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極大迷宮篇 Ep.05『とりあえずの帰り道』


第五層(ここ)に来るだけで二時間ちょいくらい掛かるとは。これじゃ確かに攻略が遅々として進まないのも納得だな」


 メニュー画面の端にある時計で今の時間を確認しながら呟く。

 第五層に突入してすぐのこと。先程消費した精神力を完全回復させるためにも一度休憩を取ろうということになり、モンスターにもすぐに対応できるようにと小部屋を探してみることにしたのだ。

 この階層もやはりというべきかぱっと見の印象は洞窟のダンジョン。ただし第四層のように湿度の高いジメジメとしたものでも、第三層のように夜空の星々の如く煌めく結晶に覆われているわけでもない。どちらかといえば最初に極大迷宮(ダンジョン)に挑んだ時に足を踏み入れた第一層のようにシンプルな洞窟然とした階層であるらしい。

 極大迷宮(ダンジョン)で目撃したモンスターの出現は壁や地面から。生成されるように生まれ落ちるのはどの階層でも変わらない。

 通路を進む最中に見つけた小部屋に入り周囲を警戒しながら体を休めることにしていた。


「ここから地上に戻ろうとするとその倍の時間が掛かるってことですよね」

「だからこそ攻略に挑んでいる大抵のプレイヤーは潤沢な物資を持って数日掛けているみたいです」

「わたしたちも同じようにできれば良かったのですが…」


 尻窄みになって言ったイナミナはどことなく悔しそうな雰囲気を滲ませている。

 アイテムを使わずにスキルにある自動回復でのみ回復させようとしているからこそ、このような休息が必要となる。そもそもからしてイナミナも自動回復系のスキルを習得していなければ取ることのできない回復手段だが、彼女曰く上級プレイヤーの嗜みとして大抵のプレイヤーは習得しているということのようだ。

 思い起こせば自分も過去に似たようなことを言われてこれらのスキルを習得した覚えがある。今でも変わっていないこともあるのだと思いながら視界の端に映る二色のゲージが満たされているのを静かに待ち続けた。


「一応安全圏でログアウトすることで中断はできるみたいですけど」

「でも、その場合は再開するときはダンジョンの中からってことになりますよね」

「おそらくは」

「でしたらわたしはここからログアウトして中断するわけにはいきません。わたしはずっとダンジョンに居るわけにはいかないんです」

「解っています」


 イナミナの事情は理解しているつもりだ。

 ダンジョンを離れることができるといってもそれはあくまでも現実世界に帰れるという意味でしか無い。詰まるところこの仮想世界での肉体は極大迷宮(ダンジョン)に囚われているも同然。

 日常の活動がダンジョンの外でプレイヤーというよりも配信者としてのアイデンティティが強いイナミナはただ盲目に極大迷宮(ダンジョン)の攻略にだけ集中するわけにはいかない。それをフォローすることが自分の役目だと理解しているが、当人の時間の有無だけはどうにもならない。

 一つ自分一人で順路を確認してガイドするという選択肢を取ることもできるが、それではイナミナの本来の目的に沿うことにならない。結局のところ俺はイナミナに同行する以外この極大迷宮(ダンジョン)に挑む意味がないということらしい。


「まあ、一人(ソロ)で攻略するのも面白そうではあるけどさ」

「何か言いましたか?」

「ああ、いや、何でも」


 どんなに小さな声で呟いたとしてもモンスターの襲撃すらないこの小部屋では全く声が届いていないなんてことはないはず。それでも聞こえないふりをしているのは俺が発した一言に関与するわけにはいかないと思っているからなのか。


「それで、これからどうしますか?」


 自分の発言を訂正するのでも捕捉するのでもなく敢えてなかったものとして問い掛ける。


「それはこのまま先に進むのか、それとも一度迷宮の外に戻るのかっていうことですよね」

「はい。ここから戻るのに必要な時間を考えれば進めて階層あと一つか二つくらいだと思いますが」

「そう…ですよね」


 表情を暗くするイナミナは自分の事情が攻略を妨げている要因になってしまっていることを理解しているのだろう。

 俺からすればそれ自体何も問題はないのだが、明確な成果を得られていない状況ではこの場から離れることに幾許か複雑な思いがあるみたいだ。

 イナミナが深く息を吸って目を瞑る。そうすることで自分の中のもやもやしたものを整理することができるらしい。

 目を瞑っている極めて僅かな時間に考えを纏めたイナミナがゆっくりと口を開く。


「仕方ありません。ここで一度引き返しましょう」

「良いのですか?」

「ログアウトして中断することができない以上は仕方ありません。それに今回の挑戦でこの極大迷宮(ダンジョン)に本気で挑むのなら何らかの方法を講じなければならないことが解りましたから」

