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閑話・ランク【4】になるために


 振り抜かれた細く鋭い刃の切っ先が透明な水滴を滴らせてキラリと輝く。

 風が吹き木々が揺れ、一拍の後に静寂が蘇る。

 一陣の風に靡く長い髪は雲のない晴天の空を切り取ったような水色で、彼方を見つめる彼女の瞳もまた薄い青色に染まっている。

 控えめに主張する少女の肢体を守る軽いながらもしっかりとした防御力を誇るアーマーを身に付けて、腰から提げた鞘に白銀の刀身を持つ細剣に納めつつ振り返った。

 心配五割、自慢三割、残る二割には安堵を秘めた瞳が見つめる先にいるのは黒髪ストレートの美女。この世界には相応しくないスーツのような服を着たその女性はまるで品定めをするように少女の戦いを見守っていたのである。


「どうでした?」

「流石ランク【5】と言わずにはいられないな。中々に堂に入った戦いっぷりだったよ」


 軽く微笑みながら称賛の言葉を放つ女性の名は“マドカ”。その手に武器を握ること無く、ここでは完全な観察者と化していた彼女が満足そうにいった。


「やったぁ」


 喜びを露わにする少女の名前は“イナミナ”。レベルを上げ続ける事で上昇させられるランクが【5】というかなり高い数字にまで至っている、謂わば上級者のプレイヤーだ。それがまるで初心者のように一体のモンスターを倒して喜ぶ初心者のような態度をとっている。


「では、わたしの依頼を受けてくれますね!?」


 興奮した様子で問い掛けてくるイナミナの顔とその背後を見比べてマドカは思案顔で頷いた。


「とはいえ、どこまで力になれるかはわからないが…」


 苦笑交じりにそう告げるマドカの態度も無理はなかった。ランク【5】ともなれば大抵の相手とは互角以上の戦いができるとされているからだ。

 事実今も自分の実力を見せるという目的で小さな――と言っても二十七階層にもなる――ダンジョンを単独踏破してその最奥で待ち構えていたボスモンスター【ワイパーン】を単独撃破して見せたのだ。同行しているとしてもマドカは完全に手を出さない、そういう約束の上で。無論いざという時は手を貸すつもりではあったが、その必要はまったくと言っていいほどなかった。


「そんなことないです!」


 困惑が拭いきれていないマドカにきっぱりと言い切ったイナミナ。彼女の中には何か確信めいたものがあるらしい。それが何なのか明確な回答を貰っていないマドカはふと思案顔になる。


「そうか。それならばいいが…」


 なおも歯切れの悪い物言いをするマドカは深く考え込むことをやめた。怪しい依頼ではあるものの悪意のある依頼ではない。詳細を自分が把握している必要もないだろうと切り替えてイナミナに向き直る。


「では、イナミナ君の依頼は受けるとして、だ」


 ここでマドカは一度言葉を句切った。明日どころか今にも始めそうな雰囲気を持つイナミナがきょとんとした顔で見つめ返してくる。


「ここならば問題ないか」


 他人には聞かせられない話だと周囲に人影を探したが、思い起こせばここは全二十七階層にも及ぶダンジョンの最奥部、物見湯山で来るような場所ではない。幸いにもこの場にいるのは自分達二人だけのようだ。


「君は次のアップデートについてどのくらいの情報を得ている?」

「え、いえ、それは……」

「心配するな。最初にこの依頼を持ってきたのは君の所の人間だ」

「えっ」


 知り得た情報を外部に漏らすことはできないと言い淀むイナミナにマドカはあえて伏せていた手札を一枚開くことを決めた。


「勘違いしないでくれ。本来ならば私は件の依頼を受けるつもりは無かったんだ。君が直接私の所に依頼を持ち込むまではね」

「はぁ」

「事後承諾のような形になって申し訳ないが、内容的には二つの依頼に齟齬はなかったために確認の意を含めて最初に依頼を持ち込んできた君の所にも連絡を入れさせてもらった。無論実際に受けるかはイナミナ君次第だと付け加えてだがな」


