極大迷宮篇 Ep.03『第一層』
極大迷宮の第一層の広さはおよそ迷宮都市とほぼ同じ。故に第一層を探索することは町一つを隈無く歩き回るのも同然だった。
そんな巨大なダンジョンの入り口は360度どの方角からも突入できるように常に開かれている。が、誰でも入れるというわけではない。挑戦するもの以外を阻む壁として、あるいは外界と迷宮を隔てる蓋としての役割を持つ巨塔がダンジョンの真上に聳えている。塔の高さは千メートルを超えていて最上階にはこの迷宮都市を統べる者が住まう屋敷があるとされているが大抵の余人、ダンジョンに挑むことを目的としたプレイヤーには関係のないことだ。
ダンジョンの第一層は地下一階にある。
塔の一階にはダンジョンで得た様々なアイテムの売買が可能な施設がある。むしろ町では流通させられないような代物はここで扱うように分けられているらしい。
「何です?」
ダンジョンの入り口で俺は自分たちの後ろで浮遊する球体を指さして問い掛けた。
宙に浮いている原理は解らない。魔法なのかそうではないのか、どうやって動いているのか。何もかもが不明なものであっても対して困らないのというのが現実だが、気になるものは気になる。
「触っちゃだめです!」
徐に球体に手を伸そうとするとイナミナが焦った顔をして止めた。
「これは三人称視点で映像を録画するためのカメラですよ」
「へえ」
とイナミナの説明を聞きながらこちらを見てくる球体の中心部にある黒い丸を見た。
「前に言ったように、これで撮った映像に声を言えて動画として配信するんです」
それがイナミナの仕事なのである。
一昔からある配信者という職業に就いている彼女はただ遊び目的だけでダンジョンに挑むことを決めたというわけではない。
まだ誰も攻略していない場所に自らが挑む姿を送る。攻略情報としてではなく、あくまでも自分をコンテンツの主としてエンタメの映像として。
「だから今はユウさんのどアップですよ」
苦笑交じりにそういうと俺は慌てて球体改めカメラから身を離した。
「後で編集するのでこういう場面はカットできますけど、どうします?」
「お願いします」
決して有名になりたいわけでもないのだと即座に自分の映像は極力少なくなるように願いでた。
「とはいえ、自己紹介の映像だけは必要になりますから、いいですか?」
「あ、はい」
こればかりは避けられない。仕事の一環だと割り切ってイナミナと二人並んで人通りの少ない場所を探して歩き出した。
念の為にと二種の変化能力持ちアクセサリを装備しているおかげで今の自分の姿は普段とは違う赤一色の装備と角と尻尾を持つ、人族ではなく蜥蜴の特徴を持つ獣人族のようになっている。
そういえばとダンジョンに行く道中に生配信をしない理由を訊ねてみた。イナミナは動画を作ってそれを配信するのではなく、ストリーミングで生配信をする配信者なのだと当人から聞いたからだ。
返ってきた答えは当面の間生配信はしないとのこと。理由としてはこの極大迷宮がクローズドな場ではなく誰にでも開かれているオープンの場であることが上げられる。開示された場では予期せぬ事態になるかも知れないからと事前防衛の策として現時点の居場所を知らせることになる生配信は行わないのだ。
などと考えている間にイナミナの主導のもと簡単な自己紹介動画の撮影が終わった。
「ありがとうございました」
「さっきので大丈夫でしたか?」
「はい。良い感じでしたよ」
自己紹介だけといっても自分にとっては慣れないことこの上ない。些か不安を抱きながらもイナミナの言葉を信じて任せる以外に自分にできることはなにもない。
気を取り直して地下へと続いている道を見る。
「そろそろ行きましょうか」
「はい」
できるだけ人通りの少ない通路を選んだつもりでもそれは限られた時間の間だけだったらしい。程なくしてプレイヤーの数が増えてきた。立ち止まっているだけでダンジョンに入って行かない人は悪目立ちしてしまう。
短く言葉を交わして人の流れに沿ってダンジョンへと侵入する。
極大迷宮第一層の壁はそれこそ基本的なエリアの一つである洞窟然としている。土色の壁と地面。想像していたよりも天井は高く、通路は電気や松明の類もないのに周囲は明るい。ジメジメとしていそうな見た目ながら空気は乾燥している。
通路の広さは想像以上で同時にダンジョンに入った他のプレイヤーの姿さえも瞬く間に見失ってしまうほど。
「第一層は確かそこまでモンスターの出現頻度が高くないんでしたよね」
イナミナが辺りを見渡しながら聞いてきた。しかも訊ねているのではなく確認している口振りだ。どうやら極大迷宮に挑むにあたって多少の調べ物をしてきたらしい。
実際俺が調べた内容とイナミナの言葉に齟齬はない。小さく「そうですね」と相槌を打って現状一本道となっている通路を突き進む。
程なくして出現したのは痩せこけた犬のモンスター。
周りを見てもここに自分たち以外のプレイヤーはいないらしい。つまり、
「戦いますか?」
正直この階層に出現するようなモンスターはわざわざ倒すほどのことではない。得られる経験値も少なく、落ちるドロップアイテムも決して良い物ではない。
初心者が相手取るには強力なモンスターとされているが、今の自分たちが相手取るにはさほどうま味の無い相手だと言える。