「わかりました。それに俺としても次に来る時のために用意したい物がありますし」

「用意したい物ですか?」

「まあ、既に誰かが用意している可能性も十分にある物ではあるんですけどね」


 などと言う俺にイナミナはよく分からないという顔を向けてきた。

 それから程なくして消耗していた精神力が全快すると俺たちは小部屋を出ることになった。

 小部屋を出てすぐに訪れる別れ道。

 続いている片方は奥に進むための道。

 もう一つは来た道を戻るための道。

 先程の会話ではっきりと意思を伝えたわけではなかったが彼女の事情を考慮するとここで選べるのは実質ただ一つ、戻るという道だけだったように思えていた。ここで無理をして先に進むという選択肢を選ぶ可能性があったから確認したというのが俺の心の内の本音だった。

 安全地帯を求めて多少歩き回ったとはいえ第五層はまだ殆ど探索をしていないも同然。来た道を思い出しながら下りてきた階段がある場所に戻る事は比較的容易。歩く速度を上げたつもりはなかったが、程なくして階段が見えてきた。

 問題はこの先だと上の階層に続く階段の前で立ち止まる。

 この状況で俺が危惧しているのはこの上にある空間でまたしてもマドアントの大軍との戦闘が発生する可能性があること。


「別の階段を探してみます?」


 立ち止まったイナミナが念の為にと訊ねてくる。

 少し考えて首を横に振る。


「いいえ。ここから戻りましょう。第四層での様子を思えばどの道を選んだとしてもその先で待っているものは変わらないような気がしますし、他の階段を探し回る時間も惜しいですから」

「そうですね」

「ということで行きましょう。もしもの場合は…」

「後のことを考える必要が無いというわけで全力で戦いましょう」

「もちろん」


 フッと笑みを向け合って階段を上っていく。

 下りるときと同じだけの段数を登り切って辿り着いた先にあったのは思った通りにマドアントの大軍と戦った時と同じ様相を呈している空間だった。


「ん?」


 つい先程に空間に足を踏み入れた時とは異なることがあった。まず自分たちがこの空間に足を踏み入れた時に光の膜のようなものが出入り口を封鎖しなかったこと。そしてモンスターの襲撃など微塵も予期させないほど平和な空気が流れていたことだ。


「何も出て来ませんね」


 険しい顔で襲撃を待ち構えている俺の横でイナミナが拍子抜けしたように呟いた。

 待ち構えること数秒。痛いくらいの沈黙を超えて、襲撃は無いと判断した俺は腰の剣銃(ガンブレイズ)から手を離して言う。


「今のうちにここを抜けてしまいましょう」


 このまま大人しくモンスターの襲撃を待っている必要などない。了解したとアイコンタクトを送りタイミングを合せて一斉に駆け出した。

 まるでこの空間から逃げ出そうとしているかのような光景だ。

 正面に見える出口を目指して一目散の全力疾走。

 ゴールテープを切るかの如く出口の向こうへと飛びだした俺たちは肩で息を切らしながら後ろを振り返る。


「マドアントは!?」


 出現したモンスターが自分たちを追い駆けてきているのならば、他のプレイヤーと出会う前に倒さなければならない。

 追いかけて来たモンスターを別のプレイヤーに擦り付けることはマナー違反も甚だしいことだ。


「いないみたいですね」


 少しだけ身を乗り出して目の前の空間を覗き込みつつイナミナが答えた。


「あの戦闘は下の階層に行く時にだけ発生するのでしょうか?」

「検証する方法が一つだけ浮かんでますけど。どうします?」


 浮かんでくるのも当然の疑問だと思う。そして自分の頭の中に浮かんできたそれを口にするとイナミナは一瞬だけ逡巡する素振りを見せて、


「止めておきましょう」


 と真顔で答えていた。


「またここに来る時には挑むことになるかもしれませんから、その時で構わないですよね」

「ですね」


 あの戦闘をもう一度することになればまたレベルが上げられるかも知れないと思うと少しだけ勿体ないような気にもなったが、それはそれと切り替えて上層へと引き返す道を行く。

