迷宮突破 ♯.29
イベント開始から五日目。
今日も今日とてゲームにログインして来た俺は拠点でじっと椅子に座って炉の中の炎を見つめるマオを見つけた。
「何、してるんだ?」
アクセサリ製作に使うインゴットを作成するわけでもなんらかの鍛冶をする訳でもなく、ただじっと炎を見つめているだけ。自分から消さない限り、炉の中で燃えている炎が消えることはない。それだけにずっと見ていようと思えば見ていられるのだ。
「おっはよー。今日も早いねー」
「おはよう。マオだって随分早いんだな」
「えへへ、なんとなくね」
声をかけられ振り返ったマオは今までにないくらい明るく振る舞っていた。それはまるで昨日の沈んだ表情を見せた自分のイメージを払拭しようとしているかのよう。
「それにしても、みんなまだかな?」
椅子から身を乗り出すようにしてキョロキョロと俺の後ろを覗き込む。
このゲーム内でプレイヤーが操っているキャラクターには現実ほどの細かな表情の機微は見られない。あるのは半ば誇張された大袈裟な感情表現だけ。赤くなったり青くなったり、驚いたり喜んだり、悲しんだりと誰にでもわかるくらいのあからさまなものだ。その為に大袈裟とも思える身振り手振りを加えて話すのが日常になっていた。
それに反して声だけは現実のプレイヤーが発するものとなんら変わらない。キャラクターの表情からは窺えない感情の機微がその一言一言から感じ取ることができる。
「大丈夫なのか?」
どれほど明るく振る舞っても、どんなにキャラクターの表情が元気そのものだとしても俺の耳に届くマオの声は微かに震えていた。
「何が?」
「まだ、気にしているんだろ? 昨日のPKたちのこと」
マオの様子が変わった理由は無論それだけではないだろう。けれど俺が知る限り、マオの様子がおかしくなったのはムラマサと戦っていたPKたちを目の当たりにしてからだった。
咄嗟に飛び出した俺はその後に起こったことを詳しく知ることが出来なかったが、三人が自動で閉まる扉に締め出されたのはマオの様子を心配したことで生じたタイムラグのせいだったのだと今になると容易に推測できる。
「……もう。気にしていない振りしてるんだから察してよ。それじゃ女の子からモテないよ」
一瞬だけ声に陰りをみせ、あからさまな作り笑顔を向けてくる。
何も言わず、じっとマオの顔を見つめる。どんな言葉をかければいいのか悩んでいただけなのだが、マオはその僅かな沈黙に耐えきれないというふうに語り出した。
「ほんとはね、迷ったんだ。今日、ログインしようかどうかをさ」
再び炉に視線を送る。
炉の中で燃え続ける炎は不思議と見ている人の心を落ち着かせる効果があった。
「みんなと一緒にイベントをクリアしたいって気持ちは今も変わってないけどさ、それと同じくらい怖いんだよ」
「怖い? PKがか?」
「ううん。違う、そうじゃないんだ。私はねPK自体を否定するつもりはないよ」
「だったら何が怖いんだ?」
いつの間にかマオは俺は向かい合うように振り返っていた。
真剣に話すマオの気持ちを間違えてしまわないように、俺は真剣に問い返す。
「……あはは……なんだろう?」
もはや笑顔になっていない。
泣き出す直前の子供ようにも、大人が必死に泣き出したいのを堪えているような顔をしている。
「俺は……このまま一緒にイベントをクリアしたい」
少しずつ言葉を選んで話し始める。
「けど、それでマオに無理をして欲しくはないんだ。怖いならここに居ればいい。なんだったらリタイアしたっていい。でも……」
「ユウ?」
「イベントは諦めたとしてもこのままゲームを辞めて欲しくはないんだ。俺はこの先もずっとマオと一緒に遊びたい。まだ知らない場所に行くのだって、いつか開催される次のイベントだって、俺はマオと一緒にしたいんだ」