視線を件の犬のモンスター――名前は【ハウント】というらしい――から外さずにイナミナに問う。
「そうですね。わたしの実力をユウさんに見てもらってもいいのですが」
と視線を俺とハウントに交互に向けてくる。
どうやらここは比較的安全なモンスターだからこそ俺の実力を見ていたいということらしい。
それならばと一歩前に出て腰のホルダーから剣銃を抜いて構える。
「行くぞ」
言葉が通じるか分からないハウントに向けて告げて駆け出す。
動物型のモンスターの動きはプレイヤーよりも速く機敏であることが多い。それでも第一層に出てくるようなモンスターと今の自分とではステイタスに差がありすぎる。攻撃力や防御力は当然のこと、敏捷性すら大きく俺が上回っていた。
「思っていたよりも遅いな」
大口を開けて飛び掛かってくるハウントを雑に蹴り飛ばす。
「諦めて眠ってろ」
吹き飛んだハウントが起き上がろうとするよりも速く剣銃を逆手に構えて突き立てる。
ドンッと大きな音を立てて砂煙が巻き上がり、その煙幕の中でハウントは体を極細の塵へと変化させていた。
「流石ですね」
駆け寄ってくるイナミナを横目に確認しつつ落ちている小さな石を一つ拾い上げた。
半透明な紫色をした掌に収まるくらいの大きさの石。光石と書いて“こうせき”だ。極大迷宮に出現するモンスターからのみ手に入れることのできる特殊な鉱石で、使い道としては今の所塔にある販売所で売ってお金に換える以外はない。
「イナミナさんなら一撃で倒せるんじゃないですか?」
「どうでしょう」
できないとは言わない辺りが正直者だと思う。
実際アーツを使えば俺でもハウントを一撃で倒せるだろう。しかしこの場合一撃でというのはアーツを使わないでという意味に他ならない。
腰から提げられた一見頼りなく見える細剣であってもハウントの体力を刈り取るには十分な威力が出せるのは確実だ。
「これがランク二つ分の差というわけか」
実際に戦わずとも容易くハウントを蹂躙するイナミナの様子が目に浮かぶ。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもないです」
「でしたら先を急ぎましょう。このダンジョンは戻るのも大変だと聞いてますから」
「ああ。そういえば、そうでしたね」
イナミナの言葉に納得してしまう。
この極大迷宮では他のそれにあるようなワープは確認されていない。どの階層であっても構わず来た時と同じ自身の脚で帰る必要があるのだ。
それが不親切だという声もある。いずれはワープで帰れるようになるのかもしれない。しかし、現状は行くのも戻るのも為べからず自身の脚で進むことになる。
ハウントの戦闘の結果と手応えに自嘲というよりも自重して剣銃をホルダーに戻して探索を再開することにした。
コンソールに簡易マップを出せない仕様上仕方の無いことだが、近くの脇道すらも一つ残らず確認する必要がある。
先に挑んだプレイヤー、あるいは後から挑むプレイヤーの姿があればそれも一つの手掛かりとして探索することができるのだが生憎と他のプレイヤーはあまり見かけることはなかった。
「それにしても横道が多くありません? まだ一階ですよね!?」
時折出現するモンスターを撃退しつつ進むこと暫く、疲弊した声でイナミナが独り言ちた。
「まるで蟻の巣ですね。ちょうど地下ですし」
同じように独り言で返すとイナミナは思わずに噴き出した。
「出てくるモンスターが虫系じゃないだけ良いですけど」
「虫苦手ですか?」
「わたしが好きだと思いますか?」
苦々しげに顔を顰めるイナミナを見て俺は思わず「すいません」と平謝りしてしまっていた。
横道にそれた先にあるのはどれも行き当たりの壁。なかには小部屋のようなものもあったが、残念な事に大した成果は上げられない。
それでもどうにかこうにか時間を掛けて一つずつハズレを潰し進むと程なくして他のプレイヤーの姿を見かけるようになった。
「この先に下に行くための通路があるんでしょうか?」
「かもしれませんね」
入り口は無数にあっても出口は漏斗のように限られている。そのために出口付近に人が集まるのは自然なことに思える。
「だとしてもどうして先に進まないのでしょうか」
「さあ」
次の階層に進むためにボスモンスターを倒す必要がある。とされているが、まさかそれが第一層から二層に進む時にあるとは思えない。一つの階層を越える度にボスモンスターと戦うなんて話は聞いたことがないのだから。
人混みを掻き分けて、多くのプレイヤーの視線が集まっている先を見る。
「あれは?」
隣に立つイナミナが不審な目を向けて呟いた。
「あの…これは一体何が起きてるんですか?」
自分の近くに立つ名も知らぬプレイヤーに話しかける。
話しかけられたプレイヤーは最初こそギョッという表情を浮かべたが、すぐに視線を前に戻して辟易した顔で、
「誰の仕業か解らないけど、この先に進む通路に大量のゴミが積まれているんだよ」
「ゴミですか?」
「そうだ。それもちょっとやそっとじゃ動かせないような大きな素材ゴミだ」
「片付けてしまえば良いんじゃないですか?」
「そうしたいのはやまやまだけどな。あそこに爆発跡っぽいのあるだろ」
「ええ」