 道中出現するモンスターは行く時も戻るときも変わらずに襲い掛かってくる。必要のない戦闘を避けつつ進むも避けられない戦闘もあり、それはこちらから先に仕掛けることで危うげなくやり過ごすことができていた。


「行く時に比べて戻る時は戦闘の頻度も減るみたいですね」


 戦闘は確かに起こる。が、危険性は限りなく低い。

 安全と言っても憚らない道程を超えて第三層に戻ってきた。


「第三層の道は覚えているんですか?」

「まあ、それなりに」


 意外なことに来た時と同じ道を進んでいたとしても方角が異なれば印象が変わる。

 想定外だったのはイナミナがさほど地理に強くないことか。


「入り組んでいるように見えて一本道でしたからね。迷わずに進めるとは思いますよ」

「だと良いのですが」


 洞窟の様相を持つ第三層を進むとイナミナの心配は杞憂だったというように危うげなく次なる階層に続く階段まで辿り着いた。

 今回も安全に第二層に戻ってくることができた。


「どうやら行く時に比べて戻るときはそんなに時間が掛からないのかも知れませんね」


 行く時より何倍もスムーズに進めていることをメニュー画面の時計を見て確信することができた。これならば確実にあと一階層は進めたと思ってしまうのも無理はない。

 すっと振り返り来た道を見つめる俺にイナミナが「どうしたのですか」と問い掛けてくる。はっきりと答えることはできずに暫くの間無言でいるとほぼ間を置かずに若干不満そうな顔をしてイナミナが先陣を切り歩き出した。

 慌ててイナミナを追い駆ける。

 第二層を抜けて第一層へ。

 そして、第一層を抜けると見えてくるのは迷宮都市(タルタロス)の中心に聳える塔の元へ。


「暖かい」


 降り注ぐ日の光に目を細めながらイナミナが独り言ちる。

 彼女に続いて塔の外へと出た俺はその言葉の通り天然の日の光の温かみに不思議な安心感を得ていた。


「予定より早く戻って来られたわけですが」

「そうですね。少し早いですが、ここで解散にしましょうか」

「この後の予定は確か…」

「はい。いつもの配信です」

「なるほど。ではパーティは解散ということで」

「わかりました」


 規定の手順を行うと視界の端に映っていた彼女のHPゲージが消えた。


「もし良ければわたしの配信を見てくださいね」


 そう言い残してイナミナは迷宮都市(タルタロス)にある他の地点と繋がっている転移ポータルへと向かっていった。

 一人残された俺は踵を返して塔を上っていく。

 目的地は塔の上部にあるであろう店。

 多少世界観に相応しくないように思えるが、塔に設置されているエレベーターに乗り込んだ。


「えっと、店があるのは――」


 行き先を決めるボタンを押す手が止まる。

 エレベーターの室内にあるであろう案内板を探して視線を巡らせるも残念な事に狙いのものは見つからなかった。

 どうしたものかと悩んでいると、他のプレイヤーが乗り込んできたので結局どこにも行くこともなく入れ替わるようにエレベーターから下りた。 

 自分が下りてすぐにエレベーターのドアは閉まり独りでに上り始める。


「ふぅ。町の中にあるかな」


 塔を出て迷宮都市(タルタロス)へと繰り出す。

 真昼の日差しが降り注ぐ暖かい町並み。そこを行き交っている無数の人影。活気に溢れた様子は自ずと自分の心を弾ませてくれる。

 ウインドウショッピングもさながら町並みに視線を向けながら軽快な足取りで進んで行く。

 こうしてじっくりと町を見て回るとよく分かる。まさに極大迷宮(ダンジョン)と共にある町という言葉が相応しいのだと。


「にしても酒場が多すぎないか?」


 大小規模は様々なれど、数メートル歩く度に目にする酒場を示した一つの看板の前で足を止めた。

 店内には前の通り以上の賑わいが見受けられる。

 本物かどうかも怪しい雲のように白い泡の乗った黄金色の飲み物が入った木製のジョッキをとても楽しそうに傾けている人々。テーブルに立て掛けられた大きな武器。自身のシルエットを何倍にも膨れ上がらせている鎧を纏った冒険者。いままさに冒険を終わらせて慰労の意を込めた食事会なのか、冒険に赴くために活気付けるのが目的なのか。どちらにしても楽しそうなことには変わりない。


