃなさそうだな」

「帰るのならあっちだろ」


 ハルが振り返り反対側にある道を指さした。


「よしっ。帰るか」

「その前に」

「ん?」

「オレの話を聞いてくれるんだろ。くず鉄の主を倒したのならここは安全圏になっているはずだからさ、ここは話をするには最適な場所、な」

「別に道すがら話してくれるだけでも良いんだけど」

「いやいや、長い話になるからさ」


 困ったような顔で笑顔を浮かべるハルに向き合う。

 真剣な顔で「わかった」と伝えるとハルは自身のストレージから飲み物が入った小瓶を二つ取り出してその片方をこちらに差し出してきた。


「オレがさ例のスキルを手に入れたのはストーリークエストをクリアしたからだって言ったよな」

「ああ。でもさランクが6になっているとそのクエストじゃあスキルは手に入らないっていう話だって聞いたんだけど」

「オレもそう思ってたんだけどさ」


 平たい地面の上に腰を下ろしたハルが小瓶の蓋を開けてその中身をクイッと飲んだ。

 釣られるように正面に座った俺も小瓶を開けると、その中身は回復用のポーションではなくただのジュースだった。


「スキルは手に入ったんだよ。ただし自分が想像していたものとは違ったんだけどさ」


 どうやらこの“違った”という意識が釈然としない感情に繋がっているらしい。


「ハルも知っていると思うけどさ、変身系のスキルは一種類じゃないんだぞ。ハルが使っているものがその一種でも変なことじゃないだろ」

「そう言われるとそうなんだけどさ」

「納得出来ないってか」

「というよりも直感でわかるんだよ。コレはそういうやつじゃ無いってさ」


 眉間に皺を寄せて俯き拳を握るハルの姿を見ると気にすることは無いと言葉を投げかけるのはひどく無意味なことのように思えてくる。


「ハルはさ。どういう風に感じているんだ?」

「どうって…例えるなら発動したら新しい防具を装備したみたいな?」

「それって……問題あるのか?」

「や、問題はないよ。無いけどさ、変身ってそういう感じじゃないだろぉ」


 しゃがみ込み深く落胆しているハルを見て思い出すのは変身に強い憧れを抱いているイナミナの存在。しかし、だからこそ、思ってしまう。


「ハルもだけどさ、変身に対して変な憧れを抱きすぎじゃないか」

「そりゃあできるお前は良いだろうよ。でもさ、できない人からすれば羨ましいものなんだよ」

「そういうもんか」


 よく分からないと首を捻っているとハルは立ち上がり真剣な目を向けて来た。


「どう思う?」

「何が?」

「オレのスキルがだ。正直に言うとどんなに調べても情報が出て来なくてさ」

「いや、変に悩むことはないだろ。そういうもんって受け入れれば別に」

「受け入れれば、か」

「今でこそさほど珍しくないって感じになっている変身系のスキルだって最初は存在すら明言されていなかったような代物だぞ」

「そう…だったな」


 不安げに微笑むハルに掛ける言葉が見つからない。


「もう一度使えるか?」

「へ?」

「確かアーマードだっけ。ハルが使ってたスキルだよ」

「まあ、リキャストタイムは終わってるから大丈夫だと思うけど」

「だったら頼む」

「わかった」


 困惑しながらもハルは<アーマード>を発動させた。

 出現する兜が頭に装備され、全身を覆っている金色の鎧にオレンジ色をした装甲が装着される。


「ふむふむ」


 戦闘中にも見たがこうしてじっくり変化したハルを観察すると何となくだがハルが言っていることがわかるような気がする。

 これは変化ではない。もっと別の何かであると。

 けど……。


「嫌な感じは受けないな」


 別物の力ではあると感じるが、それ自体が悪いものであるとは思えない。寧ろ別の何かに変わる変身とは違いハルのそれは自身の力を高めているものであるような。


「<竜化>できれば比べられて良かったんだけど」

「出来ないのか?」

「こっちはまだリキャストタイムが残ってるんだよ」

「そうか」


 スキルレベルを上げれば該当するアーツのリキャストタイムを縮めることもできる。けれど≪竜化≫にはスキルレベルというものは存在しない。それはつまり強化のやりようがないということだ。