そう言って指さした先の地面には確かに大きく焼け焦げた跡が見える。
「ゴミの中に地雷とか爆弾とかが仕掛けられていたんだ」
プレイヤーの言葉に俺とイナミナは同時に息を呑んだ。
誰の仕業かはわからないが、これは罠を仕掛けたつもりなのだとしてもかなり悪質に感じられる。
「自分の身が危なくなるようなゴミを退かそうとするヤツなんかいるわけないからさ、こうして全員が足止めされているってわけだ」
「なるほど。それはそうですね」
自己犠牲の精神を持ち合わせている聖人がいたとしても一人では到底片付けられないほどゴミは山となっている。
これではいつ先に進めるようになるのか解らない。
「運営に連絡はしたんですか?」
「もちろんさ。だから今はこうして運営の人が来るのを待って――」
人混みの最後尾辺りから複数人の人族が現われた。
同じ制服に身を包み、同じような外見をしている彼らはこの場にいるプレイヤーの通報で駆け付けた運営の人なのだろう。
「下がって」
「下がってください」
運営の人たちが叫びながら野次馬を後ろに退かせていく。
十分な距離が確保されたことで運営の人たちは積まれた大量のゴミに手を伸すと、次々とゴミが消失していく。
ゴミの中から現われる爆発物らしき影。
危うげもなく平然とした手付きでそれすら回収している運営の人たちの作業は五分と掛からずに終了した。
「障害物の撤去は終わりました。引き続き【ARMS・ONLINE】をお楽しみください」
と言い残して運営の人たちは一斉に転移していく。
まるで初めから何もなかったと言わんばかりの景色に戻ったことで多くのプレイヤーは下の階層に続く階段を下り始めた。
話しかけたプレイヤーも「お先」と言って彼の仲間たちと下に向かう。
「わたしたちも行きましょうか」
「ええ、そうですね」
下に繋がる階段が比較的空いてきた頃を見計らってイナミナが言った。
長い長い階段を下る最中どうしても考えてしまう。
誰が、何の目的をもって、あの大量のゴミに罠を仕掛けて放棄したのか。
そして、何故いちプレイヤーの妨害であろうそれを運営の人が出払ってきてまで取り払ったのか。
階段移動中にはモンスターの襲撃はないようで安全に次の階層へと辿り着いた。
先を行く大勢のプレイヤーのあとに続いて出た第二階層は残念な事に先程までの景色とさほど違わない土色の洞窟といった様相だった。
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レベル【3】ランク【4】
生命力
精神力
攻撃力【D】
防御力【F】
魔攻力【E】
魔防力【F】
速度 【C】
専用武器
剣銃
↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】
魔導手甲
↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】
防具
頭防具――【イヴァターレ・H】
胴防具――【イヴァターレ・B】
腕防具――【イヴァターレ・A】
脚防具――【イヴァターレ・L】
足防具――【イヴァターレ・S】
一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】
アクセサリ【6/10】
↳【生命の指輪】
↳【精神のお守り】
↳【攻撃の腕輪】
↳【魔攻の腕輪】
↳【魔防の腕輪】
↳【速度の腕輪】
↳【変化の指輪】
↳【隠匿の指輪】
↳【変化のピアス】
↳【―】
所持スキル
≪剣銃≫【Lv132】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。
↳<セイヴァー>――“威力”、“攻撃範囲”が強化された斬撃を放つ。
↳<カノン>――“威力”、“射程”、“弾速”、が強化された砲撃を放つ。
↳<インパクトノーツ>――次に発動する全てのアーツの威力を増加させる。
↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。
↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。
≪魔導手甲≫【Lv20】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。
↳<ブロウ>――“威力”を高めた打撃を放つ。
≪錬成強化≫【Lv110】――武器を錬成強化することができる。
≪竜化≫【Lv―】――竜の力をその身に宿す。
≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。
≪自動回復・HP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に生命力が回復する。
≪自動回復・MP≫【Lv―】――常時発動。一秒毎に精神力が回復する。
≪状態異常無効≫【Lv―】――状態異常にならない。(特定の状態異常を除く)
≪全能力強化≫【Lv100】――全ての能力値が上昇する。
残スキルポイント【3】
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