俺が思い描く光景にはマオもいる。いいや、マオだけじゃない。ハルもリタも、ライラもフーカもアオイやアカネだって、誰一人掛けることなく未知の冒険に向かっていく。ボスモンスターとのレイド戦だって今回限りだということはないだろう。もっと強いモンスターと戦う機会だってあるかもしれない。その時は新しくできた仲間と挑むことになるかもしれないが、出来ることならばこの仲間と一緒に挑みたい。今はそう思っているのだ。
「ぷっ――」
真剣な表情で話していたつもりだったのだが、どういうわけかマオは突然吹きだして遂には堪え切れないとように笑い出した。
「な、何だよ」
「いや、ね。なんかユウが私を口説いてるみたいだなって」
「なっ――!」
腹を抱え笑っているマオがどうにか絞り出すように言った。
「そんなわけ――」
「わかってる。大丈夫。わたしだってβ出身なんだよ? これでもユウよりはたくさん色んな経験してきてるんだから。これくらいで辞めたりしないって」
ひとしきり笑い終えたマオはそれまでに無いほど力強く告げた。
俺の気のせいかもしれないが、この時のマオの目には確かな意思の光というものが宿っているような気がした。
「だから心配しないでいいのに。リタも、ね」
そう言ってマオが向けた視線の先には優しい表情をして立っているリタがいる。
「気付いてたの?」
「どうせリタも私を心配して早くきたんでしょ? 残念でした。私はこの通り元気だもんね」
「そうみたいね」
俺たちのいる方へ歩いてくるリタが俺に向かって微かに笑ったような気がした。
いつから俺たちの話を聞いていたのだろうか。思い起こせば何やら恥ずかしいセリフを言ってしまっていたような気がする。一度口から出た言葉は消すことは出来ないのだと諦め、なによりいつもの調子に戻ったマオを喜ぶことにしよう。
「皆、揃っているな? 今日は最後のボスのいる階層まで辿り着くぞ! それでしっかり準備して明日にはこのイベントをクリアするんだ!」
勢いよく開かれた扉から現れたハルが開口一番にそう告げると、拠点の中に漂う空気はそれまでの重い雰囲気を一掃するように明るくなった。
「ポーションの補充は出来てるぞ」
昨日、ログアウトする前に作っておいたポーションが入った瓶を机の上に並べていく。それぞれが同じ数だけ受け取り、自分のストレージに収めていく。
回復アイテムの補充が終わった俺たちにリタが問い掛けてきた、
「装備の消耗具合はどう? 気になることがあったらすぐに言ってね」
「大丈夫!」
曇りの無い笑顔でマオが応えた。
武器の消耗度も防具の消耗度も急を要するほどではない。今日一日がっつり迷宮に挑んだ後でハルが言うように明日のゲームクリアに向けて修理や強化をするでいいだろう。
俺とハルも口々に装備の状態に問題が無いことを伝える。
「ゴールまで残り三階層。一気に突っ切るぞ!」
「おうっ!」
転送ポータルを使い迷宮に戻って来た俺たちはこれまでに無いほどの気合いの入った足取りで迷宮の中を進んでいた。
道中襲いかかってくるモンスターも難なく撃破していく。
イベントの開催期日も折り返しを迎え他のプレイヤー達も一様に迷宮に挑んでいるみたいで、すれ違う他のパーティの数もこれまで以上だ。なによりこの第十二階層がそれまでの階層と違ったのはどこかのテーマパークにある巨大迷路を思わせるほど入り組んだ構造をしているということだった。
今までの階層がどれだけ複雑そうな構造をしていたとしても実際は脇道が多く存在するだけの一本道に近かった。自らあえて本筋から離れなければ迷うことはない。けれどこの階層では普通に進んでいるだけでは迷ってしまう可能性の方が大きい。
迷わないようにとマップを表示させて進んでも、実際に表示されるのはそれまでに進んだ道だけ。これまでのように少し先を照らす光のようなものは消えてしまっていた。