「ま、俺には縁遠い世界だな」


 こうして店の外から覗き込むのが関の山。

 興味を失ったように再び目的の場所を探して歩き出す。


「あった。アイテム屋」


 軒先に吊された木製の看板。そこに描かれた瓶の絵。これがアイテムの類を売っている店の証だ。

 店舗によって異なる品揃えに外から望みのものがあるか覗き込んでみるも見つけることはできず、結局一度店に入ってみる必要があるようだ。

 カランッとドアに取り付けられたベルが鳴る。

 外の明かりを万全に取り込むことのできる大きな窓のおかげで明るい店の中を見て回る。棚やテーブルに所狭しと並べられた品物の数々にさっと視線を巡らせて目的の物を探す。

 ほっと胸を撫下ろしたのは店員に声を掛けられなかったから。自慢じゃないが、店員に声を掛けられて何も買わずに出て行くことが苦手なのだ。自分の性格せいでこれまでに必要のない物を何度買うことになったのか。現実のお金に比べて無駄遣いに抵抗がないこの世界といえど、やはりいらない物はいらない。買ってストレージの肥やしにするのもいずれ邪魔になると別の店で売ったこともしばしば。

 一通り店内を見て回って無かったと残念な気持ちで店を出る。そして次の店を探して移動を始めるのだった。


「連続五軒。まさかここまで見つからないとは…」


 見つけた先から店の中へ赴き目的の物を探してみるも空振りなるのを繰り返した結果は言うまでもない。感じるはずのない肉体的疲労ではなく、無駄足を繰り返したことによる精神的疲労を受けて近くに見つけたベンチに腰掛けて体を休めることにしたのだった。

 ぼーっと町の様子を眺める。

 暫しの間休憩していると疲労も抜けてもう一度探してみようという気力が湧いてきた。


「よっし。行くか」


 自分の頬をパンッと叩いて気合いを入れて立ち上がる。

 これまで歩いていたのとは違う道を選んで行く。

 迷宮都市(タルタロス)は通りを一つ変えただけでは雰囲気は変わらないが、俗に言う裏通りに足を踏み入れるだけで雰囲気を一変させる。肌で感じる空気を表わすのならば陰鬱という単語が相応しい。お世辞にも長く居たいだなどとは思えない場所だ。

 恐る恐る踏み込んだ裏通りには表通りではあまり見ることがない出で立ちをした人が屯っている。

 町中で戦闘は禁止されているのは迷宮都市(タルタロス)であろうとも他の町と変わらない。とはいえ悪質な粘着をされる怖れがあるからと目線を合わせないように気を配りながらアイテムが売っているであろう店を探す。

 目に飛び込んでくる店の看板はどれも薄汚れていて一見すると何の店なのか看板を見ただけでは解らない。それでもアイテム屋を示す名残がある看板を探しだして薄暗い店内が覗く金属製の扉を開けた。