 投げ込まれる事実と言葉にイナミナは若干の動揺を見せたものの、すぐに考えを改めて「わかりました」といった。


「改めて答えてくれるか。イナミナくんは次のアップデートについてどれくらい知っているんだ?」

「えっと、ステータスの表記が変わるとか、いくつかのスキルが調整されるとか。あ、新しいエリアが追加されることことも知っています」

「他には?」

「他? えぇっと、それは…ウチが何か企画していることくらいしか」

「言っては悪いが、君はその企画とやらに参加しなくていいのかい?」

「わたしは…」


 不思議と言い淀むイナミナにマドカは「いや、いい」と静止して、


「君の事情にまでは口を出すつもりはない。が、次のアップデートで君の望みが叶わなくなる可能性があることを理解しているかい?」

「それは、はい」

「だとしても依頼してくるかい?」

「もちろんです」

「わかった」


 変わらないイナミナの意思を確認してマドカは力強く頷いた。


「改めて、我が高坏円事務所が受けようじゃないか。君の依頼をね」


 マドカがそう言ったことでイナミナは満面の笑みを浮かべた。


「それでは場所を変えて詳しい打ち合わせをしようか」


 二人並んでダンジョンを抜けて最寄りの町に戻る。

 それはユウが“裏切り者”を炙り出すゲームに興じている最中の出来事だった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 新しい依頼を受けるに当たって(まどか)からやっておくように言われた準備はユウのレベル上げ。既定のラインとしてはランク【4】になることだった。

 とはいえランクを一つ上げようとすればレベルを規定値にまで上げる必要がある。以前はランク4になるにはランク3の時点でレベルを【80】にまで上げれば良かったのだが、今ではそれぞれで上限レベルに達している必要があるという仕様になっていた。そのせいで適当に雑魚モンスターを刈り続けていたのでは途方もない時間と労力が必要となった。つまり効率的にレベルを上げるには得られる経験値が多いボスクラスのモンスターを連続討伐するか、別に経験値を獲得できる何かを用いるかしかない。


「そこで使えるのがダンジョン踏破の報酬ってわけだ」

「あっそ」


 装備のフードの中に居る妖精猫のリリィに向かっていう。しかし返ってきたのはさほど興味が無さそうな空返事だった。

 ダンジョンを踏破すると特別なアイテムが獲得できることがある。その時にアイテムを獲得しない代わりに通常のモンスター討伐よりも多い経験値を獲得することを選ぶ事ができる。それは装備を揃え終えた熟練者のプレイヤーのレベル上げに使われている手段であり、終わりがないという意味ではエンドコンテンツの一つとなっていることだった。


「ってなわけでまず一つ!」


 挑戦すると選んだダンジョンの地下に続く階段を下りていく。

 ここは大陸のあちらこちらにある無数の名も無きダンジョンの一つ。

 個別の名称を与えられている大型ダンジョンとは異なり、名も無きダンジョンは常に出現と消失を繰り返している。どうやらプレイヤーが挑み踏破することで消える簡易ダンジョンという扱いらしい。

 簡易ダンジョンでは出現するモンスターの種類が固定されている場合が多い。合わせて出現するモンスターは付近のエリアに出現するモンスターと同種であることも多い。その上で下層に行くに連れて上位種が出現するのだから、地上で狩りをするよりも効率的だとされているのは納得だ。


「ここは…オオカミのダンジョンってか」


 低く呻りを上げて姿を見せた三匹のオオカミ型モンスター。【ローグ・ウルフ】という地上ではそれなりに強力なモンスターだが、この簡易ダンジョンでは第一階層で出現するようだ。


「まあ、問題ないさ」


 ホルダーからガンブレイズを抜いて剣形態に変える。

 一匹のローグ・ウルフが吼えた瞬間、残る二匹を伴って攻撃を仕掛けて来た。

 オオカミ型モンスターとしては強力であっても使ってくる攻撃がシンプルな物理攻撃ばかりでは倒しやすい部類に入る。

 噛み付かれる前に蹴り飛ばし、爪を立ててくる相手は斬り飛ばす。

 アーツを使わない一撃では倒せないことがローグ・ウルフの強さを表わしているのか、自分の能力値が足りていないことを物語っているのか微妙なところだ。


「はあっ」


 近くのローグ・ウルフを問答無用に切り捨てる。

 弾けるように消滅したローグ・ウルフがいた場所には手の平に収まる程度の怪しい輝きを放つ結晶――魔石が落ちている。

 一匹やられたところでローグ・ウルフは怯まない。止まらない。

 それも予測通りだと近くの一匹を斬り裂いて、返す刀で残る一匹を葬った。

 二匹のローグ・ウルフがほぼ同時に弾けて消える。地面に落ちている魔石を広いストレージに納めた。


「まあ一階はこんなもんだよな」


 獲得した経験値は微々たるもの。やはり雑魚モンスターを相手取るだけではレベルは上げられないらしい。

 襲ってくるオオカミ型モンスターを全て切り伏せて地下に続く階段を探す。

 ダンジョンの規模はそれぞれによって異なる。自分が挑んだこのダンジョンはどうなのだろう。手元に呼び出した簡易マップは自分が足を踏み入れた場所しか表示されない。戻る道に迷うことはないが、行く道はまさに文字通り未知である。