「……また行き止まり」
第十二階層に入ってから何度目になるかわからない袋小路にハルが意気消沈した声を出した。
「これでまだ三分の一も踏破していないなんて、一気に難しくなりすぎじゃないか?」
「ははは。そう言わないで、頑張ろうよ」
愚痴をこぼすハルをマオが宥める。実際、第十二階層に入ってからというものこれまでの迷宮が遊びに思えるくらい俺たちの攻略は難航していた。
「さっき曲がったのが、あっちだから、今度はこっちの道かな?」
手元のマップを見ながらリタが言った。
別れ道があればその両方を少しだけ進むことでマップには途中までの道が刻まれる。それでどちらの道を選んだか解るようにしていたのだ。
来た道を戻り、もう一方の道を進むと、その先にもまた同じような別れ道がある。
少しずつマップが埋まっていくのが唯一俺たちが前進していることの証明だった。
「この先にモンスターがいるみたい」
全員で同じマップを見ることもないだろうと言って率先してマップを見ていたリタが告げた。
第十二階層に入ってからマップに見られた変更点はもう一つあった。それは近くにモンスターがいる場合に限りマップ上に赤い光点としてモンスターが表示されるようになったということ。これのおかげで不意打ちをもらうことはなくなり、反対にこちらが先制攻撃をしかけられる展開が増えていた。
「どうやらゴブリンみたいだね」
ひたすら迷路が続く第十二階層は扉らしい扉を見つけることはなかったが曲がり角が多いおかげで先に居るモンスターを偵察することはこれまで以上に容易になっていた。
「数は五体、か。問題ないな」
ゴブリンというモンスターはこの迷宮でよく見る小人型のモンスターの一種。緑色の肌と尖った耳、ボロボロの服に石と木の枝で作られた斧を武器として使うが、その強さは大したこと無い。五体程度なら俺たちの中の一人が単独で突撃したとしても大きなダメージを負うことなく勝利できるだろう。
「まったく、そう言って油断しない」
一応釘を刺すようなことを言っているものの、リタも奥に居るのがゴブリンだけということに安心しているようだ。
「わかってるって。四人で行ってさっさと倒すぞ」
ゴブリンがこちらに気付く前に俺たちは各々の武器を構え駆け出していた。
五体に対し四人。単純な数の上ではこちらが不利なように思えるが、実際問題、ゴブリンは俺たちの攻撃を数回受けただけでその体を光の粒へと変えていった。そのなかでも攻撃力の高いハルとリタはたった一回の攻撃で斬り捨て、余ったもう一体のゴブリンも瞬く間に倒していっていた。
「と、こんな感じかな?」
迷宮に入ってからの無数の雑魚モンスターとの戦闘と二度に渡るボスモンスターとのレイド戦。これらの戦闘を経たことで俺たちのレベルは軒並み上昇していた。増えたスキルポイントで新たなスキルを習得することは出来ないが、基礎パラメータは問題なく上昇している。そのこともあってこの程度の相手はどれだけ数がいようとも、もはや問題視するほどの脅威ではなくなっていた。
今の俺たちなら上層で苦戦したコボルドの群れはどの程度の相手になっているのだろう。このゴブリンのように簡単に倒せる相手になっているのか、それとも未だ変わらず手こずる相手のままか。
叶うならいつかまた戦ってみたい、そして自分の成長を確かめたい。数値ではない強さというものがあるのならば、それは同じ強敵と戦った時に浮き彫りになるだろう。ゴブリンを掃討して三人が先の道を確認し合っているなか、俺は一人漠然とそのようなことを考えていた。
「ユウ? 何してるんだ? 置いてくぞー」
「おいっ、待てって」
和気藹々、俺たちは迷宮を進む。
迷い悩みながら進むのが迷路であり迷宮なのだと、ようやく本格的な迷宮に挑めているのだと俺は静かに心を燃やしていた。