「暗い…」


 窓はあれどカーテンは閉められていて外の光はうっすらとしか入って来ない。

 これでは店の中も荒れ果てているのかもと思いきや、棚には埃一つなく、意外ながらも掃除が行き届いているみたいだ。


「へぇ」


 加えて棚に並ぶアイテムの品揃えはこれまでに見てきた全ての店より充実している。

 感心しながら眺めていると奥から人影がゆったりと現われるのが見えた。


「珍しいことがあるもんだね」


 一瞬しゃがれ声に聞こえたがよくよく耳にした音を思い出してみればそう聞こえるように自分で声を変えているような気がした。

 薄闇から露わになるその姿。

 鍔の広いとんがり帽子。

 ボロボロに見えるケープ。その下にあるのは可愛らしいワンピース。

 シルクのように艶のある手袋。

 傷や汚れのないブーツ。

 それら全てが濃い紫色で統一されていた。

 白髪というよりも白銀の髪は長く、下の方に行くに連れて薄紫に染まり軽いウェーブがかっている。


「あなたは?」

「あたしはここの店主だよ」


 カーテンの隙間から僅かに差し込む光に照れされてはっきりと見えたその顔は想像していたよりも若い。というか、幼い。


「…子供?」


 思わず漏れた一言に店主を名乗る少女は瞬く間に不機嫌な顔になっていく。


「だーれが子供かぁー!!!!!!!」

「うおっ!?」


 突然の大声に思わず仰け反った。


「な、何!? なにごと!!??」


 さらに彼女の大声に驚いたのか後ろのフード部分から総毛立たせたリリィが飛び出してくる。


「あー、大丈夫。落ち着け」


 ババッと周りを見渡しているリリィを抱え上げて落ち着かせる。

 トントンと背中を叩いて宥めていると、下から強い視線を感じた。


「何?」

「な、なんでもないわよ」


 視線の主に声を掛けると誤魔化すようにそっぽを向かれてしまった。

 程なくして落ち着きを取り戻したリリィが俺の腕の中から下りた。そして自身の何倍も高いテーブルと棚が並ぶ店内を見回すと手近な棚の空いている場所に登り俺と視線の高さを合せてきた。


「ここはどこよ?」

迷宮都市(タルタロス)の裏通りにあるアイテム屋?――ですよね」

「然り。ここはあたしが営むアイテム屋【ソルトン】よ!」


 薄い胸を張る店主に俺とリリィの視線が向けられる。


「ということはあなたもプレイヤーですか?」

「なるほど。やはり貴方もプレイヤーなのね」

「うーん。こう言っては何ですけどNPCが(ここ)に来ることってあるんですか?」

「無いわね。次いでに言えばプレイヤーが来ることも稀よ」

「はぁ」

「ねええぇ、なんで? なんでせっかく新しい場所で店を出したってのに、なんでこんなに人が来ないの?」

「お、おぅ」


 駄々をこねる子供のように詰め寄ってくる店主に思わず引いてしまう。


「なんでって言われても。こんな裏通りにあると中々普通のプレイヤーは入り辛いと思うんですけど」

「はぇ? 裏通り?」

「ん?」


 頭をコテンっと傾けた店主が大きな瞳を大きく見開いて見上げてくる。

 期せずして同じような顔で店主の顔を見返すことになっていた。


「あー」


 棚の上から下りたリリィがトコトコとドアの方に行くと下の方から外を見ると、可哀想なものを見るような顔付きで振り返る。


「こりゃあ人は来ないね」


 正直なリリィの一言に落ち込んだ店主がカウンターの奥にある椅子の上で膝を抱え込んでしまった。

 なにやらブツブツと呟いているが、何となく怖い気がして聞こえない振りを続けた。


「で、ユウは何を探してるのよ?」


 相手にされなくなっては埒が明かず、店の中を見回っていると並んで歩いているリリィが訊ねてきた。


「えっと簡単に言えば紙とペンかな。さっきまで極大迷宮(ダンジョン)ってのに挑戦していたんだけどさ、そこじゃマップが使えなくて面倒でさ。代わりにできそうな物がないかと思って探しているんだよ」