「変化ではなく強化か」

「強化って、ただのバフスキルだっていうのかよ」

「んなわけないだろ。明らかに普通の強化スキルの域を超えているって」


 二色が重なる装甲を身に付けた自分の体を見下ろしてハルが何やら考え込む素振りをみせる。


「普通じゃ無い、か」

「あ、いや、そうじゃなくて」

「あー、いい。わかってるから」


 慌てて否定する俺を見て苦笑を漏らしながら宥めようとしてくるハルはどこか脱力したように天井を見上げている。


「でもさ、姿を変えるっていう意味じゃハルのそれも変身には違いないんじゃないか」

「あん?」


 何気なく思ったまま口にした一言にハルはキョトンと少しだけ間抜けな顔を向けてきた。兜に隠れているせいで見たわけじゃないが。


「皆が変身、変身って言うから敢えて突っ込まなかったんだけどさ。この変身ってのはあくまでも通称みたいなもので、実際は変化しているんだよ。俺の場合は竜になる変化だな」

「へ?」

「だから本当の意味で変身っていうスキルやアーツは無いって訳だ」


 思えばいつイナミナに伝えるかと悩んでいたことだ。

 なんてことも無いようにさらっと伝えればハルも大してショックを受けないと思っていたのだが。


「攻略サイトにはそう書いて無かったのか?」


 唖然と立ち尽くしているハルに訊ねてみる。ハルはカタカタと壊れたカラクリ人形のように首を横に振って答えた。


「じゃあざっくりと変身って事になっているみたいだな。まあ、大した違いはないから良いんじゃないか」

「良い…のか?」

「そもそもからして言葉遊びみたいなものだからな。変化と変身の違いなんてさ」

「そう、か?」

「少なくとも俺が知っている変身するスキルっていうのは“なんとか化”っていう名前だったからな。他の人は知らないけどさ、多分変化で間違っていないと思う」

「…はぁ」


 釈然としない様子のハルが大きな溜め息を吐いてスキルを解除すると元の姿に戻っていた。


「ハルのそれも立派な変身だな」


 欲していたもの。期待していたもの、望んでいたものとは違っていてもそれが得た自分の力などだと受け入れることが大事。

 俺が使っている≪竜化≫ですら望んで、あるいは選んで手にしたものではなかった。それでも今では立派に自分の力としてここにある。


「オレが拘ってたのは言葉だけだったってことか」

「納得できないか?」

「そりゃあな。変身じゃなくて別物だと思って、それが変な感じがして、どうにかできないかとお前を頼って、それで…」


 自問自答をするように小さく呟いているハルが目を閉じ、唇を結び、深呼吸をする。

 数秒後、気持ちを切り替えたというようにパンッと自身の頬を叩き、カッと目を見開いて前を見た。


「よっし。切り替えた」

「ん?」

「お前風に言うなら受け入れたって感じだな」


 ニカッと笑うハルの表情にはいつもの明るさが戻っていた。


「ちょうど良い。ここを探索してみようぜ」

「何がちょうど良いんだよ?」

「だって、こんな階層には普通来られないだろ」

「確かに普通の極大迷宮(ダンジョン)の階層じゃないな」

「だったら探索する一沢だろ!!」

「お、おう」


 空元気も入っているのかいつもより前のめりになっているハルの勢いに負けて俺たちは来た道を戻るのではなく先に進むことになった。

 開かれている扉を抜けてこの異層の通路に出る。


「目が変になりそうだ」


 青一色に染まった道。

 天井も壁も床も、石造りであることからも洞窟だった極大迷宮(ダンジョン)とは違う。

 天井に近い場所にある謎の光源に照らされていることで足元に成る程に濃さを増していき、煉瓦が積まれているような壁はその凹凸によって濃淡が変わっている。


「さーてどんなモンスターが出てくるかな」


 意気揚々と突き進むハルに若干の危うさを感じながらも、周囲を警戒しながら進む。

 アリの巣のように横道が多数見受けられる通路を時折「こっちだ」とハルの号令に従って曲がりながら進んでいると程なくして青銅色をした扉に行き着いた。


「開けるぞ」


 何の警戒もなく、また躊躇もなく扉を開けるハルの後ろでギョッと驚いていると扉の向こうで蠢く影を見た。


「ハル!!」


 何かが待ち構えているのならばこれ以上無警戒で居られては困る。

 語気を強めてその名を呼ぶとハルは返事をするよりも先に兜を身につけ、斧槍(ハルバート)を手に構えを取っていた。

 身構える二人の前から近付いてくる存在が徐々に明かりに照らされてその正体が露わになる。

 青い通路のなか、蠢いているそれは灰色の動く骸骨。

 手には剣や槍が握られ、纏っているのは多種多様な鎧。

 眼窩に輝く怪しい光がゆらりゆらりと揺れている。