 二階、三階、四階と。インスタンスダンジョンにしては思ったよりも深いダンジョンを進む。

 五階に辿り着く現われるオオカミ型モンスターに変化が起きた。全てではないが炎や氷など魔法を使ってくるモンスターが現われたのだ。しかし強さ自体に大した差はない。攻撃手段も変わらず、ただその攻撃に属性が宿ったというだけだった。

 さほど苦労することなく五階層をクリアすると次に向かった六階層では一際大きな扉が待ち受けていた。俗に言うボス部屋だ。

 躊躇うこと無く扉を押して開くとその中へと足を踏み入れた。

 独りでに閉まる扉。

 部屋に光が満ちて、その奥に一つの人影がある。

 二メートルを超える体。

 大きな狼の頭。

 手に持たれているのは幅の広い石の刃を持つ無骨な大剣。

 オオカミ型モンスターの上位種であるワーウルフの中でも武器の扱いに長けた【ウォリアウルフ】というモンスターだ。


「ようやく面白そうなヤツが現われたな」


 ニヤリと笑い気持ちを切り替える。

 気持ちと同時にガンブレイズも銃形態に変えて、戦闘開始の号砲代わりだと引き金を引いた。

 轟く銃声と弾ける閃光がウォリアウルフの視界を奪う。


『グオオオオオオオオオオオオオォォォォォン』


 甲高い咆吼が轟き空気を振るわせる。

 構えと言うには雑に大剣を持ち獣の脚力を活かして遅い掛かってきた。

 初撃はウォリアウルフ。上半身を大きく反らして振り下ろされる大剣の一撃をガンブレイズで防ぐ。

 地響きを起こす衝撃が遅い掛かるも平然とした顔で受け流す。


「効かねえよ!」


 言葉が通じているかすら怪しいモンスター相手に挑発して押し返す。

 ぐらりと揺れてウォリアウルフは無様にも尻もちをついて仰向けに倒れた。

 簡易ダンジョンは階層が増すごとに強力なものになる。つまりたかが全六階層程度のダンジョンのボスではまさに恐るるに足らずということだ。

 倒れたウォリアウルフが起き上がる前に素早く横一文字に斬り付けた。

 狙いは首を飛ばすことだったがそこまでの威力はでなかったらしい。表現規制もあってかウォリアウルフの首に大きな赤いダメージエフェクトだけが浮かびあがる。


「<アクセルブースト>」


 威力増加のアーツを発動。

 構えを直して、


「<セイヴァー>」


 斬撃アーツでウォリアウルフを吹き飛ばした。


「嘘だろぉ」


 がっくり肩を落とす。

 ボスモンスターであるウォリアウルフがものの数撃で撃ち倒された。そこまでに弱い相手だったのだから当然、レベルが上がるほど経験値が溜まるわけもない。

 無駄というわけではないが、望んでいた結果を得るにはもう少し挑む簡易ダンジョンを選別する必要があるということらしい。


「まあ、いいや。次だ次!」


 気を取り直してダンジョンを抜ける。

 地上に戻り踏破したダンジョンはその入り口さえも消える。数秒も経たずして何もない空間が広がり、周囲はどこにでもある見慣れた森が広がっている。


「せめて挑む前に簡易ダンジョンの難易度が解ればいいんだけど」


 付近のモンスターと同種が出現するという性質上、大まかな難易度を予測することはできる。その意味で中々に難易度の高い森エリアでダンジョンを探したのだが、ハズレだったということらしい。


「自力で探し出せるのが一番だったけど、やっぱり効率は最悪だな。仕方ない」


 早々に諦めて町に戻ることにした。

 町にはギルドがある。

 ギルドではクエストが受けられる。

 そして、クエストにはダンジョン攻略を目的としたものがある。

 簡易ダンジョンと違ってクエスト用のダンジョンは踏破したとしても消えることは無い。違うのは踏破報酬が最初の一度だけであること、そして代わりにクエスト報酬があるということだ。