「ふーん。でもさ。そんな物を持って戦えるの?」

「うぐっ」


 リリィに痛いところを突かれて足を止めてしまう。

 がくりと肩を落としてしゃがみ込み項垂れる。


「そうなんだよなぁ。紙とペンがあればマッピングはどうとでもなりそうな気がするけど、そんな物を持ったままじゃ戦えないよなぁ」


 だからこそ自動でマッピングされるメニュー画面の簡易マップは便利なのだ。

 使えないことに対する弊害がここまで出てくるとは思っていなかったというよりも実際にそういう状況で極大迷宮(ダンジョン)に挑まなければ実感しなかった事柄だ。


「なんだ。貴方は極大迷宮(ダンジョン)に挑んでいたのね」

「ん?」


 復活した店主が被っていた鍔の広い帽子を脱いでカウンターの上に置きつついった。


「そういうことなら言うけど」


 帽子を脱いだことでボサボサになった髪を整えつつ店主がまっすぐこちらを見る。


「地図を持っていったところで意味は無いと思うわよ」


 さも当然のことであるように断言する店主に俺は言葉を失う。


「どうしてそう思うの?」


 愕然としている俺の代わりに店主の下へと移動したリリィが訊ねていた。


「あの極大迷宮(ダンジョン)ってさ、毎日出口が変わる階層があるっていう話じゃない」

「嘘!?」

「あれ? 攻略情報としてもう出回っている話だと思ったけど、違った?」

「や、ネタバレが嫌でそこまで調べてなかったから」

「ふーん」


 立ち上がった俺を興味深そうな顔をして店主が見てくる。


「まあ別に良いけど。どうする? 紙とペンくらいならあるにはあるけど…買う?」

「うーん、どうしよう」

「いらないんじゃない?」


 悩む俺にリリィが言った。


「だって使えないんでしょ」

「ちなみに極大迷宮(ダンジョン)の地図を作って売っている人もいるらしいよ」

「え!?」

「完成している地図より先に進んでいるなら紙とペンでも良いと思うけど、そうじゃないなら地図を買った方が早いんじゃない? 高いけど」

「高いんですか?」

「自分で作る手間を考えればそこそこじゃない」

「情報の確実性はどのくらい何です?」

「さあ? どこから買うかにもよるんじゃない」

「ここじゃ扱ってないんですか?」

「残念だけど。地図は扱ってないかな」

「…そう」


 カウンター越しに店主と話していると自分が目論んでいたことが無意味に近しいと知り考え込んでしまった。


極大迷宮(ダンジョン)の進み方ってさ。他のダンジョンとは違って地図を見ながら進むんじゃなくて、確認しなくても進めるように自分の体に順路を叩き込むって聞いたんだけど」

「そうなんですか?」

「あまり知らないんだよね。あたしは別に極大迷宮(ダンジョン)に挑戦してるわけじゃないからさ」

「それにしてはかなり知識があるみたいだね」

「ん?」


 淡々と話す店主にリリィが鋭く問い掛けると、店主はニコニコ笑ってリリィの鼻を押してからかってみせた。


「あたしにも友達くらいはいるからね。その中に攻略が好きなコもいるってだけ」

「へー、そーなんだー」

「おやぁ、信じてないなぁ」

「にゃにゃにゃにゃにゃ」


 本物の猫のように顎の下をコシコシと擦りながら戯れる店主はふと視線をこちらに向けて来た。


「他に必要な物はないの? 折角だから話を聞くよ」

「他と言われても」

「今日はどうして極大迷宮(ダンジョン)から戻ってきたの? 体力の限界? アイテムが無くなったとか?」

「どちらかと言えば時間切れでしょうか」

「あー、そういうこともあるよね」


 何故かしみじみと理解できるという態度で頷く店主。


「ってことは、これから先も思うように進めないってコト?」

「毎回戻ることを考えると少しずつ先に進められれば御の字って感じでしょうか」

「そう言ってられるのは上層までらしいよ」


 なんてことも無いように言われた一言が深く突き刺さる。

 そうなのだ。中層を超えてさらに先に進もうとするのならばどうしても一々戻ってくるような感じでは無理が出てしまう。今はまだ大丈夫だが、その時に心苦しくなるのは間違いなくイナミナなのだろう。


「他の長いダンジョンみたいに転移ポータルがあれば助かるんですけど」

「騒ぎになっていないってことは今の所は見つかっていないってことじゃないの」

「でしょうね」


 いくら情報に疎いとしてもそれほどの事実が公になればもっと騒ぎになっていることは間違いない。それほどであれば俺の耳にも届いているはずだ。


「上層を抜けるまでに何かしらの手段を講じる必要があるのは絶対…でも……」


 生憎と妙案は何も浮かんでこない。

 呆然とカウンターの前で立ち尽くしている俺を見て店主は短く溜め息を吐いてみせた。

 どうしたのだろうかと訝しむ俺の視線を平然と受け流して店主はカウンターの上に肘を付いて物憂げに自らの手の上に顎を乗せる。

 同じ動作でもする人の容姿で印象が変わる。もっと大人びた人がそれをすれば艶やかに見えるのだろうが、店主がそれをすると不思議と子供が大人の仕草を真似ているようにしか見えなかった。