「ダンジョンっぽくなってきたな!!」

「いや、こういうモンスターが出るのは墓地系だろ。極大迷宮(ダンジョン)とはイメージが違うって」

「そうか? いつか極大迷宮(ダンジョン)でもアンデッド系が出てくるかも知れないぞ」

「嫌がるプレイヤーが大勢いるだろうなぁ」


 虫系のモンスターもそうだが、アンデッド系のモンスターも好みが分かれる。比較的平気だという人もいれば、かなり好きだという人もいる。そして絶対にダメだという人も。

 思えばマドアントのような虫系のモンスターが既に登場しているのだ。ハルが言うようにアンデッド系が出てきてもおかしくはないのだろう。


「幽霊系もいるかもよ」

「あー、それは嫌だなぁ」


 悪戯っぽく言うハルの一言に顔を顰めながら答える。すると意外なモノを聞いたというようにハルが振り返ってきた。


「苦手だっけ?」

「そういうわけじゃないけどさ、幽霊系って普通の攻撃が効かないことがあるだろ」

「お前まだ魔法が使えないの?」

「一応銃形態の攻撃は魔法寄りなんだけどな」

「属性は?」

「サッパリ」

「あぁ」


 軽口を叩き合っているといよいよ骸骨が群れを成してこちらに向かってきた。

 それらの頭上には【アザースケルトン】という名前が。どうやら扱う武器の種類によって名称が変化するわけではないらしい。


「それじゃあ。ユウ、油断するなよこういうヤツはしつこいぞ」

「わかってるって」


 ハルと並び構える。

 異層の通路でカタカタと蠢くアザースケルトンとの戦闘が始まった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レベル【5】ランク【4】


生命力

精神力

攻撃力【D】

防御力【F】

魔攻力【E】

魔防力【F】

速度 【C】


専用武器


剣銃(ガンブレイズ)

↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】

魔導手甲(ガントレット)

↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】


防具


頭防具――【イヴァターレ・H】

胴防具――【イヴァターレ・B】

腕防具――【イヴァターレ・A】

脚防具――【イヴァターレ・L】

足防具――【イヴァターレ・S】

一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】


アクセサリ【6/10】

↳【生命の指輪】

↳【精神のお守り】

↳【攻撃の腕輪】

↳【魔攻の腕輪】

↳【魔防の腕輪】

↳【速度の腕輪】

↳【変化の指輪】

↳【隠匿の指輪】

↳【変化のピアス】

↳【―】


所持スキル


≪剣銃≫【Lv132】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。

↳<セイヴァー>――“威力”、“攻撃範囲”が強化された斬撃を放つ。

↳<カノン>――“威力”、“射程”、“弾速”、が強化された砲撃を放つ。

↳<インパクトノーツ>――次に発動する全てのアーツの威力を増加させる。

↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技(エスペシャル・アーツ)

↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技(エスペシャル・アーツ)

≪魔導手甲≫【Lv20】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。

↳<ブロウ>――“威力”を高めた打撃を放つ。

≪錬成強化≫【Lv110】――武器を錬成強化することができる。

≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。

≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。

≪自動回復・HP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に生命力が回復する。

≪自動回復・MP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に精神力が回復する。

≪状態異常無効≫【Lv―】――状態異常にならない。(特定の状態異常を除く)

≪全能力強化≫【Lv100】――全ての能力値が上昇する。


残スキルポイント【5】


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