 自分の目的を達成するにはクエスト報酬が経験値であるものを選べばいい、のだが。


「マジで作業になるんだよな、アレ」


 代わり映えしない同じダンジョンに挑み続けるのは苦痛だ。同種のクエストでローテーションしたとしても今の自分のレベルでは確実に何度も何度も同じダンジョンに赴くことになる。それが嫌で簡易ダンジョンを探したというのに、効率という一点では雲泥の差となるのは間違いない。


「はあぁぁぁぁ」


 大きな溜め息を吐いて歩き出す。

 近くの町に着くまでの間、俺の頭のなかには「これは仕事」という単語が延々と繰り返されていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レベル【24】ランク【3】


HP【10140】(+320)

MP【9050】(+770)

ATK【296】(+1810)

DEF【258】(+1880)

INT【282】(+900)

MND【209】(+1110)

AGI【336】(+1130)


【火耐性】(+10)

【水耐性】(+50)

【土耐性】(+50)

【氷耐性】(+150)

【雷耐性】(+100)

【毒耐性】(+100)

【麻痺耐性】(+200)

【暗闇耐性】(+150)

【裂傷耐性】(+40)


専用武器


剣銃――ガンブレイズ【Rank1】【Lv1】(ATK+600 INT+600)

↳アビリティ――【魔力銃】【不壊特性】

魔導手甲――ガントレット【Lv67】(ATK+460 DEF+460 MND+420)

↳アビリティ――【フォースシールド】【アンカーショット】


防具


頭――【イヴァターレ・ネックウォーマ】(MP+270 INT+210 MND+210 氷耐性+30 毒耐性+70 麻痺耐性+70 暗闇耐性+50)【打撃耐性】【衝撃耐性】

胴――【イヴァターレ・ジャケット】(HP+210 DEF+410 MND+380 雷耐性+30 氷耐性+60)【反動軽減】

腕――【イヴァターレ・グローブ】(ATK+330 DEF+240 AGI+160 火耐性+10 氷耐性+10 雷耐性+30 毒耐性+30)【命中率上昇】【会心率上昇】

脚――【イヴァターレ・ボトム】(HP+110 ATK+210 DEF+320 AGI+410 氷耐性+30 裂傷耐性+40)【命中率上昇】【会心率上昇】

足――【イヴァターレ・グリーブ】(ATK+110 DEF+370 AGI+460 氷耐性+20 雷耐性+40 麻痺耐性+30)【気絶無効】【落下ダメージ軽減】

一式装備追加効果【5/5】――【物理ダメージ上昇】【魔法ダメージ上昇】


アクセサリ【10/10】

↳【大命のリング】(HP+500)

↳【魔力のお守り】(MP+500)

↳【強力の腕輪】(ATK+100)

↳【知恵の腕輪】(INT+100)

↳【精神の腕輪】(MND+100)

↳【健脚の腕輪】(AGI+100)

↳【地の護石】(地耐性+50)

↳【水の護石】(水耐性+50)

↳【暗視の護符】(暗闇耐性+100)

↳【麻痺の護符】(麻痺耐性+100)


所持スキル


≪剣銃≫【Lv101】――武器種“剣銃”のアーツを使用できる。

↳<セイヴァー>――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。

↳<カノン>――威力、射程が強化された砲撃を放つ。

↳<アクセルブースト>――次に発動する物理攻撃アーツの威力を増加させる。

↳<ブレイジング・エッジ>――剣形態で極大の斬撃を放つ必殺技。

↳<ブレイジング・ノヴァ>――銃形態で極大の砲撃を放つ必殺技。

≪魔導手甲≫【Lv1】――武器種“魔導手甲”のアーツを使用できる。

↳<ブロウ>――威力を高めた拳で殴り付ける。

≪錬成強化≫【Lv100】――武器レベル“100”までの武器を錬成強化することができる。

≪錬成突破≫【Lv1】――規定のレベルに到達した武器をRank“1”に錬成突破することができる。

≪竜化≫【Lv2】――竜の力をその身に宿す。

≪友精の刻印≫【Lv―】――妖精猫との友情の証。

≪自動回復・HP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にHPが少量回復する。

≪自動回復・MP≫【Lv20】――常時発動。一秒毎にMPが少量回復する。

≪全状態異常耐性≫【Lv40】――状態異常になる確率をかなり下げる。

≪全能力強化≫【Lv95】――全ての能力値が上昇する。


残スキルポイント【4】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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