「毎回撤収するつもりならどうしても限界はくるよ」


 再度突き付けられる現実。

 まさかそれがこんな裏通りにある寂れたアイテム屋で起きるとは想像もしていなかった。


「だとしても俺にはどうすることもできないのでしょうね。それこそ俺にできることと言えば精々攻略速度を上げることくらいで」

「もう一回聞くけど、そのために地図を探してたってことよね?」

「はい」


 道順さえ解れば最短距離で突き進むことができると考えたからだ。しかし地図を片手に進むことが如何に難儀なことであるか想像してしまった。想像できてしまった。

 当初の目論見が外れたことで次なる手段を考えることになったのだがそう簡単に代案など浮かんでこない。困ったもんだと辟易している俺を慮ってか店主は体勢を変えて椅子に浅く座りなおすとこちらを無言で見つめ続けている。


「ま、何か他に必要な物が思いついたら言ってきなよ。ここのあるものなら売ってあげられるからさ」


 店主と客という互いの立場ではこれ以上踏み込んだことはできないということなのだろう。自身の立場から言えることは言ったというような顔で店主はこちらから視線を外してどこからともなく取り出した文庫本のようなものを開き、そこに視線を落としていた。

 カウンターの前から移動して店の端に立つ。

 何をみるでもなく棚を見ている俺の前の棚の上にリリィが座った。


「ねえ、これからどうするの?」

「さあ。どうしようか」


 リリィの問いに苦笑を返して途方に暮れる。

 このまま明日の攻略に集中することが一番だと頭では解っているのに、このままでは大した準備も出来ずに今日と同じ事の繰り返しになるのが確定してしまうことに幾許かの不満を感じていた。

 このアイテム屋でできることは消費したアイテムの補充くらいだろう。しかし今日の挑戦では全くと言っていいくらいに使っていない。つまりこれ以上アイテム屋にいる必要はないことになる。


「あのー」

「ん? どした?」

「申し訳ないのですけど、俺は――」

「いーよ。わかってるって」

「すいません」

「いーのいーの」


 一言謝って何も買わないことを伝えると店主は全て解っていると言わんばかりに何でもないような顔をしてひらひらと手を振っている。

 カランっとドアに取り付けられているベルが鳴り新たな来客を告げる。たった今このアイテム屋を訪れたのは魔法使い一人と剣士二人という構成の三人組パーティ。治安があまり良くなさそうな町の裏通りにあるというのに似つかわしくない全員が十代後半くらいに見える少女たちだ。

 何気に視線を彼女たちに向けると店主の装備にあるシンボルと同じ意匠のシンボルが装備のどこかに刻まれていることに気が付いた。彼女たちが先程店主が言っていた友達なのだろうか。


「こんにちわ。ソルトちゃん」

「はーい」


 三人を代表して魔法使いの女性が声を掛けると店主が気怠そうに返事をしていた。


「それじゃあ俺はこれで」

「はーい。何かあればまた来てねー」


 三人組と入れ替わるように店を出て行った。

 新しいアイテム屋と知り合ったこと以外の収穫は何もなかったひとときだが、この後の予定が何もないために仕方ないで済ますことができていた。

 裏通りの別のアイテム屋を探す意味を見出すことができず迷宮都市(タルタロス)の表通りに戻ることにした。

 路地を二つ抜けて戻った表通りはまだまだ活気に溢れている。

 幾人ものプレイヤーが思い思いに町の中を歩き回っている様子はやはり裏通りの少し暗い雰囲気とはかけ離れていて本当に同じ町なのか疑いたくなるほどだ。


「ねえ」

「ん?」


 抱きかかえているリリィに声を掛けられて下を向く。


「これから何するつもりなの?」

「そうだなぁ。まだ時間はあるし、ここでログアウトするのは勿体ないような気がするんだよな」


 時間は夕方の十八時を過ぎている。

 日が落ちて夜の帳が下りる頃、という時間なのにこの町は明るさに満ちていた。

 見上げれば青みがかった空が広がっていて、そこにはうっすらと白い月が浮かび、昼と夜の狭間の限られた時間という印象を受けた。

 適当に腰掛けられる場所を探して休憩していると意外なほど早く時間が進み周りの景色が移ろいでいく。


「おや?」


 日が落ち始めて町の様子にも変化が訪れた。

 昼の間は露店が並ぶ通りにある街灯にオレンジ色の光が灯り、昼とは異なる露店が店を開けた。

 漂い始める料理の香り。

 思い出したのは小さな頃に参加した田舎の大きなお祭りの風景。

 露店というよりは屋台が並ぶ通り徐々に増えていく人の姿。


「おー」


 様子を一変させた町の景色に思わず感嘆の声が出る。

 それまでと町を行き交うプレイヤーに変化は無かったはずなのに不思議とその多くに冒険帰りという印象を受けた。

 友達や仲間と屋台で酒を酌み交わし、美味しい料理に舌鼓を打ち、今日の冒険の成果話に花を咲かせている。昼よりも殊更楽しさが増しているように見える賑わいを深めた光景はふと一人ぼっちの自分に寂しさを感じてしまうほどだ。


「リリィ」

「何?」

「適当に見て回ろうか」

「美味しいものを買ってくれるなら」

「いいよ」


 リリィを抱きかかえて立ち上がる。

 ウインドウショッピングというよりはお祭りの出店を見て回る感覚で屋台が並ぶ通りを歩き回る。

 途中リリィにねだられて串焼きみたいなちょっとした軽食を買い食いしながら歩いていると突然肩が叩かれた。

 偶然誰かにぶつかったのかと軽く頭を下げて小脇に移動する。


「あ、ちょっと……」


 人混みに紛れようとした俺の背中越しに困惑した声が聞こえ、今度はがっと腕が掴まれた。

 俺の手を離れて着地したリリィが俺の後ろの方に何事かと視線を向ける。


「誰ですか?」


 突然腕を掴まれたことに急激に警戒心が高まり、声を低くして訊ねていた。

 自ずと右手は剣銃(ガンブレイズ)に伸びているが、町中では戦闘することはできない。不審者相手では即座に逃げ出すか安全圏に行き運営に連絡を入れるのが基本だ。

 険しい顔付きで腕を掴んで来た人を睨み付ける。


「あっ」

「あ、じゃねえよ」


 眉間に皺を寄せて腕を組み仁王立ちしていたのは豪華な鎧に身を包んだ長年の友人“ハル”だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レベル【4】ランク【4】


生命力

精神力

攻撃力【D】

防御力【F】

魔攻力【E】

魔防力【F】

速度 【C】


専用武器


剣銃(ガンブレイズ)

↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】

魔導手甲(ガントレット)

↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】


防具


頭防具――【イヴァターレ・H】

胴防具――【イヴァターレ・B】

腕防具――【イヴァターレ・A】

脚防具――【イヴァターレ・L】

足防具――【イヴァターレ・S】

一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】


アクセサリ【6/10】

↳【生命の指輪】

↳【精神のお守り】

↳【攻撃の腕輪】

↳【魔攻の腕輪】

↳【魔防の腕輪】

↳【速度の腕輪】

↳【変化の指輪】

↳【隠匿の指輪】

↳【変化のピアス】

↳【―】


所持スキル


≪剣銃≫【Lv132】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。

↳<セイヴァー>――“威力”、“攻撃範囲”が強化された斬撃を放つ。

↳<カノン>――“威力”、“射程”、“弾速”、が強化された砲撃を放つ。

↳<インパクトノーツ>――次に発動する全てのアーツの威力を増加させる。

↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技(エスペシャル・アーツ)

↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技(エスペシャル・アーツ)

≪魔導手甲≫【Lv20】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。

↳<ブロウ>――“威力”を高めた打撃を放つ。

≪錬成強化≫【Lv110】――武器を錬成強化することができる。

≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。

≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。

≪自動回復・HP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に生命力が回復する。

≪自動回復・MP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に精神力が回復する。

≪状態異常無効≫【Lv―】――状態異常にならない。(特定の状態異常を除く)

≪全能力強化≫【Lv100】――全ての能力値が上昇する。


残スキルポイント【4】


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